恋する大魔王①
ギルバートがサラと出会うきっかけとなったエピソードです。ギルバート視点で描いています。
〜ギルバートside〜
ーー今思うと、それはまさに一目惚れだった。
近頃、セントルノアール王国の王都では庶民の間でとても美味しい料理を出す宿屋の噂が広まっていた。
どこから聞いたのかその噂を知ったこの国の王太子が噂の真相を調べて来いと偵察部隊隊長である俺を王都の街中に解き放ったのである。
正直面倒くさいと思いながら俺は庶民街にある市場を歩いていた。
ーー噂の料理を調べるだと?なぜ、こんな面倒なことをしなければいけないのだ。それならば、同時期に王都で数件発生している誘拐事件の調査を優先させたい。
そう内心愚痴りながら、噂の元である宿屋に着くと、力任せに店の扉を開ける。
ガランガランーー
勢い良くベルの音が鳴り響いた。
中に入ればすぐにカウンターが現れ、木のテーブルが2つ置いてある。
どうやら宿屋の食堂のようだ。こじんまりとした店内に驚いたが、隠れ家のような落ち着いた雰囲気がどこか懐かしさを感じさせた。
お昼どきだからか、今まで嗅いだことのない良い香りがカウンターの奥から漂ってくる。
そちらに目を向けると、来客に気がついたのか一人の女性が出てきた。
「いらっしゃいませ~!宿泊希望の方ですか?」
「ーー!!……ぁ、ああ」
鈴の音のように高らかで可愛らしい声が響く。
どうやら彼女がこの宿屋の女主人のようだ。
奥から姿を表した女性を見て、俺は思わず目を見張った。
長い睫毛に縁取られたエメラルド色の瞳に日にやけていない陶器のような白い肌。それを覆うように波打つ艶やかな漆黒の髪。襟ぐりの広いブラウスから見える豊満な胸に、コルセットによってキュッと締められた細い腰……。
今まで幾人もの美女を見てきたが、まるで暗闇を駆け抜ける黒猫のような容姿を持つ彼女に、つい視線が釘付けとなる。何より闇に溶ける黒髪がじつに美しい。
「ーーあの~、お客様?」
中々要件を伝えない自分に痺れを切らしたのか、目の前の女主人は怪訝そうな表情でこちらを見た。
「…………なんだ」
ついぶっきら棒に答えると、彼女はムッと口を尖らせる。
「だーかーら、今回何泊致しますか?」
どうやら同じ質問を何回かしていたらしい。
俺としたことが、質問を聞き逃すなんて一体どうしたというのだろう。
「ーーすまん、聞いていなかった。
そうだな、とりあえず二週間泊まろう」
「え?ーーあ、二週間ですね。承知致しました」
二週間も泊まる客は珍しいのか、きょとんとした表情で彼女がこちらを見ている。
そんな顔も可愛らしくてーー
彼女ともっと話していたい……。
何故かふと浮かんできた欲求に王都にいられる全ての日にちを宿泊に費やし良かったと思う自分がいた。
「お客様は初めてでいらっしゃいますよね?それではこちらにお名前の記入と身分証の提示をお願い致します。お部屋は2階にあります、201号室をお使い下さい。お風呂は一つしかありませんので他のお客様と譲り合って下さいね。後、門限は午後の10時までですので、それ前に帰って来て下さい。食事は代金別途で三食つきますが、いらない場合は前もって言って下さると助かります」
簡単な説明をされた後、渡された部屋の鍵を受け取り、俺は用紙にささっと名前を記入する。そして、仕事柄いくつもある偽名だらけの身分証の中から、本来の身分証をカウンターの上に置いた。
「えーと、ギルバート・ローウェンさんですね。あら、ローウェンさんはこの国のご出身なんですね」
身分証は、名前と出身地と生年月日が記載してある自身の証明書だ。異世界から来たこの国の初代国王が考案し、今では世界中の国で身分証が発行されている。
ちなみに俺の身分証にはーー
ギルバート・ローウェン
西暦275年7月1日生まれ
出身国ーーセントルノアール王国
と記載されていた。
彼女は用紙に書いた名前と身分証を見比べるとにこりと微笑みながら身分証を返してくる。
俺はそれを何故か釈然としない気持ちで受け取ると、宝石のように煌めくエメラルド色の瞳をひたと見つめた。
「……名は?」
「はい?」
短く問いかけられた言葉に彼女は聞き取れなかったのか首を傾げる。
「……名は、何という?」
再び問いかけると、彼女は瞳をぱちぱちと瞬かせ、次には蕾が花開くように微笑んだ。
「あ、私の名ですね?失礼致しました。私、この宿屋を経営しております、サラ・クロカワと申します。今後ともどうぞ宜しくお願い致します」
「サラか……。良い名だ」
「ーーえ?は、はぁ……」
まさか名を褒められるとは思っていなかったのか、ぽかんと口を開ける彼女につい口角が上がる。
「俺のことはギルと呼んでくれ。ーーではサラ、今日から二週間宜しく頼む」
受け取った鍵を片手にそう言い放つと俺は2階に続く階段へ足を向けた。
サラが慌てた様子でこちらを見ているのを背中で感じる。
どうやらルイスの依頼を受けて正解だったかもしれない。
俺は彼女とこれから過ごす日々を想像し密かにほくそ笑むのだった。
※
それから二週間があっという間に経った。宿屋での生活は想像していた以上に楽しく、俺の行動に逐一反応する彼女がとても面白い。
もっと一緒にいたい、彼女のことをもっと知りたい……。
いつの間にかそう考えるようになった俺は後ろ髪を引かれる思いで宿屋を後にした。そして別の任務で王都を出る前に殿下の部屋を訪れる。
「それで、ギルにしては珍しく時間がかかってたけど例の噂はどうだった?どんな子が料理作ってたの?」
案の定、お気に入りのソファーに座ったルイスが興味津々の様子で尋ねてきた。
「宿屋を経営していたのはサラ・クロカワと言う名の若い女性で、噂の料理も彼女が作っていた。料理はオムライス、デミグラスハンバーグ、ルコのポタージュなど、どの料理も他では食べたことのない料理ばかりで、味も味わった事のないものばかりだったな」
「へぇ~、サラちゃんて言うんだ。可愛いらしい名前だね。それにしてもオムライスにデミグラスハンバーグかぁ、僕も彼女の手料理食べてみたいなぁ」
ルイスは侍女の入れた紅茶を飲みながら、太陽のように眩い笑顔で笑う。
しかし、どこか白々しい。
俺はギロリと睨みつけるようにルイスを見ると、奴はきょとんとした表情でこちらを見上げた。
「嘘をつけ。お前はもう、その料理を食べたことがあるだろう?」
「ーーえ?何でそう思うの?」
「彼女は女性限定で月に二回料理教室を開いているのだが、その場に何故か庶民に変装した王宮料理研究会会長のエルスバーク公爵夫人がいた。しかも王宮侍女のエミリーという女性もな。それが何よりの証拠だ」
「さすが、偵察部隊隊長。何でもお見通しだね。でも、彼女の手料理って訳じゃないから、僕が言ったことは嘘ではないよ?」
澄み切った水色の瞳が楽しそうに細められる。王宮料理研究会を立ち上げた公爵夫人は、もちろん王宮で出される料理にも携わっている。つまり、王族もサラの考案した料理を既に食してるわけで、この男は全てを知っていて俺を調査に送ったのだ。おそらく彼女の容姿についても事細かく夫人から聞いていて、初めから知っていたに違いない。
それなのに、人に調査に向かわせるとは全くもってとんだ食わせ者である。
「ーーそれならば、俺がわざわざ調査に行く必要もなかっただろう」
そう言い放つとルイスは苦笑しながらゆっくり頭を振った。
「やだなぁ。ギルにしか出来ないことがあるから君を向かわせたんじゃないか。もちろん、調べてきたんだろ?」
「……まぁな」
俺はむっとした表情で答える。そして、宿屋で調べてきた彼女の情報について口を開いた。
「では、サラについてだがーー」
「え、なに?もう呼び捨てしちゃってんの?」
「……黙らないと、終わりにするぞ」
「はいはい、わかったよ。続きをどうぞ」
余計な口を挟んできたルイスを一睨みして黙らせる。
奴が口を閉じたのを確認し、こちらも話を再開した。
「サラ・クロカワは二年前に王都に現れてギルドに宿屋での職を凱旋してもらい、当時宿屋のオーナーだったバリス夫妻の元で働いていた。だが、夫妻が別の町に隠居する為今の宿屋を格安で買い、彼女がオーナーとして経営しているらしい。当時、彼女の持ち物は身につけていた服とバスケット、身分証、2~3日暮らせる僅かな資金など必要最低限の物しかなく、夫妻や周りの人達には『両親が亡くなった後多額の借金が残りその返済に全てを費やした為、残り僅かな資金を元に王都に仕事を求めてやってきた』ーーと話している。ちなみにその話は俺も本人から直接聞いた」
「ふぅん、そうなんだ。ーーで、ギルは信じたの?その《話》」
「……いいや。俺は、嘘だと思う」
「その根拠は?」
「まず、目が泳いでいた。あれは人が嘘をつく時、出る癖だ。それに、自分が生まれ育った場所もよく把握していない。人里離れた森の中と言っていたが、この近辺の森だと魔物が多いから腕に自信がないと住めたものではないし、地方は尚更だ」
「確かにねぇ、この国の生まれなら小さな子でも知ってることだよね」
セントルノアール王国は他国に比べると魔物の被害が多い。
昔から森に魔物が多く生息しており、それゆえこの国は魔物を討伐する冒険者や魔物の貴重な素材を買い付けに来る商人が多く行き交っていた。
「ご両親の腕っぷしが強かったのかな?」
「それも違うだろ。両親の話を聞いたら父親は家庭菜園と読書が趣味で母親は料理が上手なだけだと話していたからな。魔物と日々戦う暮らしぶりが全く想像できない」
「確かにそうだね。もしかして、その話皆信じてるの?」
「いや、信じてはいないようだが、悪い娘じゃなさそうだし、何か人に言えない事情があるのだろうと皆それぞれ心の内で察しているようだ」
「ふぅん、そうなんだー」
ルイスは何か思うところがあるのか、腕を組み、目を閉じて黙り込む。
しばらくそうしていると、ぱっと目を見開き、次にはこちらを嬉しそうに覗きこんできた。
「ギルのおかげでどうやら、僕の仮説が当たりそうだよ。一刻でも早く彼女を王宮に招待したいなぁ!」
「お、おいーー」
まだ、彼女について詳しいことがわからないからやめておけーー
と言おうとしたが、ルイスのきらきらとした笑みに押し黙る。
駄目だ。こうなっては奴は是が非でも自分の思いを叶えようとするだろう。
すでに自分の世界に入ってしまったのかルイスはどこか虚空を見ながら楽しそうに話を続けた。
「あ、そうだ!エドワードなら女性に礼儀正しいから、彼女も喜んで王宮に来てくれるよね?なんていったって王国一のモテ男だし!」
「ーーなに……エドワードだと?」
その名前が出た途端、俺のこめかみがピクっと動く。
思ったより低い声が出ていたのか、今まで楽しそうに話していたルイスはピタッと話をやめて、若干冷や汗をかきながらこちらを振り向いた。
「あ、あれ?ギル、どうしたの?殺気なんか出しちゃってーー」
「ーー先ほど、エドワードをサラの迎えに行かせると言ったか……?」
「え?ーーう、うん、そうだけど」
再確認すれば、ぎこちなくルイスが首を縦に降る。
ーーあの、万年色ボケ男が彼女を迎えに行く……だと?
いつもの白い騎士服を着たエドワードが、近衛騎士の象徴である白馬に跨って微笑みながらサラに手を差し伸べている姿を想像してーー
俺の中で、何かがブチっと音を立てて、千切れた。
そのようなこと
断じて
許さない……。
「………おい、ルイス」
「…な、何かな?ギルバート」
ドス黒いオーラを漂わせる俺に、ルイスは引きつりながら応える。
「俺が行く」
「ーーへ?」
俺から出た一言が余程意外だったのか、珍しくルイスが口を開けたまま固まった。
そんな奴の阿呆面を真上から見下ろして、
最大限まで口角を上げる。
「だからーー
サラの迎えは、俺が行くと、言っているんだ……」
「…………………は、はい」
一言一言区切られた言葉は、想像以上に禍々しかったようで……
ーーその時の表情はまるで大魔王のようだったと、後々、青褪めたルイスから聞かされたのだった。




