第十七話
「す、すみません。聖女様、私の被験体がまた逃げ出してしまいまして」
「あ、あなたはルースさん?」
光の鎖で拘束されている二体の幻獣を被験体だとするのは、昨日の白衣の男性ルースさんだった。
彼は青ざめた顔をして焦燥しきっている。
よく見れば昨日案内していた彼の住居付近にポッカリと大きな穴が空いており、あの真っ白な建物は半壊していた。
「どうして私の名を? いえ、そんなことより聖女様。助けてください! もう一体いるんです!」
「えっ? もう一体?」
嫌な予感がした。まさか拘束した二体の幻獣のような巨大な生き物がまだこの辺りにひそんでいるというのか。
これはどうしたものか。私も随分と魔力を使ってしまったからこれ以上運用すると闇の魔力を抑えきれるかどうか怪しい。
(省エネでなんとか、するしかないわね)
「頼みますよ、聖女様。私の大事な被験体なんです。あれを作るのにどれだけ苦労したことか」
「え、ええ、やれることはやります」
この方、食糧難をなんとかするための研究と言っていたが、あんな生き物を作る必要性はないと思うしやはり嘘だったのね。
だからといってこの状況、放っておくわけにはいかない。
素早くもう一本、光の鎖を繰り出して拘束し、無力化させる。
「それでそのもう一体とやらはどこに?」
「いや、それがわからないんですよ。そんなに遠くに行ってはいないはずです」
「そうですか。それならせめてこの二体をどうにか大人しくさせたいのですが……」
迷子状態ってわけか。それなら探さなきゃならないが、私は光の鎖でペガサスとグリフォンを繋ぎっぱなしである。
このまま動くのは難しいし、これらを離すわけにもいかない。
「昨日みたいに光の檻は作れないんですか? それでズガンと閉じ込めちゃってくださいよ」
「あの二体を拘束するサイズとなると魔力が足りないので両手を組んで神に祈りを捧げなくてはなりません。今は片手が鎖によって塞がれていますから」
「ちっ、意外と使えませんねぇ。どんなときでも聖女様は奇跡を起こす存在かと思っていましたよ」
今、この人舌打ちした? 信じられない。
誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだろう……。
「はぁ、私はついてない。オーレンハイム公爵みたいになりたくて研究頑張っていたのになぁ。……聖女様、被害が広がったらあなたのせいですよ!」
「えっ? それはルースさんの責任ですよね?」
「あなたが中途半端に助けなければ、ね。これじゃあ期待し損じゃあないですか!」
ちょっと意味がわからない。なんで私が怒られているのかさっぱりだ。
もしかしてルースさん、本気で自分が悪くないと思っている?
「ルースさん、落ち着いてください。とにかくもう一体とやらの特徴を教えてもらえませんか?」
ルースさんが異常なのはともかくとして、このまま放置するわけにはいかない。
どうにか見つけ出して、捕まえなくては……。
「はぁ……、仕方ありませんね。教えて差し上げましょう。あれは僕の最高傑作ですよ。フェンリルといって、大きさはペガサスやグリフォンよりもさらに大きくて――」
「体は銀色の体毛で覆われて、見た目は狼のような感じ、ですか?」
「そう、そんな感じです。見たことあるんですか?」
「ええ、ルースさんの後ろに……」
私は会話の最中に大きな穴の中からとんでもない大きさの銀狼がぬるりと這い上がる様子を見て戦慄した。
ルースさんは私の声を聞いてゆっくりと振り返る。
「――っ!? ぎゃあああああっ!!」
「ゴオオオオオオ!」
大きな叫び声とともに腰を抜かしたルースさんはへたりこんでしまう。
えっと、この人が作ったんだよね? そんなにびっくりするものかしら。
「拘束しなきゃ! 破邪の力よ! 連鎖の光に――うっ……、胸が!」
しまった。焦って魔法を使おうとしたら、闇の魔力がまた胸から噴出しそうになってしまった……。ここ一番でこんなミスを犯すとは。
「ゴオオオオオオ!」
そんな私を嘲笑うかのようにフェンリルはこちらに向かって突進してくる。
「聖女! なんとかしろ! ひいいいい!」
「ダメ……、間に合わない」
十全に力を発揮できないのがこんなに歯がゆいなんて……。
私は自分の力のなさを呪う。
ごめんなさい。レオンハルト様がせっかく私を助けるために尽力してくださると約束してくれたのに。私はここで――。
「やれやれ、困りますねぇ。ここでリルアさんを傷つけるわけにはいかないんですよ」
「えっ?」
低い声とともに、あのときと同じくパチンと指を鳴らす音がする。
その瞬間、無数の花びらがフェンリルを包み込む。そして巨大なフェンリルはパタリとその場に倒れてしまった……。
「お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です。すみません、レオンハルト様。あれほど関わるなと仰っていましたのに」
「見たところ不可抗力でしょ? 突然暴走した巨大な幻獣。聖女として放っておけなかったといったところですかね」
またもや、ご明察。まるで見てきたかのごとく状況を推理して言い当てる。
でも助かった。今のはちょっと危なかったから……。
「あああっ! まさかこんなときにお目にかかるとは! レオンハルト・オーレンハイム公爵……!」
大げさに天を仰いで、先ほどまで腰を抜かしていたルースさんは立ち上がりレオンハルト様に駆け寄る。
この様相、どうやらレオンハルト様を尊敬しているのは本当のようだ。
「あなたがルースくんですか……。これらはあなたが作った。それで間違いないですね?」
「はい! もちろんです! この私自らの研究成果の結晶! どうですか? 古代の書物にしか残っていない伝説の幻獣の姿を完璧に再現しています!」
ルースさんはピシッと背筋を伸ばしてあれだけの騒動を起こした幻獣たちを誇る。
うーん。大きなすずめが逃げたのとわけが違うんだから、まずは謝罪だと思うんだけど……。
「ふむ。リルアさん、鎖での拘束はもういいですよ。もう眠らせましたから」
「えっ? あっ! いつの間に……? あれって眠らせただけなんですね」
「はい。花びらに強力な睡眠導入成分を仕込んで強制的に眠らせました」
気づけばペガサスとグリフォンもフェンリルと同様に倒れていた。
なんという早業だろう……。ともかくこれでやっと光の鎖による拘束が解ける。
「おおおっ! さすがはオーレンハイム公爵です! そこの聖女などとはわけが違う! これなら私だけでも新しい檻に入れられそうです!」
さり気なく私のことをディスりながらレオンハルト様を持ち上げるルースさん。
さっきからこの人、段々と遠慮がなくなっているように見える。
「新しい檻は必要ありませんよ、ルースくん」
「えっ? でも檻、壊れちゃったんですよ。錬成した鎮静剤が弱かったみたいでして。こいつらを檻に入れなきゃダメですよね?」
「ご存じかと思いますが錬金術で新たな生命体を作るのは法律で禁止されているんです。よって檻に入れられるのはこの子たちではなくあなたです」
「へっ?」
ルースさんはあんぐりと口を開けて信じられないという表情をした。
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