父の叱責
「馬鹿者! なんということをしてくれたのだ!」
入って早々、雷が落ちてきた。グレイスは身を縮めるしかない。
「申し訳ございません」
謝ったものの、それだけで許されるはずはなかった。父は「良い歳の娘が」だの「男爵家令嬢としての自覚が」などと、くどくど説教をはじめた。
グレイスに口ごたえなどできるはずもない。はい、はい、すみません。と、おとなしくそれを享受した。
不意に、こんこん、と扉が鳴った。父は一旦言葉を切って、「入れ」と許可を出す。
「失礼いたします」
入ってきて一礼したのはフレンだった。グレイスは違う意味で憂鬱になった。
一体どこまで話されるというのか。内容によっては雷がもっと大きくなるだろう。
でもわかっていた。取り繕うことはできない。
何故なら、グレイスの捜索に自警組織が動いていたからだ。そこを誤魔化すことができるはずもない。
いくらフレンがグレイスの全面的な味方という立場の従者でも、できることとできないことがある。それに、フレンとて怒っていないという保証はないのだ。いや、怒って当たり前のことなのであるが。
「グリーティア。事の顛末を聞かせてもらおう」
父は怒りを押し殺している、という顔と口調でフレンを見る。
フレンに非があろうはずはない。すべてグレイスが勝手にしたことである。
おまけにフレンは今日、公休だったはず。グレイスは今更そのことを思い出した。事前にチェックして、休みだからこそ今日を選んだというのに。
つまり、公休のフレンはグレイスの傍に一日ついていない日であったのだから、監督不行き届きと責められるいわれもないのである。
しかし、父の怒りはフレンに向いているものではなさそうだった。
「はい。自警組織に指示を出し、街中の捜索を……」
フレンが話しはじめたのは、グレイスを見つけるために動いてくれた自警組織への指示と、自分の動向についてであった。淡々と説明していく。
「……賊の捕縛はすべて完了。領主様よりご処分を」
説明の最後に、フレンは胸に手を当て、一礼した。父はそれをすべて聞き、組んでいた手の上に額を押し付けて、はぁ……とため息をついたが、すぐに顔をあげた。
「……わかった。あとは私が処理しよう」
話は一旦、区切りがついたようだ。けれどグレイスが安心できるのはまだだった。
「グレイス。先日十六になっただろう。もう大人といっても良いのだぞ」
「……はい」
話の矛先がどこへ行くのか。グレイスはそれで察した。良い大人としてなんということを、である。
そしてそのとおりのことをくどくど責められた。グレイスは首を縮めて聞くしかない。
確かにその点に関しては、少々軽率だったといえる。もう、子供の悪戯で済むことではなかったのだ。大人として、ひとに……フレンや自警組織、そして勿論、父に心配をかけ、手をわずらわせてはいけなかったのに。
グレイスの心が沈んでいく。婚約の話から誕生日パーティーでの婚約発表。
それらが怒涛のように起こって、気持ちがくさくさしていたのが原因だ。気を晴らしたかった。
けれどだからといって、して良いことにはなりはしない。見つからなければ良い、などというのは軽すぎる観測だったのだ。今日、遭った事件でグレイスはやっと思い知った。
街は楽しくて自由なだけの場所ではない。今までこのようなことがなかったのは、単に運が良かっただけなのだ。
それをやっと思い知った。危険な目に遭ってから理解するなど、馬鹿だったと思う。
「……申し訳ございません」
心から反省し、涙もうっすら浮かんだ。それを見て、父はもうひとつため息をついて、そこでおしまいにしてくれた。グレイスが素直に反省したのは伝わったのだろう。
「これでおしまいにしておく。だがお前に処分なしとはいかない」
それは当然のことだ。ここまでの騒ぎを起こしておいて。
「来週の外出は取り止め。そして今月中は謹慎だ。たとえ親戚の屋敷でも許可は出さん」
ただ、父はグレイスに甘いほうである。よって、この程度の『処分』で許してくれることになった。グレイスとしては、だいぶほっとした。
「かしこまりました」
謹んでそれを受け、グレイスはやっと解放された。けれどまだおしまいではない。肝心なことが残っている。
すなわち。……助けにきてくれたフレンからのお叱りが、である。




