ブラックスノウ
「おい!速く救急車呼べ!」
「いや、もう死んでるんじゃ...」
「道開けろ!救急車が通れる道作れ!」
一度、目を離した瞬間に悲劇というのは舞い落ちるものだ。手を離しただけなのだ。照れて突っぱねたらいつも通り揶揄いにくると思って。次に飛んできたのは背中を押された衝撃だった。違う。こんなの望んでない。可笑しいだろ、もっと普遍的な、笑顔を向けられるはずだったんだ。
「おい坊主、大丈夫か?」
「...」
起き上がらない。いつもみたいに揶揄ってるのだ。今回は手が込んでるな、頭からケチャップ撒いて、腕の向きまで、どういう仕組みなんだ。笑ってように見えるけど引き攣りすぎだろ、小さく笑うのがお前の笑い方じゃん。返事もしない、驚いた?の言葉もない。
「坊主!おい、坊主!」
その日は、歴史的な大寒波で日本中に雪が降り積もった。その白色がどこまでも辛さを隠してくれると思っていた。思い込みたかった。立て続けに大事な人も、好きな人も失った。冬の寒さが心まで冷やす、何処か他人事の様に、俺は自分の隣で歩いていた少女を忘れようとした。
「...嫌な夢だな」
目を開けて真っ先に入ったのはいつも通りの部屋の様子。どことなく汚く、プリントが散乱した机には綺麗な宝石が施されたネックレスが一つ寂しく置かれている。眠い目を擦りながらネックレスを付け、下着を着替えてワイシャツと制服に足と手を通す。
「ごめんね、父さん母さん。朝ごはん遅れそうだ」
一人残された。両親は事故死、父が母の迎えに行った帰りの車の運転中に瓦礫の下敷きになった。仏壇の前で正座してお香を焚き、甲高い音を鳴らす。キッチンに向かって朝の準備、パンと卵とサラダとツナ缶、それと牛乳。父と母の仏壇には好物だった玉子焼きと唐揚げを備える。ダメになる前に食べないとな。
「行ってきます...」
一人で暮らすにはデカ過ぎるし、家族に住むにしてもデカい和風の我が家に挨拶してから俺は学校に向かった。雪が降っている。白い影がゆっくりと落ちて積もり切った雪の上にさらに重なる。
「あら、ユウセイ君じゃない。おはよう」
「おはようおばさん。おじさんは元気?」
「元気よー、最近は接待ゴルフで張り切って腰悪くしちゃったみたい」
「元気じゃないじゃん」
雪かきをしているのは篠原涼子さん。近所の人で独り身の俺に優しくしてくれる温かい人。夫の健人さんも気にかけてくれて偶に野菜のお裾分けなんかをくれたりする。
「それじゃ、俺学校だから。おばさん体に気をつけて...」
「ユウセイ君!」
「?」
「奏音に偶に会いにきてね...」
「...」
鈴が鳴ったような気がした。あの子の名前はいつ聞いても綺麗だ。夫妻は悲しみに暮れていたが、先に生まれていた姉と兄が慰め、なんとか前に進めている。俺と彼女が幼馴染でよく遊んでいたことをこの人たちは知っている。そして、俺が彼女に恋愛感情を、大好きだったことも知っている。
「はい、暇が有れば伺います。俺も会いたいですし、奏音に」
駆け足でその場を離れた。いつもより早く、歩いて道を抜けていく。目頭が熱い。息が途切れる。もう乗り越えたはずなのに、彼女の無惨な、悲惨な姿が脳裏にちらついて胃液が逆流する。なんとか整えて、俺、東浜雄星は学校に向かった。
「雄星!また授業ノート書いてないの!?いつでも私が貸してあげられるわけじゃないんだよ!」
「悪かったって。ほら、塾終わりにアイス奢るから許してくれよ、な?」
「うーん、それなら許してやらんこともない」
峰塚遥香。俺のことを気にかけてくれる優しい女友達。放課後、すべての授業のノートを書き写しているついでに今日の塾の予習も適当に終わらせる。答えを写して解法は簡単だからチョチョイと書いて終わり。
「よっしゃ、書き終わったし塾行こうぜハルカ」
「ちょ、置いてかないでよー!」
ビルが多く並び、人の入り乱れる新都の中。塾についてからの授業は非常に難しく、授業でいつも寝ている俺でもここで寝たらシバかれることは重々承知だ。故にバレないように窓の外を覗き込む。暇つぶしなのだ。苦しい時は外の喧騒を眺めるに限る。
「?なんだあのオッサン」
路地裏へとおぼつかない歩調で歩いていく男。黒い影のようなものが見えるが疲れているからだろうか、その影が引っ張っているように見える。
「じゃあここを雄星。答えてみろ」
「え、あ、はい!」
この後、俺はしっかりと追加課題を出された。
時刻は9時50分。塾を出た辺りで遥香は背後から思いっきり背中に張り手してきた。
「なんだよ、ハルカ」
「なんだよ、じゃないでしょ?ほら、コンビニ行くわよ!ダッツでいいわよね?私、今日めちゃくちゃアンタに貢献したと思うんだけど?」
「わーたよ。ダッツは高ぇな」
遥香がわーい!と喜んで走っていくところを横目にした所、さっきのおっさんが入って行った路地裏へと吸い込まれるように歩いて行った。
「ダッツはダッツでもクリスピーかしら!それともゴンチャに行くのも、やってないか流石に...てあれ?雄星?」
歩いた先にいたのはさっきまでおっさんだったもの。息はなく、脈もなく、冷たい。死体だ。羨ましいな、死ねるなんて...と、いかんいかん変なこと考えてた。こういう事態には慣れている。すぐに警察に連絡を...
『お前...いい器だ...!!』
「は?」
瞬間、黒い影が勢いよく広がり俺を包み込んだ。と思えば、霧散して消えていた。なんだったんだ一体。疲れてるんだ恐らく。とりあえず警察に連絡を。
「散々な1日だった...」
部屋の布団に倒れ込み、服は乱雑に脱ぎ捨てた。結局警察が来た後に事情聴取を取られ、そこから出てきた遥香に泣きながら抱きつかれ、「急にいなくなって!それも警察の中から出てくるとか!何があったのよ!?」と問われる始末。ダッツも奢らされたし、明日はバイトだし、憂鬱だ。
「寝よ」
深く息を吐いて寝ようとしたその時。
『思ってた場所とは違うがまあいいか。小僧、お前の体頂くぜ?』
「うわ!?」
頭の中に声が直接入ってくる。なんだこの感覚気持ち悪い。というか誰だこの意味不明なことしてんのは。
『オレだ!』
「うわ!?俺の影がしゃべった!!??」
『いい体してるな、お前。程よく引き締まり、伸び代もある。俺の依代にピッタリだ!』
「ヨリシロだぁ?」
実に不愉快だ。コイツ、影は俺を見ては舐め回すように周りをウロチョロする。しかも影で縛り付けてるのか体が思うように動かない。かろうじて指は動かせるか。
「てかなにもんだよ?テメェは」
『オレもオレの事をよく知らない。目覚めたばかりでな?そこら辺の記憶はどっかに飛んでんだわ』
影は空中に浮いて禍々しい吊り目を下品に動かし、口元はニタニタと歪んでいる。左の目には瞼までくっきり残る傷が一つ。コイツは俗にいうエイリアンとかそういう系なのか?
『まぁ、話は後だ。お前はオレを受け入れてくれればいい。意識と心は死ぬけどな。心配するなよ、お前の代わりに生きてやるから』
「あ?誰がうなこと望んで...」
『?お前、路地裏であの死体見て羨ましがってたじゃん。てっきり死ぬ事に願望抱いてるのかと...』
「!」
『だったら体を開け渡せよ!?どうでもいいだろ?テメェの人生なんざよぉ!?』
その通りだ、俺に生きる理由なんかない。大切な人が死んでから、そうだ、俺は生涯孤独、もう血の繋がりのある人はいない。生きてる意味がない。やりたい事もない。それなら、もう死んでしまっても。
(雄星は奏音のヒーローだもん。それでね!奏音は雄星と長生きしていつか結婚する!)
(奏音に会いにきてあげてね)
「...死にたくねぇ」
『あ?』
「生きる理由なんか今は無えけど...!」
「奏音の分まで生きてあげないと、俺を助けてくれたあの子の分まで生きてかないと...!あの子に報いれねぇ!」
『いや、もう侵食は始まって...?なんだ?急に飲み込まれ...』
「え、ちょなに?これ?やめ...やめろ!入ってくんなー!!!」
黒い光が俺の体の中から溢れ出る。次の瞬間、俺の意識は完全に途絶えていた。あぁ、死ぬんだな俺。最後くらい、奏音にお参りしとけば良かった。
『最悪だ。無駄に相性の良さが悪い方向に向くとはな...』
「!」
気づけば、外に出ていた。しかも景色は鮮やかな光に包まれた夜景だ。車と人が豆粒程度に小さく、点々とする淡い光は実に美しい。光に反射した雪もその妖美さを照らし出す。そして今の俺のいる場所は...
「なんで東京スカイツリーのてっぺんにいるわけ?」
東京スカイツリーの頂点。俺の家からだいぶ離れた場所に来てしまったものだ。しかも夜ということはそう長い時間はかかっていない。どういうことだ、何が起きてる?
『まさか、寄生先に俺が取り入られるとはな。なにもんだよ、お前』
「なに言って...て、なんだよこの手!?」
黒色に包み込まれた俺の右腕。足元に反射する俺の顔を覗き込む。その顔はいつも見飽きてる活力も気力もない人間の死んだ表情ではない。禍々しい黒い斜め三角の目、口元は黒色の影に包み込まれているが、よく見れば俺の体は全身黒く飲み込まれていた。降り積もる雪に似合わない正反対の黒。
「なんだこれ?」
『お前、オレを飲み込んだ後、急に暴れ出してここまで来たんだぞ?気を失ってたのか?だとしたらアレがお前の本性なのだろうよ?』
「うんなことどうでもいい、どうやって降りればいい?これ?」
地上634メートルの高さから落ちたら流石に死ぬ。というかこの状態はなんなんだ。大丈夫じゃね?という変な自信がある。それに、体の中心から力が漲る。なんなんだ、この姿は。
『来る時みたいに影伸ばしていけばいいのに』
「伸ばす?」
『手から伸ばして建物にくっつけて、そのまま振り子の動きで加速してここまで来てたぞ』
なにそのマーベルとかに出てきそうな移動方法は。聞いたことあるぞスパイ◯ーマンじゃねぇか!スウィングしてんじゃん、シークエンスじゃん!手首から出してないのが救いか。バレたら殺されるぞ、俺は。
「やってみるか、ほい!」
俺の手から伸び出た黒い影はビルにくっつき伸縮して俺を頂上から振り下ろした。加速したところで手を離せば、俺は空に思いっきりほっぽり投げられた。
「すげぇ、俺空を飛んでる!」
『へぇ、お前が望んだのは変幻自在か』
「望むってなんだ?」
『...家に着いたら教えてやるよ』
「助けてぇ!!」
「!」
飛んでる最中、誰が襲われているのを発見した。女性が男三人に連れてかれそうになっている。
重なる。彼女の姿が重なる。無力で助けられなかった自分の事で頭がいっぱいになる。気づけば体は動いていた。手を伸ばし、影が男達に絡みつく。空中に投げ上げ、俺は地面に着地、女性をその場から遠ざけさせる。地面を蹴り上げ男達と共に空中に身を委ねる。
「なんだ!?これ!?」
「どわ!」
「うげっ!」
地面に降りる力を利用し、影を使って地面に男達を叩きつける。意識を失った男達を尻目に彼女の前に歩く。
「大丈夫、さぁ心配いらないから自分の家に帰って」
「あ、ありがとうございます!」
そうして影を伸ばし、夜空へと消えてゆく。そんなこんなで十数分で着いてしまった。この姿は衝撃にも強く、何度かビルに打ち付けられたが、無傷で済んでるし痛みも感じない。それに好きな形、性質に影は変えられる。翼にもなったし、粘着性を出してへばりつく事もできた。
「ほら、望むってなんだよ。教えるって言ったろ?」
『しゃあねぇ、教えてやんよ』
めんどくさそうな声色で影は言葉を紡いだ。
『オレ達は古代未確認生命体。その中でも、他者に寄生し望んだ力と潜在能力を解放させる権能、それが俺みたいな寄生型のアンノウンの特徴だ』
「?達って事はお前以外にもいるのか?」
『まぁな、前に封印が外れたらしくてな、同胞達も今頃日本中に散らばったころだろうよ。獣型、武器型。一番やばいのは人型だな。潜在能力は寄生型が一番だがな!』
「はーん、そんな種類あるんだ」
『てか、もう死にたいとは思わないのか?』
ニタニタと嗤う。そうだ、死にたいと思っていた。でも今は違う。昔、俺は人を助けたかった。親を亡くしてからそう思った。願った。でも目の前で救えなくて、それが幻想だと知った時、俺は自分の夢を自分で砕いた。もうどうでもいい。どうしようもないのだ。
「俺如きが死にたいとか舐めてるよ。生きたくても生きれなかった人がいるのに、だったらその人達の分まで俺は生きていきたいかな」
『考え方だいぶ変わったな、お前』
俺自身に生きる理由も意味も、今は見当たらない。ならせめて、夢とか目標とか、そういう生きる理由を持ってる人は救えるのではないだろうか。理不尽に奪うものを守れるのではないだろうか?
「決めた。俺、この力で人助けをする。さっきみたいに困ってる人を助けられるような人間になりたい。その中で、俺は自分の生きる理由を見つけてみたい」
『...まぁ、情報集めにもなるか』
「てかお前名前は?」
そう聞くと影は頭を傾げて、俺を見やる。一体どうしたというのだ。
『...オレには記憶がねぇ、だから名前もわからねぇ』
「え?」
『記憶を取り戻すために他のオレを知ってたであろう奴らに会う必要がある。オレは知りたい。オレが何者なのか』
影はそう呟いて、こちらに顔を近づけた。
『だから取引だ!力を貸してやる代わりに、オレの記憶を取り戻す手助けをしろ!』
「はぁ!やだよそんなの!」
『なら力は没収だな!生きる骸に逆戻りだがそれでもいいのかよ?』
「クソっ...!」
仕方ない。俺の生きる理由を見つける手がかりができた今、そのために必要なこの力は無くすわけにはいかない。
「いいぜ、乗ってやるよ。その取引」
『へ、話が早くて助かるぜ』
「名前なしだと呼びにくいな。よし!名前は俺がつけてやるよ」
『えぇ、お前センスなさそう』
「うるせぇ!!」
正体不明のアンノウン。顔に少し傷のようなものがある。そういえばライオンキングの傷のあるライオンはスカーって言ってたっけ。悪役みたいな見た目だし、ピッタリだな。
「お前はスカーだ。よろしくな、スカー」
『...まぁ、悪くないか。てかテメェのの名前は?』
「東浜雄星だ」
影は霧散し、スカーの中に戻っていった。散って行った影が雪に混じり、白かったそれは黒に侵食された。雪の降り頻る夜の中。俺たちは契約を交わした。片方は記憶を取り戻すため、もう片方は生きる理由を得るため。彼らは歩み出す、これからの運命に従って。




