第11話 走れ・走れ・走れ
害魔だなんて存在がいることを初めて知った。
見ているだけで背筋に冷たい汗が吹き出してくる。
平常心を保て。何のために修行してきたんだ。
姿勢を正して浅くなった呼吸を深くする。体の隅々まで行き渡らすイメージだ。
恐怖心こそまだ消えないが大分マシになった。
体は──問題なく動く。
「その調子なら問題なさそうだな」
「うん。大丈夫」
害魔から視線を外していないのにクオンは私の状態を把握している。
散々修行をしてきたので、この程度で驚いてなんかいられない。
「俺がこいつをぶった斬る。お前は村に戻れ」
「……わかった」
素直に頷いた。
私も一緒にいるだなんてとてもじゃないが言えなかった。
十中八九間違いなく足手まといになる。
「危険を伝えろ。すでに村が襲われていたら避難しろ──できるな?」
「できる!」
「はっ、いい返事だ!」
簡潔にクオンはやるべきことを示してくれた。
そうだ。これは私にしかできないことだ。
使命感にも似たクオンからの頼みに私はできると吠えた。
「行け!」
「はいっ!!」
私は振り返り来た道を戻る。
直後、背後からクオンの剣戟音が鳴り響くが私は振り返らない。
害魔が何をしようとも絶対にクオンが防いでくれると信じてる。
だから、私は身体強化を駆使して全速力で走るだけだ。
余力なんて気にしていられるか。
1秒でも1歩でも早く森を駆け抜けるんだ!
「間に合え!」
今日に限って村から遠い森の外れに調査に来ている。
そのせいで戻るまでにはどうしても時間がかかることに焦燥感が募る。
思えばわけがわからないことばかりだ。
クオンの話だとあの害魔とかいう奴が森の獣たちを村にけしかけているらしい。
何でとか、どうしてとか考えても答えなんて出やしない。
わかっているのは──村が危険だということだけだ。
脳裏に浮かぶのは先ほど食い散らかされた草食獣の死骸。
もしも、あの光景が村で及ぼされたらと考えるだけで怒りに震える。
「間に合えぇぇぇぇ────!!」
かつてないほどに集中していた私は気づいていなかった。
身体強化を保って走り続け10分以上も経っていることに。
一心不乱に森の中を走り続け、枝葉が頬や腕にかすって傷ついても構いもしない。
最速で走り続けたおかげで森の出口が見えた。
「そ、んな……!?」
森の獣たちは──すでに村を襲っていた。
畑は踏み荒らされ豊かな麦畑が台無しになっている。
村の皆で育ててきた大事な畑で冬を越すための大事な食料。
腹を空かせた獣たちは少しでも食い物の匂いがする建物に群がっている。
食料庫には野菜や肉といったものが各家には必ずある。
そこを狙われているようだ。
「ど、どうしよう……!?」
クオンからは村が襲われていたら避難しろと言われた。
村の避難所はお父さんがいる精霊様を祀っている社になる。
あそこは一際頑丈な建物になっているので、獣たちに襲われてもおそらく大丈夫だ。
「とにかく、今は避難所に──!?」
状況を把握しようと努めている最中にっと悲鳴が響いた。
畑仕事に出ていた村の老人だ。
よく畑で育った野菜を分けてもらったりしている、よく見知った相手だ。
「じっちゃん……!」
獣たちが襲ってきたことに気づかず帰り際に鉢合わせたのだろう。
悲鳴を上げたことで獣たちが老人の存在に気づいた。
このままだと間違いなく襲われて死んでしまう。
私は──気がつけば走り出していた。
訓練用に使っていた剣を抜く。
獣は灰色猪のような大型ではない。森に一番多く存在するエッゾ狼と呼ばれている種だ。群れに一人で出くわせば命を落としかねない相手だが、不思議と今の私は恐ろしさを感じなかった。
「ウアアアァァァァ────────!!」
腹の底から唸り声をあげて狼の群れに突入する。
狼たちは獲物を前に油断していたせいで私の存在に気づくのが遅れた。
千載一遇の好機だ。狼の数は5匹。まずは一番近くにいる狼に一撃を喰らわした。
訓練用で歯止めをしている剣とはいえ金属の塊。身体強化を施した今の私の一撃は早く重くなっている。狼の骨を砕く音が手に伝わる。地に沈んだように倒れる狼は弱々しく鳴いて立ち上がれない。
──私は戦える!!
短い期間の訓練だったが確かな血肉になっている。
狼の動きは鋭く速いがクオンほどではないし怖さも感じない。
仲間の一匹がやられたことで狼たちが毛を逆立て唸るも私は臆せずに踏み出す。
今度は下から上に斬り上げ狼を宙に吹き飛ばす。
子供と思って油断したな。
狼たちは逃げ出そうともせず、私を食い殺そうとようやく動き出すが遅い。遅すぎる。
私はそのまま3匹目に斬りかかり同じように力任せに剣を振り回す。
数秒のうちに瀕死状態になった3匹の狼。
「私は急いでいるんだ。立ち向かうのなら容赦はしない」
残りの狼に向かって私は言う。
言葉が通じるだなんて思っていない。
ただクオンが私にやったように殺気をぶつけてやった。
エッゾ狼は形勢不利と見たのか、私にびびったのかわからないが逃げ出してくれた。
ふぅーと長い息を吐いて倒れ込みそうになるのを我慢する。
「じっちゃん大丈夫!?」
「お、おぉ。アリカか……」
「怪我してない?」
「いや怪我なんぞしとらんが、お前さんこそ大丈夫か?」
「全然大丈夫。それよりじっちゃん。今は村が大変なんだ!」
私は手短に今の状況を話した。
「なんとそんなことになっとるのか!?」
「うん。だから、私は村を周りながらみんなに避難するよう伝えてくる」
「ば、馬鹿なことを言うではない!? 子供がそんな危険な真似をしちゃいかん!!」
「じっちゃん聞いて。エッゾ狼を倒したの見たでしょ? 私がやんなきゃいけないんだ」
「あ、アリカ……」
じっちゃんの目をまっすぐ見る。
これ以上説得に応じる時間なんてない。
私の意思が変わらないことを悟り、じっちゃんは肩を落とした。
「こんな事態で力にもなれん自分が情けないわい……」
「じっちゃんは情けなくなんかないよ」
「よいか。少しでも危ないと思ったらすぐに逃げなさい」
「うん。わかった!」
私はじっちゃんと別れて全速力で走る。
獣の足跡は村の中心部に向かって続いている。
「イリス。どうか無事でいて……!」
そばにいない妹を思い私は走った。




