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第三十六話

「お姉様、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 しばらく立ち上がれないでいるとシェリアは心配そうな顔をしながら謝った。

 私はこの子にこんな顔をされるために頑張ったんじゃない。

 そう、これくらいで伏しているなどなんと情けないんだ。


(立ち上がらなきゃ。シェリアを不安になんてさせない)


 足に、全身に、力を入れて私は立ち上がる。

 前を見て、笑おう。私を慕ってここまできてくれた、この子に笑ってもらうために――。


「こんなの迷惑のうちに入らないわ。あなたが気に病む必要はない」

「お姉様……。あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」


 手を握って私に礼をいうシェリアは今度は微笑んでいた。

 涙は流しているけど、それはご愛嬌ということで。だって私はもっと涙を流していたと思うから。


「……ですがお姉様。リルアお姉様の記憶に触れて、未来が……、その。未来がどうなるのか知っているように見受けられました……!」


 私の前世のゲーム知識。シェリアにはどのように伝わっているのか、はっきりとわからないが……おそらくすべては伝わってなさそうだ。

 私もシェリアの記憶に触れてざっくりな感じだったし……。


「ふぅ……、シェリア、あなたはどこまで知っているの?」


「……どこまで? そうですね。正直よくわかりませんでした。お姉様がなんらかの方法で未来がどうなるのか知っていること」


「…………」


「そして、その未来が魔王になったお姉様を私が……殺してしまうという恐ろしい未来ということ。その二つくらいしかはっきりとわかりませんでした」


 なるほど……。そんな感じなのか。

 どうやら受け身だったからなのか思ったよりも情報は伝わっていないようだ。

 それでもあの悲劇的な運命をシェリアも知ってしまった。


 この悲哀とも呼べる表情はそれが原因なんだろう……。


「私、絶対に嫌です! どんなに大きな力を身につけようともお姉様を殺すなんて、そんなことできません!」

「シェリア……、あなた……」


 胸に飛び込みながら大声で叫ぶシェリア。

 ――私はそんな彼女の頭をゆっくりと撫でる。


 私だって嫌だ。自分がリルアに転生したと知ったとき、その絶望がどんなに大きかったか……言葉では言い表せないほどだ。


「シェリア……、私はそんな未来を変えるために錬金術を教えてもらっているのよ。レオンハルト様と一緒に悲劇的な未来を変えるために」

「お姉様……?」

「以前の私だったら、この“破邪のロザリオ”だって作れなかった。それに魔王の魂だって自分の身に取り戻すなど無理だったわ」


 でも私はもう絶望していない。

 最愛の妹に自分を殺させるなどさせてなるものか。


 短い間だけど錬金術に触れてできることは増えた。

 まだまだ時間はある。きっといい方法が思いつく。


「そのとおりです。万が一にもあなたやリルアさんを悲しませるようなことはさせません」

「万が一、にもですか? オーレンハイム様はどうしてそこまで自信がおありなのです?」

「その万が一を消し去るのが錬金術師ですから。……未来の情報を知っていて、不覚を取るようなことはあり得ませんよ」


 相変わらずの自信満々という表情でレオンハルト様は心強い言葉をかける。

 そう。私にはレオンハルト様がついている。

 きっと魔王の魂なんて、近いうちにどうにかする手段を見つけてくれるはずだ。


 ……それにしても魔王の魂かぁ。ゴオオオオッと地獄のような音を奏でていて、触れると拷問みたいな痛みが走る、おぞましいモノだった。


(絶対になんとかすると思っているけど、怖いものは怖いわね)


 私の中にはあれの六倍の大きさのものがあるのか……。

 触れてみて恐ろしさを認識した私はそれを思い出して身震いする。


「僕も少しだけリルアさんを通じて魔王の血に触れることができたので、これは大きな経験として活かせます」

「大きな経験? オーレンハイム様にとってさっきのアレはそういう認識なのですか?」

「ええ。シェリアさんとしては散々な経験だとお察ししますが、僕ら錬金術師にとっては貴重な体験でした」


 さりげなく私も錬金術師の頭数に入れてもらって、嬉しかった。

 そうか。貴重な経験か。私も直にあのおぞましいものに触れたんだ。


 それを活かしてこその錬金術師。レオンハルト様を見習って必ずその経験を活かしてみせる。


「おい! お前ら! この王子たる俺を完全に無視して勝手になにを盛り上がっている!」


 ようやく私とシェリアが前向きなムードになったところでエルドラド殿下が庭にやってきた。

 殿下には悪いが邪魔になる可能性のほうが高かったので、あえて呼ばなかったのだ。

 変に動かれると集中力が乱れるかもしれないし、そうなると失敗する可能性も高まっただろう。


「で、どうなった? シェリアは、シェリアは助かったのか?」


 真っ先にシェリアのもとに駆け寄り、彼女の身を案じるエルドラド殿下。

 彼はシェリアのことを想っているのはわかっているけど、肝心の彼女にその気がないのよね……。


「リルアお姉様が助けてくださいました。自らの命を危険にさらして……それはそれは勇敢でした」

「ふーん。そっか、とにかく君が無事で良かったよ。さぁ帰ろう。きっと陛下もみんなも心配しているはずだ」


 エルドラド殿下は調子よくシェリアに一件落着したから帰ろうと口にする。

 どうやら私やレオンハルト様のことは本当に無関心のようだ。


(確かに王子と聖女が行方不明になったら大騒ぎよね)


 私はフェネキス王国の現状を想像する。

 聖女の務めについては最強の聖女であるアルビナス殿下がなんとかしているとは思うが……、いなくなったと民衆に知れるとその不安は計り知れない。


 それにエルドラド殿下が消えたとなると、騒ぎは簡単には収まらないだろう。


「恐れ入りますが、帰しませんよ。殿下……」

「はぁ?」

「せっかく元敵国の王子が不法入国してくれたんです。両国間の平和のためにあなたには人質になってもらいます」


 静かに穏やかな口調でエルドラド殿下に帰さないとするレオンハルト様。

 どうやら殿下を人質にしようとしているらしい。


「貴様! この俺を人質に、だとぉ!? 馬鹿にするのも大概にしろ!」

「魔王を我が国に押しつけて、この国を征服する口実に使おうとしていることはもうわかっているんですよ。無事に帰れると思うほうが、それこそ馬鹿にしていると思っていますが……」

「うっ……! 黙れ! この無礼者!」


 エルドラド殿下は剣を抜き、上段に構える。そしてレオンハルト様に向かって確かな殺気を向けた。


 殿下は剣術の達人。鉄格子をも切り裂く豪剣の使い手。でも――。


「ふぅ、僕は手荒な真似はしたくないのですが……」

「えっ? お、俺の剣が……、聖剣エクスエリオンが!?」


 パチンとレオンハルト様が指を鳴らすと、青い花びらが刃に付着して発光する。

 そしてエクスエリオンはボロボロと砕け散ってしまった。


 エルドラド殿下はあ然とした表情で柄をポロリと落として膝をつく。どうやらあまりのことに戦意を喪失してしまったみたいだ。


「素直に従ってくれれば野蛮な真似はしません。外交に利用させてもらいますよ」


 メガネの位置を直しながら、レオンハルト様はゆっくりと降伏勧告をする。

 これはフェネキス側との国際情勢が荒れそうだ……。

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