第18話 夢と現実
毎日死ぬほど残業していて執筆時間がありませんでした!
まだ続いておりますが、ちょこちょこと更新できるようがんばります!
幸せな夢を見ていた。
イリスと一緒にいつも通りに午前中は家の仕事をして、午後は目一杯遊んでクタクタになるのだ。
泥だらけになった私たちを見てお母さんは「仕方がないわねぇ」と笑って、お父さんは「もう少し落ち着かんか!」と叱るのだ。楽しいことが一杯で、それなりに不満もあって文句を言ったりしながらご飯を美味しいねと言って食べるのだ。
幸せで満ち足りた日々。
今まで気づきもしなかったけど、私にとっての幸せはそこにあった。
それでたまにクオンが村を訪れて私に修行をつけてくれるのだ。
会うのは一年に一回ぐらいになったけれど、私はクオンがいない間に力をたんとつけて驚かそうとする。
けれど、クオンは「まだまだだな」と言って軽くあしらって、私は悔しさをバネに修行をして強くなるのだ。
大きくなった私は灰色猪を物ともしないぐらい強くなっていて、イリスは大きくなって村で一番の美人になっている。イリスの旦那様になる男はそんじょそこらの男じゃダメだ。私が認められるぐらいの男でなくてはと言うと、そういう時はお父さんも同意してくれる。代わりにお母さんが嗜めて、イリスは「もうお姉ちゃんたらっ!」と怒るのだ。
そんなところも可愛い妹だと思って笑う。
だから、この世界には悪夢や不幸なんてない。
肉食で凶暴な獣が村を襲うことなんてない。
人を殺す害魔なんていない。
妹を傷つけることなんてない。
こんな夢をいつまでも見ていたい。
そう思っていたし、望んでいる。
けれど。
けれどだ。
これが夢でしかないことを──私は知っている。
「う、ん……?」
寝ぼけ眼で起きてぼんやりと天井を見る。
いつも見慣れた我が家の天井がそこにあった。
「いだっ!?」
身を起こそうとするとビキっと体から信じられない痛みが走った。
筋肉痛だとは思うがこんなにひどいのは初めてで戸惑った。
「──ようやく起きたか」
「……し、しょう?」
「その調子なら大丈夫そうだな。水を持ってきたから飲め」
「え、あ、うん。ありがと」
水を一口つけると信じられないくらい美味しくてごくごくと飲み干した。
身体中が水分を欲しているのがわかる。
何杯か飲み干した後にようやく人心地がついた。
「食欲があるなら果実があるから食っとけ」
「うん。……ねぇ、師匠」
「安心しろ。お前の妹は無事だ」
「ほんと!?」
その一言で私の不安が一気に解消された。
強ばったからだから一気に力が抜ける。
小さく「よかったぁ」と呟いた。
「本当だ。だから何か腹に入れておけ。何せ丸2日は眠ってたんだからな」
「2日も寝てたんだ……」
「事の顛末はこれから説明してやるつもりだが──そうだな、お前は今回のことどこまで覚えている?」
「えーと、ちょっと待ってね」
ようやく頭が回り始めてきた。
色々と必死だったせいか鮮明な記憶とそうでないものの差が激しい。
でも、あれだけは絶対に忘れない。忘れられない。
「師匠と別れて村に戻って害魔と戦ってたとこは覚えてる」
「その後は?」
「……なんか体がよくわかんない状態になった。体から力が溢れて仕方がなくて、でも止められなくてっ……!」
それでイリスを傷つけてしまったのだ!
あの嫌な感触だけは今もはっきりと残っている。
「その後、師匠が来てくれた後のことは覚えてない……」
「なるほどな」
そのあたりで意識が途絶え、今の状況に至っている。
「一応言っておくが、妹は俺が精霊術で治したから今はピンピンしてるぞ」
「師匠ってそんなこともできるの!?」
「まぁな」
信じられないことをさらりと言う。
でも、全然嘘だと思わないのはクオンが嘘をついたことがないからだ。
改めてクオンがいてくれて良かった。
「師匠。本当にありがとう」
「気にするな。子供は大人に迷惑かけてなんぼだ」
ベッドの上からであるが頭を下げる。
クオンらしい言い方にいつものような安心感を覚える。
「あと、お前がわけわかんない状態になったと言ったものだが、あれが『暴走状態』だ」
「あれが……そうなんだ……」
暴走する危険性を教えられて精霊術を学んだ。
そして、ようやく本当の暴走というものがどんなものかを知った。
クオンが言ったことは予言の如く全てが当たってしまった。
「力が溢れて止まらなかっただろ?」
「うん……」
「最初に言ったと思うが、精霊ってのはどこにもでも在る。通常は自分の中の精霊を使ってるが、周囲から取り込むことも可能だ」
「あっ」
そういうことかと腑に落ちた。
あの力の本流に振り回される感覚は無自覚に取り込んでいたからだったからか。
「暴走ってのは自分の力の制御に失敗することじゃない。周囲から勝手に取り込まれる精霊の制御に失敗することだ」
「うん……全く制御できなかった」
「本来なら俺が安全を確保した上で教えてやるつもりだったが……すまない。俺の判断が甘かった」
「師匠は悪くないよ。悪いのは私だっ……!」
全部自分のせいだ。
クオンは逃げろと言ったのに、私は逃げずに戦う方を選んでしまった。
結果、力に振り回されて迷惑をかけただけだ。
思い出すだけで情けなくて涙が──
「いだっ!?」
「アホか。子供がいっちょ前に責任を取ったつもりか」
クオンが額にデコピンをして目から火花が飛び出るかと思った。
「それ含めて俺のせいだつってんだ。気にするなとは言わんが気に病むな」
「そうは言ってもさ……」
「正直、お前の精霊力を甘く見てた。きっちり制御できるまでは付き合ってやんよ」
「本当!?」
「本当だ。こんなことで嘘はつかねーよ」
クオンは近々いなくなると言っていた。
だから、もう修行を見てくれないと思っていただけに嬉しい限りだ。
「でもさ、よかったよ〜。イリスは無事だったし、村も無事だったしさ!」
今度こそ何の気兼ねなしにベッドに倒れる。
大変なことがいっぱいあったが、何事もなくて本当に良かった。
「アリカ。そのことなんだが──」
「クオンさん」
「お母さん!」
「アンゲル夫人……」
クオンが何かを言いかけたところに、お母さんが現れた。
私が起きているのを見てお母さんは駆け寄ってきた。
「起きたのね。アリカ」
「うん。もうばっちり──って、え?」
「良かった。本当に良かったわ」
「お、おかあさん……」
ぎゅーっと力の限り抱きしめられて、若干の気恥ずかしさを覚えた。
こういうことはイリスが生まれて以来やらなくなって久しい。
だけど、今だけは私もそういう気分だ。
ぎゅっーっとお母さんに力の限り抱きついた。
「心配かけてごめん。ただいま」
「おかえりなさい」
いつも言えるただの挨拶なのに、こんなに嬉しいことだと思わなかった。
1分程度はお互い抱きついたままだった。
「そうだ。あとでイリスのところにも行っていい? あとはお父さんの説教が怖いけど、お母さんと同じように心配かけちゃったから謝りに行かないとね!」
「……アリカ」
多分、みんな私が倒れたことを心配しているだろうから。
イリスは当たり前としてお父さんには「約束守ったよ!」と笑って言いたい。
だというのに、お母さんの表情は──初めて見るものになっていた。
「アンゲル夫人。説明は俺からしますが……」
「大丈夫です。これは親の勤めですから」
「わかりました」
お母さんはそう言ってクオンを下がらせた。
初めて見るお母さんの様子に私は戸惑いを覚えた。
「え、ねぇ、二人ともどうしたのさ。なんか顔が暗いよ」
「アリカ。病み上がりのあなたにこんなことを言うのは酷だと思うけれど、心を気丈にして聞きなさい」
じわりと嫌な汗が湧き上がる。
気丈から程遠く──耳を塞ぎたかった。
そして、私は知る。辛い現実を。
「お父さんは命の最後まで立派に村のために働き勤めを果たしました」
約束を交わした相手である父は。
「明日、父さんとの最後のお別れをします」
もういないのだと。




