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女の意地と甘味対決③


「え……と、勝負って」


 私が困惑していると、ジルさんがそこに割って入ってくれる。


「おい、ソフィア。何言ってるんだ。勝負とかそんなことやってる暇なんかないんだぞ?」

「何言ってるのよ、お兄ちゃん。人手が欲しいってことは、もっと商いを大きくするってことでしょ? そしたら口コミじゃ限界があるし、ある程度宣伝は必要。つまり、私とマユさんの料理対決をある種の宣伝に使っちゃえばいいのよ」

「だがなぁ……」

「それに、私は新参者。おそらくはマユさんのやり方は私のやり方とは違うのよね。だからこそ、最初に互いに違いや実力を見せ合う必要があるんじゃないのかな? 私だって、料理に関してはお兄ちゃんより自信があるくらいだし……それに――」


 そういうと、マユさんは私を指さして声を低く絞り出した。


「お兄ちゃんの横に立つのは私。マユさんじゃない」


 息が詰まりそうなほどの眼光。その迫力に、私は二の句が継げない。そんな私を見かねてか、ジルさんが再び口を挟んだ。


「何言ってんだ、ソフィア――」

「お兄ちゃんは黙ってて。私はマユさんに聞いてるの。私と勝負をしてくれますか? どうですか?」


 私は、そんなソフィアさんの態度と言葉にある程度の事情を察した。


 つまりは、ソフィアさんはジルさんが好きなのだ。幼いころから想いを寄せていたジルさんに、どこから来たのかわからないよそ者がすり寄って一緒に店をやっているように見えるのかもしれない。

 まあ、事実その通りだけど。

 だからこそ、少しだけ強引に店に行く理由を作り、今はこうして明らかな不穏分子である私に真正面から勝負を挑んでいるのだ。自分に自信のある、料理という分野で。


 私は、そんなソフィアさんのまっすぐな気持ちに直面して、この勝負は軽はずみに受けていいものではないと感じていた。

 ジルさんの前でこれだけ気持ちを押し出すことはきっと恥ずかしいことだし、ましてや勝負を申し込んで負けたらなんて考えたら立つ瀬がない。後先を考えずに突き進む様は見ていて気持ちがいい半面、その覚悟は並大抵のものではないと感じたのだ。

 別に、負けたらどうとか決めているわけじゃない。

 けど、それ以上に大事なものをソフィアさんは賭けている気がする。

 なら私も……ちゃんとソフィアさんと向き合ったうえで返答をしたいと思った。


「分かりました……ではソフィアさん。その勝負の条件は?」

「おい、マユ――」

「いいんです。まずは詳細を聞いてからじゃないと決められないですし」


 ジルさんが眉をしかめて割って入ってきたが、今は目の前の女の子に向き合いたい。


「ありがとうございます。条件は、互いに誰の助けも借りずに一つの料理を仕上げて、その味で勝負がしたいです」

「品目は?」

「それはお任せします。全部を決めて挑んだら、それこそ公平性なんてありません」

「そうですか……では」


 自分に有利な希望を押し付けるわけじゃなく、あくまで純粋な勝負がしたいってことね。

 うん。

 そういうことなら別に私も拒む理由なんてない。

 お店の宣伝にもなって、新しいメニューが二つも増えるかもしれないのだ。そんなお店にとってお得なことをやめる理由なんてない。

 だとしたら、どんなものがお店にとって利点となるか……。


 うん。あれがいいかな?


「甘いもの、はどうかな?」

「甘いもの……ですか?」

「うん。今うちの店はお昼のサンドイッチと夜のポトフ。それしか売っていないんです。もっと人手が増えれば細かいサイドメニューや定番ものが増えると思うんですけど、どちらかというとしっかりと食べる人向け。昼と夜の間は、それこそ人なんて来ないですから」

「じゃあ、その時間帯の看板メニューを作りたいってことですね?」

「そういうこと。どうですか? それでもいいですか?」


 私とソフィアさんは視線を絡ませながら条件を煮詰めていく。

 そして、互いに質問がなくなったその時。お互いに見つめ合い頷いた。


「マユさん。ありがとうございます。勝負を受けてくれて」

「ううん。私もちょっと楽しみになってきたから」


 そういうと、ソフィアさんは準備があるからと部屋を出ていき、私はすぐさま頭の中でやるべきことをリストアップしていた。

 ぶつぶつとつぶやく私の横では、ジルさんとクレーズさんが肩をすくめて苦笑いをしていた。


「どういうことなんだ?」

「俺にも全く……」


 男性陣は、まったくもって鈍感だった。


 ◆


 結局、勝負の日は三日後となった。

 それまでの間に、お店の仕事をこなしながら、料理を考え、料理対決の宣伝をしたり当日のすすめかたなども考えなければならない。

 あれ? 思ったより大変かもな。

 私はそんなことを思いながら、一人調理場にたたずんでいた。既に日は沈みポトフも完売。ジルさんはすでに自室へと入っていた。


「この世界で手に入る材料のスイーツ、か……。砂糖は高級品みたいだから使えないとして、蜂蜜はあったかな? それとも、作り込んだものじゃなくて果物を活かしてみるとか……。うーん。悩むなぁ」


 どんなスイーツにしようか悩むけど、やっぱり私が生まれた世界とこっちの世界とでは材料のそろえ具合も違うし勝手も違うし困り者だ。何より、私自身がこっちの世界の常識をそれほど知らないというのは痛い。 

 やっぱり無謀だったかな? そんなことが脳裏をよぎるも、その思考を慌てて私は捨て去った。


 そういえば、昼間ソフィアさんと話していた時は考えつかなかったことだけど、ソフィアさんってどの程度ジルさんが好きなんだろ? 憧れのお兄さん? それとも結婚して二人でお店をやっていきたいとかかなぁ。

 もし、幼馴染同士で結婚とかしたら素敵だろうなぁ。二人とも美男美女だしお似合いだ。

 そうしたら、あのお店も二人で切り盛りすることになるんだろうな。そうなったら、私はどうすればいいんだろうか……。


 ずきり。


 唐突に胸が痛み背筋がざわついた。

 あれ? なんか急に苦しい。

 私は、急にこのことを考えたくなくなって、慌てて目の前の食材と向き合った。

 

 無謀だろうが常識がなかろうが、こっちに来てからのことで私とこの世界の人達の味覚にそれほど差がないことがわかってる。なら、私は一生懸命美味しいものを作るべきだ。

 それができる知識はある、技術もそれなりにある。なら、あと必要なのは、知識や技術をこの世界の文化レベルとすり合わせることだろう。


 私は、なぜだか急に勝ちたいという想いが芽生え、これでもかと集中して料理の検討に取り組んだのだ。




 そうこうしているうちに、大分夜も深まってきた。外に響いていた酒飲み達の声やわずかな生活音も静まり、沈黙が広がっている。

 私は、その沈黙の中、同じように黙々と試作を繰り返していた。


「うん。方向性はこれでいこう。あとは、細かい粗を整えていけば――」


 ようやく一息つこうと思った矢先、唐突に後ろから物音が聞こえた。反射的に飛び上がりながら振り返ると、そこにはジルさんが気まずそうな顔をして立っていた。


「……ジルさん?」

「いや、その、驚かす気はなかったんだ。随分遅くまで起きてると思ってな……その、なんだ、大丈夫か?」

 

 視線を逸らしながら謝ってくれるジルさんの手元には、二つの杯がある。それを見て、私は思わず微笑んだ。

 もしかして、心配してくれたのかな?

 私はなぜだか嬉しくなってしまい、エプロンを外しながら片づけを始めた。


「大丈夫ですよ。そろそろ切り上げようと思ったところでしたから。それで……もしかしてその片方って私の分だったりしますか?」


 ちょっと照れ臭かったけれど、とりあえず聞いてみた。すると、ジルさんは少し驚いたあと、ぎこちなくほほ笑んでカウンターへと座った。


「ああ。よかったら飲まないか? 明日も早いから酒ってわけにはいかないが」

「はい。ではありがたく」


 持ってきてくれたのは、甘くさっぱりとした果実水だった。ジルさんからもらったそれが、なぜだかとてももったいなく感じてちびちびと舐めるように飲んだ。じんわりと胸が暖かくなっていくのがわかる。


「ジルさんこそ、こんな遅くまで珍しいですね。いつもこんなに遅く?」


 私はジルさんの横に座ると、あまり眠そうではないジルさんに疑問を持ったので問いかける。


「ん、まあ。そうだな。今日はたまってた帳簿をつけてたから遅くなったんだが……いや。違うな。恥ずかしい話、最近は毎日こんなもんなんだ。ちょっとやりたいことがあって」


 話しながら首を振るジルさんは、毎日こんな遅くまで起きているという。

 この世界の人達はどちらかというと夜、眠るのは早いのだ。それほど照明器具も発達していない環境では光熱費ばかりかかってしまう。今も、明るいとは言いがたい状況で料理をしていたのだが、なんでジルさんも起きてたんだろ?

 私は首を傾げると、催促だと思われたのか重い口を開いてくれる。


「切る練習をしてるんだ」

「切る練習?」

「ああ。前にマユが教えてくれた包丁の使い方を、な。剣と同じでやらないと身に着けたものが鈍る気がして。いつまでのマユに頼りっきりもここの店主として恥ずかしいだろう? だから、早くうまくなろうと思ったんだ」


 それを聞いた私の胸にはなんとも言えない感情があふれだす。

 嬉しいような、恥ずかしいような。

 それでいて、誇らしいような。

 なんだかわからないけれど、ジルさんが私が教えたことを頑張っていてくれたのがとても嬉しい!


 なんだか顔が熱くなってきたし、ジルさんの顔が見れない。


「毎日忙しいのに、そんなことまで……なんだか嬉しいです」

「感謝しているんだ。親父の店を失わずに済んで……全部マユのおかげだからな」

「そんなこと――」


 慌てて否定しようとしたら、それはジルさんに制止される。


「いや、事実そう思う。だからこそ、俺は頑張らなきゃならない。調理技術ではマユに、魔力の扱いではソフィアに劣る……。俺は、まだ未熟だがこの店の主なんだ。やれることはなんでもやらないとな」

「ジルさん」


 ぼんやりとカウンターの中を見つめながらつぶやくジルさんの横顔に私は見惚れてしまった。

 そのまなざしがどこまでもまっすぐで真剣だったから。

 同時に、私もジルさんのために何かしたいと自然と思った。それは、あえて口に出そうとは思わなかったけど、きっと今向き合っている新作料理はこの店のためになる。

 私はそんなことを思いながら三日後の対決に向け決意を新たにしていた。


「マユはもう寝るのか?」

「へ?」


 急にくるっと私を見るジルさん。

 って! 急にこっち向かれると恥ずかしいんですけど! イケメンは卑怯だよ! ドキドキして胸が苦しい。


「そろそろ片付けて寝ようと思ってたけど……」

「なら、それを飲み終わるまででいい。少しだけみてくれないか?」

「えっと、見てくれって何をです?」

「これさ」


 そういってジルさんはカウンターの中に入ると、包丁を取り出した。問いかけの返答として、私は目を合わせて静かに頷いた。


「夜中ですけど厳しくしますよ?」

「ああ、わかってる」


 そんな軽口を交わしながら、ジルさんは野菜を切り始め、私はそれをカウンターの向かいからぼんやりとみていた。


 とん、とん、という包丁が野菜を切る音だけが響く調理場。


 言葉は交わさないけれど、真剣なジルさんの想いと、私の胸にともった温もりは、確かにそこにあったのだ。



 次の日の朝、寝不足でひどい顔だったのはご愛敬ってものだろう。 

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