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第六章

男も、女も、兄も、木になる。

だが、木になるだけでは済まなかった。木になった人間は、いずれ……


そして、トワに気に入られているのは、祐樹だけではなかった。

気に入られた人間は、木にはならない。

その、代わりの代償が、あった。

      6


 朝が来た。

 楡一はぽんと祐樹の頭を叩き、日当たりのよい場所に向かっていく。

 直射日光はない。背を何倍にもすれば、天を薄く覆う葉と葉の間から空を見ることが出来そうな場所へと歩いていく。

 光を求めているのは楡一だけではない。何十人、何百人という人間が、楡一と同じように、薄暗い森で少しでも明りを得られる場所を求めてふらふらと足を進めている。

 草の一本も生えていない、土が剥き出しの広場に、一定の間隔を開けて人間達が棒立ちとなる。風が吹けば小さな光の点が地面に見えるか、見えないか。それでも、他の場所よりは太陽が近く感じる。

 祐樹は眠い目を擦りながらも、何も身に着けていない楡一の背中を見守っていた。寝床よりも歩いてきた獣道よりも、肌色が目立って見える。

 楡一の服は、祐樹の腕に掛けられている。他の人間も服を脱ぎ、地面に捨てる。土は皆の色とりどりの服に隠され、遠くから見れば満開の花が咲いたようにも見えるだろう。

 そして、時間となる。

 ミシミシ、ギシギシと、一斉に人間の身体が悲鳴を上げ始めた。皆、苦痛を浮かべ、唇に歯を立て、時には叫ぶ者もいる。だが、数秒もすれば首がガクリと落ち、意識を飛ばす。

 足が地面と同化し始め、土に埋もれていく。肌色が土色へ。身体は幹へ、腕が木の枝へ。早送りでもしているかのように背を伸ばし、天を覆う葉を突き破り、天辺を祐樹が見えないほど高く伸ばしていく。

 こうして、人は木となる。

 土しかなかった広場には大量の木が犇きあい、服で土はほぼ見えない。祐樹は唯一人、人間としてその場に取り残された。


 それから、祐樹はトワと森を探索する。

 トワは祐樹が全てを知ってから、不思議な力を露にして使うようになった。

 新しく芽吹いた命に、洗礼だといって黄緑色の光を注ぐ。枯れかけた木にかわいそうだといって栄養を分け与える。

 栄養を与えた分だけ、トワの髪は短くなった。力を使えば使うほど、トワの身体は縮んでいった。

 木になった人間達から得た栄養は、こうしてなくなっていくのだ。

 それ以外、祐樹とトワの関係は変わらなかった。トワは毎日笑顔で、元気良く森を走り回る。祐樹もそれに続き、トワと同じように笑う。花に水をやり、木に住み着いた害虫を取り除き、実った果実を分けてもらう。

 追いかけっこも鬼ごっこも、水遊びもした。時折、トワの秘密の場所で夕日を眺め、穏やかな時を過ごしもした。

 トワと二人きりの時だけは、祐樹は人間が木になっているという非現実を忘れることが出来た。


 夕方が近づけばトワは眠ってしまう。

 欠伸が多くなり、目がしぱしぱと瞬き始める。足元もふらつく。祐樹が支えながら切り株まで送れば、トワは眠そうながらも嬉しそうにする。

 おやすみなさいと挨拶を交わしてから、トワはふわりと宙に浮き、切り株の中に入っていく。

 そうすれば、死んでいた大樹が蘇る。人工的な光の一切ないい中でぼわりと光る黄緑色は幻想的で、美しい。

 トワは穴の中で祐樹に手を振って、すぐに眠りへと落ちる。身体を木の葉で包み、綿のような物を枕にして眠るその姿を祐樹は愛しく思い、胸を締め付けられるのだ。


「昨日、線付けたっけ」

 汗だくになった顔を洗いながら、祐樹は独り言を漏らした。

 水の滴る顔を横に向ければ、もう数えられないほど付いた線がある。思いつきで森に来た三日目から一日に一回地面に付けていた一本線は、もう付け忘れることが多くなっていた。

 初めの方の線は、風や動物の足跡などで消えていた。だが、ざっと数えても三六五本は当に超えている。

 線の数は、祐樹がここへ来てからもう随分と経ったことを示している。だが、それにしてはおかしな点が幾つもあった。

 ほぼ透明な泉に祐樹は顔を映す。僅かに揺れる水面に映された祐樹は、何の変化も見せていない。髪すら伸びていない。髪から滴った雫が水の中に落ち、大きく波紋を広げていった。

 変化がないのは楡一も同じだ。短い髪は伸びず、髭すら生えない。

 ここでの時間を長く感じているだけで、まだ一ヶ月も経っていないのかもしれない。しかし、多くなっていく線の疑問は残る。最近、祐樹はこのことで頭を悩ませていた。

「そろそろ、かな」

 頭を捻っても正確な結論など出て来ない。考えても仕方がないと、祐樹は立ち上がった。

 トワはもう眠っている。今日はいつも以上に走り回ったため、早めの就寝に付いた。だが、見えない空はすでに暗くなり始め、森には漆黒が迫っている。

 もうすぐ帰ってくる兄を迎えに行こうと、祐樹は泉に背を向ける。顔を振れば、水滴がはたはたと乾いた地面に斑点を付けた。

 歩き始めれば少し時間が早いというにも関わらず、足元の花々がピンク色に光り、祐樹の足元を照らしてくれた。


 祐樹が着いた頃には、皆、変身から解けた後だった。

 木から人間に戻る時、皆、裸で元の姿へと戻る。男だけではなく、女も裸で人間へと戻るのだから、思春期の祐樹には刺激が強い。出来る限り女性の裸体を目に入れないようにしている祐樹を見て、楡一は毎回楽しげに笑う。

「慣れろよな、いい加減」

「む、無理だよ!」

「女の人も、気にしてねぇって」

「それでも、無理!」

 祐樹は目元を腕で覆いながら、人の間を通り抜ける。楡一の言葉通り、今更裸体である事を気にしている人などいない。それでも、祐樹は女性の足を目に入れるだけで、頬を真っ赤に染めていく。

「ははっ、祐樹、顔真っ赤だぞ」

「煩いなぁ!」

「思春期は大変だー」

「煩いってば!」

 祐樹は楡一の前に着くと、揺れる肩をバシリと叩いた。羞恥を隠すように、持ってきた服を投げて楡一に渡す。

「サンキュ」

「どーしたしましてっ」

 服を受け取った楡一は、膨れる祐樹の頭を犬でも撫ぜるように掻き乱す。膨らんでいる頬を突かれれば空気がしゅうと抜けていく。

 祐樹が顔を上げれば、疲れを見せながらも楡一は笑っている。それだけで、祐樹の機嫌は直ってしまう。

「今日は何やったんだ?」

「トワとかくれんぼ。トワってば隠れるの上手すぎて、全然見つからないんだ。おかげ汗だくだよ」

「ははっ、そりゃ大変だったな」

 まずはズボンを穿き、次は服を着ていく。着替えが終わる前から、二人は会話を始める。声は、二人からしか聞こえない。

 二人の会話を聞く気もない人々は疲労を隠すこともなく、力のない腕で形やデザインの違う、少し煤け、破れたような服を拾い上げていく。

 不衛生すぎる服は祐樹が洗っているものの、本当ならば全員の分を毎日洗濯することが理想だ。だが、トワと走り回っている祐樹にはそれだけの時間はない。時間があったにしても、太陽の光がない森の中では一日中干していても衣服が乾くことはないだろう。

 赤、青、白。服には花と同じように様々な色があるにも関わらず、人間達の表情に明るい色はなかった。

「戻らない……父さんが、戻らない!」

 楡一の着替えが終わり、小屋へ戻ろうとした時だった。

 悲鳴そのものの声に驚き、二人は振り返っていた。着替えをしている人、歩き始めた人も、全員が声の元へと視線を向けていた。

「父さん、父さん!」

 一本の木に縋りつくのは少年だ。祐樹より少しだけ年上に見えるその少年は、必死に木を揺さぶっていた。

 父さんと、叫びながら。

「久しぶりに、出たか」

「あの人、最近妙に疲れた顔してたものね。それに、もう結構なお年だったんじゃないかしら」

「ここに来て、もう三十年は経つって言ってたぞ。ああ見えて、もう六十過ぎだったんだな」

 涙を流す少年を見て、沈黙を守っていた人々が口を開き始めた。ここに来てから、祐樹は兄とトワ以外の声を初めて耳にした気がした。それほど、会話をしている人がいるのは珍しい。

 誰もが誰も、可哀想にと言い、恐怖で顔を歪めている。白かった顔色は青くなり、目を逸らし、逃げ去っていく者が多くなっていく。

 人は震えながら走り、小屋の方向へ消える。ひそひそと話す声は、やがて聞こえなくなった。

 土の現れた広い空間に取り残されたのは、大泣きする少年と、楡一と祐樹だけとなった。

「兄さん、どういう、こと」

「やっぱりこれは、トワ様から聞いてなかったのか」

 皆と一様に、祐樹は恐れをあからさまに顔へ浮かべていた。少年の「父さん」という声が耳から離れない。

 顔を蒼白にさせ、口元を押さえている楡一は、少年から視線を逸らした。瞳は祐樹も見ることが出来ず、地面を彷徨う。

「ここにいる間、オレ達は外見で歳を取らない」

 響く泣き声の中に、沈痛な楡一の一言が祐樹の頭を揺らした。だが、片隅で蹲っていた小さな憶測がむくむくと膨れ、殻を割って核心へと変化していく。

「だけどな、中身は歳を取っていくんだ。ゆっくり、ゆっくりと身体の内側が腐っていって、ある日、完全に身体が腐った瞬間……木に、飲み込まれるんだ」

「飲み、込まれるって」

「木、そのものに、なっちまうんだよ」

 叫びが、祐樹の耳に届かなくなった。

 呼吸が、脳が、身体が、動きを止めた。そんな錯覚。それほどの衝撃に、祐樹は襲われていた。

「歳は関係ない。身体が不調だったり、眩暈を覚えてきたら、危ない。ある日突然、木から人間に戻れなくなるんだ。気づいてもらえない奴だって少なくない。仲間がとっくに木になっちまってたら、誰も気づいてなんてくれないんだ」

「そんな……そんな! じゃあ、いつか、兄さんも……」

「オレは、まだ大丈夫だよ。若いし、元気だしさ」

 楡一は笑う。頬が引きつり、無理をしていると言っている様なものだった。

 祐樹は楡一の言葉を信じたくはなかった。嘘だ、冗談だよねと聞き返し、笑いたかった。

 だが、たった今、人間が木になる光景を目にした。祐樹は見てしまった。見たくもない現実を、目の当たりにした。

 木から人間に戻れなくという状況が、今、目の前にある。

「嘘だ。だって最近、顔色が悪いよ……この前だって、咳き込んでたし」

 名前も知らない少年の嗚咽が聞こえるようになったと同時に、祐樹は楡一に詰め寄っていた。荒くなった息が、楡一に絡みつく。

「俺、トワに、頼んでくる。あの人を、元の人間に戻してって。後、ここから出してって!」

「そんなことは無理だ、やめろ」

「やってみなきゃ分からないよ!」

「駄目だ! トワ様に気に入られてるのは、何もお前だけじゃないんだよ!」

 今にもトワと元へ走り出そうとしていた祐樹の腕が、痛いほどの力で引かれる。大声に萎縮した身体は、楡一に抱きしめられた。

「オレ達が作戦を決行した日、反対派の奴が一人、一緒に森に入ってきたんだ。森を荒らしてはいけない、自然を壊してはいけないとか言って、オレ達をどうにか止めようとしてた。結局そいつの言うことも聞かないで、オレ達は好き放題に森を荒らしちまって、獣に捕まえられて、トワ様に木にされた」

 楡一の服は今着たばかりだというのに、水でも浴びたかのように濡れていた。

「でも、あいつは違った。あいつはトワ様直々に迎えがあって、木にもならなかった」

 ごくりと生唾を飲み込む音が、掠れた悲鳴に掻き消されていく。

「そいつはすぐに、トワ様のお気に入りになった。オレ達が木でいる間、あいつはずっとトワ様と一緒にいたんだ。お前と、同じようにな」

「俺と、同じ……」

「初めは、オレ達が木になったことも、当然の報いだとせせら笑ってやがったよ。でもな、あいつは根が優しい奴なんだ……一週間もしないうちに、オレ達のことを見ていられなくなって、トワ様にお願いしてくるって、もう森を荒らすようなことはしないって謝って、元の場所に返してくれるように頼んでくるって、言ったんだ。その時俺達は、何も考えちゃいなかった。安易に、良かった、これで助かったとしか考えずに、あいつを送ったんだ……なのに」

 捲し立てるように話していた声が、止まる。楡一の腕は制御を失い、細い身体を破壊せんばかりに締め付ける。

「あいつ……帰ってこないんだよ……次の日も、その次の日も……今だって、まだ……」

「そん、な」

「トワ様に聞こうとしたさ! あいつの行方を! でも、トワ様は、オレ達となんて会話もしてくれない……何も、分からないんだ!」

 ふっと、楡一の腕が緩んだ。楡一は祐樹の身体を伝いながら地面に膝を付き、顔を伏せた。一瞬だけ見えた楡一の顔に、祐樹は愕然とする。

 楡一の表情に張り付いていた絶望は、祐樹が抱えきれないほど巨大なものだった。

「後で聞いた話によると、そういう奴、何人かいたらしい。でも、どいつもこいつもいい奴ばかりで、同じようにして、いなくなっちまったんだ……今までどれだけトワ様に気に入られた奴でも、願いなんて聞き入れてもらえなかったんだよ!」

 掠れてきた声が、必死に祐樹に向かう。楡一は祐樹の腰に縋りつきながら、顔を上げた。

「だから、頼む、祐樹……お前は、消えないでくれよ! 俺以外、もう誰もいない。一緒にここにきた奴は、もう皆、いなくなっちまったんだ! 何も、しないでくれ……皆みたいに、あいつみたいに……貴沙(きさ)()みたいに……いなく、ならないでくれ!」

 苦痛に歪められた顔。死にそうな茶の瞳から、ボロボロ、ポロポロと涙が流れていく。

「貴沙良は……オレの、親友だった……」

 祐樹のズボンを握りながら、楡一はしゃがみ込んだ。もう力がないのか、指に篭る力も弱い。

 泣きながら鼻水を啜り、肩を震わす兄の姿を、祐樹は何も言えず見つめていた。

 祐樹の視線の先に、頼れる大人の兄はいなかった。いるのは、非日常に飲み込まれ、悲観に押し潰されて。

 何も出来ず、ただ言われたことを全うするしか出来ない、哀れな奴隷だった。

「もう、分かったよ、兄さん……お願い、もう、眠って……」

 祐樹は屈み、苦しそうに嗚咽を始めた楡一の背を撫でる。楡一はごめん、ごめんと謝罪を繰り返し、やがて気絶するように意識を飛ばした。

 全体重が祐樹に掛かる。それでも、痩せた身体は軽かった。

 口にはしていないものの、楡一は日に日に痩せていた。腕も、足も、腰も、現実にいた時とは比べられないほど細くなっている。病的なほどではないが、元が筋肉質な身体だけに華奢となった身体は不似合いに見えた。

「おやすみ、兄さん。ゆっくり、休んでね……」

 祐樹は自分の涙を拭い、眠りながらも尚、涙を流す楡一の頬を撫でる。

ざらつく肌。額の縁や耳付近に、吹き出物がある。目の下には隈があり、時折閉じている右目が痙攣している。 

 くたりと弛緩した楡一の身体を抱き締めながら、祐樹は少年を見た。

 少年は四つん這いになり、地面を叩いていた。涙も叫びも止まっていない。少年の足元の土は湿り、色を変えている。

 拳からは血が出ていた。それでも少年は自傷を止めない。小石があろうと、草に切られようと構わず、感情を地にぶつける。

 だんだん小さくなっていく声が、同じ言葉を繰り返す。父さん、父さんと、まるで先ほどの楡一の謝罪のように、一心に言葉を吐き続けている。

 慰めの声一つ掛けられず、祐樹は歯を食いしばる何もできず、ただ楡一の掌を握り締めた。

 冷たい手は流れ続ける叫びと重なり、祐樹の心を締め付けた。


「おはよう祐樹!」

 眠っていない祐樹の頭にトワの声は大きく響いた。

 眠い目を擦りながら祐樹が振り返れば、いつもの笑顔がそこにあった。

「おはよう」

 たった今、木となる兄を見送った。その直後にトワは現れる。いつものことだ。

 トワは昨日のことを知っている。木になる数分前、祐樹が取ってきた果実を口にしながら、楡一はぽつりとそう言った。

 トワの笑顔は昨日となんら変わりはない。人間一人が木になったことを、トワはまるで気にしていない。

 その笑顔に、祐樹は少しの恐怖を見た。

「きょーは、なにしてあそぼっか!」

 近づいてきたトワは祐樹を覗き込み、きらきらとした瞳を向ける。そこで、祐樹の中の恐怖は萎み、消えた。

 一人の人間が、死んだ。

 命の重さを知らないほど祐樹は子どもではない。事の重大さがどれだけ大きなものか、分かっている。

 人が木になる。そんな状況を打破できる一番近いところに、祐樹はいる。

 それでも、言葉は出なかった。兄を、皆を助けてくれと、もう止めてくれと、言えなかった。

 祐樹は畏怖よりも強い感情を、トワに持ち合わせていた。

 それは、恋。

 祐樹はトワを愛しいと思っていた。他人などに構ってはいられないほど、トワに、心を捉えられていた。

「どうしたの、祐樹」

 黙ってしまった祐樹を不思議に思ったトワが首を傾げる。祐樹は、首を振った。

 トワに嫌われてしまう。

 そんな思いが、何時間も掛けて固めていた意志を打ち砕く。人間の尊重が関わっているというのに、出さなければならない言葉を躊躇ってしまう。

 兄が言うなと言った。何もするなと言った。大丈夫だと、木にはならないと言った。楡一の言葉が、必死さが、泣き顔が。祐樹に更なるブレーキを掛ける。

「何でも、ないよ」

 開いた口は嘘をはいた。結局祐樹は、何も出来ない。

 祐樹は罪悪感に駆られながらも、トワの手を取っていた。

「なら、よかった!」

 トワは光るように笑い、祐樹の手を引いて走り出す。

「今日も忙しいんだよ! 早くいこ!」

 暗い森へ吸い込まれていくトワは色をなくさない。まるで光るように色を放ち、祐樹の心を穏やかにさせる。

 祐樹の中で膨らむのは、トワに対する思い。純粋な白ではなく、ピンクの色を持つ恋心。

 情が、祐樹の心に蔦を絡ませる。蔦は喉にまで達し、言わなければならない言葉を阻ませる。

「……うん」

 大切なことを何一つ言えないまま、祐樹はトワの背中を見つめながら、諦めたように口を閉じた。



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