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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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旗艦を落とすまで

宇宙世紀一八五一年。人類が母なる大地を離れてから、千八百年ほどが過ぎていた。


俺が生まれた銀河には、いくつもの要塞が浮かんでる。要塞の外へ出る許可はない。運営の管理下にある戦闘員と整備士は、全員、首に隙間なく沿う細い金属輪を着けていた。首輪には爆発装置と位置発信器が組み込まれている。


音声を拾う機能はない。運営が俺たちの居場所を知るのは首輪の位置情報と、通路や格納庫に設置された監視カメラからだった。俺たちはカメラの位置を覚え、行動の記録を残さないよう動く癖がついた。会話を聞かれる心配はなかったが、誰とどこで会ったかは位置情報と映像に残る。


昔、戦争はビジネスとして行われていたという。今の戦争は、もっと分かりやすい、ショーだ。決められた宙域と日程のもと、指定された組織同士が互いに殺し合い、どちらが先に相手の旗艦か基地を落とすかを競う。観客は勝敗に賭け、企業は兵器を売る一方で、戦闘を番組として制作・配信する。映像は有料チャンネルや個別販売に回った。


通常の興行は同じ銀河内で組まれるが、酔狂な金持ちが銀河をまたぐ大規模戦を注文することもある。そして、艦隊を動かすには莫大な費用がかかる。戦闘員が減っても、運営は生き残りを捜しに行かない。外から新しい人間を連れてきて補充する方が安いからだ。兵器も映像も人間の命も、興行を続けるための商品だった。


人間がどこから来たかは、要塞の中では問題にならない。犯罪者、借金のかたに売られた者、志願者。志願者は金を求める者か、頭のねじが外れた者か、勇者になりたい馬鹿だ。それとここが故郷のやつらもいる。


要塞で生きる人間は、戦闘員か整備士。運営や店のスタッフ等はアンドロイドだった。仕事の合間に身体を売る者もいる。明日死ぬかもしれない俺たちは、酒や薬や性で、少しのあいだ寂しさをごまかした。


俺はレン。三十四歳。ここで生まれ、ここで戦闘機に乗ってきた。戦闘機の操縦なら、たいていの奴よりうまい。突撃艇で敵艦へ乗り込み、狭い通路でナイフを振るうのも得意だった。ベテランと呼ばれる年齢になっていたが、自由を買う金はほとんどなかった。


戦果報酬は安くない。犯罪者でなければ、口座に貯めた金で要塞の外の市民権を買える。俺も最初はそうするつもりだった。だが、稼ぐたびに酒を飲み、女を抱き、明日までの不安を薄めていた。気づけば口座残高は、自由とは程遠い数字になっていた。


俺は、この要塞の居住区で育った。子供の頃、寝台の下には家族の靴が並び、天井の換気口からは夜も機械の唸りが聞こえた。壁の表示板は消灯時間と食事の時間を知らせ、外の景色の代わりに古い星図を流した。母なる大地という言葉は授業で覚えたが、地面を踏むという感覚は知らない。先生役のアンドロイドは、地球の海を青く表示した。俺はそれを見て、宇宙のどこかに巨大な水槽があるのだと思っていた。


大人たちの話題は、次の興行と、補充された戦闘員のことばかりだった。戦闘機乗りの報酬で外へ出た者がいる、と聞いたことはある。彼らは名前ではなく「出た人」と呼ばれた。どこへ行ったか、そこに何があるかは、誰も知らない。俺はその言葉を疑わなかった。疑うための情報がなかったからだ。初めて訓練用の操縦席に座った時、星図で覚えた光が本物の窓に映り、俺はそれを景色ではなく照準の背景として覚えた。


「いつ出るんだ、レン」


格納庫で、イリヤが聞いた。俺より少し年上の副長で、いくつもの小隊をまとめてきた男だ。俺たちの飛行隊は、四機編成の小隊が四つで十六機。俺の隊長機と副長機を加え、予備機や補充待ちを含めて二十機前後だった。名簿の数は揃っていても、実際にはいつも何人かの席が空いていた。


「金が貯まったらな」


「その言い方をする奴は、だいたい貯める前に死ぬ」


「じゃあ、俺は例外になる」


イリヤは笑わなかった。彼は、俺が冗談で隠しているものを見抜くのがうまかった。


出撃のない朝、飛行隊はシミュレーターで隊列訓練をした。整備の終わった機体と操縦できる人員、運営の許した時間が揃わず、一度に飛べるのは十六機ほど。誰かが欠けると隣から一人を借り、その小隊にも穴が開く。名簿の二十機が揃う日はなかった。


訓練後、総隊長は次の戦闘に出す予備機を決めた。機体を選ぶのではなく、どの操縦士を予備にするかを決める。俺はその順番を見て、カイが最後に呼ばれたことを覚えていた。彼は怒らず、「次は俺が先に出る」と言った。戦場へ出ることが順番待ちになる。誰もがその矛盾を知っているのに、誰も話題にしなかった。


整備区画の掲示板には、今日の修理予定、戦闘員の出撃時間、死亡者の装備返却期限が同じ紙に並ぶ。レンナはその紙を見て、返却期限に赤線を引いた。


「三日以内に返せって」と俺が言うと、彼女は「わかった」と答えた。俺は、死者の名前を読むより先に、品物の数を数える生活を送っていると気づいた。


戦闘後に浴びるシャワーは15分だった。水温は一定せず、配給が少ない日は途中で冷たくなる。俺は湯気の中で腕の擦り傷を洗い、目を閉じた。爆発音が遠くで鳴った気がした。目を開けると、配管が震えているだけだった。タオルで身体を拭き、鏡を見る。首輪が濡れて、肌にぴたりと沿っていた。外せないものを毎日洗うのは、妙な気分だった。


俺が最初に覚えた数字は、三、五、七だった。三人で一つの配給箱を分ける。水は五口まで。七日後に補給船が来る予定。予定が崩れたら、配給は二口に減る。普通の学校はなかったが、子供向けの授業と訓練課程はあった。戦闘員の子供は操縦課程へ、整備士の子供は工場へ基本的に回される。歴史や地理は最低限だけ教えられ、規則と作業手順は何度も繰り返された。


俺は父親の顔を知らない。母親と弟は、俺が九歳の時に死んだ。運営が指定した艦砲の射線が、居住区の端へ逸れた。壁が崩れ、通路の空気が抜けた。俺は当時、訓練区画の配給当番にいて、隔壁の向こうから名前を呼んだ。返事がなかった。救助班が来るまで、俺は扉の前から動かなかった。後で聞いたところでは、砲術士官オルフェン・ダルという男が、座標を指定した命令に従って射撃を行った。彼がその時、何を知っていたかは分からない。


事故の詳細を聞きに行くと、記録には「オルフェン・ダル/誤射/居住区損失/複数」とだけ書かれていた。母と弟の名前は欄外に小さく印刷されている。訓練教官は紙を俺へ返し、「覚えるなら、名前を覚えろ」と言った。運営の帳簿は人間を数字にする。数字のままにしておくと、いつか自分も数字として扱われる。その言葉を、俺は今でも覚えている。


母と弟が死んでから、俺は授業の後に居住区をうろつくようになった。戻る部屋が静かすぎた。訓練教官は、俺を操縦適性の試験へ回した。嫌だと言う理由はあった。試験を受けないと答える自由はなかった。最初の課程では、古い訓練機の姿勢を戻すだけで、俺は何度も回転した。吐き気で視界が暗くなり、教官は停止信号を出すまで機体を止めなかった。


降りた後、俺は格納庫の排水溝に膝をついて、胃の中身を吐いた。床を拭いていた整備士が、無言で雑巾を一枚寄こした。礼を言う余裕はなかった。彼女は「次は自分の袋を持ってきな」とだけ言った。次の日、俺は薄い布袋をポケットに入れて訓練へ行った。吐くことを前提に準備するのは、負けを認めるようで嫌だったが、床を汚して怒鳴られるよりはましだった。


最初の三か月、俺は一度も課程を一番で終えなかった。姿勢制御は遅く、反応訓練では指が固まり、模擬戦では敵機の後ろを取る前に背後を撃たれた。教官は褒めなかった。代わりに、失敗した時の記録を見せた。俺がどの瞬間に呼吸を止め、どこで操縦桿を強く握りすぎたかまで、数字になっていた。数字を見ていると、母と弟の死の記録を思い出した。あれもまた、誰かが読み返すた

めの数字だった。


それでも操縦席に戻ったのは、外へ出られると信じたからではない。居住区へ戻ると、母が使っていた食器のない棚が目に入った。訓練区画にいれば、次の動作が決まっている。姿勢を戻す。速度を落とす。照準を合わせる。命令を聞く。考える時間が短い。俺はその短さに救われた。自分の手で機体を動かしている間だけ、扉の向こうから返事がなかったことを思い出さずに済んだ。


終わった後、彼は俺に水を渡した。「続けるか」と聞いた。俺は、続けると答えた。操縦席にいる時だけ、頭の中で同じ名前を呼び続けずに済んだからだ。


俺は空を飛びたいと思ったのではない。動いていないと、何もできなかった日のことを思い出した。適性はあった。生きるために続けた訓練が、いつの間にか俺の仕事になった。


その朝、洗面台の鏡に映った首輪は、寝返りで擦れた肌へ赤い線を残していた。俺は水を含ませた布で喉元を拭き、襟を直した。


出撃前、食堂の合成穀物バーにはスポンサーのロゴと対戦カードが印刷されていた。点呼では返事のない欄に補充待ちの番号が並ぶ。イリヤは「相手の飛ぶ奴を数えろ」と言った。端末の勝率は五分五分。賭けを面白くする数字だと分かっていたが、数字の向こうで誰が死ぬかは書かれていなかった。


第一戦のブリーフィングで、敵の旗艦名は〈カーディナル〉と告げられた。


艦隊全体で戦艦三隻、駆逐艦五隻、戦闘機二十四。こちらは旗艦一、護衛艦四、戦闘機十六。数だけなら負けていたが、運営は勝率を五分五分と発表した。賭けを面白くするためだろう。イリヤは配置図の端を鉛筆で叩き、「相手はこっちの数を知っている。知らないのは、俺たちがどこから行くかだけだ」と言った。


出撃前、俺はカイと機体の点検票を交換した。彼は俺の機体の左推進ノズルを触り、指に付いた油を拭わずに「ここの音が高い」と言った。俺は耳を澄ます。たしかに金属の震えが一音だけ違う。整備士に申告すると、配線の締め付けが甘かった。小さな不具合だったが、宇宙で一度振動が始まれば、翼の固定が外れることもある。


「お前の耳、整備士に向いてるな」


「お前の耳は酒場の支払いが聞こえる」


「そっちは生きるのに大事だ」


くだらないやり取りだった。出撃後、俺はそのくだらなさを思い出した。戦闘で覚えていたのは射線と速度だけではない。カイが無線で息を吸う癖、イリヤが短く命令する時の声、敵機が照準に入る直前に翼を傾ける癖。人間の癖は、機体の性能表に書かれない。


俺たちは敵の前衛を避け、駆逐艦の火線の下をくぐった。戦艦の主砲がこちらへ回る。砲塔が動く速度を見て、射線を先に読む。白い砲撃が機体の後ろを通り、熱が装甲越しに伝わる。照準器の端で敵戦闘機が二機、隊列から離れた。


俺は一機を追わず、旗艦へ向かう道を開くためにもう一機を撃った。爆発は映像で見るより小さく、静かだった。無線の中で敵の声が聞こえないからだ。


俺たちが敵機を引きつけている間に、味方旗艦が〈カーディナル〉の推進部へ主砲を通した。装甲が割れ、艦体の灯りが区画ごとに消えていく。判定表示に勝者の名が出た。旗艦撃沈で決着する、いつものルールだった。


戦闘後、格納庫の床に降りた時、整備士たちは俺の機体の傷を撮影し、部品番号を読み上げた。カメラが全機を記録する。俺はヘルメットを外し、汗で濡れた髪を指でかき上げた。誰かが「二機落とした」と言った。誰かが「今日はよく映っていた」と言った。俺はどちらにも返事をしなかった。


映像に映らないのは、戻った後はいつも足が震えていることだ。


勝利報酬は口座へ振り込まれた。端末に表示された数字は、自由市民権までの必要額の二パーセントにも届かない。俺は酒場のカウンターで、二杯目の注文ボタンを押す。酒は薬品臭く、舌が痺れる。それでも、数分だけ明日の計算を忘れられた。翌朝には、残高がまた減っていた。


戦場から戻った機体を整備区画へ移すと、レンナが傷の位置を記録していた。


彼女は俺の顔より、翼の割れ目を見ていた。俺も彼女の手元の工具より、袖口についた油染みを見ていた。その時は、何も始まっていなかった。始まっていないものを、後から思い出すのは難しい。


休日という呼び方はあったが、要塞で何もしない日はない。出撃がなくても訓練があり、訓練がなければ機体点検か清掃がある。俺は居住区の換気フィルターを交換する当番に回された。フィルターには灰色の埃と細い繊維が詰まっている。誰かの衣服、整備区画の粉塵、古い断熱材。空気を吸う人間の数だけ、汚れが溜まる。


当番の相方は、外から借金を理由に連れてこられた整備士、ナディア・セルだった。彼女は黙って作業をし、手袋に穴が開いても交換を申請しない。申請すれば費用が引かれるからだ。俺は予備の手袋を渡した。彼女は「返す」と言った。


「使っていい」。「借りたものは返す」。俺はそれ以上言わなかった。誰かが生活を続けるための小さな決まりを、俺が壊す必要はない。フィルターを替え終えると、換気装置の音が少し低くなった。俺たちは廊下の端に座り、配給の水を飲んだ。ナディアは、外の世界に兄がいると話した。


兄が生きているかは分からない。連絡を取る手段もない。俺は家族の話を聞くと、自分の親の記録を思い出す。彼女は「帰る時に探す」と言った。俺は「金が貯まれば」と返した。彼女は「それまで生きる」と言った。言葉は強くなかった。ただ、今日の作業を終えた人間の声だった。


その日の夜、食堂の照明が二十分だけ消えた。非常灯に切り替わり、アンドロイドの給仕機が停止する。誰かが笑い、誰かが怒鳴った。俺は暗闇で立ち上がらず、隣に座っていたカイの肩を探した。彼は「いる」と言った。明かりが戻ると、料理は冷めていた。俺たちはそのまま食べた。停電の原因は老朽化した回路だった。運営は翌日の告知で「安全対策を実施」と報告した。俺たちは知っている。直したのは現場の整備士で、運営は記録に署名しただけだった。


俺の部屋には窓がなかった。壁の表示パネルは、時刻と気温と次の出撃予定を流す。消灯時間になれば照明が落ち、起床信号の前には少しずつ明るくなる。


人工の朝は、要塞のどの区画でも同じ色だった。俺は窓のない部屋で育ち、星を見たことがあるのは訓練映像とコックピットだけだった。外の景色を想像しようとすると、いつも戦闘の宙域が浮かぶ。機体の後ろに光る星、砲撃の白い線、遠くで爆ぜる艦影。レンナが後に「窓がある家がいい」と言った時、俺は眺める景色を思いつかなかった。彼女が欲しいのは景色だけではなく、閉じた壁の外を確かめられることなのだと、まだ知らなかった。

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