二十八の掟 クロさんの招集がかかりました
いよいよあきちゃん脱出のターンです。
塔の生活は単調です。朝起きて、身支度をしてご飯を食べて、部屋でおとなしくしてお昼ごはんを食べて、フィリップさんが来て治療のフリをして、晩ごはんを食べて寝る。それだけです。
ベッドから居間までの移動でさえジーンに抱っこされます。床を歩くことがないなんて、ありえません。このままじゃワタシ、どう考えても体がなまっちゃいます。
そう思ってベッドの上でストレッチとかやってみたけど、ベッドがふかふかすぎてうまくできないのです。床に降りようとするとすぐ制止されちゃいますし。
というか、なんでずっとジーンもジェニーも部屋の中にいるんでしょう。他人がずっと同じ部屋にいて、何もすることなく見られてるのって、妙に緊張して嫌です。
仕方がないので布団に潜ってしまうことに。そうなると結局寝ちゃうのです。夜がなかなか寝られません。
今日もいつもどおりの生活、と思ったら、夕食のあとにお客様が来ました。
お昼にも来たフィリップさんです。夕食のあと、もう寝室に移動させられてたのですが、声はよく通るのです。小さな部屋ですから。
「あら、フィリップ様、夜においでになる予定は聞いておりませんが」
ジェニーが冷ややかに応対してます。こんな時間に女性の部屋を訪れるなんて、と言ってるのもちょっとだけ聞こえました。
「すみません、妹がどうしてもお会いしたいと申すもので」
「あら、妹思いのお兄様なんですのね。でもそれなら明日の治療の時間にしていただきたかったですわ」
「妹はこの後すぐ発たなければならないのでね、それに彼女とは顔見知りだ。挨拶ぐらいは問題ないだろう?」
「……仕方ありませんわね。どうぞ」
というやり取りが丸聞こえなんですが、なんでジェニーさん、そんなにつんつんした対応ができるんでしょうか……?
「アッシュネイト様、フィリップ様と妹君のキャリー様がご挨拶にいらっしゃいました」
「ワタシはアッシュネイトじゃありませんってば。えっと、居間に移動した方がいいですか?」
「ええ、そうですわね。流石に女性の寝室にフィリップ様をお入れするわけにはいきません。居間にてお待ちいただいていますので」
まだお風呂に入る前だから、いつものエプロンドレスのままです。
「わかりました。じゃあ」
「お運びします」
何も言わないうちにジーンがやってきます。扉一枚隔てた向こう側にいるだけで、しかも扉は開けっ放しなのに、なんでいちいちこんな面倒なことをしなきゃならないんでしょう。本当に面倒です。
居間に入るとお二人はたったまま待ってくれてました。
「お久しぶりです、キャリーさん」
「お久しぶりですわ、あきちゃん」
ソファに座らされて、お二人にもソファを進めます。
「ジェニーさん、ジーンさん。お部屋を出ていてもらえますか?」
「しかし……」
やっぱりすんなりは出ていってもらえません。
「私も同席するのだから心配する必要はない」
フィリップさんの言葉でようやくしぶしぶ部屋を出ていってくれました。あ、お茶を頼めばよかったかもしれませんね。
「あきちゃん、変なことされたりしていませんか?」
「はい、大丈夫です。床を歩かせてくれないので体がなまっちゃいそうですけど」
「ああ……ここのじい様は過保護で有名だったものね」
キャリーさんが納得したようにうんうんとうなずいています。
「ねえ、お兄様、この環境で本当になんとかなりますの? 扉の向こうには護衛が何人もいますし……」
「信用するしかあるまい」
フィリップさんもなんだか深刻な表情をされてます。
「えっと……あの、何かあったんですか? それより、クロさんはご無事ですか? どこかに鎖で繋がれてたりしないですよね?」
そうです、クロさんのことを聞くほうが先でした。
「クロード様はご無事ですよ。そうそう、伝言を預かってきました」
そこまで言って、キャリーさんはフィリップさんと視線を合わせ、うなずいてます。
「クロードが呼んでいる」
二人が同時に言ったのが聞こえた。
……クロードガヨンデイル。
ワタシは立ち上がりました。
「黒猫図書館の掟 附則一の二、クロードが呼んでいる場合は万難を廃して駆けつけること」
「えっ?」
キャリーさんが目を丸くしてます。でも、そんな余裕はありません。この塔から出なくては。
「フィリップさん、キャリーさん。クロードさんの居場所、分かりますか?」
「ええ、分かります。でも、どうやってこの塔を出るんです?」
なんででしょう。ワタシには手に取るように分かるのです。塔からの脱出方法。
ぐるりと部屋を見回して、持っていかなきゃならないものを考えます。……うん、確かこの部屋に入った時は、今着ているエプロンドレスしか持ち込みませんでしたから、何も……あ、黒猫図書館の黒手帳、忘れてました。確かあれは寝室のベッドサイドに置いたはずです。
「あきちゃん?」
「抜け道を使います。こちらへ」
寝室に繋がる扉をそっと開け、足音を立てないように二人にお願いします。ついでに、居間の入り口の扉を開かないように封印してもらいました。
あった、ありました。黒手帳。これだけは手放せないのです。ワタシがワタシである証ですから。
それから寝室のカーペットをめくります。うん、やっぱり。記憶通り、石畳のうち一つだけ、ほんの少し模様が違う。
「塔の抜け道……そうか、なんてことだ……」
フィリップさんが驚いたらしく声をあげています。
「これ、封印とかかかってませんよね?」
ワタシではわかりませんので、一応お二人に確認してもらいます。問題はないはずなんですが。
「ええ、大丈夫です。……途中に結界などがある可能性はありませんか?」
「そんなものがあったらいざという時に脱出できませんから。……開きました!」
手でぐぐっと押し込むと、ぱこっと扉のように石床が開きました。
「じゃあ、行きますよ。これ、地下道まで続いてますから、気をつけてくださいね。それと、声は上げないように。石の中から声が聞こえたりしたら幽霊騒動になっちゃいますから」
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。それと、クロさんのいらっしゃるところまではどうやって行くんですか?」
「これは……全ての塔に備わっているのかい?」
「え? さあ。でもたぶん」
聞かれて答えましたが、よく考えたらなんでワタシがこんなこと、知ってるんでしょう。お二人もそれが引っかかってるから不安そうな顔をしてるんですよね?
「クロードの居場所はマリオン殿下の居室、西の塔だ」
「それでしたら、地下道からたどれます。昇るのには浮遊魔法が必要ですが」
「そうか。……俺は地下道に出たら一度外に出てからマリオン殿下の部屋に向かう。二人はそのまま行ってくれ。キャリー、彼女を連れて浮遊できるな?」
「あ、はい。おそらく」
「では、任せる。――あきちゃん、君の知識を信用しよう。よろしく頼む」
フィリップさんが手を差し伸べてくる。ワタシはにっこり笑うと手を握り返した。
「では、行きますね。お二人もすぐ入ってください。フィリップさんは最後に蓋を戻してカーペットも戻るように魔法をかけておいてもらえますか?」
「ああ、承知した」
さらりと銀の髪が揺れるのを見て、ワタシは黒い穴に飛び込んだ。




