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17/30

女の意地と甘味対決④

 そうこうして訪れた勝負の日。

 場所は、ソフィアさん達のお店でやることに決まっていた。まあ、ジルさんのお店じゃ、厨房は狭いし同時に料理なんてできない。だが、ソフィアさん達のお店である金の羽衣亭の規模はジルさんのお店の数倍。

 当然、厨房も広いし、同時に料理くらいはできる。

 広く、きちんと整備された厨房に、マユは少しばかり気後れしていた。


「ええっと、いいのかな? こんなところ借り切って」

「営業時間外だからな。それに、勝負を言い出したのは向こうだ。気にするな」


 そんな言葉を交わす私達の前には、ソフィアさんとクレーズさん。そして、なぜだか審査員としてハンスさんやスードル君がいる。

 普通におかしいでしょ。

 そんな私の気持ちに気づいたのか、ハンスさんは爽やかな笑みを浮かべてほほ笑んだ。スードル君もにまにまと笑みを浮かべている。


「こんな楽しいことに声かけないなんて水臭いね。二人の作る料理を楽しみにしてるよ」

「甘いもん食べれるなんて、こんな機会なかなかないですから。今日は無理やり休みをねじ込みました」


 なぜだかドヤ顔でこちらにポーズを決めてくる二人が心底うざい。

 こっちは緊張してるっていうのに!


「まあ、私はソフィアさんが良ければいいんですけど……審査員、あまり公平じゃない気がしますよ?」


 堂々とたたずむソフィアさんに問いかけると、少しばかり尊大な仕草で顔を背ける。


「別にいいんです。誰が食べたって文句が言われないものを作ればいいんですから」

「その通りだ。さて、マユ。準備はいいか? 俺もそんなに時間があるわけじゃない。どうだ?」


 クレーズさんが険しい顔つきでこちらを見た。

 その迫力にびくりと背中が震えるけど、大丈夫……。散々検討を重ねてきた料理だ。今の私にとって精一杯のものができた。それを堂々と出せばいいんだ。

 この勝負には何もかかってない。

 けど、どうしても負けたくなかったそれに、私はできる限りの知識と技術を注ぎ込んできたのだ。


 私は深く頷くと、すぐさま厨房に立った。


「それでは、ソフィアとマユの甘味対決。まあ、互いの腕自慢だが勝負だ。力を尽くせ。制限時間は三十分間だ……でははじめ」


 クレーズさんの言葉に、ソフィアさんは素早く動くとすぐさま食材へと向き合った。私はその横顔を見届けると、自分のために用意された厨房と、容姿してきた食材達に視線を向ける。

 たった三十分間に全てを込めなきゃならない。



 

 この対決のために私は色々と考えなければならなかった。

 それは、私が今まで考えていた五味に加えて、魔力味という未知の存在だ。

 これは、以前も思ったことだが、まったく違うベクトルの味が加わる感覚。味が深くなるという表現が最も適しているようないないような。なんとも表現が難しい味だ。だが、結局、魔力味が加わると料理はとても美味しい。それは事実なのだ。


 だが、私は魔力を込めることができない。たまに偶然込めることができるけど、それを予定に組み込むことはできなかった。だからこそ、私は技術、そこに注力して料理を作ろうと決めたのだ。そうしなければ、ジルさんよりも魔力を込めることがうまいソフィアさんに勝てない。

 だから、できる限りの技術とこの世界にない発想を込める。

 それが私の料理の方向性だ。




 まず作ったのはクロテッドクリームだ。

 クロテッドクリームとは、高脂肪の乳製品であり、バターと生クリームとの中間あたりのものだというとイメージしやすいだろうか。スコーンなどにつけるあれだ。昔ながらの製法だと軽く煮詰めて放置しておくのが一般的みたい。

 ただ、私はできるだけ質のいいものが作りたかったので、まずは生クリームを作ることにした。まあ、これも牛乳を放置して上澄みを集めれば作ることができる。それを集めてうっすら熱を通し放置を繰り返し、さらに水分の除去を繰り返した。これがクロテッドクリームだ。

 

 濃厚な脂肪のコクと甘味が味わえるクロテッドクリームは、砂糖のないお菓子に深みを加えてくれるはず。

 あらかじめ作ってあったのを舐めてみると……うん、おいしい!


 さて。


 このクロテッドクリームを活かすためには、ある程度の甘味が必要だ。だけど、砂糖や蜂蜜は買えなかった。

 だからこそ、手に入るもので自然の味を活かせるもの。そんなお菓子を作らなければならない。


 取り出したのはリンゴとサツマイモ。


 まずリンゴを細かく切り、それを鍋で煮詰める。

 ゆっくり煮詰めるとだんだんと水分が出てくる。砂糖は使ってないけど、これでリンゴのコンポートが完成。自然な甘味とあふれ出る果汁。優しい味に思わず笑みがこぼれた。

 そのリンゴの実と、蒸したサツマイモとをすりつぶしながら混ぜる。そこに、少量の小麦と卵黄、バターをいれてまぜたけど、少し水分が足りなくて、コンポートしたリンゴの汁を入れ込んだ。


 ある程度の柔らかさになったそれを、小さく円盤状に成形して、それをオーブンに入れる。

 こんがりと焼かれたそれからは、リンゴの香しい香りと、サツマイモのなんとも言えない甘い香りとを同時に漂わせていた。


「うん。あとはこれに――」


 焼かれたそれの上にクロテッドクリームを乗せるわけだが、ただ乗せるのでは芸がない。

 私はクリームに、リンゴをコンポートした時の汁を入れて混ぜこんだ。かすかな甘味と果実の香り。ほんのりと香るクロテッドクリームは、とても上品なものに仕上がった。


 あとは、出来上がった焼き菓子――スイートリンゴポテトとでもいえばいいのかな? その上にクロテッドクリームをたっぷり乗せて、彩りにミントを添える。その出来栄えをうっとりしながら見ていると、スイートリンゴポテトを見つめる皆の視線に今更ながら気づいた。


 私は、自信満々にそれを差し出しながら告げる。驚いたような、ソフィアさんの視線と真正面から見つめ合いながら。


「これで完成です。さぁ、どうぞ」


 私は、すっと背筋を伸ばして、にこりをほほ笑んで見せた。


 ◆

  

 私――ソフィアは、目の前でマユさんが料理を作る光景をぼーっと見つめていた。

 それは初めて見るものだった。

 白いよくわからないものを取り出したと思ったら、リンゴを煮詰めてみたり、サツマイモを練ってみたり。正直何をやっているかなにもわからない。けれど、出来上がった料理からはとても美味しそうな香りが漂い、私の視線を奪っていた。


「二人とも出来上がったようだな。じゃあ、まずはソフィア。お前の料理を出してみろ」

「え? あっ、はい!」


 突然お父さんから言われて、私はようやく我に返ることができた。

 そして、お父さんと、衛兵のハンスさんとスードルさん、そしてマユに作った料理を差し出した。


 普通、料理を出す店で甘いものとなると果物が中心となる。砂糖や蜂蜜を使ったものなど一部の貴族や王族しか食べれないものだろう。だからこそ、金の羽衣亭でも、料理の最後に出す甘味は果物が中心だ。

 ただ、果物を出すと芸がない、ということでその切り方には少しだけ工夫を凝らしていた。


 美しい模様をかたどり、見た目にも美味しくなるように果物を切った。そして、それに私はこれでもかと魔力を込めたのだ。第四層まで込めることのできる私の魔力。その力は金の羽衣亭の一流の料理人達にも劣らない。

 経験が少ないから当然総合的な力では料理人達にはかなわないけど、こういった純粋な込める対決ならば負けはしない。だからこそ、マユさんが甘味対決と言い出した時には驚いたのだ。だって、魔力すら込めることができないと聞いていたから。


 四人は、私の切った果物を食べると、息を漏らす。


「うむ……美味いな」

「いや、これは驚いた……ただの果物がこんなにおいしくなるなんて」

「うまっ! なんですか、これ! こんなの、もう、そのまま果物が食べられなくなるじゃないですか」


 驚く三人の顔をみて私も頷く。

 当然だ。

 四層まで魔力を込めた果物など普通は食べることができない。それこそ、一流のお店のコース料理でも頼まなければ食べられない。それを頼むことができるのは一部の富裕層のみ。それだけの価値が、この一皿にはあるのだ。

 皆の顔をみると、とても満足そうに笑みを浮かべていた。

 

 うん……この甘味に敵う料理が魔力を込められないマユさんに作れるはずがない。

 そう思って、マユさんをみると、その表情は先ほどと何も変わっていなかった。


 ――なんで?


 だって、おかしいじゃないか。

 この甘味は、明らかに普通では食べることのできないものだ。それをマユさんも食べてるのに、なんで何も変わらずに座っていられるの? 普通は、自分の料理を出すことに躊躇するんじゃないだろうか。


 私はそういうレベルにいるって自負しているし、皆の反応をみてもそうだろう。だったら、なんで――。


「じゃあ、次は私の番ですね。存分に、比べてもらって結構ですよ」


 自信満々に料理を差し出すマユさんに、私だけじゃなくお父さんやハンスさん、スードルさんも訝し気な表情を浮かべていた。


「おいおい、大丈夫かい? たしかにマユは料理もうまいけどこれは……」

「さすがに分が悪いというか」

「ソフィアはうちの料理人と比べてもそん色ないくらい魔力を込めることができる……魔力の込めていない料理など……」


 まるで私の心を代弁するかのような皆の声を聞いて少しだけ安心する。

 そう、私にはこれだけの価値があるのだ。自信をもっていい。マユさんに勝って、お兄ちゃんに認めてもらうんだから!

 

 そうおもって、お兄ちゃんをみると、その視線はじっとマユさんを見つめていた。

 見守るような、支えるような、それでいて自信をもっているような。そんな視線を向けていた。

 

「大丈夫だ。魔力がなくともマユの料理はうまい。食べれわかる」


 お父さんの不安気な言葉への返答なのだろう。その言葉に後押しされるようにお父さん達はマユさんの料理を口につけた。

 そして、その直後に訪れたのは沈黙だ。


 誰も、何も言わない。

 あっという間に、料理を食べきり、そしてそのまま放心している。


 なっ――! なんなのよ、その反応は!


 明らかに自分の時以上のリアクションを見せている三人に若干の苛立ちを感じながら、私はマユさんの作った料理にあわててフォークを伸ばした。


 おそらくはリンゴとサツマイモで作られた丸い焼き菓子。それを小さくとり、上にのっていた白い何かを付けた。

 そして、一緒にそれらを口に入れる。


 瞬間――口の中に広がったのは果樹園と畑の恩恵、そしてコクと甘味の津波だった。


 サクリとした焼き菓子は、口の中でホロリと崩れながら、それでいてリンゴとサツマイモのねっとりとした食感もありそれだけで口の中は喜びで歓喜を上げる。口を通って鼻腔に抜けるのは、リンゴの清涼感溢れる香りとサツマイモのじんわりとした優しい甘さ。

 その二つの共演に、心にしみわたるような温かさを感じた。


 そこに加わるのがなにやら白いクリームだ。

 味からして乳製品なのだが、これほどまでに濃いものを味わったことがなかった。口の中にいれると、その熱でじんわりと溶けていく。溶けていく過程で、舌は甘味とコクとをこれでもかと受け止めていた。

 

 その両方が口の中で合わさると、それぞれで食べるよりも数倍美味しかった。私の作った果物の記憶が霞むほどに。


 けど! けど、私の料理は負けてない! 私だって同じくらいおいしいものを作ったはず――。


 そう思ったのも束の間、頭の中に駆け巡った考えに私は絶句した。なぜなら。


 ――こんなにおいしいのに、魔力を込めていないなんて。


 魔力を込めないということは、料理の手順を一つ飛ばしているということと同義だ。料理として未完成なこれが、これほどまでに美味しいなんて……もしこれに魔力を込めることができたら。そう思うと、予期せず背筋に震えが走った。


 私はとっさにマユさんをみる。

 マユさんも私を見ていた。その視線が何を語っているか。今の私にはそれがわかってしまう。

 認めよう。

 私の最善と、マユさんの最善。そのどちらもが美味しかったはずだ。だけど、出来上がった料理の過程を見てしまえば、その勝敗は明らかだ。


「マユさん」

「うん」

「私の負けです」


 私の小さな声が、かしきった厨房に寂しく響いた。


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