あなたは料理に何を込めますか?②
私は師匠の許しを得てイーヴァルの街に帰ってきた。
正直、ここにきて何をしたいとかそんな大それたことは何も考えていない。ただ、皆に会いたかった。
ちょっぴり軽くて話しやすい、けど優しいハンスさん。
私が第六層まで込められることが分かったきっかけ、腕を治した素直じゃないスードル君。
一緒に働いたライバルで、私は友達だと思ってるソフィアさん。
そして……。助けてもらって、一緒にお店を切り盛りしたジルさん。大好きなジルさん。
私がこの街を離れてから、忘れたことなんて一日もなかった。最初の頃は泣いてしまった夜もあったけど、こうやって戻ってくるのを励みに頑張ってきた。師匠には「もっとかかると思ってたのに」と言われたけど、そんなに待っていられない。
元の世界に帰れない私の居場所は、ここなんだから。
そんなことを思いながら私はイーヴァルの街の門をくぐる。
以前と違い、しっかりと身分証を持った私は簡単な検閲をされてすぐに中に入ることができた。そこに広がっていた景色は、二年前と変わりない。雑多で、まとまりはないけど、活気のある街。
あぁ。帰ってきたんだなぁ。
まるで故郷に帰ってきたかのようなじんわりとしたぬくもりを感じる。思わず涙があふれそうになるも、必死でこらえながら大きく息を吸った。
うん、懐かしい匂い。
とりあえず、私は門の近くにある駐屯所に声をかけることにした。
「あの……すいません。どなたかいませんか? ちょっと聞きたいことがあって」
そうやって声をかけると、見慣れない若者が奥からでてきた。
「どうしました? 何かお困りですか?」
「いえ、ちょっと知り合いに用があって」
「知り合い? 君みたいな美人と知り合える奴なんていたかなぁ……で、名前は?」
「えっと、ハンスさんとスードル君っていうんですけど」
私は名前を告げると、若者は首をかしげて視線を宙で動かした。
「ハンスと、スードル? ちょっとわからないなぁ。ここは、毎年人が大勢入れ替わるからね。その人たちがいたのは最近の話?」
「いえ、二年前です」
「そっか、ならもうわからないよ。ごめんね」
「あ……いえ、お手間を取らせました」
私はそう言って外に出る。
そっか。もういないんだ、二人とも。
確かに入れ替わりが激しいとは聞いてたけど、副隊長のハンスさんまでいないなんて……。
私は、いつのまにかかなり低いところまで落ちている気持ちを浮上させようと、大きく深呼吸をする。
「よし! これで終わりじゃないもんね! ジルさんのところに行けば、二人の行方だってわかるんだから!」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、そのままジルさんのお店へと歩き出した。
◆
私は、道すがら市場を歩く。
そこはやっぱり二年前とは変わらなくて。けれど、久しぶりの空気はとても新鮮で。
声高に響くお店の人達やお客さん達の声がまじりあって独特の雰囲気を醸し出していた。
私は、なじみのお店をちらりと横目で見ながら歩く。けど、昔みたいに気軽に声をかけてくれる人はいない。やっぱり二年もたつと忘れられちゃうのかなぁ。
そんなことを思いながら、だんだんとゆっくりになっていく足取りに鞭を打って、必死になって足を踏み出していった。
そんなこんなで、ようやくジルさんの店につく。
時刻は昼時。きっと今頃、混雑して忙しんだろうなぁ。そんなことを思ってきたのだが、目の前にあるのは信じられない光景だった。
「嘘、でしょ……」
ジルさんの店は確かに目の前にある。
一つの店としては大きく、宿屋としては小さめなその建物は、昔と変わらずたたずんでいた。
けれど、どことなくさびれた雰囲気を感じたのだ。
なにより、声が聞こえない。
いつもなら、この通りに入ればにぎやかだったジルさんの店は、その様子は感じられない。私はゆっくり近づいて店のドアを開けるも、そのドアには鍵がかかっていて開かなかった。
ドアにかけた手には、じとりと冷や汗が湧き出ていた。
急に口が渇き、つい唇をなめてしまう。
だんだんと外の音は聞こえなくなり、頭の中には心臓の鼓動が響いていた。
「そんなことって」
私はそっと窓から中を見ると、受け入れたくない光景が広がっていた。
椅子はいつくか床に転がっていて、整頓されている様子はない。
きっと、しばらく動かしていないのだろう。遠目でもわかるくらい埃が積もっていた。
カウンターの上には何やら荷物が所狭しと乗っかっており、その奥の厨房には人気は感じられない。
見るからに長らく使っていない店の様子に、思わずよろめいたのは仕方のないことだろう。
「ジルさん……お店、やめちゃった?」
慌てて裏口に回る。
勝手口に手をかけるとやっぱりドアは開かなかった。ジルさんが飼ってた鳥も、もういなくなっていた。
「じゃあやっぱり……」
私は愕然とした。
二年前。
私は、ジルさんやこの店を守るためにここを去ったつもりだった。
私の第六層まで魔力を込めることのできる力は、多くのものに危害を与える危険があったのだ。
だからこそ、私はここから去って、大事な場所を守りたかった。けど、それがどうだろう。
私がどうしても守りたかったここは、今では人気のない空き家みたいになっている。
大事にしたかったあの場所は、もうここにはない。
もしかしたら、私がいてお店を一緒に切り盛りしたらこうはならなかったんじゃないんだろうか。自分の力は控えめにみても大きな影響力を持つ。そんな自分がいれば、この店を守ることができたんじゃないか。
そんな考えが浮かんできては自分を責めた。いい加減、あふれ出る涙を抑えることはできなかった。
思わず私はその場にうずくまり、二年前の楽しかった日々と、今の選択をした後悔と、これからどうしたらいいんだろうという絶望が心の中でめちゃくちゃに入り乱れていた。
ジルさんに会いたい。
そんなささやかな想いすら、今の私には果て無く遠い夢のようにしか思えなかった。
そのままひとしきり泣いた後、私は仕方なく立ち上がる。
このままこの場所にとどまっても意味がない。
私は、師匠から連絡がいっているはずのこの街の代表の家に向かうことにした。そこにたどり着きさえすれば、ひとまずは困らない。
重苦しい足取りに鞭を打ちつつ、私はその場を去った。
何度も、何度も振り返りながら、その場を去ったのだ。




