【裏話1】小説家、香坂流星の裏稼業
坂本隆二(香坂流星)
通知が光った。
『アニメ出演に関しまして:
香坂先生。再び先生の出演回が切り抜かれてバズっていますよ。
アニメ出演に関しまして、今回もお断りの方向でいいですか?』
「またか……」
演劇部では3年間、一度も舞台に立てなかった。
だが夢は叶った。一度やれば十分だった。
もう二度と東京に行く気はない。
『すみません。執筆に集中したいので、今回もお断りします。締め切り落とすわけにいきませんので』
返信はすぐに来た。
『わかりました。話題になるのは間違いありませんが、原稿が第一です。お断りしておきます』
あのときはアニメ出演だけでは終わらなかった。旅費を出してくれると言ったときに気付くべきだった。打ち合わせはもちろん、インタビュー、サイン会に挨拶回り、夜の懇親会では勧められるままに酒を飲み、コンパニオンにはしつこく絡まれ、挙句に知らない女に「ホテルまで送ってあげる」と連れ出されそうになった。
編集さんが助けてくれなければどうなっていたかはわからない。
とにかく、あのときはたった一度の東京遠征で、ここぞとばかりに働かされた。東京は、怖い所だった。次行けば、更に働かされるのは間違いない。
思い出すのは、給料につられて選んだブラック運送会社の時間外労働、散々な目に遭った女性関係。外に出れば俺は同じ目に遭わされるのだと骨身に染みた。
仕事は儲かるが女はもうこりごりだ。
だいたいはお試しという常套句ではじまる。だがそれは罠だ。付き合う前はさっぱりしていた女が豹変するんだ。
精神的圧力で断れない状況。合わないから別れようと言えば弄んだと理不尽に責められる。とにかく面倒臭い。男は損をするようにできている。
今の俺は文字で妄想を垂れ流せば簡単に稼げる。ストレスフリーな生活を満喫している。昔は都会に憧れていたがあんな人だらけの場所で作り笑いでへらへらするのは地獄でしかない。
書きあがった原稿を保存して閉じると、バックグラウンドで受信していた8階の監視カメラ映像が動いた。関屋さんが日課を終えて部屋に入ったんだ。
俺はチェアから立ち上がって伸びをした。
これが俺の取材と情報収集だ。
人付き合いをしたくないならネタは人の体験を盗むしかない。
俺一人が自分の足で動き回って経験するより遥かに効率的だ。馬鹿正直に苦労して経験を積むのは、もう懲りた。
世の中汚い事をして生きてる人間はごまんと居る。クズばかりの世の中で俺だけが馬鹿正直である必要は無い。
非常階段の盗聴器を回収してパソコンに取り込むと、電池残量を確認して再び設置する。
コーヒーを淹れ、チェアに座るとヘッドフォンを付ける。
音声ソフトで無音の部分を飛ばし、波形が動き出したところをクリックする。
そこにはただ、関屋さんが階段を駆け上がる音だけが記録されていた。
関屋莉緒さん。俺がこのマンションで唯一、素性を知りたいと思った女だ。
彼女とは、一度だけエレベーターで話した。
長い髪が綺麗なクールビューティーだ。華奢で儚げなのに、強い目をしている。話すと割と普通。アンバランスでミステリアスでとにかく不思議な人なのだ。
彼女には、これまで俺が経験した女とは全く別の種類の謎……いや、純粋な興味があった。
彼女と会った翌日、俺はゴミ出しに遅れ焦って部屋を出た。すると、非常階段の方からカンカンカンという凄い音が鳴り響いていた。
な、何だ!
非常階段への扉を少し開けると下から音が響いているのだ。
俺は俄然興味が湧いた。小説のネタになるかも知れない!早速ゴミを出してから部屋を漁る。確か…あった!
電池式小型ICレコーダー。
以前ブラック運送会社の証拠集めに買ったのだ。安物なのにこいつのリターンは大きかった。スマホで録音すると開始音が鳴るのでデスクと持ち歩き用、更衣室のロッカー用で三つ買ったのだ。
それを非常階段の手すりに貼り付けた。電源のない場所で使えるがリアタイで聴けるものではないので時々回収して確認する。
7階のものは駆け降りる音だけだった。だが1階のものには会話が入っていた。
「ええ!なんで非常階段からこのダンボール持って降りて来たんですか?歩くのめっちゃ早くない?しかも汗ひとつかいてないとか!」
「任せてください!鍛えてるんで!」
「いやいやその体格でどう考えてもおかしいって。関屋さん虚弱体質じゃなかったんですか?!」
それは関屋莉緒さんと、佐々木蒼太君の会話だった。
この頃から彼女に関して、マンション内で不自然なほどに噂が立ちはじめた。




