二十七の掟 抜け穴と結界
20160818 全体的に手を入れています。また、「呪われた姫と魔女の弟子」に合わせて一部記述を変更しています。
騒ぎはすぐにフィリップに伝わった。
王城の入り口に至ったフィリップは、槍を構える近衛兵たちに二重に囲まれたかつての同僚を見つける。
急いで近寄ることはせず、フィリップは囲まれて身動きが取れない一行をじっくり観察しながら近寄った。
昨日見送った同僚は毛艶もそのままで気力も充実した顔をして立っている。傍らには分厚いコートを脱いだメイド姿の縮んだ妹が怯えた様子で周りの兵を見ている。
その後ろに――黒いローブを頭からすっぽりとかぶり、左手に銀の腕輪をつけられた女の姿を認めるとフィリップはまっすぐ彼らに向かって進んだ。
近衛兵の報告を聞きながらうなずき、クロードを見ると、ほんの少しだけうなずいたのが分かった。これが彼の言っていた助け手なのだ。
「何の騒ぎだ」
定型文の問いを投げかけると、クロードは右手を左胸に当てて礼をした。
「マリオン殿下に呪いをかけている魔女の一人を捕らえました」
「分かった。魔女の力は封じてあるな?」
「はい。魔女の枷にて」
魔女の左腕に付けられた銀の腕輪を示してクロードはうなずく。フィリップもうなずいた。
「では、連行しろ。他の者は持ち場に戻れ」
フィリップの号令で、五名の兵士にぐるりと囲まれてクロードたちはフィリップの後を歩き始めた。
◇◇◇◇
フィリップの執務室に通されてようやく、キャリーは肩の力を抜いた。フィリップは油断なく振り向くと連れてきた魔女の顔をじっと見つめた。
「フィリップ、彼女がヤドリギの魔女ミストの弟子、アーシャだ。今回の件で協力してくれることになった」
「アーシャです。よろしくお願いいたします」
アーシャはフードを深く被ったまま、頭を下げる。外見は本来の姿ではなく、青みがかった銀の髪と青い瞳になっている。顔の作りもアッシュネイト姫やメイザリー姫の面影は残さないように変えてある。
「こちらこそ、協力感謝する。――それで、クロード。俺はどうすればいい?」
「すぐにでもマリオン殿下の治療に入りたい。それにはあきちゃんの力が必要なんだ。済まないがここに連れてきてもらえないか?」
途端にフィリップは眉を潜めた。
「あの爺が許すかどうか……」
「ああ、じいか。マリオンのことは伏せておいて、この部屋に連れてこれないか?」
「元の姿に戻るまで、塔からは出さないと踏ん張っているらしい。気分転換に中庭にでも連れ出そうと思ったのだが、また攫われてはたまらない、だそうだ」
「そんな……」
キャリーは眉を潜めた。が、クロードはくすっと笑う。
「なんだ。そういうことなら任せてくれ」
「任せてって……お前は絶対入れてもらえないぞ? 未だにお前はアッシュネイト姫の誘拐実行犯として認識されている」
「キャリーが彼女を訪ねるのは問題ないだろう?」
「わ、わたくし?」
いきなり話を振られてキャリーは目を見開いた。
「ああ。彼女に会いに行って欲しい。そして『クロードが呼んでいる』とあきちゃんに告げてくれればいい」
「……それでなんとかなりますの?」
黒い毛並みの直立猫はうなずいた。
「フィリップもキャリー嬢について行ってくれないか。あきちゃんが塔を出られたらそのままマリオン殿下の塔に連れてきて欲しい。俺とアーシャはこのままマリオン殿下の部屋へ行く」
「マリオン殿下の塔の封印は俺にしか外せないぞ?」
フィリップの咎めるような口ぶりに、クロードは、額に手を当てた。
「そういえばそうだったな。無理やり開けるのは時間がかかりすぎるし……」
「わ、わたくしなら、マリオン殿下の塔の封印を破れますっ」
キャリーは少し唇を尖らせて口を挟んだ。
「お前が毎回封印をぶち破るから、お前がいない間に一段ごとに封印をするようにしたのだ。それに、他のものの侵入を阻むために解除して通過したら即かけなおさねばならん。お前にはできまい?」
兄の揶揄するような言葉に彼女は唇を噛んだ。そこまで兄の封印は強力なものに変わっていたことを知らなかったのだ。
「じゃあ、最初の予定通り、フィリップは俺たちをマリオン殿下の部屋まで送ってくれるか。そのあとキャリー嬢とあきちゃんの部屋へ行ってくれ。こちらは準備をして待っている」
「わかった。ではキャリーはこの部屋で待て」
「はい、お兄様」
不安そうな妹の頭に手を載せて撫でると、フィリップはクロードたちを振り向いてうなずいた。
◇◇◇◇
マリオンの部屋に着くと、すぐさまフィリップはすぐ出ていった。
アーシャは流れ込む黒い力を遮断するように体の周りに結界を張り、ゆっくり発生源に近づく。
「マリオン……わたしの記憶にあるマリオンのままですのね」
「ああ、彼の体は八歳なみに縮んでいるらしい。急いでリップ痕を移さねばならないが、あきちゃんに説明をしておいたほうが良いだろうな」
アーシャはフードから頭を出し、うなずいた。
「でもお姉様、あのじいの手をすり抜けて出てこられますの? 手強い相手ですわよ?」
「ああ、知っている。彼女のことだ、なんとかするだろう。――五年前は、君が彼女を誘導してくれたんだろう?」
するとアーシャはくすりと笑った。
「ええ、そうだったわ。わたしは抜け穴から内緒でよく城下に遊びに行ってたけど……メイザリー姉様は塔の抜け穴があることは知っていたけど、抜け道がどこにつながってるか、ご存じなかったみたいだったから」
「彼女は塔から出ることをあきらめていたからな……事件以降、封鎖されたかどうかは分からないが」
クロードはマリオンの体をベッドの端に寄せ、真ん中に自分が横になれるようにスペースを作りながら話す。
「封鎖はしてないはずですわ。この塔にもありますけど、子どもたちの住まう塔は万一の場合に備えて幾つかの抜け道が準備されています。それを封鎖してしまったら、本当に何か起こった時に助けられませんもの」
「それはそうだな。……ちょっとまて、この塔にも出入り口が?」
「ええ。……クロード様ならお分かりになりますでしょう?」
ベッドから降りるとクロードは寝室の壁をぐるりと見回した。上と下、どちらにも抜け道があるのは知っているが、使われた気配があるのは足元のほうだ。天井の方は蜘蛛の巣がかかっている。
カーペットをめくり、床に敷き詰められた大理石のうち、大きな一枚に手を当てる。少し揺すると隙間がで来た。
「そうか、フィリップの結界から除外されているのか、この抜け道は」
「なんてこと……ああ、そうですわね。フィリップ様は抜け道のこと、存じませんものね。結界自体は地中深くまでは及んでいませんから、ここから魔女は出入りしたんですわね」
ぱりぱりと頭をかく。地中を見逃したのはフィリップのせいとばかりは言えない。いっそのこと塔全体ではなく、マリオン殿下の部屋を四角く囲ってしまえばよかったのだ。
だが――これは五年前、自分が設置していた結界をフィリップが引き継いだに過ぎない。だからこそ、自分で張った結界を壊すことなく王女たちを連れ去ることが出来たのだが……。
「俺の失態だな……」
クロードはうなだれた。耳もしっぽも髭も垂れ下がる。
「あなたのせいだけではありませんわ、クロード様。城の抜け道は王族しか知りませんし、その部分はメイザリー姉様が担っていた部分ですもの。クロード様についていくと決めた時から姉様は結界を解除していたでしょうし、ご存知なかったクロード様もフィリップ様も責を負う必要はありません。責任があるとすれば、このことを知っていて放置した、王族にあるわ。メイザリー姉様がいなくなってから、王族が担うべき結界師の任務を、誰も引き継げなかったんですもの。――いいえ、マリオンが引き継いでいたはずですもの、やっぱりこの子の自業自得なのですわ」
アーシャのきっぱりと言い切る姿に、クロードは苦笑を漏らした。だがすぐに元のしょげた姿に戻る。
「マリオン殿下は結界師などでは満足出来なかったんだろうな。……魔女相手に派手なやり取りをしたかった結果、こうなのだとしたら、やはり俺に責任があるよ。彼がまだ幼い頃から魔女と王家の話や五百年前の魔女討伐の話をせがまれるままに何度も話したのは俺だ。……魔女は決して悪い存在ではないときちんと教えたはずだったのにな。俺がいなくなってから、なぜ彼が変わってしまったのだろう……」
アーシャはクロードの手を取った。
「彼が目覚めれば、語ってくれるでしょう。……今は気力も体力も温存しておいてください、クロード様。これから七日の間に起こることは私もおババ様も正確には予測出来ていません。……ごめんなさい、本当に危険なことが分かっているのに……」
言葉が途切れる。クロードはアーシャの手に自分の手を重ねた。
「いいえ。……これもすべて五年前、俺が蒔いた種です。俺一人の私情であなたの運命まで歪めてしまった」
「姉様についていく、と選択したのはわたしですわ。それまで否定しないでくださいませ」
アーシャはにっこりと微笑んでみせる。
クロードは彼女の手をすくい取ると手の甲に唇を当てた。
全てを知っている当事者でありながらなおかつ彼を許してくれる唯一の存在。彼女にどれほど救われただろう。
「全部終わらせたら、おババ様のところでお茶会をしましょうね。姉様――あきちゃんも一緒に」
「ええ、そうですね」
クロードはようやく口元をゆるめた。こんなところで凹んでいる暇はないのだ。
背筋を伸ばし、耳をピンと立て、しっぽをゆらりと揺らめかせる。その黒い瞳にもう迷いはなかった。