ある美食家の話
王朝四百三十五年。
王都から少し離れた場所にイーヴァルという町がある。
その町は、活気があり、多くに人が旅の途中で立ち寄る街だった。
そして、その活気は料理にまで波及し、王都に次ぎ、料理の名店が立ち並ぶ街になっていた。
その中でも、二つの料理店は特に有名だ。
一つは、金の羽衣亭。
昔ながらの郷土料理を、さらに洗練させた老舗の一つだ。
そこの料理を食べた人達は、郷愁を感じながらも新しい刺激にその身を震わせるといわれている。イーヴァルを訪れたら一度は行きたい名店である。ただし、費用はちょっぴり掛かるのだが。
もう一つは、迷い人の宿り木だ。
数年前から頭角を現した若い料理人が考案した鍋料理は、食べる人すべての心を温めるといわれている。
さらには、マダムウエハラの関係者以外では、ここでしかコンソメスープが飲めないことも話題になっており、どちらも含んだコース料理がここで一番の人気だ。
とても親しみやすい店の雰囲気と、お財布に優しい値段設定が、ここに来るものの足取りを軽くさせるだろう。ここも、かならず行きたい名店の一つだ。
だが、料理にうるさい美食家の中では、もう一つ、一度はいってみたいという店があるらしい。
その店は、まだ名前すらなく、看板さえも出ていない。
運よく、その店を見つけられたとしても、誰かの紹介がないと中に入れない、料理を出してくれないという驚きの仕様だ。
小さな店だからなんとかできないかとも思ったのだが、巷では「とんでもなく腕っぷしの強い青年が用心棒として雇われている」だとか、「国のお偉いさんから直接お仕置きが下る」などといった、まことしやかな噂が流れている。
半信半疑だったのだが、美食家仲間の間では、絶対に侵してはならない領域らしい。
だが、私にはそんな伝手はなく、仕方なくイーヴァルの街を三日三晩さ迷い歩き、ようやくそれらしい店を見つけた。
小さく、看板がなく、人々を笑顔にしている店を。
「ごめんください。ちょっとよろしいか?」
「はい、どなたでしょうか?」
私が扉をたたくと、エプロンをつけた可愛らしい女性が出迎えてくれた。
そして、私の顔をきょとんとした顔をで見つめている。
「いや、実は噂を聞いてな。こちらでとてもおいしい料理が食べられると評判なのだとか。ぜひとも食べたいのだがいかがか?」
「失礼ですけど……お客様はどなたかのご紹介とかあったりしますか?」
「いや、こちらへは旅の途中でやってきて知り合いはいないのだ」
私のその言葉を聞き、女性はなにやら残念そうにぎこちなく微笑んだ。
「申し訳ないのですが、こちらは私が細々とやっている料理屋でして。ですので、お知り合いか、ご紹介のある人しかお料理をお出ししていないのです。申し訳ありませんが、お引き取りくださいませ」
「そ! そこを何とか! 金の羽衣亭も迷い人の宿り木も行ってあとはここだけなのだ! なんとか頼めないものか!」
「そのように言われても……困ったなぁ」
本当に困らせてしまっているのだろう。
言葉に少し素が出てしまっているようだ。
だが、ここで引くわけにはいかない。美食家の一人として、なんとしてもここの料理を食べなくては!
「金ならある! 頼む! このとおりだぁ!!」
私は、恥も外聞も捨てて、地面へ頭をこすりつけた。すると、女性はすこし慌てた様子で私に手を伸ばしてくれた。
「そんな。やめてくださいませ。そのようなことをされても本当に困ります!」
騒ぎを聞きつけたのだろう。
周囲の人々が私に注目しているようだ。だが、ここで引いては料理にありつけない。とにかく必死でお願いをしなければ。
このまま押せばもしかしたら折れてくれるかもしれない。
そんな淡い期待をしつつ、私は必死に頭を地面に擦り付けた。
「何の騒ぎだ、いったい」
そう思っていた矢先、店の中から野太い声の男が現れた。咄嗟に顔を上げるとそこには大男が立っていた。
これが、噂の用心棒か!
「ジルさん。こちらの方が、どうしても料理を食べたいと言ってて」
「無理なことは説明したのだろう?」
「そうなんだけど、ほら、これ」
女性に促され私を見下ろす男の目は、きっと何人も人を殺している目だ。そのさっきに、思わず身震いする。
「申し訳ないが、ここは一見さんお断りの店だ。あんまりしつこいと――」
「王都警備隊の副隊長が黙っていないよ?」
「そんな軽い副隊長じゃ、威厳も何もないんですがね」
大男の後ろからは、きらびやかな鎧を身に着けた二人の男が現れた。
あ、あの方はもしかして! 王都警備隊の副隊長だ! この前のパレードで見た顔そのままである。
なぜ、このような方がこの店に。
もし、不敬だと言われれば、私の首は――。
「ん? マユよ。困っているなら力を貸さないでもないが?」
「そうね。せっかくかわいい愛弟子の料理を食べているんだから、邪魔なんてされちゃ無粋だわ」
「ひっ――!」
さらにその後ろからは、料理界では知らない人はいない、マダムウエハラと、まさかまさかまさかのまさか!
陛下!?
陛下なのか!? どうして陛下がこんなところに!?
いや、本物がいるはずもない。
でも、あの方の顔を見間違えるはずもない! 肖像画とうり二つのその方は、こちらを笑みを浮かべてみおろしてらっしゃる!
「いや、あの陛下と師匠は、いいですよ。余計場が混乱しそうなんで」
そんな二人の行為を、さも当然といった様子で拒否する目の前の女性。
その様子をみて、私のほうがぞっとしてしまう。
「いいいいいいや、私は、ももももももうしわけ――」
謝罪をしようにも、口が震えて離せない。
立ち去ろうにも腰が抜けて起き上がれない。
そんな私の物と、皆の足元をすり抜けて向かってくる人影がいた。
小さな小さなその人影は、私の目の前まで来て、堂々と立っていた。
「おかぁたんのおみせはしらないひとはだめらの! はやくあっちいくの!」
あまりに愛らしい子供が、私に向かって怒声をあげる。
怒声といっても、それすら可愛いと思えるくらい拙い喋り。その愛らしさに途端に力を取り戻した私は、すぐさま頭を下げ謝罪をし全速力で立ち去った。
この店の噂は本当だったのだ。
決してつついてはいけない藪。それが、この店だった。
大男と王都警備隊の副隊長、そして料理界の重鎮であるマダムウエハラと国の正真正銘のトップである陛下が守っている店なのだ!よくよく聞けば、マダムウエハラを師匠と呼んでいた。
そう呼べる人物は一人しかいない。
あの店の女性は、革命の異端児。マユ・エディンガー。料理界に革命を起こし行方をくらましたと言うあのマユ・エディンガーの店だったのだ。
衝撃の事実にめまいがするも、私はその秘密を決して外に漏らしはしないだろう。
ただ願わくば。
いつの日か、あの店に行ける存在となりたい。
私はそう思い、イーヴァルの街に住むことを決めた。
美食家としての最後の目的地。それをここに見つけたのだから。
王国料理研究学術書 著 モライス・スーヴェニア
その三年後。
王国有数の料理研究家であったモライス・スーヴェニアは執念でマユの店で料理を食べることができた。
その料理についての研究論文がきっかけで、イーヴァルの人口が爆発的に増えたのは、また別の話である。
◆
「さすがレイちゃんね。お母さんのお店を守ってえらいわね」
「ん! レイ、おかぁたんのおみせ、まもぅの! うるさいひときらい!」
ソフィアがそう言って幼子の頭をなでる。
その幼子は、私――マユの娘であるレイだ。ジルさんと私の宝物。今では二歳になり、こうしてお店を守ってくれている。
ジルさんに食って掛かる人もいれば、時折お忍びでくる陛下や師匠に気づかず因縁をつけてくる輩もいる。
けれど、レイが出ていくとなぜだか皆去っていくのだ。
最強の守護神は、ジルさんでも陛下でもない私の娘だった。
私の娘、最強である。
「ありがとね。レイ。お母さん、とっても嬉しかったわよ?」
「だが、あまり近づきすぎると危ないからな。気を付けるように」
「ん!」
そういって、鼻の穴を大きくしながらフガフガいっているレイをみて私は思わず笑ってしまった。
イーヴァルの私の店は、今日も平和である。




