『忘却の迷宮』の入り口は、巨大な岩山の亀裂の中にあった。
周囲には古びた石像が立ち並び、数千年前の文明がここに眠っていることを無言で物語っている。
荒野の暴君を入り口付近で待機させ、俺たちは慎重に迷宮の中へと足を踏み入れた。
「……空気が重い。ただのダンジョンじゃないわ。古い魔力が澱んで、まるで生きているみたい」
リーナが杖を構え、周囲を警戒する。
通路の壁には不思議な発光石が埋め込まれ、淡い青色の光を放っている。
俺は先頭を歩きながら、周囲に漂う魔力の質を観察していた。
ここは、かつて誰かが「管理」していた場所だ。
迷宮そのものが、侵入者を排除するための意思を持っているかのような、そんな嫌な予感がする。
「面白いな。ギルドの連中が怖がるのも無理はない。だが、俺にとってはここも巨大なVIPルームに過ぎない」
奥へ進むにつれ、通路は広がり、やがて巨大な地下空間へと出た。
そこには、俺たちが予想もしなかった光景が広がっていた。
一面に広がる地底湖、そしてその中央に浮かぶ小島に、美しい建築物が立ち並んでいる。
「……あれは?」
エルザが目を細める。
小島の建築物から、数人の影が現れた。
彼女たちは、人間とは明らかに異なる特徴を持っていた。
背中に透明な羽を持ち、肌は月光のように白く、そして耳は長く尖っている。
迷宮の守護者なのか、あるいはこの地に隠れ住む種族なのか。
彼女たちは俺たちを見つけると、一斉に弓を構えた。
「……侵入者。この聖域に足を踏み入れた愚か者よ。我が名は『妖精族』族長ルミナリア。我らの一族が守りし眠りを乱すならば、死を以て償うが良い」
ルミナリアと名乗った長身の女性が、鋭い声で言い放つ。
彼女たちの弓からは、風の魔力を纏った矢が放たれた。
リーナが素早く防御魔法を展開するが、矢の威力は凄まじく、障壁が火花を散らして軋む。
「待て! 俺たちは戦いに来たわけじゃない」
俺は手を上げ、あえて武器を収めて前へ出た。
彼女たちが俺のスキル性の捕食者に抗えないことを確信している。
ルミナリアは俺の唐突な行動に戸惑ったのか、一瞬だけ弓を下ろした。
俺はホスト時代に磨き上げた「最高の微笑み」を彼女に向け、一歩ずつ水面を歩いて小島へと近づく。
「何をする……! 止まりなさい!」
ルミナリアが警告するが、俺の目は彼女の心の奥底を見透かしていた。
彼女たちの瞳には、一族を守るという重圧と、何百年もこの暗い迷宮で過ごしてきた孤独が影として刻まれている。
「君たちは、忘れ去られた守護者だ。だが、俺は知っている。君たちが、本当は外の光を浴びたがっていることを。誰かを待っていたことを」
俺の言葉が空間に響くと、ルミナリアの弓が手から零れ落ちた。
俺は彼女の目の前で立ち止まり、その頬に手を添える。
彼女の肌は氷のように冷たかったが、俺の熱に触れた瞬間、わずかに赤らんだ。
「あ……っ」
ルミナリアが小さく喘ぐ。
彼女たちの仲間もまた、俺の纏うオーラに飲み込まれ、次々と武器を下ろしていく。
俺はスキル『性の捕食者』を、彼女たちの魔力回路に接続するのではなく、彼女たちの「孤独」に浸透させた。
この迷宮の守護者たちを、俺というホストの「顧客」へと書き換えるのだ。
「これからは、俺が君たちの孤独を全て受け止めてやる。外の世界よりも、もっと甘く、もっと刺激的な夜を、毎日でも味わわせてやるさ」
ルミナリアは俺の胸に頭を預け、震えながらも俺を受け入れた。
他の妖精たちも、俺にすがりつくようにして集まってくる。
迷宮の冷たい空気が、俺たちの吐息で熱を帯びていく。
「シオン。あんた、本当に底なしね。ダンジョンの奥地で、新しい部族を丸ごと手に入れるなんて」
「これも必然の出逢いなのさ」
俺はルミナリアの髪を指で梳き、彼女に迷宮の最深部を案内するよう指示した。
そこには、この地を守る理由となった「遺物」が眠っているはずだ。
それをも俺のものにすれば、この冒険の報酬は、ギルドの金貨などとは比較にならないほどの価値を持つことになる。
妖精たちの導きで、迷宮のさらに深い場所へと足を踏み入れる。
俺たちの後ろには、さきほどまで俺を殺そうとしていた彼女たちが、忠実な従者のように列をなして歩いている。
地底の暗闇が、俺たちの到来を祝うかのように揺らめく。
この迷宮の真実を知る者は、俺たち以外にいない。
……さあ、最深部には何が眠っているのか。
迷宮の奥深く、未知の秘宝が俺の到来を待っている。
第 15話へ続く