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あなたは料理に何を込めますか?①

 二年前のあの日。


 ジルさんと別れて、伯爵の義理の娘になって、今私は、マユ・エディンガーと名乗っている。

 三か月の貴族作法詰込みブートキャンプを終え、ふらふらになりながら私は今の師匠のところに住み込みで働くこととなった。師匠の名前は、サツキ・ウエハラ。そのまま、日本人の名前に、どこか安心したのを覚えている。


 師匠は、世界でただ一人、第六層に魔力を込められる人だ。今ではその名前よりも『抜魂だっこんの料理人』という通り名が有名だ。魂を抜き取るほどの美味しさと魔法の効果からそう呼ばれているのだとか。

 その名前で呼ばれるのはとても嫌がるのだけど、まあ、みんなはそう呼んでいるみたい。

 私から言わせると、ただのおばちゃんなんだけど。


「――なんだい、マユ。あんた、何か言ったかい?」


 私が少し昔を思い出しながら下ごしらえをしていると、後ろからにやついた笑みを浮かべてたたずんでいる中年の女性が声をかけてきた。その女性はふくよかな体躯をしており、腰に巻いたベルトにしっかりとお肉が乗っている。この容姿であるにも関わらず、多くの貴族達からラブコールを受け続けているんだからこっちの世界の美の価値観っていまだによくわからない。

 いうに及ばず。この女性は私の師匠であるサツキ・ウエハラだ。


「べ、別に、何も!」


 慌てて取り繕いながら、すぐさま食材へと向かった。だが、師匠は私の頭をがしっと上からつかんで、にやついた顔を私に近づけてくる。


「あんたは嘘が下手だからね。見てりゃわかるよ。考え事をしながら下ごしらえをするなんて、いいご身分だね。準備が終わったならさっさと仕上げをするといい。皆がお待ちだよ」

「はい! まもなく!」

「いうまでもないけど、魔法は込めるんじゃないよ。第六層までの魔力で十分さ」

「わかってますよ、師匠。いつまでも、二年前の私じゃないですから」

「そんな口きいて。この間、ダンの倅の誕生日にうれしすぎてケーキに魔法をこめちまったのを忘れたのかい?」

「ぐっ――」

「はは! まあ、気を付ければ大丈夫なのはわかっているから。私は向こうで待っているからね」


 そういって師匠は台所から出て行った。


 と、まあ。

 私は師匠のところでこうして相変わらず料理を作っている。

 師匠はもともと、自分のお店を持っていて、そこはある程度の身分の人しか来ることことができない場所となっていた。

 これは私もしらなかったことだけど、魔力を第六層に込めることと、魔法を込めることは異なる技術である。言い方を変えれば、魔力を六層まで込めた下準備がないと、魔法がこめられない、といったほうがわかりやすいかもしれない。

 その下地を作ることができるのが、私や師匠。そのあとは魔法は誰がかけても構わないんだけど、やっぱり下地を作った本人のほうがいろいろと応用が利くみたい。

 ……たしかに、この前は失敗だったなぁ。

 未熟児で生まれたダンさんの息子さんに、勢い余って巨大化の魔法を込めてしまった。早く大きくなってほしいという想いが魔法になって込められてしまったのだ。

 

 でも今回は特に思い入れがない相手。

 けど、私にとっては大事な一皿。


 この料理をもって、私が師匠のもとから独り立ちするかどうか、それが決まる。卒業試験のようなものだった。


「よし! あとちょっと!」


 私は、少しだけこの二年間のつらい思い出を思い出しながら、再び食材たちに向かい合った。


 ◆


「お待たせいたしました」


 私は、これでもかと魔力をこめた料理をそっとテーブルに置いた。私が皿を置いた瞬間に聞こえたのは、ごくりという唾を飲み込む音だった。

 正直、この料理はそれほど手間をかけたものじゃない。

 表面を炙った肉を薄切りにして、細かく切った野菜や私特製のソースをかけたもの。お肉のカルパッチョといってもいいかもしれない。

 前菜でしかないこの料理だけど、もちろん第六層まで魔力を込めておいた。


「これが、マダムウエハラの後継者の料理か……」


 そう言うと、目の前の男性はゆっくりと料理を口に運んでいく。そして、それをおもむろに咀嚼すると惜しむかのように飲みこんだ。


「おぉ! おおっ!」


 瞬間、男性は立ち上がり目を見開いた。そして、意味のない言葉を繰り返しながらそのままの姿勢で料理を飲み干していく。


「う、うまい! こんなもの! 今までの人生で食べたことがない!」

「あら? それって、私の料理よりもおいしいってことかしら?」


 すかさず師匠が口を挟むと、男性は慌てたように両手を前に出した。


「い、いや! そういうわけではなくてだな! やはり、調理技術と魔力の融合という革命をもたらした革新的な料理の味がするということだ! 断じて、マダムの料理と比べてどう、というわけではない!」

「ふふっ、わかってるわよ。ほら、マユ。一皿目がなくなったんだから次のを持ってきてもらえるかしら?」

「はい! かしこまりました!」


 くふ!

 反応を見る限り、かなりいい感じだ。これならば、きっと満足してもらえるだろう。

 だけど、油断しちゃいけない。

 常に最高のものを。お客様がおいしいって思ってもらえるものを提供しないといけない。


 私は、大きく息を吐いて、次の料理の準備へと取り掛かった。




 先ほどの男性は、今デザートを食べている。

 このデザートは、ソフィアさんとのデザート対決で作ったスイートポテトリンゴを改良したものだ。今では使うことに不自由しない砂糖を使いながら、甘みの緩急をつけた以前よりも完成度の高いものになっているつもり。

 そのデザートを食べている男性は、顔が蕩けそうなくらいだらしない表情を浮かべていた。


「この世の至福がここにあった……」


 言っている言葉までどこか気が抜けている。

 私は目の前の男性の評価を待つべくじっと目の前に立っていた。すると、しばらくしてようやく気を取り直した男性が慌てたように背筋を伸ばすと、私に向かって口を開いた。


「うむ。大儀であった。さすがはマダムウエハラの弟子だな。その料理は師匠であるマダムとは少しばかり方向性が違うが、技巧に富んだ料理、たぐいまれな魔力味。どれをとっても、マダムとは違う魅力を感じさせた。それこそ、今まで食べたことがないと断言できるほどに」


 男性は今までの態度とは打って変わって、威厳のある様子で講評を述べていく。

 師匠はそれを聞きながら、どこか嘲るような笑みを浮かべて男性に声をかけた。


「それで、どうなの? 合格? 不合格?」


 私の心臓はドキドキと脈打っている。

 今できる私の最高を差し出した。

 二年間、ずっと料理ばっかり作ってきたのだ。もちろん上達はしているし師匠から教わった知識や技術も詰め込んでいる。何より、第六層まで魔力を詰め込んだのだ。あの時の私とは違う。


 私は、師匠の元にやってきてひたすらに魔力を込める技術を学んだ。

 昼は寝る間を惜しみつつ。夜は、死体に鞭を打つようにブラック企業も真っ青なくらいに魔力の勉強と実技を行った。といってもひたすらにリンゴに向かって集中するだけなんだけど。

 そうして魔力を徐々に込められるようになった私が料理を始めた時、師匠も姉弟子達も驚いた。

 それは、調理した料理に魔力を込めたからだ。そしてその美味しさにもびっくりしていた。街中の料理しか食べたことのない


 やっぱり師匠のところでも魔力を込められない料理イコール、技巧をこらした料理という扱いだったのだ。

 私は、ジルさんのところで立証した調理技術と魔力との相乗効果について説明し、師匠をうならせた。その話は、この国に飽き足らず、料理研究学会たる集団の耳にも入り、最終的に全世界に向けて私は自分の論理を発表することになったのだ。

 そこから始まったのが、調理と魔法の融合。

 それを突き詰めていくことが、料理の至高へとたどり着くことだと世界の料理人が認識した初めての瞬間だった。その時、この国の料理の未来は大きな変化を研げだのだろう。


 私自身、おいしい料理がどこでも食べられるのはうれしいことだ。

 だけど、それ以来『料理界の革命の異端児』と呼ばれ始めたのははなはだ不本意なのだけど。


 そんな経緯もあって、私は普通では考えられないくらいの速さで師匠のところを卒業する資格を得た。

 その是非が決まるのがこの試験。

 この国の王様に、料理を食べてもらうという試験が今まさに行われているのだ。


 私はごくりと唾を飲み込んだ。

 陛下がなにやら考え込んでいたが、すぐに表情を崩しほほ笑みかけてくれた。


「考えるまでもない。文句なしに合格だと思うが。というか、マダムが試験を受けさせるだけで腕前については問題ないのだろう? マダムのところを巣立つときに王族が料理を食べるというのは、先代から続いた慣習みたいなものだからな。ただ単に、王として世界で一番うまいものを食べたいってだけの話だから」


 そういって陛下は声を上げてわらう。

 いや、そんな理由だったの? 結構、私、緊張したんだけどな。


「まあ、そうね。でも形式って大事でしょ? 一応、外でも私の弟子として名乗るんだからそれ相応の腕前がないとね。王様に認められたっていう事実も箔をつけるのには必要あことよ。私の弟子なんて、どこの貴族も召し抱えたくてしょうがないんだから。その身と自由をまもるために必要なことなのよ」

「マダムの時はひどかったと聞くからな。まあ、文句なしに彼女はマダムのでしだよ。さすがは革命に異端児だ!」

「なっ――!?」


 唐突な呼び名に、私は思わず噴き出した。が、すぐさま姿勢を整えて何事もなかったようにふるまった。


「して……マダムの弟子であるマユよ。お前はこれからどうするのだ? できれば、またこの料理を食べたいからな。所在くらいは聞いておきたい」


 私は陛下の問いかけに対してゆっくりと答える。 

 当然、ずっと前から決めていた場所。

 私は、そこに帰る以外の選択肢はなかった。


「はい。私はイーヴァルの街に帰ります」


 そう。

 そこは、私が迷い人として降り立った場所。

 ジルさんとの出会いの場所であり、私の心を救ってくれた場所。


 そこに、これから帰るのだ。 

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