10話『勉強部開幕』
勉強部。
それはこの日向第二高等学校の中で最も狂っていると言っていいほど異端な部活動であった。──表向きはその名の通り勉強をすることが目的なのだが、その裏側ーー実際は"竜舞坂緋色の再教育"をする事が目的であるのだから。
活動内容に裏表がある部活動など、どの学校を探しても早々あるものではないだろう。
そして僕は。
そんな異端な部活動が生まれる瞬間に今、立ち会っているのだった。
暁に染まるひんやりとした部室。直接太陽光が入ってこない位置にあるこの部屋はなんだかジメジメしている。
広さはあり、パイプ椅子やテーブルなどの備品は揃っているのだが、だがなんだか物足りない。
そんな部室棟5号室に僕たちはいた。
「失礼しまーす」
僕が冷酷なる夢川ユウカと談笑して時間を潰していると、やっとこさ部室の扉は開かれたのだ。
妙に遅かったな。
そう思いながら、声の主の方へと視線を向ける。
ドダスさんこと、竜舞坂緋色である。
「あ、可愛い子がいる!」
「彼女こそがこの部活動に入りたいと申し出てくれた夢川ユウカだ」
「こんなキュートな子がですか!?」
「ああ、だから感謝するんだぜ? 氷室も、竜舞坂も」
と。竜舞坂の隣から青ジャージ姿で登場してきたのは、僕をこんなところに幽閉しようとしている張本人『貝絵瞳』だ。
なるほど。
竜舞坂が遅れたのはトイレが長引いたわけじゃなく───多分、外で彼女と会話していた所為なのだろうな。
「僕は感謝しませんけどね……」
と、ここでだ。僕は先生に対して否定の言葉を入れておくことにした。
『こんなキュートな子を勉強部に招待した事、感謝しろよ?』と彼女は言いたいのだろう。だからこそ僕は言いたい。可愛くても、性格がひん曲がってたら意味ないんだよ! と。
貝絵先生が自信満々に入れた夢川ユウカは、常軌を逸した毒舌ぶりなんだと僕は既に把握している。
そんな毒女を入れて、感謝してたまるか! という話なんだ。
「感謝しない? なぜ?」
「いや、あのです──ね──!」
居ても立っても居られない。
そんな状態に陥った僕は思わず声を荒げて、声に出してしまおうとした。
夢川ユウカは毒女だと。
だがしかし。
ふと視線に入った夢川の、こちらを睥睨する姿を見て仕舞えばーーあら不思議、喉から声が出ることはないのだった。
『なんか私の悪口を言ったら、殺すぞ』
まるでそう伝えているかのような、ナイフみたいな視線だった。
「……」
「ん、どうした? 急に黙り込んで」
「いや、やっぱり何でもありません!」
「そ、そうか?」
やっぱり何でもないよ! ……死にたくない僕は先生に、そう訂正する。人生十七年。高校二年生。まだ死ぬには早いだろう?
享年十七年。死因、同級生による撲殺。
……とか、そんなの洒落にならないからな。
「まぁ取り敢えず、全員集まったな!」
話題の転換。貝絵先生が口を開いた。そうだ、これで勉強部に入る予定とメンバーは全員である。合計三人。僕と竜舞坂と、夢川。部活動をするにはあまりにも少なすぎるような気がするのだけれど、案外これぐらいが丁度いいのかもしれない。
「集まりましたね」
「集まったね!」
そして何故か貝絵先生の言葉を復唱する二人。……これから何をするっていうんだ。
「この部活は何をするところか分かるか? 夢川」
「勉強するところ、でしょうか?」
「そうだ」
そして始まるのはまぁ突然な問答だった。『勉強部』。それが何をする部活動か、なんて簡単にも程がある質問なのだが。
何故だろう。この違和感は。胸に抱き続けているこの違和感は、なんだ?
「じゃあ次に氷室、お前は何だと思う?」
「……僕達が竜舞坂さんに勉強を教えるところ、か?」
「そうであり、違うな」
まさか次に僕があてられるとは思ってもいなかったので、驚愕気味にも冷静に答える。
竜舞坂に再教育をする。それがこの勉強部を興した理由だったはずだ。
ならば、僕の答えは模範解答といえるだろう。
だというのに、違うらしい。
「違うんですか? そんな馬鹿な」
「──違うとも! ああッ! 竜舞坂、答えてやれ」
答えてやれやれと言わんばかり。先生はぼーっと立っていた竜舞坂に指差しをし、最後に問う。
「え? 私ですか?」
「ああ、お前だ」
「えーっと……そ、そうですね!」
彼女はどう答えるか迷っていたのか、頭上にクエスチョンマークを浮かせながら答えた。
「ひむろっちを奴隷として扱うところ、ですか?」
「───ふっ、完全解答だッ!!」
どうしてそうなる! 彼女がそう答えたその瞬間、僕はそうツッコミを入れたくなるのだった。そりゃ当然だろう。何が僕を奴隷として扱うところだ? 人権のカケラもないぞ。民主主義の学校とは良く言ったもんだな!
──と、愚痴はここら辺にしておき。
話を戻そう。
「どうしてそうなるッ‼︎」
と、言いたいところなのだが本題が何なのか良くわかってない現状。頭が混乱した現在。理不尽すぎる現実を知った僕は、ただ狭い部室の中でそう叫ぶことしか出来なかった。
「どうしてそうなるもなにも、事実だからな」
「それを事実と認めるということは、国際的な問題に発展しても良いということですね? 奴隷制について──」
「いや、お前だけだから大丈夫だ。安心しろ」
「理不尽極まりないな、ラファイエットが見たら驚くぜこれ」
なにせ。フランス革命ーー人権宣言の起草にあたった大英雄だからな。ソイツがどんな人間性だったのか知ってるわけじゃないけど、人権に関しては口うるさいはずだ。
僕の人権にも彼なら何か言ってくれるだろうよ!
まぁ、そんな妄想したところで大した意味はないのだけどさ。
「まぁそんな冗談はともかく」
「これを冗談で済ませることの出来る日向第二高校のブラックさよ」
「氷室が言った通り、勉強部の目的は『竜舞坂の再教育』『優等生へと戻す』ことだ。それはみんな理解しているな?」
「はい! で、でも。ユカユカさんはそれで良いの? 私のために勉強をするっていう部活にわざわざ入ってくれるなんて……どうしてなの?」
話の流れから逸れつつも、竜舞坂が聞く。
ユカユカってなんだろうか。かなり幻想的な名前だけど。きっと夢川ユウカの略語、あだ名なんだろうな。
それはともかく、僕もその疑問は気になっていた。
わざわざこんな微妙なタイミングで開設した、意味の分からない部活に入ってきてくれた優秀な生徒。夢川ユウカ。彼女がどうしてこの部活に入ってくれた理由が、僕も気になっていたのだ。
落ち着いた、凛とした立ち位置のままでユカユカさんは竜舞坂の目を見た。
視線が交錯する。
「私は別に……教師になりたいので。人に教えるという事ができれば、それで良いんですよ」
その理由は簡単なものだった。たった今、彼女が言った通りである。……そう。夢川ユウカは教員になりたいらしいのだ。そのためにも『人にものを教える力』を付けたい。ソレに、この勉強部は絶好のチャンスだったのだ。
だから、彼女はこの部活に入部することを希望している。
そういうこと。
「なるほどな。先生になりたいのか……」
「貴方に説明したつもりはないわ、この盗聴変態」
「──僕は普通に会話へ混ざろうとしただけなんだがな、酷い言いようだぜ全くさ」
なにが盗聴変態だ。変態紳士の僕とは全然被っていないじゃないか? ……ん? 『変態』が被っているような気もしたが、まあ気のせいだろう!
「ごほんっ! あのなお前ら、ここは一応学校なんだ。過ぎた発言は慎むんだな」
その中で注意してくる貝絵先生だが、まるで説得力がない。何故だろう。それはあれだ。いわゆる彼女が『お前が言うな』状態だからだろうな。おまいう? ってやつだ。
僕を奴隷として扱おうとした教師が、そんなこと言えるのか!
──ブーメランだ。
ブーメラン。
異議ありである。
「ん、何か言いたげだな氷室」
「そりゃありますよ、この話の流れなら」
「──良いだろう、発言を許す。その代わり、氷室が一文字発言するごとに次の……そうだな、数学の定期テストの点数を一点ずつ下げていく」
それは世間一般で、発言を許していないと表現するはずなのだが。数学のやりすぎで、国語力が壊滅的になってしまったのだろうか?
それならばいい。
それならば道理のある話だし、仕方がないとなる。
……いやよくねえよ。
道理のない話だし、全然納得出来ない理不尽極まりない。
しかし。
そんな条件をかされてしまっては、言いたいことは言えなかった。
「どうした? 反論があるのなら言っていいぞ」
「……ぐぬぬ」
「はい、三点」
「!!!!!!!」
ちょっと待て!
今のが反論に入るっていうのか? ──それに関してだけは、反論したいのだが。許せないぜ。いくら恩師といえど許せないぜ、貝絵先生。
僕は怒ったら、ヒステリックを起こして醜く暴れてやるんだぜ?
「この部活、面白くなりそうだねー!」
理不尽に耐えて歯を食いしばる僕の横で、のんきにニコニコと暖かい雰囲気を溢れさせるドダスさん。彼女はこんな時でもいつも通りだった。
……一応彼女の意見にも僕は反論を残しておくが、『氷室政明は断じてそう思わない』からな。
優等生は──余裕のあるヤツらはやはり苦手だ。
僕はただ劣等生同士で傷を舐めあう。そんな可哀想で、周りから侮蔑されそうな青春を送りたいだけなのに。──今やそれは実現不可能になってしまった。
周りに鎮座するのは、毒舌毒女だったり、元優等生ののんき者しかいない。
もはや此処に僕が求めている青春はない。
僕が求めている青春は、此処にも無いのだ。
「はあ……」
「追加二点?」
「!!!」
ただでさえ悪く忙しくなってきた高校生活だというのに───この部活動はきっと、それを加速させることだろう。
理不尽極まりないこの部活動が。
だがしかし、悪いことばかりだと信じたいわけでもない。
存在するのなら、何かしら良いことがあってもいいはずだと。僕はそんな下らない淡い願望を抱く、健全な男子高校生なのだ。
だから、そうだ。
この『勉強部』も僕の求めている青春を───いいや、違う。そうだ。この勉強部で、僕もしっかりと勉強するのだ。
それがこの勉強部にいるメリットだ。
この勉強部に入ることで、僕は自分の”優等生嫌い”を無くす。
地獄みたいな雰囲気から始まったこの勉強部。そんなちょっと、いやかなりおかしい部活動の物語──起承転結の『起』。勉強部にいる中で達成する目標を、僕が心の中で決めたところで、それは始まりを迎えるのだった。
主人公の一年前は、今とは比べ物にならないぐらいのナルシストでした。




