対決
「もう終わった?」
母さんの後ろから声が聞こえてきた。
「「ルナ!?」」
ユズハとキョウが目を見開く。
「あ!いた!遥ちゃん!
会いたかった!」
ルナはキョウとユズハを完全にスルーして、勢いよく俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと!やめて!ルナさん!」
「ルナお姉ちゃん!」
「ル、ルナお、お姉ちゃん……」
「さあ、帰ろう!遥ちゃん!
お土産いっぱい買ってきたから!」
ルナは俺の手を掴み、そのまま引っ張って行こうとする。
……嫌な予感しかしない。
「ちょ、おい!ルナ!」
キョウが慌てて呼び止めた。
「あ、姉さんたち久しぶり!
二人とも変わらないわね」
ルナは素っ気なく手を振る。
1000年ぶりの邂逅って……。
「ちょっとルナ!
もう少し待ちなさい!」
「えぇ。
だって早く遥ちゃんに着せたいんだもん」
「な、何を!?」
「分かってる。
けど、それは後のお楽しみよ」
母さんが悪い笑みを浮かべる。
俺は、この後どうなってしまうのだろうか……。
⸻
「な、なあ……リン姉」
キョウが遠慮がちに口を開く。
「そいつ……あ、いや……その子は本当に姉さんの息子なのか?」
「ええ。本当よ」
母さんは優しく微笑むと、俺の頭にそっと手を乗せた。
「日向 遥。
17歳。私の息子」
その一言に、二人は黙ったまま俺を見つめる。
「ほら」
母さんが軽く俺の肩を叩く。
「アンタも挨拶しなさい。
一応これでも”叔母”なんだから」
「「お、お、オバっ……!」」
「は、初めまして……。
日向 遥です」
展開が異常すぎて、頭が全く追いつかない。
「挨拶も終わったし、もういいでしょ!
行こ!遥ちゃん!」
再びルナが俺の腕を引っ張る。
「ちょっと待って!」
今度はユズハが呼び止めた。
「何でアンタ、そんなに遥くんのこと知ってるのよ?
赤ちゃんの頃から見てたの?」
「ううん」
ルナは首を横に振る。
「知ったのは、つい先日」
「じゃあ、何でそんなに親しげなんだ?」
「ああ、それはね」
ルナは自分の頭を人差し指で軽く叩いた。
「リン姉さんに、遥ちゃんの記録を全部見せてもらったから」
ゴクリ。
二人が同時に唾を飲み込む。
「あ、あの……リン姉さん」
ユズハがおずおずと尋ねる。
「私たちにも見せてもらえる?」
「別にいいけど……」
母さんは首を傾げる。
「何でよ?」
「だって……」
ユズハは俺とルナを見比べる。
「あの”ルナ”が、一人の人間にあんなに執着してるのよ?」
「それに、私たちにも子供が産めるって……」
「気にならない訳ないじゃない」
「それもそうね」
母さんは納得したように頷いた。
「分かったわ」
そう言うと、自分の額に指を当てる。
「よし。
じゃあ二人とも準備はいい?」
「はい」
「ああ」
二人は目を閉じる。
母さんは二人の額へそっと手を当てた。
数秒後。
「……終わったけど、どう?
二人とも」
「「…………」」
二人は何も言わない。
そのまま、ゆっくり俺の方へ歩いてくる。
「……遥」
キョウが静かに口を開く。
「今日はもう遅いし、ウチに泊まっていけ」
「……は?」
「そうよ!」
ユズハも身を乗り出す。
「今日は”私”と一緒に寝ましょう!」
「へ?」
「いや!」
キョウが割って入る。
「ユズハはリン姉のところに泊まれ!
今日は遥と私で飲み明かす!」
「何でよ!ここの家賃、誰が払ってると思ってるのよ!」
呆然とする俺をよそに、二人は言い争いを始めた。
「ちょっと勝手なこと言わないで!
今日は私が遥ちゃんに色んな服を着せるんだから!」
さらにルナが参戦する。
「ルナはこの前、赤ちゃん服着せたじゃない!」
「今度は私たちの番でしょ!」
「何でそのことまで知ってるんだよ!」
……情報がアップデートされていた。
※
それから数分。
三人は揉めに揉めていた。
「よし、分かった!」
キョウがパンッと手を叩く。
「遥の背中は私が洗う!これでいいな!」
「何でよ!
遥ちゃんの背中を流すのは私でしょ!」
ユズハが即座に反論する。
「順番が違う!
私が一番最初に遥ちゃんを知ったんだから、私が一番!」
今度はルナが割って入る。
……話がおかしな方向へ進んでいる。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺は慌てて口を挟む。
「何でそんな話になってるの!?」
「え?」
三人が揃って首を傾げる。
「だって今日、遥ちゃんがお泊まりするのは確定でしょ?」
「うんうん」
キョウとユズハも当然のように頷く。
「……はい?」
確定なの?
「そうなると、お風呂に入るじゃない?」
「ええ……まあ、そうなる……のか?」
「だから誰が遥ちゃんと一緒にお風呂に入るかって話になるの」
「すみません」
「全然意味が分かりません」
本当に意味が分からない。
「遥!私と入るよな!
こう見えて私は背中流すの得意なんだぞ!」
キョウがタオルを振り回す。
絶対やったことないだろ。
「遥ちゃん!
私の背中流しはね、例えるなら、そうスケートリンクを滑るみたいに滑らかなの!」
ユズハが胸を張る。
傷だらけになりそうだ。
「ねぇ、遥ちゃん!」
ルナが満面の笑みを浮かべる。
「知らないおばちゃんたちに背中流されるより、若くてぴちぴちのお姉さんの方がいいわよね?」
俺から見れば、
どんぐりの背比べなんだけど……。
「おい!ルナ!」
キョウが額に青筋を浮かべる。
「お前も同じような歳だろ!」
「そうよ!」
ユズハも続く。
「アイドルやってたって実年齢は私たちと変わらないじゃない!」
「そんなことないですぅ!」
ルナが頬を膨らませる。
「私は毎日、お肌も髪もちゃんとお手入れしてるもん!」
再び三人の言い争いが始まる。
……もうどうするんだ、これ。
「いい加減にしてください!」
今まで黙っていたヒカリが立ち上がった。
全員の視線が集まる。
「だ、誰が一緒にお風呂に入るかなんて!
そ、そんな……ふ、ふ、ふ、不純なこと。
許せません!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
よし!
頑張れヒカリ!
今だけは全力で応援する!
「何だよ。ヒカリ。
お前には関係なーー」
「……あ!ああ、そうか」
キョウが突然手を叩く。
「悪い悪い!
そりゃヒカリも参加したいよな!」
「遥のことだし!」
「な、な、な、何を言って……!」
ヒカリが固まる。
「そっか。
ごめんね!気が利かなくて!」
ユズハまで頭を下げる。
「そうだよね!」
ルナも嬉しそうにヒカリの手を握る。
「じゃあヒカリちゃんも今日は遥ちゃんとお泊まりね!」
……どうやら、
余計な情報までアップデートされていたらしい。
「え、えっと……」
ヒカリは真っ赤な顔のままスマホを取り出す。
「ちょっと母に連絡してきます!」
「え?」
数十秒後。
ヒカリが満面の笑みで戻ってきた。
「OK出ました!」
「早っ!」
思わず叫ぶ。
「簡単すぎるだろ!
お前のお母さん大丈夫か!?」
男子高校生の家へのお泊まりを、
そんな即決で許す親がいるのか!?
「あなたと一緒にしないで!
私の両親は私を全面的に信頼してるの!」
ヒカリは胸を張る。
おーい!
ヒカリのお母さーん!
お宅の娘さん、
どんどんおかしな方向へ進んでまーす!
……まあ。
俺にも多少責任はありそうだけど。
そこは全力でスルーしたい。
⸻
「よーし!」
キョウが再び手を叩く。
「全員揃ったところで!」
「『遥の背中を流すのは私だ!』勝負を始めるぞ!」
「望むところよ!」
「勝ちは見えてるわ!」
「絶対に負けません!」
三者三様の返事が返ってくる。
「ちょっと待て!」
俺はヒカリを見る。
「ヒカリ!
お前、意味分かって参加してるのか!?」
「ふふふ……」
ヒカリが不敵に笑う。
「私が勝負事で負けるわけないでしょ?
見てなさい!
ふふふふふふ……」
目が据わっていた。
……アカン!
完全にテンパってる!
こうして全銀河を巻き込むことになる。
『遥ちゃんの背中を流すのは私だ!』対決の火蓋は、
今、切って落とされたのだった。




