Chapter.3 「猟犬」
「・・・というわけで、俺は王都に行こうと思う。」
昨晩の一件について、俺は洗いざらい話をした。クエスとリクは納得しているように見えたけど、ミリヤは相変わらず浮かない表情だった。
「でも、私はいいですわよね? セイレン様。」
「・・・あ、あの、話聞いておられましたか?」
クエスはいつものあの無表情な笑みを俺に一層近づけてきて、さらに無表情な笑みを強くしながら圧力をかけてきている。
「わ・た・しは、いいですわよねぇ、セイレンさまぁ?」
「・・・・・・は、はい。」
思わず了解してしまった。クエスはなぜ俺にこうも執着して着いてくるのだろうか。ミリヤといい、遅れてきたモテ期に感謝感激しながらも、モテている人の辛さも同時に味わうことができた。というか、これはモテていると言っていいのか。
「・・・なんで、私はダメなんですか。」
ボソッと小さな声でつぶやくのが聞こえた。昨日は泣きじゃくっていたが、今はムスーっとしている。頬を膨らませているような感じだが、あの無表情なミリヤが、こうも感情表現できるようになるとは、成長を感じずにはいられない。
「ミリヤは大事な転職試験があるだろ。この間案内場で聞いた碑文を解読して、立派な剣士として認められるようにしないとな。それに・・・」
ミリヤが握り締めている剣に目を落としながら、ミリヤの頭に手を乗せた。
「ミリヤが剣士に転職して強くなったら、俺を助けてくれるんだろ?」
ミリヤの表情がすこし明るくなったような感じがした。頬がちょっと赤い感じもしたが、とにかく、俺にはミリヤを元気に送り出すことしかできない。
そして、なぜか頭の上に手を置いているのを見て、クエスがハンカチを噛み締めている。
「リク、ミリヤの案内よろしくな。頼りにしているよ。」
「た、頼りにしているだなんて、そんな、あっはははは照れるー! キャー!」
「ヘルパーってのはどいつもこいつもこんな感じなのか・・・?」
「セイレン様、認めたくはないですけどー、このメガネ女は冒険者サポートの中でもとりわけ攻撃魔法が達者なんでー。認めたくはないですけど・・・ミリヤちゃんは安心だと思いまーす!」
「・・・そ、そうなんですか? リクさん。」
「よくぞ聞いてくれましたー! ルート三兄妹が次女、リク・ルート様は魔法が・・・」
そのあと20分ほど、リクはミリヤに身の上話を聞かせ続けた。脳髄が溶かされそうになるほどの情報量を叩き込まれて、愛想笑いと半べその入り交じった表情を尻目に、
「そ、そろそろ行くか。転移魔法は使えるんだろ?」
「もっちろーん! でございますですよ!」
「それじゃあ・・・頼む。」
「スペル――“聖なる領域の扉”」
俺はミリヤを残し、クエスと王都アストレリアに向かった。
――サンシベリア王国、王都アストレリア。
王都は相変わらずの賑わいだった。
行き交う人の波、行商、露天商、路地裏の怪しい雰囲気。何もかもが懐かしい。初めて目にする光景であるはずが、この街並みの隅々まで知り尽くしているという不思議な気分ではあったが、「Ria」をプレイしていた時と勝手が変わらないのは好都合だ。
俺とクエスは王都の中でも一際冒険者が集う、通称「掲示板」のある場所へと向かっていた。南門から真っ直ぐに城へと続く大通り、東西へ交差する十字路の中心に広場がある。広場にはいくつかの店が立ち並ぶ。そこから北側にある城へ向かう途中に「掲示板」がある。「掲示板」とは、“討伐ギルド”のようなものである。モンスター退治のクエスト紹介やアイテム集め、時には特殊なスキルを習得できるクエストがあり、かつて「Ria」のプレイヤーたちはこの場所を一つの金策点としていた。
要するに、ここには情報が集まってくる。農家の作物守護からボスモンスター討伐の依頼、ピンからキリへと揃っている。
「うーむ・・・。」
「めぼしい情報はありましたかー?」
「こうもモンスター討伐の依頼が多いと、どれが“魔笛”に関する出来事なのか判断がつかないな・・・。」
「あんたたち、見かけない顔だが・・・遠くから仕事を探しに来たのかい?」
掲示板を熱心に見つめていたせいか、見かねた情報屋の主人が声をかけてきた。
「え、えぇ、まぁそんなところですね。」
「ところで、あんたさっき・・・“魔笛”がどうとか言ってなかったかい?」
「・・・!」
情報屋の話では、先日“魔笛の奏者”を名乗る者が王都の広場で演説をしていたそうだ。幼い声ながら不気味な口調で口上を述べると、魔王に敬意を払うことについて永遠と話していたらしい。
「しかし、魔王崇拝とは・・・いかがなものなのでしょう。」
「まぁ、とはいえ、数十年前魔王が滅んじまってからというもの、国同士の抗争は後を絶たないしねぇ。その矢先さ、魔王を崇拝しようなんて言う奇妙な宗教連中がわんさか流行ってねぇ。国の治安が悪くなったのも、ちょうどその頃だったか・・・魔王崇拝が先か、治安が悪くなったのが先か、今じゃもうわからんが。それでも一時は国の特務機関か何かが鎮圧したらしいんだけどよぉ。その“魔笛の奏者”ってのだけはどうも潰しきれずに残っちまったみてぇだなぁ。」
「なぜ魔王崇拝が生まれたんですか?」
「そりゃもちろん、英雄殿が倒すまでは、この世界は数多くの冒険者で溢れていたしな。魔王が倒されてから、冒険者の数は急速に減ってモンスターは増え放題、おまけに魔王の恐怖から解放された国家同士の争いが絶えない、国の治安も悪くなったときたら・・・以前のように魔王の恐怖があった世界を求めちまうってことじゃないかねぇ。」
複雑な心境だった。俺たち3人が魔王を討伐したことは、単なるゲーム攻略であり、プレイヤーにとっての名誉なことだった。その目的を達成するのに、安易な気持ちしかない。サービス終了という現実が暗黒な時代を作り、ネガティブな感情が魔王崇拝を生んでいただなんて。
『それから数十年の年月が経過し、世界は再び混乱の世を迎えることとなる』
この世界に迷い込む前に目にしたプロローグを無意識に思い出していた。
『行方不明となった3人の勇者一行によって』
あれは、このことだったのだろうか。
「どうした? 浮かない顔して。」
「あ、いや。何でもありません。俺はその“魔笛の奏者”を追っているのですが、何か手がかりになりそうなことはないですか?」
「そうさなぁ・・・そういやこんな噂を聞いたことがあるなぁ。」
そう言いながら、情報屋は開いた片手をこちらにつき出し、にやりとした表情を見せた。
「・・・いくらですか。」
「10万コイン。あんた、見かけない顔だが裕福そうだしなぁ。こんくらいちゃちゃっと払えるだろ?」
「・・・わかった。それで、居場所は言ってもらえるのか?」
「へへ、まいどっ。ちょっとここじゃ話せないから奥へ来てくれねぇか?」
「・・・あぁ、わかった。」
そう言いながら、男の後をついていった。
『セイレン様・・・。』
『クエス? どうした。』
『どうも胡散臭い感じがプンプンするんです。それに、周りの雰囲気も何か変で――』
『あぁ、わかっている。』
クエスの不安を遮りながら俺は答えた。重々承知である。俺の前を歩く情報屋の男からは殺気じみたものを感じる。店のあちらこちらから視線が感じられた。これは間違いなく罠に違いない。罠には違いないが・・・。
「さぁて、ついたぜ。」
通路を奥の奥まで進み、たどり着いたドアの先に、ちょっとした応接間のような場所があった。部屋に入ると、さっきまでのにやついた表情を、更ににやつかせ、男がドアを閉めた。
「さぁ、金を払ってもらおうか。占めて200万コインだ!」
部屋にはいつの間にか盗賊らしき人物たちが集まっていた。
「ひっひっひ! こりゃ上玉だぁ、ネェちゃん俺たちといいことしねぇかぁ?」
ナイフを構えた男が刃先を舌で舐めながらそう言った。アニメの世界だけだと思っていたが、実際に見るとちょっと迫力がある感じがする。
「オラァ、とっとと金払わんかい! ワレェ!」
ソファーを蹴飛ばしながら大柄な男が喚き散らす。俺はため息がでた。
「てめぇ、何すかしてんだぁ? コラァ。」
「この人数舐めてっと、痛い目見んぞ? あぁ?」
「・・・もー、やんなっちゃいますよねぇ。セイレン様ぁ。」
呆れた顔でクエスが言った。
「・・・クソ女、今何て言った?」
「いやーん、こっわーいっ! ・・・なーんて、言えばいいのかなー?」
「なめやがって、ぶっ殺されてぇのか!」
「あー、はいはい。そういうのもういいから。私ぃ、いきがってるだけで弱っちい男は反吐がでるほど嫌いなの。あなたたちのろくでもないクソみてぇなタマが潰されないうちに、とっとと消え失せなさいゴミ。」
クエスがこれまでに見せたことのないほど蔑んだ視線を男達に向けていた。うむ、こういった視線を向けられて愉しむのもいいかもしれない・・・という邪念すら覚えてしまうほど、この状況に余裕を感じずにはいられなかった。
「クエス、それくらいにしとけよ。すみませんね、みなさん。」
「へ、へっ・・・やけに素直じゃねぇか優男さんよぉ。つっても、このネェちゃんには俺たちの名誉を傷つけた罪でこっから返すわけにはいかねぇけどな。」
「・・・すみませんって言ったのは、別にお前らに謝ったわけじゃない。」
「・・・あ?」
「悪いけど、この場にいるみなさんは、《《すみません》》が目障りなのでそろそろ消えてもらいます、ってことだよ。」
俺はクエスを自分に抱き寄せ、剣を抜き、勢いよく地面に突き刺しスキル“煉獄之波動”を使った。周囲にあった物、人物、壁、様々なものを吹き飛ばした。一人の男だけを残して。
「ひっ・・・ひぃぃぃっ! あ、あ・・・あんた、な、何者だ!」
先ほどの情報屋の男である。
「俺が誰だろうと関係ないだろう。俺たちに近づいたのは何故だ、答えてもらおう。」
そう言いながら剣を突きつけた。男は失禁しながら、全てを白状した。
「俺たちは・・・“ヘルメス”の一員だ・・・。」
「ヘルメス・・・? あのアサシンギルドのヘルメスか?」
「あぁ・・・事情は知らねぇが、今は“魔笛”の奴らと組んで仕事をさせられている。詳しくはわからねぇ・・・頼む、知ってることは全部教えた! お、お願いだ! 助けてくれぇ・・・!」
「・・・お前らのアジトを教えろ。」
「あ、アジトだと!? そ、そんなこと・・・お、おし・・・教えられるわけないだろ・・・! 殺されちまう!」
俺は剣を構え直した。
「ここで死ぬか、帰ってから死ぬか、逃げながら死ぬか、選ぶならどれがいい?」
「ど、どのみち死ぬのか・・・俺は・・・!」
その時、突然情報屋の男の表情が凍りついた。見る見るうちに青ざめていくのがわかる。そして、
「ひっ・・・ど、どうかお助けを! やめて! い、命だけは!! お、オルト・・・」
一瞬だった。闇の中から刃物のようなものが現れ、情報屋の男の心臓を一突きにした。男は恐怖に歪んだ表情を浮かべながら、その場に崩れ落ち、息を引き取った。血の滴る刃物が再び闇の中へゆっくりと消えていくと、漂っていた禍々しい気配がすっと消えていった。
「な、何が、起きたのでしょう・・・今のは・・・?」
「わからない・・・けど・・・」
アサシンギルドの者であれば、気配を遮断しながら近づくことは容易だと思うが、全く気配が読めなかった。こんな芸当は、並大抵のアサシンのなせる技ではない。俺のレベルで気配が読めないとなると・・・
「と、ところでセイレン様ぁ・・・こんなに私をぎゅっと抱きしめてくださるなんて・・・感激ですぅ! こんなにも私を想ってくださっていただなんて!」
そういえば、俺のスキルから守るために抱き寄せたままだったのをすっかり忘れていた。その気になったクエスは頬を赤らめて俺から離れようとしない。その上キスをせがむように顔を近づけてきている。
「待て! 早まるな! 落ち着け! そ、そうだ・・・クエス! 聞きたいことがある!」
「そんなこと言ってー照れないでくださいよー!」
「照れるわ! じゃなくて、あのさ! “オルトロス”ってやつに心当たりないか?」
顔を近づけてきたクエスが静止した。
「オルトロス・・・確か・・・先ほどのヘルメスというアサシンギルドの大幹部だったかと。」
「やはりか・・・。」
「セイレン様、ご存知なんですかー?」
その名は知っている。俺が「Ria」をプレイしていたときから。猟犬と言われた殺し屋、オルトロス・ザ・ハウンドドッグは、「Ria」で俺が所属していたギルドが敵対していた、ギルド“HERMES”に所属していた《《プレイヤー》》の名前だ。HERMESは盗賊系職業を極めた、いわゆるPK専門の殺し屋ギルドだった。
「しかし、何故プレイヤーがこのゲームにいるんだ・・・?」
「・・・。」
「この世界には、まだまだ知らなければならない秘密があるみたいだ。それを知るための手がかりが、アサシンギルド“ヘルメス”であるならば、突き止めよう。それに、“ヘルメス”は“魔笛の奏者”とも接点があるようだしな。」
思わぬ収穫・・・と、言うべきだろうか。俺以外にもこの世界に来た者がいるという可能性があるならば、一筋縄ではいかないだろう。“HERMES”のオルトロスが例のオルトロスと同一人物であるのなら、自分よりもレベルの高い男を相手にするのだから。