三十一話 最初の最期かもしれない最高のデート
午後十一時頃、いつの日かと同じ様に夜中の病院に来ている。ここに来るのはもう何度目になるだろうか。数える程しかないのは確かであるがまるで小さな頃から通っている様なそんな錯覚に陥った。しかし、そんな親しみすら感じるはず病室が今宵はどうやら立ち入りにくい。
「どうすりゃ良いのかわからん。」
どんな顔をして行けば良いんだろうか?どんな声をかければ良いのだろうか?事情が事情とは言え女性を待たせてしまったことは事実であるし、また初めての経験でもあった。ましてやこの様な状況は普通に生きてれば出会うことの方がよっぽど少ないだろう。悩みに悩んで気付けばこんな時間になってしまったのだ。挙句服装はよそ行きの服を着て。
コンコンとノックする。
「は、入るぞ!」
裏返った声を誤魔化したくて急いで部屋に入った。部屋は当然灯などは無いが月明かりが仄かに照らすおかげで見るのに困ることはなかった。様々な感情からの気恥ずかしさからしばらく顔を伏せたままでいたがようやく俯くのをやめて時雨を直視することができた。
初め、彼女は窓の外を眺めていた。
「やぁ、待ちくたびれたよ。」
月光は窓際のみに射す。ここまで届いていないおかげで顔を見られなくて済むことが幸運だったのかどうかわからないけれど、こんな顔をしたのは初めてのことだったろう。鏡で見た嬉しさのあまりにやけた面、いつもの顔なんかとも違う。
そしてまた彼女の表情も今までとは一線画するものであることを知る。なんと言えば良いのか、絞り出したのは自分でも月並みな言葉だった思う。
「綺麗です。」
その言葉に嘘偽りもないし後悔もしていないが言うつもりがあったわけではなかった。自分の意思ではなくまるで脊髄反射とも言える衝動。
「ありがとう。この服はね、若葉が用意してくれたんだよ。そう言ってくれて良かった。君の方こそよく似合ってるよ。」
「ああ、うん、...嬉しいです。」
なんだこれは?心がふわふわする。照れ隠しに敬語になってしまった。
「本当は然るべき時にって用意してくれてた服らしいんだけどね。」
「それって?」
「初デート。」
「それは良い!」
つかつかと歩み寄って車椅子に腰掛ける彼女の手をとり申し込む。
「俺とデートしてくれないか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!何を言ってるんだいこんな時に!」
「形にこだわることなんてないさ。今までは若葉さんがいたこともあったし、これが初めての正式なお誘いってことでどうかな?」
しばらく呆けた顔をしていた時雨だったが最後は笑って受け入れてくれた。
「はい、喜んで!」
とった手に重ねた。




