1 ニコの駄々
「えー、ムリです。行きたくありません。断りましょ?」
「申し訳ないと思っているのよ? でも今回ばかりはニコにしか頼めないわ。 もし何かあっても遠いから助けに行くのに時間がかかるじゃない? ニコなら、転移魔法が使えるし、空間魔法も使える。その上、攻防どちらの魔法もバランス良く使えるから心配ないじゃない。 知り合いだっているし」
「・・・褒めすぎ」
仕方なく、手渡された資料に目を通す。
どれどれ・・・
隣にあるサテンドラ国のドラシス伯爵家。
家族構成は年齢順で、当主、長男、長女、次女、次男。
当主は40歳を過ぎてやっと己の身の程を理解したところ。
長男はへっぽこオヤジの尻拭いに奔走しているようにみえる。
長女はやらかして、修道院で祈りを捧げている。
次女は長女と似たような道を全力で爆走中。
次男は反抗期真っ只中。
1ページ目のこれだけの情報で断言できる!
ここんちはロクな家じゃないっ!
もう貴族はおやめになりませんか?
ウチって、メイドの派遣がメインの会社だよね?
私が行って何をするのよ?
「魔法で自分を守れても、メンタルがやられそうな家ですね」
「ふふ。ニコはメンタルもなかなかよ? ウチの旦那様にも息子達にも臆すことなく平然と接してるじゃない」
「・・・。 この家、依頼料払えます?」
「依頼はドラシス家のお隣りにある伯爵家からよ。そこの夫人とお義母様がお知り合いらしくて、ドラシス家にウチを紹介したらしいわ。・・・まったく、余計なことをしてくれたわ。隣国に派遣するほどウチには従業員がいないのにねぇ」
この方のお義母様は悪い人ではない。よかれと思ってやってくださることが、こちらにとっては面倒事の種になることが多い。
頬に手をあて、困った人だわぁと嘆いているのは、
「人材派遣ティルティル」のトップ、クリスティーナ伯爵夫人。
行きたくないと駄々をこねているのが、私ニコレッタ。
クリス様は私と同じ孤児院出身。
魔力量を買われ、正妻として伯爵家に嫁いだ。
『お前を愛することはないって言われるに決まってるわ』
『正妻なんて嘘よ、きっと魔力を搾り取られるんだわ』
『使用人達にいじめられて、食事に何かを入れられるわ!』
『ニコも連れていくわ! この子の魔力も多いもの!』
ぎゃあぎゃあ喚いて、ぎゃんぎゃん泣きながら、お別れしたのがクリス様が18歳で私が3歳の時。
あ、喚いて泣いて暴れたのは当時18歳のクリス様のほうね。
孤児院の最年長者で包容力があって、いつもは穏やかなクリス様のあまりの乱れっぷりにあっけにとられ、ぽっかーんとしているうちにお別れした事は、衝撃的すぎて今でも覚えている。
本当にお飾りの妻になってしまうのでは?と孤児院の皆、クリス様ご本人も心配していた年下の旦那様とは、良好な関係を築けている。っていうかラブラブの相思相愛。
ま、そのラブラブのおかげで孤児院を気にかけてもらえて、寄付金はもちろんのこと、魔法が使える孤児の指導から貴族相手のマナーまで、しっかりと学ばせてもらえる環境が現在も続いている。
旦那様は本当に素晴らしい人。
クリス様が「孤児院の子供達が稼げる何かをしたいわ」と何気なく言った言葉を、旦那様は聞き逃さず、その何かについて話し合ってくれる人。その後、人材派遣会社を起ち上げることになった。
クリス様が孤児院で「みんなで稼ぐわよぉ! エイエイオー!」と右腕を上げて、はりきっている間に、旦那様はシステムから費用、手続き、届け出、給金、休日などほとんどの事を整えていた。
結局、クリス様がやったことといえば、『何かをしたいわ』と言ったことと、『ティルティル』と命名したことだった。
見事な玉の輿の成功例である。
私は、クリス様が嫁いだ時の年齢はとっくに過ぎて、今20歳。
大きなまん丸レンズの眼鏡をかけて、お下げ髪が仕事時のデフォルト。中肉中背だが胸は大きい。顔も胸も隠していた方が仕事に影響しなくていい。以前、気持ちの悪い視線に我慢ができなくなってやらかしたことがある。あの時も、旦那様に助けられたなぁ。
おふたりのご子息様は、乱れた私を見て
「わおっ。ニコ、触らせ・・・こほん、いや測らせて・・・じゃなくてドレスを贈らせてくれ」
素直な言葉が出てしまい、クリス様に拳骨をくらわされて、涙目になっていた。
ふふ、あれらもいい思い出だ。
クリス様や旦那様には恩があるので、行けと言われたなら、いっぱい文句は言うけど、結局は行くのだ。
はぁ、でも今回ばかりは憂鬱だ・・・。




