第三十七話(フェネキス国王視点)
どうなっておる! なぜエルドラドのやつは消えたのだ! 聖女シェリアはどうした!
我が息子エルドラドが聖女シェリアの療養を主張して寛大なワシはそれを許可してやった。
するとどうだ! まるで煙だ。煙のようにエルドラドとシェリアは消えてしまったのだ。
(エルドラドのやつ、まさかあの女と駆け落ちでもしたのか!?)
いやいや、それはない。エルドラドが望めばシェリアとの縁談を取付けなくもなかった。
エルマイヤー家はリルアを人質にした件で大層立腹しているらしいがそんなことは関係ない。
王家に嫁を寄越せと言えばどんな家とでも縁談は成立する。そのくらいの威信はある。
それにエルドラドは我が国の軍隊の総司令官としてアルゲニアに攻め込むことを夢見ておった。
この国を離れる理由などないはずなのだ……。
「もしや、他国の賊が誘拐を……?」
あり得る話かもしれん。ワシはアルゲニアにスパイや偽聖女を送り込んでかの国の情報を得ていた。
あの国もこちらにスパイの一人や二人送り込んでいるはずだ。
もしもそいつらがエルドラドたちが辺境に行くことを知れば――。
「陛下! アルゲニアの特使として第七王子のケヴィン殿下がいらっしゃいました!」
「むっ!? ……通せ!」
特使か……。そういえば、そうだった。
さらなる和平条約の締結のため、外交特使としてかの国の第七王子……ケヴィンがこの国にくる予定だったな。
王子をこちらに寄越したということはエルドラドたちが誘拐されたというわけではないのか……。
「おー、あんたがフェネキスの国王陛下か。俺はケヴィン・アルゲニア。アルゲニアの特使としてあんたと話し合いにきた」
「ちっ、アルゲニアの王子というのはろくな教育を受けていないらしいな。口の利き方を覚えなおして、出直してこい」
なんだこのチャラチャラとした金髪の小僧は。まるでガキではないか……。
無礼な喋り方をするこの男をワシは特使だと認めない。
こんな男と交渉などしたらそれこそ我が国がナメられる。
「んっ? じゃあ出直すか。エルドラド王子と聖女シェリアが亡命してきた件について話し合いたかったわけだが……」
「なぬっ!? ちょっと待て!」
エルドラドとシェリアが亡命だと? どういうことだ?
やはりあの二人はかの国にいるということか……。
「あんたの非人道的な行いが我慢ならなかったんだってさ。酷いよな、魔王の後継者を人質として送りつけてくるなんて」
「はぁ? エルドラドがそんなことを!? それともリルアが喋ったのか!?」
ワシの計画がアルゲニアにバレてしまっただと?
くそっ! どっちが喋ったにしろ最悪だ。
リルアのみがアルゲニアにいるときならまだいい。戦争になったとしても五分の条件だからな。
フェネキスが総力をあげれば勝つことも可能であろう。
だが今はまずい。もう一人の聖女に加えて第二王子が人質にされている。
この二人を犠牲にするという決断を出せば反発する有力貴族たちもいるであろう。名門エルマイヤー家にも確実に恨みを買うこととなる。
「とにかくあんたの非道な計画は周辺諸国にも伝えさせてもらうつもりだ。近々、二人の聖女が訴えを起こす。エーメル教を国教とする国々は怒るだろうよ」
「ぬぅ……、待て! 待ってくれ!」
それはまずい! 仮にリルアのみが訴えを起こしたとしても知らぬ存ぜぬを貫き、裏切り者の異端者として糾弾してやろうと考えていた。
だが、ワシの実の息子である王子エルドラドともう一人の聖女であるシェリアまでアルゲニアに亡命したなどという噂まで流されると……信憑性は俄然上がる。
「今度戦争が起こったらうちと一対一にはならないだろうな。……もっと言えば国王陛下。あんたの首が戦争終結の絶対条件になりそうだ」
「わ、ワシの首が、だと?」
「当たり前だ。あんたは聖女を蔑ろにした異端者の為政者になるんだ。すべての元凶として倒すべき象徴になるだろうさ」
うううう、そこまでは考えとらんかった。
アルゲニアを除く他国とは昔から友好関係にあったし、攻めてくるとは夢にも思わなんだ。
「ぐぐっ、頼む! ケヴィン殿! 後生の頼みだ! 話し合おう! まだ戦争をするには早いだろう!」
「へぇ、とても戦争をやりたがっていた国王陛下の発言とは思えないなぁ」
腕を組んでふんぞり返っているケヴィンはニヤニヤとそのいやらしい笑みを浮かべてワシを見据える。
玉座に座っておるのに……、ワシが国王なのに……、なぜこんなにも見下された気分になるのだ……!
「つい出来心だったのだ。聖女リルアが魔王の後継者になるなど想定外だったし……、その……、ワシとしてもなんとかこの国の国力を上げたくて……」
「なるほど、ね。あんたの事情なんか知ったことではないが俺もできれば戦争なんかしたくない。だから特使としてやってきたんだ」
「ほ、本当か!?」
とにかく戦争だけは避けねばならなくなった。
アルゲニアだけならともかく周辺諸国などをすべて敵に回せばこの国は終わりだ。
こいつが特使としてなにを企んでいるのか知らんが、飲める要求は飲んでやるしかない。
とにかくここはなんとか、なんとか穏便に済ませてもらうしかないのだ。
「ああ、アルゲニア側からしても戦争は回避したいと思っている。そうじゃなきゃ、あんたの顔色をうかがいにわざわざ来ない。勝手に周辺諸国に聖女からの声明を出して、宣戦布告して終わりにするさ」
「むぅぅ……、寛大な気遣いに感謝する」
ふむ。戦争は回避したいというのは本当のようだな。
ならばやはり和平条約の強化が目的か? 多少向こうが有利な条約でもここは我慢して飲むしかないが、なんとかゴネてギリギリのラインを見極めたいところだ。
「フェネキス国王、あんた謝れるか?」
「はぁ?」
「だからアルゲニア王国が求めるのは、あんたからの誠意ある謝罪だよ。悪いことをしたら謝る。子供でも知っている理屈だぞ」
しゃ、ざ、い……? 謝罪……? つまり謝るだけってことか?
えっ? それだけでワシは、フェネキス王国は許されるの?
くっくっくっく、はーっはっはっはっは!
(アルゲニア人はお人好しのバカだのう)
だから付け込まれるのだ。普通なら宣戦布告をされても文句は言えんのに。
国民性なのか、国王がよほどの間抜けなのか知らんが助かったわい。
「では、さっそく書状をアルゲニアに――」
「なにを言ってる。手紙なんかの謝罪で許されるはずないだろ?」
「んんっ?」
手紙での謝罪ではならん、だと?
どういうことだ? 他の謝る方法などあるだろうか……。うーむわからん……。
「あんたには直接の言葉で謝ってもらう」
「直接の言葉だと? こちらも特使でも遅れというのか?」
「はぁ……、あんたも鈍いな。代理人なんていらないんだよ。フェネキス国王、あんたが直接アルゲニアに赴いて頭を下げて……、心を込めて謝れと言っているんだ」
「わ、ワシが直接……、だと!?」
な、なにを言っとるんだ、こいつ。
ワシが……、この王たるワシが……、今まで誰にも頭など下げたことのないワシが、隣国の元敵国の民衆どもに直接頭を下げにこいと言ったのか……。
「言っておくが、あんたにだけは痛い思いをしてもらう。俺はそれじゃ甘いと言ったんだが、親友がそうすべきだと言うんだよ」
「親友だと?」
「今回の件、それにスパイや偽聖女騒動、それらの責任はフェネキスの民衆には罪はないっていうんだ。だからあんたにだけ恥をかいてもらって手打ちにしようと考えたってわけ」
ぐぬぬぬぬっ……! 一体誰がそんな悪辣な考えをしたのだ。
このワシだけに屈辱を与えようとするとは……。
だが、断れば戦争になる。そうなるとワシはもっと大きな責任を取らねばならぬようになる。
「どう頭を働かせても無理だぞ。俺の親友は誰よりも頭が良くてね。あんたが選択する道は一つしかないともう決まっているんだ」
「ぬぅぅ!?」
「アルゲニアに謝りにこい。それできれいさっぱり水に流そうじゃないか」
「……ぐぐぐぐ、わかった。ワシが直接謝罪に赴こう。ぎりっ!」
なんたる屈辱だ! このワシが! このフェネキスの最高権力者にして国王たるこのワシが……!
なぜ、こんな目に遭わなくてはならんのか!?
おのれ~! こんなはずではなかったのに!!
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