第12話 太陽のような人
姉のアリカはいつも自分のことを大好きと言ってくれる。
その言葉はイリスにとってくすぐったいけれど、大好きで自慢の姉が言ってくれるので内心とても嬉しく思っている。
でも最近は遊んでくれなくなって少しだけ寂しく感じている。
いつもは毎日のように姉は手を引っ張って遊んでくれていた。どこに行くのも一緒で、姉の温かい頼もしい手を繋いで歩いているだけで楽しかった。
イリスにとってアリカは──太陽のような人だと思っている。
父親ゆずりの真紅の髪色は炎のようでとても凛々しく格好いい。村の子供たちと遊んでいても姉は一番足が速いし、とっても優しくて頼もしい。
たまに危ないことをしたり、父との勉強の約束を破って遊びに出かけることもあるけれど、それもまた姉の魅力の一つだ。
それに対してイリスは──自分のことがあまり好きではない。
何をするにしても鈍臭いし、引っ込み思案で内向的な性格でおよそ姉とは正反対と言ってもいいだろう。姉のようになりたいと思っていても、あんな風に早く走ることはできないし、木を登ることもできないので、それは割と早い段階で諦めた。
代わりに姉が苦手としているお勉強とかお手伝いを頑張るようにした。
すると父や母は「イリスはえらいな!」と褒めてくれたし、姉も「賢い可愛い!」とぎゅーっと抱きしめてくれて、ほんのちょっぴり自分のことを好きになれた。
こんな日々がずっと続けばいいなと思ってた矢先──灰色猪に襲われた。
大きな図体に鋭い牙を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
怖いとか死ぬとかも何も考えられず、今見ているものは夢だと思っていた。
でも姉は違った。
「イリス! 逃げるよ!!」
何一つ迷わずに薬玉を投げつけて私の手を引っ張ってくれた。
走り出してようやく現実感が戻ってきた。
私たちは灰色猪に襲われている。
なのに何故だろうか。怖いけれど不思議と怖くない。
この姉の温かい手を繋いでいるだけで安心する。
──おねえちゃんがいるから大丈夫。
姉に任せていれば大丈夫だ。
この背中を目指して走っていればいいんだと思っていたのに。
やっぱり自分は鈍臭くてダメな子だった。
手を引っ張ってもらっていたのに──足がもつれてしまい転んでしまった。
膝から血が溢れて足がジンジンと痛む。
立つだけでやっとなのに走るなんて無理だ。
情けなくて涙が出てくる。
怪我の状態を見て姉はすぐに身を隠して、私を抱き寄せて落ち着かせてくれた。
私がこんなにもダメな子でなかったら、姉は一人でもう逃げ切れていたに違いない。
──おねえちゃん一人だけでも逃げて!
その一言が出なかった。
この頼もしくて温かな手を離すことなんてできない。
それだけが灰色猪に襲われるよりも遥かに恐ろしいことだった。
服をぎゅっと握りしめていると姉は言った。
「ねぇ、イリス。ここで大人しく待てるよね?」
どこまでも優しい労わるような姉の声。
何をするのかそれ以上何も言わなくても分かった。
動けない私を置いて行くなんて絶対にない。
姉はきっと一人囮になるつもりだ。
私は反射的にダメだと言ったが、姉は全然大したことないように言う。
絶対に嘘だ。
あんな大きな獣怖くないわけがないのに、姉はいつもこんな風に笑う。
へっちゃらだよ。安心しなさいって。
そんな姉に対して私はなんだ。
怯えて震えるだけでいいのか?
──そんなの絶対いやだ!
勇気を出せ。一歩を踏み出せ。
姉の絶対に帰ってくるって約束を私は信じればいい。
そして、姉は灰色猪を引き寄せながら村と反対の方向に走って行った。
姉がいなくなって途端に森が怖く見えた。
私はじっとうずくまってたっぷりと10秒数える。
「いかないと……」
足は痛んで走れそうにないけど、歩くだけならなんとかできる。
一歩ずつ歩いて村へと向かう。
少しでも早くと思っているのに、足が思うように動かない。
「たすけてっ……!」
なんでこんなに私はダメな子なんだろう。
一番助けたい人を守れず、いつも守られてばかり。
「だれかたすけてっ……!」
勇気を出したのに、すぐに怖くなって涙がポロポロと溢れる。
でも、自分にできることなんてもうこれぐらいしかなかった。
泣き叫ぶことぐらいしかできない。
「おねーちゃんを……たすけてくださいっ!」
助けてください。
あの優しい姉を。温かい大切な人を。
私なんてどうなってもいいから──たすけて!
「──おい嬢ちゃん。何があった?」
神様に祈りが通じたんだと思った。
見知らぬ人で村の大人じゃない。
けれど、そんなの関係なかった。
私はすぐに助けを求めるために話した。
「状況はわかった。こんな怪我してよく頑張ったな」
ゴツゴツとした硬い手が頭を撫でる。
両親、姉、村の大人たちとも違う感触の大きな手。
初めて会った人なのに途方もない安心感がもたらされた。
「結構血が出てんな。ちょっと待ってな。……これでどうだ?」
「あれ、いたくない?」
「よし大丈夫そうだな」
後で開拓士だとわかるクオンが怪我に手を当てると血が止まって痛みが引いた。
何がなんだかわからないけど、すごい。
「後のことは俺に任せておけ」
何故だろう。
その人が笑った顔は不思議と姉に似ていた。
後半へ続きます




