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最終話

「エルドラド殿下は残念ながら非協力的でしたので、しばらく軟禁させていただくことになりましたが、シェリアさんは聖女としてリルアさんと同じく自由を保証してもらえるようになりました」


 シェリアを助けてから二週間後、レオンハルト様から二人の処遇について聞くことができた。

 予定ではもっと早くに王都からでて辺境にあるレオンハルト様の別荘に戻る予定だったが、二人の件が私たちを足止めする。


 というのも彼が私に気を利かせてシェリアの処遇について積極的にアルゲニア国王陛下に意見してくれたからだ。

 外交問題に発展するであろうこの問題をどう着地させるか……レオンハルト様はどうすべきなのか国王陛下に知恵を授けたのである。


「エルドラド殿下も対外的には亡命という形を取ったと聞きましたが……」

「人質よりもインパクトがありますからね。フェネキス側からすると人質と同義ですが、他国から見ると全然違います」


 殿下たちが密入国したのはレオンハルト様からすると両国間の外交の主導権を握る上で非常に幸運なことだったらしい。

 なんせアルゲニアから人質を要求した記録も、彼らを攫った痕跡もないのだから。殿下たちが自らの意思でこの国にきたのは自明の理なのだ。


 ともすると彼らが亡命したというアルゲニア側の主張は信憑性を得る。

 つまり他国からするとフェネキス王国は王族と聖女が亡命した国という認識をもたれることになるのだ。


「そして私とシェリアがフェネキス王国は聖女を蔑ろにしていると声明を出すと、ケヴィン殿下が脅しをかけるわけですね?」


「ええ、特使として彼がそう主張すれば必ずフェネキス国王は折れます。不本意でしょうが、こちらの国に謝罪にくるのは間違いないでしょう」


 レオンハルト様は思った以上にフェネキス国王に対して怒りを燃やしていた。

 私を雑な時限爆弾として送り込んだその非道さが許せなかったらしい。


 だからこそ国王陛下のみに責任を取らせる方法を考えた。

 この国に足を運ばせて私やアルゲニア国民に謝らせる。それが国王陛下たる彼が最も屈辱を受ける罰だと判断したのである。


「ですがケヴィン殿下は大丈夫でしょうか? 危険な交渉になると思いますが……」

「彼なら心配には及びませんよ。確かに軽薄で粗野な部分もありますが、その裏で実にしたたかな方です。上手くフェネキス国王を口車に乗せてくれるでしょう」


 私の評価はあまり高くないがレオンハルト様の評価は随分と高いケヴィン殿下。

 アルゲニア随一の魔法の使い手で、レオンハルト様と同様に天才と呼ばれている方なのは知っているけど外交もできるのか……。


 ゲームでも特使としてフェネキス王国にきていたのだが、外交をしているというかナンパしかしていないイメージだったので、どうしてもそのイメージが抜けない。


「フェネキス国王に謝罪させればこちらの国としても溜飲が下せるという訳ですね」


「ええ、それもありますが……すでにゲームのシナリオとは大きく離れてしまっているなら、フェネキス王国が戦争を仕掛けようとする可能性がありましたからね」


「戦争を仕掛けて……」


「あちらの国の国王に謝罪させれば、当分の間はその心配はなくなります。それでフェネキス側への牽制は十分。僕たちは自らのなすべきことに集中できるというわけです」


 シェリアたちがこんなに早くにこちらにくるなどというシナリオはゲームにはなかった。

 その時点でレオンハルト様の仰るとおり私のゲーム知識を過信することはできないだろう。

 それならばゲームにはないアルゲニア王国とフェネキス王国の戦争はあるかもしれないわけで……。


 レオンハルト様がフェネキス王国の動向を気にするのもわかる。


「ゲームのシナリオと離れて……。そうですね。もしかしたら私が覚醒する時期がズレる可能性も……」


 一番の懸念。それは私が魔王として覚醒してしまう時期だ。

 季節は雪が降りしきる冬。ゲームの知識として雪の上で鮮血を流すシーンが頭に残っているがそれもどこまで信用できるかどうか怪しくなっている。 


「僕としては、その知識はまだ信憑性が高いと思っています。ですがリルアさんの懸念しているとおりなにが起こっても不思議ではありませんから注意はしたほうがいいですね」

「ですよね……」


 うーん。“破邪のロザリオ”のおかげでのんきに寝ていたけど、これからはそうはいかないだろうなー。

 とにかく気を引き締めないと……。


「そんなに気張らなくても大丈夫ですよ。確かにイレギュラーのせいで不安要素も増えましたが恩恵のほうが大きかったくらいですから」

「えっ? それはフェネキスとの外交のことですか?」

「それだけではありません。ほら、前に少しお話したでしょう? 魔王の魂に触れたという経験の話」


 魔王の魂に触れたという経験?

 確かにシェリアを助けたときにそんな話をした。

 それが大きな経験になった、と。


(私は錬金術師として成長できたという意味として解釈していたが、それだけではないのかしら)


 他者と一体化して記憶の器と呼ばれる魂の中を歩んだ経験。

 それは私にとって錬金術師としてのスケールを大きくするに十分だった。


 なんというか。この世の摂理の大事な部分を知ったような……、そんな気がしたのだ。


「あのときの成功体験は錬金術師としての経験が豊富になったというだけではありません。リルアさんは六分の一程度とはいえ、魔王の魂を支配して取り込むことができたのですから」

「えっ? あれを支配したと言えるんですかね?」


 激痛に悶絶しながら、レオンハルト様のアドバイスを聞きかろうじてシェリアの中にある魔王の魂を引っこ抜いた記憶。


 私としてはいっぱいいっぱいすぎて、支配していたなんてとてもじゃないけど言えない状況だった。


「あの膨大なエネルギーを一時的とはいえ掌握して取り込んだのです。十分に支配していたと言えますよ。……訓練すれば完全に支配下に置くこともできるかもしれません」


「完全に支配下……。すごい。そうなれば、私の中にある魔王の魂を消し去ることも可能、ということですよね?」


 考えてもみなかった。

 そうか、あそこでシェリアの中にある魔王の魂に触れた経験ってそんな活かし方ができるのか。


 確かにこの経験はゲームのシナリオ内のリルアとレオンハルト様にはなかった恩恵かもしれない。

 つまり運は向いてきている、とレオンハルト様は言いたいのだ。


「錬金術とは未知のものに対しての理解を深めて、それを支配して、再構築する技術です。リルアさんが錬金術に対する理解を深めれば魔王の魂というモノを支配下におくことも可能だと思っています」


 要するにもっと勉強を頑張らなきゃならないってことだよね。

 大丈夫。希望がもうそこまで見えているんだ。


 立ち止まるつもりはない。私はレオンハルト様の錬金術を覚えて必ず悲劇的な未来を回避してみせる。


「このやり方っておそらくゲームのシナリオの中の私たちにはできないやり方ですよね?」


「もちろんです。そもそもゲームとやらの僕はリルアさんに錬金術を教えていないはずですから。このやり方は実践できないんです。これはリルアが錬金術師になることで切り開かれた新しい未来の可能性と言えるでしょう」


 新たな未来への可能性。なんていい響きなんだろう。

 一度は絶望して諦めていた明るい未来。

 希望を持ってからも雲を掴むような話で不安が完全に消えるまで時間がかかった。


 ようやくここまできたんだ。私は私の努力次第で未来を変えることができる。


「あの! レオンハルト様!」


 気づけば私は大きな声を出していた。

 しまった……。思ったよりもお腹に力が入っていたらしく、想定よりも大声が出てしまってちょっぴり恥ずかしい。


「おっと、どうしました? リルアさん。急に声のボリュームが大きくなりましたが……」


 レオンハルト様はそれでも穏やかな口調は崩さずに優しく私に語りかける。

 この人といるといつもこうだ。彼の身に纏う空気にやられて安心しきってしまうのだ。


「見ず知らずだった私に同情してくれて、こんなに……、こんなにも親切にしてくれてありがとうございます!」


 この出会いはゲームのシナリオで定められたものかもしれないけど、私にとっては奇跡的なものだった。

 初めて会った私の不安や懸念をすべて見抜いて最善を尽くしてくれた彼には感謝してもしきれない。


 きっと人質として送られてきた聖女が哀れだから同情してくれたのだとわかっているが、それでもきちんとお礼は言いたかった。


「……どうしましょう。改まってお礼を言われるとどうにも照れくさいものですねぇ」


 レオンハルト様はメガネを外して丁寧にレンズを拭きながら私の目を見る。

 そのアイスブルーの瞳はどんな宝石よりも澄んだ輝きを放っており、私は思わず息を呑んだ。


(ダメだ……、胸が高鳴って体が熱くなってきた)


 心臓が早鐘をうち、血液が沸騰するくらい熱を帯びていて、私は変なテンションでお礼を言ったことを少しだけ後悔する。


 でも言わずにはいられなかった。本当はもう一歩進んで気持ちを伝えたかったけど、せめてこの気持ちだけはきちんと伝えたかった。


「最初は確かに同情だったからかもしれません。でも今は違いますよ?」

「えっ? そ、それって、どういう意味……」


 その一言でどこまでも早く動いていた心臓は、今度は止まりそうになってしまった。

 同情心からではないってことは、つまりそれって――。


(気持ちを確かめたい。でも……)


 どういうことなのかと喉の奥底まで声がでかかっていた。

 しかし、勇気のない私はそれ以上がどうしても尋ねられず、それ以上は口にできない。 


「さて、そろそろ講義を始めます。もっと難しい話をしますが、ついてきてくださいね?」

「えっ? あっ! はい」


 気づけばメガネをかけ直したレオンハルト様が講義の開始を宣言した。

 ああ、大事なことを聞きそびれてしまったじゃないか。

 まったく、もう。なんで私はあそこでもっと積極的になれなかったんだろう。


「それでは昨日の復習からです。“破邪のロザリオ”の改良案をいくつか提出してもらいましたが――」


 まぁ、いいか。私には明るい未来があるんだから。

 きっとゆっくりと気持ちを確かめ合う時間なんていくらでも取れるはず。

 毎日がまぶしくて、楽しくて、新鮮で仕方がない。


 悲劇的な結末が迫っているというのにこんな呑気なことを言ってはいけないんだろうけど、私は今とっても幸せだ。


 明日がくることが待ち遠しい。錬金術師として新たな人生を歩み始めた私は確実に幸福を掴みかけていた。


 そう、目に映るそれはまさしく希望の光――。

◆完結までお読みくださってありがとうございます◆


錬金術とか、ラスボスとか、姉妹愛とか、異世界転生とか、書きたい話を全部入れて一気に執筆しました!

3ヶ月くらい前からプロットを書いて、コツコツと書き溜めて……それをまた一気に放出したので、少し寂しい気もしますねー。


また、来月には番外編を投稿する予定ですのでブックマークはそのままでお願いします!!


※最後に大切なお願いがあります!!


もしも「面白かった!」「完結おめでとう!」などと思ってくださりましたら

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もちろん、合わなかったという方も【☆☆☆☆★】や【☆☆☆★★】とゲーム感覚で採点していただければなーっと(^_^;)


読書様からの評価は作者にとって、すっごく嬉しいプレゼントですから

何卒……、何卒、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 番外編という続編でしょうか。面白かったのでこれで終わりは少し不完全燃焼。
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