銀青の孤狼
サンセルモを出発し、そして南へと向かう。
街道と呼べるような立派は道はなくとも、
人の往来があったであろう、その痕跡を道として、
リュカたちはそれを頼りに旅をした。
道を辿る限りは、なだらかな平原が続く。
先々には川も多く、水に困ることもない。
これまでの旅路と比べても、とても快適な道のりだった。
そして南部には大きな都市もないので、人通りが少ない。
そのためか盗賊の類の心配が殆どなく、治安が良かった。
また山奥に分け入らない限りは、強い魔物も生息していないとされる。
途中で何度か魔物に遭遇したものの、リリパットというゴブリンの射手と、
ラピーナというトンビの魔物くらいだった。
リリパットは俗称『ハズレヤ』と呼ばれており、滅多に矢は当たらない。
そうリュカたちは聞いていた。なので相手をせずに、速やかに立ち去った。
ラピーナは俗称『スリトンビ』と呼ばれ、旅人の荷物を盗む。
これも事前にマルコから注意されていたので、難なく対処ができた。
こうしてリュカたちは危なげもなく、五日の旅を終える。
そしてカンピソーレ地方の西にある、カヴォリ村へと辿り着いた。
「ほう、旅人さんかな。珍しいねえ」
村の入口付近で、村人から声をかけられた。
そしてリュカはにこやかに、その村人に尋ねる。
「ここは、カヴォリ村ですか?」
「ああ、ああ。そうだよ。キャベツが特産の、キャベツ村だ。美味しいよ、キャベツ。是非買って行っとくれ」
キャベツの購入を促され、少し戸惑うリュカ。
しかし気を取り直して商人の居所を聞いた。
「あのう、エンツォさんは村にいらしてますか?」
「エンツォ?ああ、ああ。あの商人か。おるよ。村役場にでも行ってみなされ」
村役場の場所を聞いて、そこへ向かう。
村の道と呼ぶには少々立派な石組みの道をたどり奥へ。
レンガ造りの家がぽつりぽつりと建っている居住地に囲まれて、
大きな広場がリュカたちを出迎えた。
広場に面しては教会も建っている。
その向かいに、少し大きめな建物がある。それが村役場だった。
リュカたちは建物の入口をくぐる。
すると数人の村人と一緒に、商人と思わしき格好の人がいた。
「あのう。もしかして、エンツォさんですか?」
リュカが男に話しかけた。
「はいはい、私がエンツォですが。どちら様でしょう?」
「キャラバン隊長のマルコさんから、あなたを探してほしいと、そう頼まれた者です」
そういって、三人はエンツォに自己紹介した。
「なるほど、心配おかけしましたね。私はこうして、元気ですよ。しかし、ねえ……。商品のほうが、まずいことになってましてねえ……。
この村には、特産品の『エルバ・パナチェア』を買い付けに来たんです。どんな風邪にも効く万能薬草と、シエラ・ブエナでも評判なんですよ。その薬草の収穫がですね……出来なくて。困ったことになってしまって……」
そして一人の老齢の村人が語りかけてきた。
「この村の特産品は、キャベツじゃがの。だがパナチェアも、よう売れとる。そのパナチェアの畑は、ここから西外れにあるんじゃが……。
十日くらい前になるかのう。収穫を目前にして、害獣が出おったんじゃ。そいつが、巨大でのう……。畑に近づくこともできんのじゃて……」
そして別の村人が割って入る。
「あれはデカいが、『どろぼううさぎ』だ。間違いねえ!」
「ラドロというのは、ここら辺での『ヴァラビット』の呼び名ですよ」
エンツォがリュカたちに説明した。
「あのう、ヴァラビットとは? あまり魔物に詳しくなくて……」
申し訳なさそうにリュカが言い、エンツォも謝りながら補足する。
「ああ、そうですね。ヴァラビットは、言ってみれば大きなウサギです。四つん這いだと脛くらいで、立ち上がると膝上くらいの高さになります。普通のウサギを想像してると、その大きさに吃驚しますよ。そんな大きさですが、しかしウサギらしく相当すばしっこいのです。こいつらが農作物を荒らすので、農民にはとても嫌われているんですよ」
「そう、そのラドロのデカいやつが、畑に居座ってやがるんだよ。貴重なパナチェアを、ボリボリと貪りやがってよ!」
「なんとか駆除して、いつもみたいに食ってやりてえよ!」
そして村人たちがリュカたちの格好に気づく。
「あんたら、冒険者さんなんだろ? 駆除してくれよ!」
そう言って頼まれてしまった。
「出来ませんか? 私どもも、そうして頂けると助かるのですが……」
「う、うん。そうですね……」
「まあひとまず、畑を見てみようぜ! 話はそれからだろ。なあ、リュカ?」
エドワードの一声で、リュカたちは兎に角、畑を見に行くことになった。
エンツォも伴って、村人に案内されてパナチェア畑へと向かう。
西へのあぜ道を進み、いくつかの広い畑を横切って、
村の中心からも相当に離れた場所へとやって来た。
そこに、低い柵で囲まれた土地が見えてくる。
畑の端では、青々とした薬草が育っていた。
しかしその奥へ行くほどに、食い荒らされたような無惨な状態が広がる。
そして畑の中を、ウサギのように見える大きな生物が、
数匹走り回っていた。垂れた長い耳、そして長い前歯もちらりと見える。
さらに時折、短く折れた二足の脚で器用に立って、そして歩き回っている。
「あれが、ラドロだ……」
案内の農夫が低く唸る。
「あんなんだったらオレらでも、フォークでやっちまうんだがな……」
そしてそう言って、畑の向こうを指さした。
その先では、あのウサギの倍以上はある巨体が、
畑の上ででっぷりとふんぞり返っていた。
周囲の畑には畝はみられるものの、既に何も残ってない。
巨大ウサギは両前足で器用に挟んで、パナチェアと思われる薬草を、
根っこからボリボリと貪り食っていた。
「畜生め……。我が物顔で、ふんぞり返りやがって……。大事な作物を……」
農夫が悔しそうに身震いしている。
「お、おい……。でかすぎんだろ、あいつ!」
「あんなウサギさんは、見たことありませんわ……」
エドワードはその大きさに驚いて目を丸くして、ローラもその横で絶句した。
「と、兎に角、なんとかしないと……」
リュカも緊張した面持ちで剣を抜いた。
「ここは、慎重に参りましょう。あの大きさともなれば、ひと噛みとて危うく御座ろう……」
バリアンがそう言って、静かにゆっくりと近づく。
リュカたちもそれに続いた。
しかし畑に少し入ったところで、ヴァラビットの一匹に気づかれる。
そして害獣たちは一斉に群れをなして襲いかかってきた。
リュカたちは群れに囲まれる。
まるで狼が集団で連携するかのように、あるウサギは囮になり、
他のウサギがその隙をついて飛びかかってくる。
その動きにはバリアンですらも翻弄されていた。
リュカたちは円陣を組んで、かろうじてその攻撃をしのぐ。
しかしそこへ、あの巨大ヴァラビットが突進した。
その巨体にそぐわぬ素早さで、リュカたちめがけて体当たりする。
しかし畑に突っ込む勢いで飛んで、全員でなんとかそれを躱した。
すると円陣が崩れてしまう。
そしてエンツォと農夫が孤立してしまった。
巨大ウサギは、エンツォたちに狙いを定める。
真っ赤な目で睨みつけ、そして彼らに向かって突進した。
「ま、まずいぞ!!」
しかし、エドワードがそう叫んだ、その時――
さらに巨大な何かが突如現れ、ウサギの首元に食らいついた。
二頭の巨体は、畑の上でのたうち回って暴れる。
そして程なくして、ウサギは動かなくなった。
もう一方の巨体の口元で、ダラリと力なく咥えられている。
その獣は、狼のような姿だった。しかしとても大きい。
四足状態でその頭は、リュカの胸よりも高く、
体の長さは、明らかにエドワードの身長よりも一回りは大きい。
青みのある銀色の毛並みで、腹部は白かった。所々に黒斑も見える。
そして何より、その長い二本の牙が特徴的だった。
狼の魔獣が巨大ウサギを仕留めると、他のウサギたちは一斉に散った。
そして魔獣は、リュカたちを特に気にもとめずに、
獲物を引きずり西の山の方へと走り去っていった。
「な、何だったんだ?」
「本当に、大きかったですわ、あのオオカミさん……」
エドワードもローラも、畑の上で呆然としている。
「しかし、本当に助かりました……。九死に一生ですよ……」
エンツォも半泣きで立ち尽くす。
「あれは……。セイバーウルフでは、御座らぬか……?」
バリアンがリュカの横で呟く。
「セイバーウルフ?」
「狼の魔獣に御座る。目の当たりにしたのは、某も初めてに御座るが」
「僕は、前に見たことがあるような……。そんな気がする。それにあの感じ……。雰囲気……。懐かしい気配がしたんだけど……」
腕を組んで考え込むリュカ。
「何れにせよ、敵意がこちらに向かず、幸運に御座りましたな」
「そうだね……」
そう言って、リュカは少し寂しげに苦笑した。
安全を確認すると、農夫たちが大勢戻ってくる。
畑は随分と荒らされていたが、それでも大部分は無事だった。
そしてようやく、パナチェアの収穫が始まった。
それからリュカたちは村役場へと戻ってきた。
「本当に、よかった。これで商品が揃いそうです」
エンツォは胸を撫で下ろす。
「危うくパナチェアの代わりに、キャベツを仕入れて帰る所でしたよ。いやあ、待っていてよかった」
「何いっとるんだ! うちのキャベツは一級品じゃろうが!」
「あ、はい。そうですね……」
老人に叱られたエンツォ。
「こんな感じで、キャベツ買ってけって、うるさくて……」
そしてリュカたちに小声でそう囁いた。
「収穫までしばらく掛かりそうなので、暫しお待ちください。帰りは私の馬車で、一緒に行きましょう」
このエンツォの提案に承諾して、リュカたちには時間が出来た。
そしてリュカは躊躇いがちに、仲間たちに彼の考えを告げる。
「畑で助けてくれたあの魔獣。僕はどうしても気になるんだ。西の山の方に去っていったから、その辺りを探しに行きたい……。
行ってきても、いいかな……?」
そして仲間たちはそれに即答する。
「何言ってるんだよ、リュカ!」
「ええ、ダメです。危険すぎますわ!」
「ふむ、それは拙策に御座るな。無茶を申されては成りませぬ」
「みんな……」
不安そうなリュカに対して、しかし仲間は続けた。
「一人で行かせるわけ、ないだろ!」
「ええ、皆一緒が安全です。魔獣以外にも、危険はあるのですから」
「エドワード殿とローラ殿の言う通りに御座ろう」
「みんな……」
それから一変して安堵し、リュカは明るく笑顔を浮かべた。
「ありがとう!」
こうして、一行はあの魔獣を調べるため、西の山を探索することとなった。
カヴォリ村の西の向こうに見える山を、先ずは目指す。
農地のさらに先にも風光明媚な景色が広がり、残花が尚も香る。
しかし草も鮮やかな緑に色づき始め、夏の足音が聞こえた。
山の麓で、大きな足跡をエドワードが見つける。
それがあの魔獣のものとは断言できないが、
少なくとも大きな生き物のものであることは間違いなかった。
その足跡を辿って、山へと入る。
そして木々の合間に、小さな洞穴を見つける。
リュカたちはその中へと慎重に足を踏み入れた。
洞穴の中は、想像していたものとは違い、小綺麗だった。
獲物の肉片や骨などは全く落ちていない。
しかし、そこかしこに獣毛が落ちていて、
そして寝床にしているのか、集められた草が敷き詰められていた。
明らかに、何かがここに棲んでいるといった痕跡が見て取れる。
リュカが最奥に目をやると、暗がりの奥に、
洞穴には相応しくないような、布状の何かが目に入った。
静かに奥へと踏み入るリュカ。そしてそれを手に取る。
するとそれは、見覚えのあるものだった。
あの夏の日、ラファエラがリュカに被せてくれたバンダナ。
そして別れのあの日、ラファエラがリオラの首に巻いた、
忘れもしないあのバンダナだった。リュカはそう確信した。
「これは……」
リュカは懐かしさに言葉が詰まる。その時、背後に――
グルルルル……
洞穴の入口を、あの大きな魔獣が立ち塞がる。
体勢を低く、耳は後ろへ伏せられ、背中の毛が逆立つ。
歯や牙を剥き出しにして、こちらを睨みつけて唸っている。
「ま、まずいぞ! 逃げ場がない!!」
エドワードが叫び、皆も怯える。
しかしリュカだけは、全くたじろいでいなかった。
寧ろ彼の瞳には涙が溜まっている。
そしてリュカはゆっくりと、狼へと近づいていった。
それを皆が息を呑んで見守る。
「リオラ……? リオラだよね?」
リュカの声が洞穴に響いたその瞬間、狼は伏せていた耳をピンと立て、
唸るのを止めた。しかし微動だにせず、リュカを見つめ続けている。
リュカが一歩前に出ると、狼はびくりとして一歩下がる。
しかし再び静止して姿勢を低くしたまま、青い瞳でリュカを見つめた。
そして鼻をクンクンとさせながら臭いを嗅ぐ。
すると突如、尻尾を左右に振り始め、リュカへと小走りに駆け寄る。
そしてリュカの顔を舐めた。
「わあ! くすぐったいよ、リオラ!」
リオラは昔と相も変わらずに、リュカに体をこすりつける。
二人ともに体は大きく成長していたが、
まるでかつての日の子供のようにはしゃぎ、再会を喜びあった。
洞穴の外に出ると、リオラはひたすらにはしゃぎ、
まるで子犬のように、その巨体で軽やかに走り回った。
「まさかこいつが、あのリオラだったなんてな……」
エドワードのことも思い出したのか、撫でられて嬉しそうなリオラ。
「大きなオオカミさんですけど、こうして見ると可愛いですわ」
そしてローラのことも、とても気に入った様子だった。
「感服いたしましたぞ。まさか、セイバーウルフを手懐けるとは」
「僕たち、子供の頃に出会ったんだよ」
「幼獣とて、魔獣は魔獣。常なれば、然様な事は起こりませぬ。されど、某を臣従させた事といい……。まこと、不思議な御仁だ……」
こうしてリュカたちは、新たな仲間リオラを連れて、
カヴォリ村へと帰った。
リオラを連れて村に帰ると、やはり大騒ぎとなってしまう。
しかしエンツォがリュカたちを擁護し、村人たちに訴えた。
「この魔獣は、私たちを畑で助けてくれました。今こうして収穫ができているのも、この魔獣のおかげです」
そして案内をした農夫もこれに加わる。
「そうだ! オレたちはコイツに救われたんだ。コイツがいなければ、オレも今頃は、お陀仏だったかもしれねえ」
そしてキャベツの老人も加わる。
「このキャベツ村では、恩義を仇で返す風習なんぞはない。恩人は、恩人として執り成すもんじゃ!」
二人と老人の説得に、村人たちの騒ぎはなんとか収まった。
老人は村長だった。
「騒ぎは収まりましたが、とりあえずリオラちゃんには、私の馬車で待ってもらいましょう。村外れにありますので」
こうしてリオラとリュカたちは、エンツォの馬車の中で準備が整うのを待った。
そして程なくして、薬草を大量に積んだ荷馬車がやって来る。
「お待たせいたしました。それではサンセルモへ、帰りましょう」
二台の馬車で、リュカたちはカヴォリ村を出発する。
村長や若者たちも、その出発を見送ってくれた。
そして五日をかけて、頼まれた通りにエンツォと商品を伴い、
リュカたちはサンセルモへと無事に帰ったのだった。
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