第十八話
収監されるという非情な宣告。
レオンハルト様によると錬金術にもルールがあるらしい。
私に嘘をついた理由はこれか。違法な研究を行っていたからそれを言えなかったというわけか。
「そ、それはその。確かにルールは破りましたが、これはすごい研究成果なんです! オーレンハイム公爵、あなたならわかるはず! 私がどれほどの犠牲を払ってこの研究を成功させたか!」
両手を広げて、ルースさんは自らの研究成果を誇る。
錬金術のことはよくわからないけど新しい生物を作るのは素直にすごいと思う。
ペガサスやグリフォンなどこの世界においても神話の世界の生き物たちだし、目の前にしたときは驚いた。
「努力は認めましょう。だとしてもルールはルール。錬金術という学問はその汎用性の広さから慎重に扱わないと恩恵以上に被害が大きくなる可能性を秘めています」
「ですが、私は! この国の軍事に貢献ができるのでは、と考え――」
「黙りなさい! リルアさんがいなければ、あなたのその生半可な好奇心のせいで大惨事を生むかもしれなかったんですよ!」
「――っ!?」
ルースさんは幻獣たちを軍事に利用しようと考えていたらしいが、彼の弁明はレオンハルト様の一喝により遮られる。
彼は怒鳴られると同時にまた腰を抜かして尻もちをついてしまった。
錬金術という分野はこの国を大いに発展させている。
だからこそその大いなる力を慎重に扱おうと法整備をしているというレオンハルト様の主張は、この国の事情に疎い私でも納得できた。
「いいですか? この世界は非常に絶妙なバランスで生態系が成り立っています。それが大きくて乱れると人類どころかすべての生物が死滅する危険があるのです」
「…………」
「なにより、人類が束になっても敵わない化物が生まれる可能性があります。あなたの研究は第二の魔王を生み出してしまうかもしれないという危険性をはらんでいたのです。――あなたも錬金術師を名乗るなら、自覚なさい!」
いつもの温厚な雰囲気とは打って変わってレオンハルト様の迫力には怖さがあった。
きっと愚かな行いをしたルースさんに対して本気で叱っているのだ。
下手したら世界を滅ぼしかねない研究か。錬金術というのはそれだけ恐ろしく、それだけ未知の力を秘めているらしい……。
「あの、レオンハルト様」
「どうかしましたか? リルアさん」
「いえ、ルースさん。気絶しているみたいなんですけど……」
途中から気になっていたけどルースさんは目を見開いたまま硬直して動かなくなっていた。
どうやら憧れのレオンハルト様にすべてを否定されて説教までされたのが余程ショックだったみたいだ。
「おやおや、僕としたことが興奮して気づかなかったみたいです。……まぁ彼はまた憲兵たちに引き渡すとして。問題はこちら、ですね」
そして彼はルースさんの作ったという幻獣たちを見る。
ペガサスをはじめとする三体の幻獣たちはぐっすりと眠っている。
「この子たちは普通の動物たちを錬金術で合成させて巨大化させた雑種です。彼の口ぶりからおそらく兵器として利用するつもりだったのでしょう」
「なるほど。……それでレオンハルト様、この子たちをどうされるおつもりですか?」
真剣な表情を崩さずに眠っている幻獣たちをジッと見つめる彼に私はおそるおそる質問をした。
禁止された研究で生み出されための前の生き物たち。しかし彼らに果たして罪があるのか、私はそこに疑問があった。
「残念ですが、このままでは町の人たちに再び危害が加えられる可能性があります。無力化させるしかありません」
「そ、それって、まさか」
やはり殺すつもりなのか……。
幻獣たちを檻に入れる必要はないと言ったときからそんな予感はしていた。
理屈はわかる。見たところ人の命令を聞くような感じではないし、起きたらまた暴れるのだろう。
「リルアさん、下がっていてください。この子たちが起きてしまったら少々面倒です」
「――っ!? わ、わかりました」
レオンハルト様はメガネを外して腕をまくる。
そのアイスブルーの瞳は儚くも美しく輝き、それを見た私は反論もできずに言われるがままに引き下がってしまった。
さっきまでと明らかに雰囲気が違う。
空気が重苦しく、息をするのも辛いと感じるほどだと錯覚する……。
「さて始めましょうか。久しぶりに大きな術式を展開することになりそうです」
大地が揺れて、地面に大きな魔法陣ができる。
これは錬金術ではない? まさか魔法を使っている?
「僕の独自の錬金術は魔法と同時に利用することで等価交換の原則すら超越することができます。魔法とはあり得ない現象を引き起こす奇跡の力……錬金術は本質を理解し、分解し、再構築する力。相反する力を同時に使う矛盾を成立させ――神の作りし摂理に反逆するのです!」
地面から光が溢れ出て、まるで太陽のように輝き出す。
私はあまりの眩しさに目を閉じてしまった。
レオンハルト様の口にした理屈はほとんどわからなかったが、とにかくものすごいエネルギーが発せられたことだけは理解できる。
そしてそのエネルギーはきっとあの幻獣たちを――。
「消えちゃった……。まさか消してしまわれるとは……」
目を開けると幻獣たちは消えていた。
あのルースさんの犯した罪はそれだけのことだったのかもしれないが、ペガサスたちには罪はない。
「仕方がないかもしれないけど、これはあまりにも……」
気づけば目から涙がこぼれていた。
レオンハルト様を責めるつもりはないが悲しさと無力さに打ちひしがれてしまっていたのだ。
「れ、レオンハルト様、あの!」
「「ミュー、ミュー」」
「えっ?」
「ふぅ、苦労しましたよ。なんせ雑種から巨大化因子のみを分解する作業などしたことありませんでしたからね」
鳴き声がする方向には小さくなったペガサスたちがいた。
どうやら子犬くらいの大きさまで小型化したので私は消えてしまったと錯覚してしまったみたいである。
「僕がこの子たちを殺すと思いましたか? 聖女様の前で無意味な殺生をするはずがないではありませんか」
その屈託のない笑みを見せながら優しく語りかけるレオンハルト様。
その笑顔はこの短い期間に何度も私を安心させてくれていた。
「余談ですがこれを応用してリルアさんを救いたいと考えています。しかし、この程度のことはゲームとやらの中の自分も考えていそうなんですよね」
「でもすごい力です。私もレオンハルト様の錬金術でなら、なんとかなるかもしれないと思いました。……自分も錬金術を勉強したいと思ったくらいです」
あんなに大きかったペガサスたちを別の生き物だと言えるくらい小さくしてしまったレオンハルト様の錬金術。
それを目の当たりにして私はその可能性を追いかけたいと思っていた。
「ですが、レオンハルト様は弟子を取らない主義でしたよね? 私も独学で勉強できますでしょうか?」
「そうですね。弟子をとるのは主義に反しますから助手はどうですか? お教えしますよ、僕の錬金術でよろしければ」
「へっ?」
私を助手にしてくれる? それって、錬金術を教えてくれるなら弟子にするのと実質変わらない気が……。
「い、いいんですか? 私が錬金術を教わっても」
「ええ、もちろんです。リルアさんなら良い錬金術師になると思いますよ」
あっさりとレオンハルト様は錬金術を教示すると約束してくれた。
昨日は門外不出というような雰囲気を醸し出していたので不思議である。
「ただ一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「錬金術を習いたいというのは何故でしょう? 僕一人の研究では不安ですか?」
彼の質問の答え、もちろんそれはそんな失礼な話ではない。
どちらかといえば、それは私の性分の問題だった。
「私は助けられるのをただ待つのが嫌なんです。ですから錬金術の可能性を感じた以上、自分もその可能性を見出したいと……思ったからです」
「なるほど。自らの手で可能性を、ですか」
レオンハルト様はメガネを拭いてかけ直し、私の目を見てうなずいた。
動機としてはこれでいいんだろうか。やっぱり止めた、とか言わないよね……。
「それではこれから最初の授業を……、と言いたいところですがディナーの材料でも買いに行きましょうかねぇ。クラリスさんもようやくこちらに辿り着いたみたいですし」
「えっ? クラリスさん?」
「リルア様~~! ご無事でよかったです~~!」
レオンハルト様の言葉に呼応するようにクラリスさんがものすごいスピードでこちらに駆け寄り、飛びついてきた。
ああ、よかった。“ノア”は無事に動いてくれたんだ。
(見た目ではそんなに損傷しているように見えなかったけど少しだけ心配だったのよね)
「さぁ、行きますよ。リルアさん」
「行きましょう! リルア様!」
魔王の後継者になって人質として隣国に送られたときは不安でいっぱいだった。
でも、今は違う。私には心強い味方がいるから。
どこまで本気なのかわからないが、どこまでも本気で信じられる、そんな仲間が――。
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