最終回 「うちの勇者知りませんか」
快晴、無風、温度よし、湿度よし。
本日も絶好の送還日和である。
聖女送還の後、立て続けに勇者ともオサラバしたいのは山々だったが、異世界への送還はそれなりに魔力を使うので術者が消耗する。
万全を期すため、日を改めたのだ。
そして今、俺は心身ともに絶好調。
間違いなく勇者を元の世界、元の時間、元の体へ送り返してやるぜ!
なんだか気分がいい。
今日でアイツの顔も見納めだ。
起きない阿呆を起こす苦労も今日までだ。
「朝だ起きろ」
…って起きてるじゃねえか!
あの寝起きの悪い勇者が、どうした、何があった?
「天変地異の前触れじゃないだろうな?」
「変な事言わないでよ。僕だってたまには早起きするよ」
いや、した事ないだろ。
少なくとも俺は初めて見たぞ。
「それよりちょっと猫貸して」
勇者は俺から猫を取り上げた。
目の前に猫を持ち上げて、目線を合わせながら言う。
「こっちの世界に来て色々あったけど、楽しかったな〜って、やりたい事、あっちでやれなかった事、たくさんできたなって思い出してたんだよ」
「そうか」
それはいいが、あんまり猫の目を見つめるな。
喧嘩売ってると思われるぞ。
「充実した日々だったとは思うんだ。だけど全力でやりきったかって言うと、なんだか足りない気がして」
嫌な予感がした。
「延長したい」
「させるか! 速攻で送り返してやる、こっち来い!」
首根っこ掴もうとしたら、勇者の頭がぐらりと倒れた。
目が閉じられている。
両手が力なく垂れ、猫がスルリと抜け出す。
「おい、どうした。死んだ真似か? 無駄な抵抗はやめろ。気絶してても送還は可能だぞ」
肩を掴んで揺さぶると、パチッと目が開いた。
その顔つきが…………勇者じゃなかった。
……誰だ、コイツ?
「アリーナム先輩、久しぶりですね」
やけに爽やかに微笑む理知的なその顔は、勇者の依代として立候補した出来のいい後輩の顔だった。
「カーペンター?」
「そうです、俺です」
「なんでお前? まだ勇者を送還してないぞ」
「そうですね」
「勇者はどうした」
「行っちゃいました」
「は?」
「『もうちょっとこっちで冒険したい、けど借りた体は返さなきゃ、だから別の体借りて冒険するね』と言ってましたね、心の中で」
「は? 別の体?」
ハッとした。
俺の猫。
バッと振り向くと、猫が開いたドアから出ようとする体勢で、顔だけこっちを振り向いていた。
その好奇心いっぱいなキラキラした目が誰かに似ている。
まさか。
だが。
もしや。
ドバっと百もの仮説が一気に脳内に湧いて出る。
魂の移管を勇者が行なった?
あれは死霊術の高等技術、素人がやれるものではない。
だが勇者はカミサマに好かれやすい異世界人、謎のパワーでゴリ押ししたかも。
しかしいくらなんでも全くやり方を知らなければ不可能。
やり方を知ってた?
どこでどうやって?
……聖女送還の時か!
あれ見ただけで覚えたのか!
だからといって他人の猫を!
まさか『ちょっと貸して』ってそういう意味か!
アホかお前、俺はそんなの許可してねえ!!
これらの推理に要した時間、0.01秒。
たったそれだけのタイムラグで。
「ワオン」
俺の猫は、いや、勇者は出て行ってしまった。
何が『ワオン』だ、俺の猫はそんな鳴きかたはしない。
あれは中身が勇者だ、間違いない!
「くぉら待て勇者ー!!」
ドアを開けたらもういない。
左右を見回すと、いた!
廊下の窓から出ていく猫の後ろ姿。
「待たんかボケー!」
追いかけたが、逃げられた。
猫、無駄に足が速い。
塀の向こうに消えていく黒い尻尾。
「セージ、追え!」
カラスに追わせる。
本来なら俺と使い魔との間には魔術的リンクで繋がりがあるので、居場所を感知するくらい容易なのだが。
勇者のヤツ、リンクを切ってやがる!
そんな技術をいつの間に身に着けた!
要らん事ばかり覚えやがって!
完全に見失い、小一時間探し回って、俺は歯ぎしりしながら捜索を中断した。
師匠の私塾に駆け込む。
「師匠、勇者が俺の使い魔を乗っ取って逃げました! ヤツは召喚期間の延長を要求しています。強制送還に抵抗して、猫の体で逃走、街に潜伏するつもりです。直ちに緊急手配してください!」
まくし立てながら、頭の中では関係者に配る指名手配ポスターのデザインを考えていた。
黒猫の絵と懸賞金、『ALIVE ONLY』の文字、そして人の興味を引くような文言を並べよう。
例えば……。
『猫探してます』
違うな。
インパクトが足らない。
『この顔にピンときたら』
違うな。
この顔も何も猫だし。
もっとこう、効果的に訴えかけるようなニュアンスで。
『うちの勇者知りませんか』
………これだな。
《終わり》
リヒトくん帰りませんでしたね。私の書くキャラって問題児が多くて。困ったもんです。
勇者リヒトの冒険譚ならぬ魔法使いサーモの苦労譚、これで完結です。
解放感あるわー。ちゃんとタイトル回収できた自分を褒めてあげたい。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
またいつか新作でお会いしましょう。
やる気ゲージが溜まったらね!