【第5話】女騎士セリカ
冒険者たちが酒場に集う夜の街は、俺が慣れ親しんだ歌舞伎町の喧騒とはまるで別物だ。
だが、支配の法則はどこへ行こうと変わらない。
酒と、欲望と、そして隣に座る女の心の隙間。
それさえあれば、俺はどこでだって一番を獲れる。
薄暗い酒場の隅、俺たちは円卓を囲んでいた。
リーナは俺のすぐ隣に座り、俺の肩に体重を預けている。
周囲の冒険者たちが、その異常な光景を遠巻きに眺めていた。
かつてはパーティーの無能と蔑まれていたシオンが、今はトップクラスの魔法使いを侍らせているのだ。
当然、嫉妬と好奇の視線が突き刺さる。
「……シオン、本当にこのままこのパーティーを続けるの? あんたの才能なら、もっと格上のパーティーだって欲しがるはずよ」
リーナが俺を見つめる。
彼女の瞳には、俺に対する独占欲が渦巻いている。
酒のせいか、それとも俺との魔力共有による昂ぶりか、彼女の肌は淡い桃色に染まっていた。
「格上? そんなものは興味がないね。俺にとって重要なのは、自分がどれだけ高く登れるかじゃない。どれだけ多くの人間を、俺の色に染め上げられるかだ」
俺はテーブル越しに剣士や他のメンバーを見渡した。
彼らは俺の視線にビクリと肩を震わせる。
俺たちの会話には入ってこられない、という顔で、ただ黙々と酒を流し込んでいる。
滑稽なほどに、彼らは俺を恐れていた。
「シオン、あんたって……本当に変な男」
「変と言われるのは褒め言葉だ。俺はただ、君たちという可能性を、最大限に引き出したいだけさ」
俺はリーナの耳元で囁き、木製のジョッキをそっと彼女の唇に当てた。
彼女は抵抗することなく、俺の導くままに酒を口にする。
周囲の男たちが、その様子を羨望の眼差しで見つめているのが分かる。
いいぞ、そのままもっと嫉妬しろ。
その強烈な感情が、やがて俺の糧となる。
【システムメッセージ:周囲の嫉妬感情を観測。潜在的な『ターゲット』としてリストに追加します】
脳内で響く通知音が、次の獲物を示唆する。
この店の中には、まだ俺の餌になり得る女たちが何人もいる。
リーナだけでは足りない。
俺という存在が、この街の夜の帝王となるためには、より広範囲に「俺の色」を浸透させる必要があるのだ。
「ねえ、シオン。次のクエストの相談だけど、そろそろ冒険者ランクを上げたいと思わない? 私の魔力、以前よりもずっと安定しているの。これなら、より危険な階層でも――」
「ああ、分かっている。君の力があれば、この街の誰も届かない場所へだって行ける」
俺はリーナの髪に手を伸ばした。
彼女は満足げに目を細める。
その時、酒場の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、重厚な装備に身を包み凛とした雰囲気を持つ女騎士だった。
システムメッセージが脳内で響く。
彼女の名は、この街でも指折りの実力者であるセリカ。
俺の新たな獲物としては、これ以上ない格だろう。
「……噂のシオン、というのは貴様か?」
セリカが俺のテーブルへと歩み寄る。
その瞳は、俺を品定めするように冷たく見据えていた。
周囲が静まり返る。
リーナが警戒するように俺の前に出ようとするが、俺は彼女を片手で制した。
「何か御用かな、麗しき騎士様」
俺はあえて、一番ホストらしい、軽薄で自信に満ちた笑みを浮かべて見せた。
セリカの眉がピクリと跳ねる。
彼女のような真面目一辺倒な騎士にとって、俺の態度は最も嫌悪感を抱くタイプだろう。
だが、それは同時に、俺が「攻略」した時の快感も最大級であることを意味している。
「無能の荷物持ちが、いきなりボスを討伐したと聞いた。……貴様、何か裏があるのだろう。リーナ、貴様もだ。何を吹き込まれた?」
「吹き込まれた? 勘違いしないで。私は、シオンの実力を認めただけよ」
リーナの言葉に、セリカは呆れたように溜息をついた。
俺は立ち上がり、ゆっくりとセリカの目の前まで歩み寄る。
彼女の香水の匂い。
鋼の鎧の冷たさ。
俺はあえて、彼女のパーソナルスペースを侵す距離で止まった。
「裏か。あるとすれば、それは『愛』かな」
「……ふざけるな!」
「ふざけてなんかないさ。君は、自分の剣技に限界を感じているんじゃないのか? 完璧すぎるがゆえに、どこか空虚で、物足りない。……俺なら、その空虚を埋めてあげられる」
俺はセリカの瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女の瞳が揺れる。
俺の言葉が、彼女の心の防壁を、少しだけ削り取った。
ホストにとって、客の心の隙間を見つけるのは呼吸をするのと同じだ。
彼女は今、最強であるがゆえの孤独の中にいる。
それを理解しているのは、世界中で俺一人だ。
「……明日、ギルドに来い。直接確かめてやる」
セリカはそう言い残し、背を向けた。
彼女の歩く先には、まだ隠しきれない動揺が残っている。
俺はそれを感じながら、満足げに微笑んだ。
「シオン、あんた……」
隣でリーナが不満げに俺を見つめている。
俺は彼女の鼻を軽く摘み、優しく笑った。
「嫉妬するなよ。俺の心は、ずっと君のものさ」
そんな台詞、歌舞伎町では使い古されたものだ。
だが、この世界では劇薬になる。
リーナは真っ赤になり、大人しく俺の胸に収まった。
酒場の窓から見える夜空。
星々が、俺の成り上がりを祝福するかのように瞬いている。
さて、明日はどんなショーを見せてやろうか。
支配の輪は、確実に広がっている。
俺はジョッキを傾け、誰にも聞こえない声で呟いた。
「さあ、次のステージだ」
どんな堅物だって、俺の手にかかれば最後には跪く。
全てを手に入れるまで、俺は止まらない。
第6話へ続く




