第50話 家にいたくない
お昼にお父さんと鯛の塩焼きを食べていた。ちなみに赤米と寝かせ玄米。
「お前。彼氏と別れてお頭付きの鯛と赤飯はないだろう」
もうマンション中の噂なので元々付き合ってないとか言う気も起こらない。
「別れたのは今日じゃないよ」
お父さんは深く額をおさえて肩を落とし首を振る。
「佐々木君と別れてすぐ坂本君と付き合いだしたそうだな?お前それでいいのか?佐々木君とは仲がよかったと聞いてるぞ?」
「坂本さんとは付き合ってないよ。自転車が懸賞で当たったんでその流れで最近よく話すだけ」
お父さんは大きなため息を吐いた。
「お前本当に大丈夫か?そうやって無警戒だからあらぬ噂が立つんだ。普通は初対面の異性の自転車整備をしたりしない。相手がお前に好意があると理解しなさい」
私は割と状況を正しく理解してるよ。坂本さんは佐々木家の犬なんだ。
「坂本さんは自治会役員だから初対面じゃないよ」
お父さんはついに大きな声で私を怒鳴りつけた。
「お前はどうしてそんな目立つ行動ばかりするんだ。佐々木君には散々貢がせた上に捨てたとか、彼に無理を言って在宅ワークの仕事をもらっているとかマンション中の噂になってるんだぞ!」
お父さんの疑いの顔。噂を鵜呑みにしてるんだ。
腹が立った。
「私は潔白だよ。それを証明するのにタダ働きしてる。月三万。四ヶ月で全て返すつもり。そもそも何度断っても貢いできたのあっちだから」
私は勢いよく立ち上がった。
「どうせ元ニートだから私は信用ないけどね!」
外の人間が信じなくても、せめてお父さんは私を信じてくれると思ってた。それが何よりも悔しい。
「おい、噂を信じたんじゃないんだ。すまなかったよ。お金はお父さんが支払おうか?」
お父さんは、私の自立や信用には興味がないんだ。
「こんなので親の世話になりたくない。もうほっといてくれないかな」
悔しい。
私は非常階段を駆け降り、自転車を持って外に出た。
一階につくと、管理人室から息を切らせて飛び出してきた佐々木さんに声を掛けられた。
「関屋さん。どうして泣いてるの?何があったの?」
私は無言で自転車にまたがる。佐々木さんは焦ったみたいに言った。
「ねえ何があったの?!」
「話しかけないで。仕事に戻って。また私の評価が下がるでしょ?もう誤解されるのは嫌なの」
「待って」
私は無視して自転車を漕ぎ出した。
『佐々木蒼太、好感度ダウン』
彼は極端だ。噂が立つと困るからきつく言っただけなのに。
ファミレスに来たけど私は収入がない。やっぱりやめた。
お金がないと暇つぶしもできない。異世界に行っても時間は経たない。でも今は家にいたくない。
『イベント、坂本さんと遭遇。進行中』
は?!
「関屋さん。大丈夫ですか?」
「こんにちは。奇遇ですね」
私は無難な対応をしつつ、警戒していた。
「奇遇じゃないですよ。頼まれて追いかけてきたんです」
坂本さんは、その言葉とは裏腹に全く悪びれた様子もない。なんだか面白がっているようだった。
まさかあの別れの芝居が親に筒抜けで、坂本さんが監視役としてきたの?
「頼まれたって誰に」
「佐々木君にですよ」
「はあ?!」
坂本さんはさっきエントランスにいたらしい。見なかったことにして出かけようとしたらいきなり佐々木さんに言われたそうだ。
「坂本さん、彼女の今彼ですよね?なんで違う方角行こうとしてるの?僕めっちゃドン引きなんだけど」
「え?俺彼氏じゃないんですけど」
「隠さなくてもマンション中の噂です。じゃあ僕仕事に戻るんで、ご迷惑おかけしますが莉緒さんのことお願いします」
はああ?!何それ意味わからない!!佐々木さんは坂本さんと私をくっ付けようとしているの?!
『あれを真に受けたんですね。ご迷惑おかけしますが莉緒さんのことお願いします』
あれかー!!あの人は本当に極端で馬鹿だ!!
「立ち話もなんですし、とりあえず入りません?」
「いや、私無収入だから無理です」
坂本さんは戸惑う。
「え?天才WEBデザイナーだと聞いたのに。ていうかコーヒーくらい奢りますけど」
まさかの横井さんか!!噂が錯綜しすぎだ!!!
困惑した彼の瞳の奥に、何か計算みたいのが見えた。
「二度と奢りはごめんです。噂の彼に関わったお陰で借金まみれのタダ働きなんです」
坂本さんはフッと吹き出した。
「フフッ何それ」
いや笑い事じゃねえわ!
『坂本隆二、好感度アップ』
今ので好感度上がる意味が分からない!
「じゃあ、気晴らしに一緒に走りませんか?」
『坂本さんと遭遇は、坂本さんと海に統合されました。進行中』
はあ。腹立つ。この前からやたらイベントに振り回される。地球で佐々木さんフラグが折れたから次は坂本さん。佐々木さんの方にも多分何かイベントが出てたんだ。
だけどだからってこんな。
こんな。
坂本さんは、急かすことなく黙って私の答えを待っていた。
「……わかりました。いきます」
イベントに逆らうことができなかった。だってそれは、少なくとも私にとって正当な理由だったから。
私が端に自転車を停めると、坂本さんはわざわざ反対側の端に停めて走って戻ってきた。変な人だと思った。
「関屋さん。その繋ぎ方だとタイヤを外したら取られます。貸してください。自転車はこうやって。ほら、地球繋ぎ」
坂本さんは駐輪場の柱に繋いでくれた。っていうかサイクルポート繋ぎだよね。何が地球繋ぎだ上手いこと言いやがって。
坂本さんはタイヤの前にしゃがんだままで私を見上げて笑った。
「いきましょう。気晴らしには海ですよ」
その笑顔に毒気を抜かれた。
彼は明らかにモテそうで女慣れしてる。表面的には真面目そうだけど、私から見たら何を考えてるかわからなくて裏がありそうで、余裕ぶってばかりで……佐々木さんとは大違い。
なのに、時々ふいに邪気のない顔で笑う。
砂浜の手前のコンクリートの階段に彼はタオルを敷いた。
「どうぞ。座ってください」
「あ、ありがとう」
海を見ながらしばらく自転車の話をしていた。
佐々木さんのことは何も言わない。ただ彼は楽しそうに自転車のことを話す。
「関屋さんって見かけによらず体力ありますよね。何かスポーツしていたんですか?」
「毎日修行してます」
「フフフ、何ですかそれ」
ふと会話が途切れた。
「関屋さん。俺はあなたの力になりたい」




