第十九話(エルドラド視点)
「リルアお姉様がアルゲニア王国の人質ですって!? どういうことですか!? 聖女の人質が必要ならば私にその役目を与えてください!」
あーあ、やっぱりそうきたか。リルアが隣国へと送られた日、シェリアは激怒して俺の執務室に文句を言いにきた。
シェリアの姉崇拝には困ったもんだ。まったくあの生意気な女のどこに尊敬すべき要素があるのか。
俺がリルアを人質として隣国アルゲニアに送ることが決定した、とシェリアに伝えると彼女は甲高い声を出して怒りの表情を見せる。
(ふふふ、怒っている顔もかわいいな)
だが俺からすればシェリアの怒り顔すら可憐に見えて愛おしい。
そう……これぞ真実の愛。大好きな女性ならばすべてを愛せる。そんな度量がなくてどうする。
「諦めてくれ。国王陛下の決定は絶対。俺も婚約者を失うことになるから君の気持ちはわかる。だがどうすることもできんのだ」
俺はできるだけ悔しそうな顔を作って、手を震わせながら不本意だとアピールする。
だってそうだろう? シェリアはリルアを慕っているんだから、俺はそんな彼女に寄り添い悲しみを共有するポジションを確保しときたいじゃないか。
そうやって悲しみに暮れる彼女を励ましつつ、少しずつ心の距離を縮める。
そして最終的に心が通じ合った二人は愛し合うようになり――。
(ぐふふ、美しいシェリアの心も体も俺のものだ)
ニヤニヤが止まらない。顔に出さぬように気を引き締めなくては……。
「ですが、エルドラド様。リルアお姉様は魔王の後継者かもしれないと司教様が仰っていました。このまま隣国に追いやられるとそれをなんとかすることもままなりません」
この国にいてもなんともならんだろう。常識的に考えて。
だから俺はさっさと処刑する慈悲深さを見せてやった。
それなのに父上はあの女に使いみちがあるからって、アルゲニアに送ることを決めたのだ。
まー、今となってはリルアの魔王覚醒は楽しみだけどな。俺はフェネキス軍の総司令官の座を約束された男だし……。
戦争になれば英雄になる未来が保証されている。
(シェリア、俺が英雄になって君を聖女という呪縛から解放してあげるからね)
アルゲニアには聖女なしでも結界を張り、多くの人々を癒やすシステムがあると聞いた。
俺が先陣を切ってアルゲニアを滅ぼした暁にはそのシステムを我が国でも導入して聖女の立場を無きものとしてやる。
そうすればフェネキスの奇跡、神童などと呼ばれて調子に乗っている妹アルビナスも調子に乗れなくなるだろう。
とにかく俺は聖女が憎い。だからこそ愛する者が聖女ということに耐えられない。
(ああ、シェリア。君も早く気づいてほしい。聖女などくだらぬということに)
「俺も陛下の強引なやり口には納得できない。大丈夫だよ、シェリア。俺だけは君の味方だからね」
俺は未だに怒りに打ち震えているシェリアの肩を抱き、彼女が欲しがっていそうなセリフを口にする。
実際は陛下にはありがたいとしか言えないのだが……。
「エルドラド様……、ありがとうございます。そう仰ってくれると心強いです」
きた! きたきたきたきたーーーっ!
シェリアが俺の目を見て喜んでくれたぞ。やはりリルアの擁護をして正解だった。
このままリルアの擁護をし続けていけば好感度が上がるぞ。なにこれ、チョロいじゃない。
「本当、陛下は何考えているのかさっぱりだ。リルアは有能で性格もよい。それによく働き、この国になくてはならない存在なのに……」
「まぁ! そこまでお姉様を評価してくれていますのね」
いよっしゃっーーー! シェリアの好感度上昇が止まらない。
これは思ったよりも短期間で恋人同士になれそうだな。
「そりゃあ、リルアは最高の聖女だからな! 力なら我が妹アルビナスのほうが上かもしれないが、あいつはまだ幼い。リルアは慈愛に満ちていて精神的にも実力的にも聖女としての風格がある。本当に素晴らしい女性だよなー!」
とりあえず、これだけ褒めておけばシェリアも機嫌よくなるだろう。
まったく思ってもいないことを口にするのは疲れるぜ。
だが、これもすべてシェリアの好感度を――。
「では、なにゆえ婚約破棄をされたのでしょうか?」
「ぷえっ!?」
突然低い声で脅すような口調になり、シェリアは婚約破棄の理由を尋ねる。
あまりの迫力に変な声が出ちゃったじゃないか。
「そこまでお姉様のことを評価してくれていましたのになぜエルドラド様は婚約破棄をされたのかと尋ねております」
これって、やばいんじゃない。
あれれー? シェリアちゃんったらすっごく怖い目をして俺のこと睨みつけてるじゃない。
そうだよね。俺がそんなにリルアを評価していたら、あっさりと婚約破棄するのはおかしいよな。
うーん。どうしたものか。どうやって誤魔化そうかな……。
「エルドラド様? どうして黙っておりますの? もしもエルドラド様が婚約破棄しなければお姉様は人質などにはならなかったのではありませんか?」
「……い、いや、それはどうかな?」
「婚約破棄をした納得できる理由をご説明ください!」
ジト目で追及する顔も可愛いじゃないか。
って、そんなことを言っている場合じゃないか。
ここで言い訳を間違えると面倒なことになりそうだし、俺はシェリアに嫌われたくない。
――こうなったら、フェネキス王家の底力を見せてやる!
「ぐすっ、ぐすっ、俺とて止められるものならば止めたかったさ! だがな、陛下はそれを許さなかった! 俺は愛する者との別れを嫌がり土下座したんだが、聞き入れてもらえなかったよ! 無理やり婚約破棄させられたんだ! 見損なわないでくれ! ぐすっ、ぐすっ……」
どうだ! 名付けて男の涙作戦!
女の涙も武器かもしれないが、王子たる俺の涙も十分に武器になりうる。
王族は人心を掌握するために演技を学ぶ。俺はこう見えてなかなかの演技派なのだ。
涙をダバダバ流しながら俺は優しいシェリアの情に訴える作戦に出た。
「なんとお可哀想なエルドラド様なのでしょう」
(よっしゃ!)
同情的なセリフを聞いて俺は心の中でニヤリと笑う。
やはりこの時代は演技! 演技派が勝つ時代なのよ!
これでシェリアは俺を慰めるターンに入った。俺はこのままなし崩し的にシェリアを――。
「わかりました。私が必ずリルアお姉様と再び結ばれるように全力で応援してみせます!」
「ぷえっ!?」
あれあれ? あれれー? なんか思っている展開と違う展開になってしまったよー。
確かに俺の発言を振り返ると、俺がめちゃめちゃリルアにベタ惚れみたくなっちゃってるな。
くそう! うまいことニュアンスを伝えるのが難しい……!
とにかくここはストレートに気持ちをつたえることが大事だな。まずはそこからだ。
よし、深呼吸しよう。そして、一番格好いい顔を作って告白するんだ。
「シェリア! 俺は! 俺は前からお前のことを――」
「うううう! 胸が! 胸が苦しい!」
「なっ!?」
俺が彼女の肩を掴んで告白しようとすると、シェリアからドス黒い蒸気のようなものが吹き出した。
その勢いは凄まじく俺は吹き飛ばされて執務室の壁に激突してしまう。
「はぁ、はぁ、今のはなんでしょう? 熱くて、そしてこの世の邪悪を凝縮したような……」
幸い、すぐにそれは止まった。
しかし、シェリアは自分に起きたことが信じられないというような表情をしている。
あ、あれは聞いた話と酷似しているような気がする……。
リルアが教会で魔王の後継者となったときの症状と……。
「私は……、私は……、一体……! うううっ!」
シェリアはガクガクと震えて、走って部屋から出てしまった。
くっ! なにをボヤッと見ているんだ! 追いかけなくては!
「おい! シェリア! 待ってくれ!」
俺は立ち上がり慌ててシェリアを追いかける。
しかしこれはどういうことだ? 魔王の後継者は一人だけじゃないのか?
くそっ! 意味がわからないぞ! まったく……!
※第二章までお読みくださってありがとうございます!
ここで、第二章は完結です!
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