14話
木造の応接室に、淹れたてのハーブティーの香りが静かに漂っていた。
村の中央広場に面して建てられたこの小屋は、外部から訪れる「客」をもてなすために用意されたばかりの施設である。
その長机を挟んで、二つの影が静かに対峙していた。
「いやはや、お待たせしてしまいましたかな?」
テーブルを挟んで片側には、荘厳な賢者のローブを纏ったコボルトの族長、ギド・コーボル。
白髭を蓄え、知性の光を宿した穏やかな瞳で相手を見据える。
「いえ、お時間を頂きありがとうございます。私はロティ。見ての通りしがない行商人をしております」
立ち上がって深々と頭を下げたのは、人間の子供ほどの背丈をしたハーフリングの男性だった。
使い込まれた外套に、商売道具の詰まった大きな背負い袋。
人当たりの良い笑みを浮かべているが、その双眸には商人の抜け目のなさが光っている。
「これはご丁寧にどうも。わしはギド・コーボル。レーベン様がいらっしゃるまでの間、わしが代わりに話を聞くよう仰せつかっておりますゆえ」
ギドが静かに長椅子に腰を下ろす。
ロティは一瞬だけ目を丸くし、瞬きを繰り返した。
「申し訳ありませんが、ギド様はコボルトで間違いありませんよね?」
一般的にコボルトは「キャンキャン」と吠えるだけで、人間の言葉を流暢に操るほどの知性を持たない下級魔物とされている。ロティが驚くのも無理はなかった。
「わしの魔法によって、会話を可能にしているのですよ。それともコボルトでは、不足ですかな?」
「い、いえ、そんなことは。ではさっそく本題へ移らせていただきます。我々ハーフリングは様々な種族を相手に商いをしている種族でして。是非とも、この村での取引も考えていただけないか、と」
ロティは愛想笑いを浮かべながら、探るように言葉を滑らせた。
「ほう、販路の拡大ということですな」
「その通りです。此方からは岩塩や薬品などを提供させていただきます。お代は魔石や希少な薬草などとの物々交換となりますが」
「我らのこの村……レーベン村においても加工品が入ってくるのは、非常にありがたい限りですな。自前で全てを揃えることは、難しい物もありますゆえ」
ギド長老が深く頷く。
ロティの口元に、交渉の主導権を握ったという微かな笑みが浮かんだ。
「では商談は――」
「ですが一点だけ、聞かせていただきたい。商いが目的であれば、なぜこの村に?」
ギドの低く静かな声が、ロティの言葉をピシャリと遮った。
その瞳には長くを生きた者の、鋭い光が宿っている。
「私達はエルフやドワーフ、獣人などとも取引をしています。その過程でこの村の噂を聞き、是非とも取引をしたいと思った次第です」
ロティは淀みなく答えた。
だがギドは髭を撫でながら、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、違いますな。魔物が多く住む村と聞いて商売を思いつくはずがない。それも安全が保障されていない、未知の村に飛び込む理由が何かあるはず。違いますかな?」
「そ、それは……。」
口ごもり、ロティの顔から愛想笑いが消える。
ギドは机に両手を組み、淡々と相手の腹積もりを暴いていった。
「通貨の概念が無い魔物相手にならば、不公平な取引も気付かれにくい。それも魔王を討ち取った者達ならば、上質な魔石を大量に抱えている可能性もある。気に入られれば、周囲の安全も確保される。このあたりでしょうか?」
いくら魔王を討伐したとはいえ、相手は魔物。
舌戦で言いくるめればいくらでも暴利をむさぼれる――そんな下心を完全に見透かされたロティの額に、じわりと冷や汗が浮かんだ。
「これは、手厳しい。たしかに商機を感じたのは認めます。ですが搾取する気はないということだけは、言わせてください。この森で生きる者として、魔王を討伐した貴方達を敵に回すなどありません」
ロティは慌てて姿勢を正し、弁明した。
武力で魔王を屠った相手の機嫌を損ねることは、商人にとって死を意味するからだ。
しかしギドは、その弁明に頷くことすらしなかった。
「ではもっと建設的な話を始めましょう。ガラ、こちらへ」
ギドが静かに声をかけると応接室の扉が開き、重装に身を包んだ屈強なオーガの女戦士が足音もなく入室してきた。
「彼女は?」
「村を守る衛兵ですよ。そして――」
ガラは背中に背負っていた革袋を下ろし、その中から布で包まれた一本の長剣を取り出した。
静かに長机の上に置かれたそれを見て、ロティが首をかしげる。
「我々から提供できる品として、こちらを」
布が解かれ、姿を現した剣身を見た瞬間。
ロティは息を呑み、椅子から立ち上がりかけた。
妖しいまでの黒光りを放つ刃。幾重にも折り重ねられた鋼の波紋。
そして微かながら確かに感じられる、純度の高い魔力の脈動。
「これは黒鉄鋼の剣!? ドワーフの最高級品……いや、意匠が微妙に異なる。これをいったい、どこで……?」
長年、武具の取り扱いもしてきたロティが目を血走らせて剣を見入る。
ギドは外の荷馬車に武具があることはすでに確かめていた。
もはや話の主導権は、自分達側にあるとギドは確信を持つ。
「そのひと振りは、この村で打たれたものです」
「この品質の剣を、この村で!? 失礼ですが、私は商人として武具の取引も取り扱ってきましたが、これほどの刀剣を扱ったことはありません。本当に、この村で打たれたものなのですか?」
ロティの声が上ずっていた。
これまで見てきたドワーフの武器にすら匹敵する業物だったからだ。
それを開拓間もない村で製作するなど、常識で考えればありえないことだった。
だがギドはこともなげに言う。
「我らが長、レーベン様が鍛冶師と鉱床を揃えたことで可能となりました。これからはこの『試作品』を遥かに超える、武具が生産されることでしょう」
「試作……品……? これが、試作品だと言うのですか……?」
絶句するロティ。
これほどの業物が、本番の量産品ですらないという事実に、彼の常識が音を立てて崩れ去っていく。
「我々にはこの程度には資源と技術力がある。これを市場に流せば、外貨を稼ぐことには困りません。岩塩や薬品を購入するのであればロスティ殿、貴方を頼る理由がないのですよ」
ギドの冷徹な一言が、商談の主導権を完全に決定づけた。
「辺境に塩を恵んでやる」というロティの上から目線は完全に粉砕された。
この村は、外部からの施しなど一切必要としていない。
全く持って、その逆だ。
この村との交易を取り付けられなければ、莫大な機会損失を被ることになる。
ロティは深く、深く頭を下げた。
「私の完全な見立て違いです。この村は、いや、レーベン様という御方は、常識をひっくり返す力をお持ちだ」
「当然の評価ですな。我らが長はいずれ、この地を支配するお方です」
「先ほどの条件は全て忘れてください。どうか私に……貴方達の商品を市場に流すための協力をさせていただきたい!」
必死に懇願するハーフリングの姿に、ギド長老は初めて満足げな笑みを浮かべた。
「えぇ、もちろん。いい取引ができそうで、喜ばしいかぎりですな」
◆
大規模な居住区の下見から戻ったタイミングで、応接室から出てきたギドを呼び止めた。
「ギド、商談はどうなった?」
『ロティ殿は大変良い条件を提示してくださりました。近日中にもう一度来るということで、レーベン様にもご確認いただければと』
ギドは穏やかな笑みを浮かべ、手にした書類を掲げてみせた。
そこには、こちらの言い値以上の高待遇で物資を仕入れ、武具を卸すという村にとって圧倒的有利な契約内容が記されているようだった。
「凄いじゃないか! ギドに任せて正解だったよ」
俺が感心して頷くと、ギドは深く首を垂れた。
『いえいえ、これもレーベン様の威光でございます』
「ま、まさかだろ」
照れくさくて思わず苦笑する。
俺はただ、村の皆が快適に過ごせるように環境を整え、適材適所で頼れる仲間に仕事を任せているだけだ。
自分の威光などという大層なものがあるとは思えなかった。
だが、その適材適所の環境こそが、外部の常識をはるかに凌駕する怪物じみた国力を生み出している事実に、俺自身がまだ気づいていなかったのである。




