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TRUE HUMAN   作者: 森野熊参
青龍編
50/133

第50話 くノ一 ~下~

 翌日の朝。やはり体調は優れない。重い体を引きずったまま、美奈(みな)は洗面を済ますとたるんだ目、濃いクマなどの部分を含め、全体的に自身の顔色が悪いことに気づいた。だが、そんなことは気にせずに今日も学校へ向かう。


 押し詰められた満員電車の中、空気の悪さも相まってふらふらと視界がぼやけ、何度も経験した眩暈が美奈の全身をふらつかせる。手に掴んでいたつり革に力を込め、何とか倒れないように踏ん張っていると下半身に違和感を覚える。


自我をはっきりとさせると尻を揉まれていたことがわかり、素早く触られていた手を力強く掴むと、背後の男性がびくりと体を跳ねさせた。大きな体型によって着ていたスーツはギリギリ形をとどめており、ぐしゃぐしゃな髪形と噴き出る汗が不清潔さを際立たせる。


「何触ってんだよ」


鋭い眼光を向けると、たちまち男は目線を逸らす。


「いや、ぁ…その、僕は特にっ、何も…」


核心をついているのにもかかわらずまだ白を切ろうとする態度に嫌気が差し、掴んでいた腕の力を強め、「殺してやる」と言わんばかりの目力で睨みつけた。


すると、それに応えるかのように男はブクブクと膨れ上がり、水風船の爆発のようにその場で弾き飛んだ。血が車内や乗客に飛び散り、電車が駅に停車していたことから、大慌てで駅のホームへ逃げ込んでいく。理由などが思考に至るわけでもなく、ただ「痴漢犯が運よく爆散した」という感想しか頭にはなかった。頬についた血を洗い流すと、痴漢犯の血だと認識し、再び洗い流そうと頬を強くこする。


「あいつが悪い…気持ちが悪い…あの男が悪い…男が、男が男があ゛ぁぁぁあッっ!!」


_______男は悪だ。いつも私たちを歪ませる。自分勝手で腹立たしい生き物だ。


_

__

___

____


「ハァーイ。じゃあ隣と答案交換して採点してくださぁい」


「ほいよ。本辺(もとべ)さんできた?」


英語の小テストの採点は隣同士と決められており、本辺の隣に座る優気(ゆうき)は気軽に声をかけ答案用紙を手渡す。対する本辺は気分が悪いのだろうか、俯きながらこちらを見ないように答案を交換した。


「すげぇ!単語全部合っててすごいね!あとは文法で、序盤のここら辺の文章の読み取りが甘いかも」


男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪。

男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、「おーい本辺さん?」男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪、男は悪「本辺さん。どうした?体調悪いの?」


近づきながら話しかけると何かを小さく呟いたような気がして耳を入念に澄ます。


「来ないで」


あまりにも急な拒否反応にたじろぎ、あまりの温度差に何か危害を加えてしまったのかと疑念を抱きながら困惑してしまう。


「来ないでよ!」


盛り上がりを見せる答え合わせの時間といっても、授業中には変わりない。それはあまりにも大きな声であり、近くに居た生徒の視線は自然と美奈と優気の付近へ向かっていた。美奈の左隣の席に位置する璃久瑛(りくあ)は体を捻らせて優気の方へ向くと、席を立った本辺が優気の筆箱を当て投げる様子がうかがえた。


「どうした優気!?何があった??」


空中に散乱した筆記具たちによる刺激を背中に受けた健勇(けんゆう)は一方的に詰められる優気を心配する。


「おいっ!!!!優気に何してんだよ」


「は?何アンタ。キモイから近寄らないでくれない?」


辛辣すぎる言葉が健勇のメンタルを小突くと友人を傷つけられたことに加え、その言い草に璃久瑛は我慢ならず席を立ち上がって本辺に近づき始めた。


「あ?お前自分が何したのかわかってんのか?優気が小学校後半からずっと使ってる大切な筆箱ぶん投げやがってよ。人の物ぶん投げて不快な思いさせるお前の方がよっぽどキモイかんな?」


「ちょ、りっくん大丈夫。大丈夫だから」


本辺に近寄った璃久瑛は近くに落ちたカラーペンを拾い上げ、優気に返す。


「心配してくれてありがとな」


優気は目に見えてわかる璃久瑛の表情から漏れる煮え切らない思いに無理やり蓋をした。遠くに散らかった自身の筆記具も周りのクラスメイトに拾ってもらったことで回収が完了したが、突如として発生した重苦しい雰囲気が晴れることはなかった。教師の掛け声で授業が再開されるが、暫くクラスはざわついたままだった。当の本辺は謝らずに何事もなかったように机に座っている。


___________________________________


 担任教師の前道(ぜんどう)により号令が促され、クラス中が別れの挨拶に包まれる。自身の持ってきた参考書などが入ったやや重めの鞄を腕にかけた本辺は誰よりも先に教室を出る。それは教室中の雑音を動きで掻き分けるほどの異質さであったため一際目立ったものだった。


その姿を確認した者たちが徐々に優気の机に向かって集結し始めると、怒りが混じった璃久瑛のため息が会話のチャイムを鳴らす。


「ったく、急に人のもんぶん投げるとか脳味噌腐ってんじゃねぇのか?」


「こん中だと一番喧嘩弱そうなりっくんがむちゃめちゃ歯向かってたから内心心配してたわ」


「いや、それは言うな。前まではお前より俺のが強かったかもしれなかったけどな、四神化とかいうチートはぁ…あかんすよぉ…」


「俺は急に背中にチクっと来てビビったわ!」


「そんなあなたにチクロック♡」


「いぃったい!!こんの、炎示(えんじ)コルァ!」


健勇によるヘッドロックが決まると腕からはみ出す炎示の顔の頬を璃久瑛は片手で何度も揉む。


「パうパうパうパうプう」

「ここはおふざけの場面じゃねぇんだよ炎示!」

説教をしながら引き続き頬を揉むと、優気は荷物を整理し終えこちらに向かう怜真(れいま)と目が合った。


「凄いことが起こってたな」


「あぁ、むちゃめちゃビビったわ。俺マジで何もしてないのに…」


「いやーどうだろうな。優気はそうでも向こうはそうは思ってないかもよ。だってお前デリカシーないし」


「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ。やめてぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇくれぇえぇぇぇ」


「いや厨二病のりっくんに一番言われたなくねぇ~」


「確かに優気が気に触れること言ったかも知れないけど、それにしても急に怒鳴って相手の物投げるのはなかなかヒステリックだな…というよりか、自分の思い通りに事が運ばないことに苛立った単なる我儘という感じか?」


「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ。スルゥぅぅぅぅもやめてぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇええぇぇぇ」


「それにしても我儘が過ぎやしないか?野球ならストライク入らないからデッドボール当てるみたいなものだぞ」


「女なんてそんなもんだろ。お嬢様気分で相手振り回していつも自分は被害者ズラ。挙句の果てにはテレパシー能力求めてくるし、今の経済状況で奢りをせがむ乞食ばかり。これだから3次元の女は…」


怜真が大きな溜息をつくと肩に手を置き心配と失念の眼で璃久瑛の名前を呼んだ。


「最後の言葉はマジで気持ちが悪いからやめておけ」

「ちょ!怜真に引かれるとマジで傷つくんだけど!?」


少し優気はやり取りそっちのけで本辺の行動や昨日ぼんやりと聞いた会話を思い出す。事件は要因無くして起こらない。その考えを念頭に置くことで答えを明確にしていく。


「まぁ、それほどまでに追い詰められたってことじゃないかな?」


ここまで批判や愚痴をこぼしてきた者たちは疑問符を抱かずには居られなかった。というのも一番嫌な思いをしたであろう被害者がそのようなことを言い出すものなのだから。


「だって本辺さんは普段から問題児なわけじゃなくて、単なる一般的な生徒だったんだから、こんなクッソうっぜぇことしてくる訳なくない?正直マジでぶん殴りたいけど今の時期、受験から来るストレスで結構病む人多いしね」


「言葉の随所に怒りが見えるな…」


「俺は『大丈夫』とは言ったけど許したとは一言も言ってないからな!」


「そのことなんだけどちょっといいかな?」


優気たちに話しかけてきたのは本辺と仲の良い三沢智花(みさわともか)だった。その横には同じく仲の良い和野夢叶(わのゆめか)もいる。


「何か用か?」


璃久瑛の目は怒りの感情が混ざったものが誰にでもわかるほど表れており、若干のピりつきが走る。何となく察していた怜真は颯爽と諭し、肝心の要件を二人に窺った。


すると次の瞬間、大の大人が途轍もなく大きな損失を起こしてしまった時のように深々と頭を下げた姿が四人の目に映った。


「私の友達が本当にごめんなさい!」

「本当にごめんなさい」


あまり面と向かって謝られることは無い高校生には馴染みのない姿であり、衝撃的なものだったため誰もが言葉失ってしまう。慌てて優気が止めると二人は顔を上げ立ち上がる。その後の雰囲気に沿うかのように若干小さめの声で再び話始めた。


「美奈がああなっちゃったのは美奈のお父さんのせいなの。ずっと暴力振るわれてたとか最近だとお母さんが精神病を患っちゃったとか…だから、その、多少致し方ないところもあるの!あの…その…」


感情が高ぶった三沢は少し涙ぐんでいた。それほどまでに本辺を思っていたということの表れであり、証明である。あの現場を見て一番辛かったのは彼女であることは間違いなく、揺れ動く気持ちを紡ぐ中間役はいつも大変なことが窺える。横に居た和野は言葉に詰まる三沢を宥め優しく声をかけ続けた。


「ってことは、今まで本辺さんは嫌々男の相手してたってことか?」


「俺は何回か喋ったことあるけど、そんな感じしなかったな」


「今まで相手を不快にさせないように顔に出さなかったからね」三沢の代わりに和野が回答する。


「って、だからあんな俺に対抗してたのか!」

「うーん…話したことないから分らんが、やばいことはわかった!!」


四人は納得を示すと落ち着いた三沢が口を開いた。


「許してとは言えないけど、大目に見てあげてほしいの。先週の七夕の日にお母さんの病状が悪化しちゃったらしくて、もともと就職希望だったけどお母さんの要望のために受験に切り替えたんだけど、ここ最近勉強に力入れすぎてちょっと不安定な感じだからさ…」


「何なら熱出しながら授業受けてたしね。責任感が強いからどうしても正しいと思ったことはやり遂げないと気が済まないのよ。本当にごめんなさい」


「あーっと、頭上げて上げて!そういうことなら仕方ないよ…ってか!こんなこと俺たち5人に言ってよかったの!?」


「夢叶と話して言おうって決めたの」


「うん。あなたたちならわかってくれるかなって思ったから」


その言葉を聞いて慌てめいていた優気ははっと息を吐きだし肩の力が自然に抜けていく。本辺を相手に二人は仲の良い友人であることが分かりほっとしたのだ。


「というか健勇のヘッドロック食らって1人失神してるけどな」

「うぉお!?やっば、ずっと力入れたままだった!!」

「いやそれはそれですげぇな」

「ならよかった!これで4人で、1人聞いてる人が減ったから!」

「うーん…三沢さんはナチュラルサイコパスってやつだなこれは」

「その通り。バカは締めて正解だからな」

「怜真、お前鬼畜すぎるだろ!?」


 璃久瑛が再三ツッコみ空気が柔らかなものとなるとその場は解散した。璃久瑛と健勇は部活へ行くついでに炎示を保健室へ連れて行き、優気と怜真はアジトへ向かった。怜真も部活があるが士純に璃久瑛と同じ銃を頼んでいるらしく、それを受け取りに行くとのことだった。


優気は一緒に向かっている間に怜真の後ろ姿を見ていると、勉強と部活、世界保全と見事に両立することに成功していることに尊敬を抱かずには居られなかった。


___________________________________


 机でうっかり寝てしまった美奈は唐突に目が覚め、急ぎ足で向かった先はトイレだった。苦しく、淀んだ気分をすべて吐き出すかのように嘔吐すると若干の解放感はあるものの、今度は腹部が痛む。


「もう…もうどうしたらいいのよ…」泣き声でその場で暫く蹲り悲しみに明け暮れるしかなかった。現在時刻は五時十分を回った頃、再び立ち上がり自室に戻ると参考書やテキストが並んだ机を見て再びノートを開く。


「どうして…何で間違えちゃうの?」そこに広がる間違いを示す赤文字が己の不甲斐なさを表していた。再び涙ぐむも、利き手に持つペンが止まることはなかった。


___________________________________


 「ハァーイ。じゃあ隣と答案交換して採点してくださぁい」

再び英語の授業にて小テストを隣同士で交換する時がやってきた。優気は前のことを踏まえて本辺の様子を時折注視していたが、冷房の効いている部屋で汗を流しており、頭や胸、腹部を擦っていたことから普段の体調不良と訳が違うような気がしてならなかった。


こないだ同様唐突にブチ切れられると、こちらの精神もすり減り、璃久瑛が再びキレるのも面倒なため、相手がこちらに渡してからこちらも応じるという手順を踏もうと相手の出方を窺うことにした。


 すると、本辺に動きが見えた。答案用紙を渡そうと手を差し出そうとしていたが、腕を押さえるとやがて全身を擦るような挙動に走る。耳を澄ますと呻き声のような苦しみに耐えるような、そんな聞きたくもない声が聞こえてきてしまう。頭を抱え始め、その嗚咽に近い声は次第に大きくなっていく。優気は()()()()()()()()|《・》()()《じんりょく》が不意に現れたことをきっかけに思わず体を向けざるを得なかった。


「本辺さん!?」こんな現状を目の前にされ、流石に待ちきれなかった優気は思わず声をかけるも、それは既に時が遅かった。


「うわ゛ぁあ゙ぁぁああぁあ゙ぁぁあああぁぁぁぁぁぁあ゙ぁああああぁぁあ゙あああああ゙ッっ゛!!!!」


奇声とも呼ばれる声を上げると、膨大な神力のようなものが優気をビりつかせた。クラス中の視線が一点に集まると片手で頭を抱え走り出すその姿は出入口まで動き、この教室から姿を消す。


「優気!」混乱に戸惑っていた優気は遠い席から発せられた怜真の呼びかけで正気に戻る。


「わかった!りっくん、結界道具持って付いてきてくれ!」


「えぇ!?わ、わかった。優気じゃ、心配だからな!」


「お前が一番心配だわ!俺も行くぞ!!」


璃久瑛と健勇も後に続き教室を出ると、本辺の神力から行き先を判断しつつ階段を降りていく。教室は再びざわつきだすも炎示は居眠りから目を覚ますことはなく、自身の机を涎で汚し続ける。


「わ、ワタシの授業。そんなにつまらないのかな…」


英語教師は混沌とした授業に失望するとともにとても残念そうに下を俯いていた。


___________________________________


 「みんな聞いてくれ!あれは恐らく神の使者だ!それも俺と同じ四神系統のだ!」

「ええっ!どんな奴だ!?」

「わっかんねぇけどやばそうってことだけは分かる」

「じゃあ俺は上に戻ってスサノオさんたちを呼びかけてみる」

「助かる!りっくんと健勇は俺の後に続いて追いかけよう!」

「『了解!』」


もう一度怜真は二階へ戻り、他の三人は靴を履き替えて校門を出ると神力を感じられる方向へ走って向かう。優気の足はトレーニングをしているため、前よりかは早くなっているものの、健勇のスピードには及ばず二、三歩先を行かれていた。


「健勇!あそこ、あの川目指して走ってくれ!」


「あいよ!!」


威勢よく返事をし、さらに加速。猛スピードで向かう姿はまさに高校生の陸上競技大会をも凌駕するほどのものだと感じた。璃久瑛も元々足が速いため、優気のペースを簡単についていく。体力が持つかどうか心配ではあるものの、そんな心配を吹き飛ばすほどの衝撃が心配を打ち消した。


「おい優気!空見てみ!」


見上げると積乱雲が急速に動き始め、集まった先には本辺が向かった先と同じ場所であることは間違いなかった。それとほぼ同時に本辺から発せられた神力がどんどんと強まって行くのを感じる。


「もうちょいだ!りっくん頑張れ!」「お前もな!優気!」


二人が川への階段を駆け上がり、健勇を探す。少し歩いた先で合流し、健勇の指さす方へ視線をずらすと先程よりも格段と違った神力を放った本辺が水面に立っていた。

ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m

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