32.いったん事務所へ
波戸絡子の行動記録
2332年 11月7日 午後7時17分
「敵が『火』だった場合さ~」と、サクラ。「こっちは『水』になるか、それか『もっと強い火』になるか、って選択肢があって……。だけど『もっと強い火』っていうのは、限界があってさ~。やっぱり一芸を極めるより、引き出しを多くしたほうが、なにかと有利で」
「え、傘やめるの?」私は話の行く先を察して、訊いた。
「よくよく考えれば、傘っていつも差すものじゃないんだよね~」サクラは、鏡を見ながら、ヘアスタイルを模索しつつ喋った。「まあ、次はカード系かなあ。和風系な」
「かるた?」
「――も最初考えたんだけどね、歌詞っていうの? あれ、全部、オリジナルっていうか、自分で考えなくちゃいけないらしくって、頓挫」
頓挫、なんていうと、少しは考えた、みたいなニュアンスが出る。もしかすると何首かつくったのかもしれない。彼女が断念する契機となった一首があるならば、聞いてみたい気がした。具体的な歌の内容は、当然のごとくまるで見当もつかないが、うんうん唸って机に向かっていた彼女が突如、『できるかあー!』と筆を叩きつけるところを想像しただけで、なんだか笑えてしまう。
「もうほとんど完成してるんだけど、あと何枚か種類増やせそうなんだ」コツコツ下準備しているのが彼女らしい。「お披露目は冬季かな?」
国別対抗の団体戦であるバトルカップは、開催時期から日本では『冬季』と呼ばれる。
「夏季は?」こちらは夏に行なわれる個人ランキング戦のこと。「傘で行くの?」
「いや、今回はスルー」
「えっ! なんで?」私はここ数年で一番驚いたかもしれない。
「だから、まだ『札』も未完成だし、立ち振る舞いも固まってないもん。番傘使って、距離感狂うのも、やだし。ホントは夏にお披露目したかったんだけどね~。ほら、相手が手のうち知ってくれたほうが駆け引きできて、本番で有利になるし」
「本番……」私は少しだけ納得した。「冬季が本番なんだ?」
「あ、言ってなかったっけ?」サクラは前髪を縛ってまとめた。なんだかんだで茶色に落ち着いていた。「私、もう、個人ランキングあんまり重要視してない」
「へえ~、そうなんだあ……」意外だった。
「もう一回さ、みんなで世界一になりたいなあ、って」サクラは目を細めて、私を見た。「こんななんでも叶う、夢みたいな世界でも、あの充実感はちょっと、他にはないよね~」
「充実感、ね」私は少し、鼻を鳴らすような、皮肉っぽい調子で言った。
「うん、充実してたんだよ」サクラは笑う。「あれはあれで」
「15年まえだっけ?」
「あれが私の人生を決めたんだ」
「謝ったほうがいい?」
「なんで? あ、感謝しろってこと?」
「なんで?」
「そんなカンジじゃん」
「あ、ダブルミーニング」私は反射的に彼女を指さした。
「ワンポイント入りましたあ~」サクラが宣言すると、本当にバトル専用【プロペ】が出て、『所有レアポイント』の表示が『6』から『7』に変わった。「わ、やった!」
彼女が快哉をあげたのは、バトラとしては決して大袈裟なリアクションではない。それほどまでに『レアポイント』は貴重なのだ。【TEN】の気まぐれか、たまに、このような、なにげない日常のやり取りで入手できたりすることがある。僥倖、と言っていい。
「でも『ワンポイント入りましたあ~』って、なんか、ダサいよね?」私はケチをつけた。
「ダサいって、なに~?」いつもニヤニヤしているサクラは、これ以上なくニヤついている。
「減点じゃない?」私の言葉に呼応するかのように、彼女の【プロペ】の数字が『7』から『4』に減じたのを見てしまった。
それに気づかず、「なんで~?」と、にこやかに【プロペ】に目を落としたサクラの身体が震えた。
私の身体も震えた。悪いとは思いつつ、笑いがこみ上げてきたのだ。
「思い出し笑いですか?」井出ちゃんが私の回想を破る。
「ヒトの情報処理メカニズムから言えば、笑いはすべて、思い出し笑いだよ」
「7秒まえまでは『現在』らしいですよ」屁理屈の質はともかく、井出ちゃんのスピードには素直に感心した。
さて、今回のサクラの逃避行、その快進撃を受けて、バトル解説サイトの多くが、来年開催されるバトルカップ(下位チームによる予選はすでに開催中)の予想布陣を改訂させた。
私の信頼するサイトでは、これまで日本が採用していた、広域守備に長ける『名塚 旺司』(なつか おうし)を最前線に置き、盾とし、比較的タレントが揃う中盤から――中距離からガリガリ削る、という『負けないため』のディフェンシブなシステムを捨て、ワントップにサクラを据え、自由にやらせ、戦況把握に長けた名塚を本来のポジションである中盤に戻し、『指令塔』の役目を担わせ、アグレッシブに、バランスよく、臨機応変に、なによりスペクタクルに敵陣を崩す、という魅力あるシステムの導入を提言していた。
システムに与えられた名称――『見出し』こそ、『乱れ桜』と、今ひとつふるわなかったものの、ファンの願望を反映した期待感あふれるフォーメーションだった。ちなみに、従来システムに名づけられた見出しは『岩戸』である。
「ぜひ、これ、本番で観たいですね」と、にこやかに井出ちゃん。
「まあ、『岩戸』よりは、期待できるんじゃない?」偉そうに私は言う。
「いえ、ではなくて、そのために絶対に無罪にしましょうね、という意味だったのですが」と、井出ちゃんは微笑み、「さておき、ガンブレードと聞いて真っ先に思いつくのは、なんといっても、ハンガリーの『本名NG・マジック・プスカシュ』ですね」と切り出した。
その名は私でも知っている。半世紀以上まえに、バトルカップで彼が打ち立てた32連勝は今も破られていない大記録だ。
「それもあって一時期ブームになったのですが、なにしろ扱いづらいので徐々に下火に。ここ数十年に限れば、バトルカップにガンブレードを持ち込んだ選手はいません。識者によると、先に言った『扱いづらさ』に加えて、応用が利かない、『まるで漬物石だ』と」
「ひどい言われよう」
「言われよう、というなら、『強すぎるプスカシュはあえてガンブレードを使った』なんていうのもありますけど」
「『喰らった相手が死んじゃう』からジャンボ鶴田がジャーマンを封印してた、みてえなもんだな」黒パンツを履いたセンゾが現われた。
「……かも、ですね」
「わははは」なんだか知らないがセンゾは満足そうだ。片足ジャンプを繰り返している。
私は話を戻すために口を開く。「だのにガンブレードを選ぶ理由は?」
「華があるんですよねえ」井出ちゃんはすぐに答えた。「実際、プスカシュの立ち振る舞いは『魔法』と評されました」
「なるほど、遊べるくらい実力差があったわけだ」言って、自分の発想に納得する。「あ、そっか、それで『ガンブレードは超上級者の得物』ってイメージがついちゃったんじゃない? 生半可な奴が扱えるシロモノじゃないって。だから、みんな敬遠した」
「かも、ですね」井出ちゃんは口の端を上げた。
「だとすると、せいぜい国内レベルのサクラがガンブレードを選んだのは身分不相応というほかないね」
「それも言われようですけどね」井出ちゃんは苦笑いから、はっとした顔になって、「不染井さんがガンブレードを使っているのには理由がある、という意味ですか?」
「可能性は潰せないね」私の脳には『可能性とは、とある数式の分母である』というようなイメージが浮かんだ。「だとしたら、たとえば?」
「ダイイングメッセージではないですけど、真犯人を示している、とか」
「直接言えばいいじゃん」
「言えない事情があるのです」
「素直に解釈すれば、まえにも言ったけど、『私が犯人だ』って主張に見えるけど」
「それは素直というより安直です。むしろ、自分で殺したなら、それこそ直接言えばいいのですから」と、井出ちゃんは、真理をついたぞ、みたいな顔をしているが、正直、私にはその理屈が分からなかった。
「『ガンブレード』を使ったアナグラムだったりしたら、私にはお手上げだね」
「『お手上げ』というのは、『【プロペ】を呼び出す』という意味の慣用句ですね?」
たしかにコンピの力を借りればアナグラムをデコードすることなど造作もないだろうが。
「サクラはねえ、私を知ってるから。そういう機械的なヒントは出さないと思う」
「ハナから先輩に向けていない、という考えもあります。有志に託した、というか」
「じゃあ、私が考える必要はないってことだね」
「ハッピィエンドから逆算すると――」井出ちゃんは、無視して続ける。「不染井さんがガンブレードを使うキッカケになった出来事が、ちょうど事件発生と重なる――つまり、ガンブレード開眼イベントがアリバイになっている、というのはいかがでしょう?」
「いや、アリバイがあるなら逃げる必要ないでしょ。【エイリアス】にシロを貰うだけ」
「そうすると、逃げているのは真犯人だから、と導けそうですが」
「導けそうなだけ、だよね」私は『厳密性』を発揮する。
「もう一度、めげずに『ハッピィエンドから逆算』すると、不染井さんがシロなら……、いや、彼女はシロなのですが。だとすれば、当然真犯人が存在する理屈になります」
「事故や自殺じゃなければね」
「ハウダニットというやつです」と口元に手をやる。「どうすればこの犯罪が可能か」
「ごめん、話戻しちゃうけど――」
「慣れっこ、です」と、井出ちゃんは21世紀のアイドルみたいに言葉に合わせ、左手の拳を左目の前に被せるように『グー』→『チョキ』と変形させ、手首を回転させた。
「ガンブレードは『外部犯』を示してたりして」
井出ちゃんは少し考えた。「……アナグラムですか?」
「いやいやいや……」と、吹き出したら、途端に、説明が面倒になった。
「ゲストの中でガンブレードを使っていた人間はいない。なのに、不染井さんは得物を変えた。けれど、不染井さんと手合わせし、影響を与えた『ガンブレード使い』がいる。その誰かは、敷地に入ることができた、けれど、ゲストとして登録されていない人間」
「そう言われると、違うっぽいなあ。あいつ、一度、敷地の外に出てるし」
「意地悪なことを言うと、『そういうイベントがあったかも』と私たちや捜査陣に誤解してほしいだけかもしれませんね」
私は右手の中指で三次元文字を描き、フラボノを呼び出して、訊く。
「あの日、ゲストの他に、敷地に入れた人間は?」
「曖昧なご質問ですねえ」フラボノは笑いの混じった声。「心中お察しして簡潔に答えるならば、セキュリティが機能していた時間帯にゲスト以外の人物が敷地に入った可能性は極めて少ないでしょう」
「厳密には、ゲスト全員の得物が判明しているってわけじゃないよね?」
「ええ、被害者ですね」と、井出ちゃん。「バトルに興味がない、というお話でしたが」
「あの夜、サクラと被害者はバトルをした――」私は、ひらめきを話す。「その結果がなぜか『現実』に反映されてしまった……」
「反映されたのなら亡くなっているのは依頼人では?」井出ちゃんが重箱の隅をつつく。
「いや、被害者の使っていたガンブレードを奪って、その首を落として、結果、ガンブに開眼した、っていう流れ」
「【TEN】に成り代わって、バトル世界において『間違いなくそんな奇妙奇天烈な現象は起きません』と断言させていただきます」フラボノは平坦な声で横入りした。
「――というような議論を期待しているのだ、サクラは」と私は、くだらない言い逃れ。
話の終焉を感じたのか、井出ちゃんがおずおずと切り出した。
「不染井さんが『記憶欠損者』である、という可能性はどうですか?」
記憶欠損者。
生まれつき深層記憶の機能に瑕疵があり、【エイリアス】を無効化できる人間。
数百年に一人、出るか出ないかの未曾有の奇病で、前回、私たちが弁護を担当した『彼』もそうだった。そのときは、24世紀の私たちからしたら『盲点』な物的証拠により、無罪を勝ち取ったのだ。無事、放免された彼は、いまどこで何をしているだろうか。
「不染井さんの場合――」井出ちゃんの言葉で私は夢想から戻る。「寝ている時間帯は、深層記憶への書き込み――いわゆる『記銘』が止まってしまう。そういう症状の記憶欠損者だったんですね。犯行時間帯、彼女は寝ていた。なので、【エイリアス】に掛けられたら、シロは出ない。深層記憶が止まっているのだから、グレイです。グレイとなれば、バトルプレイヤーとしての、なんというか、『性能』が疑われ、代表選出に支障が出ると考え、逃亡した。彼女としては、真犯人がいることは分かっています。なので、私たちが真犯人を捕まえるまで、逃亡しようとしている、と」
厳密性に囚われた私には、にわかに否定はできない。
せいぜい、「その可能性は潰せないね」と述べるに留まる。
「この説には、先輩のアイディアも組み込めます。不染井さんは自分が無実だと知っている。だけど他のゲストはどうやら全員シロらしいぞ。となれば外部犯がいる。それを示すためのガンブレード、と」
「外部犯は難しいんじゃなかったっけ?」
「どこかに抜け穴があるのかもしれません」井出ちゃんは腕を組んだ。「あとでちょっと真剣に考えてみますね」と、頼りになる言葉。「逆算もそうですが、勝利条件をまとめておくのは重要です」彼女は空中をメモ代わりにした。「まずはなんと言っても、真犯人の提示。もしかしたら『記憶欠損者』かもしれない不染井さんのアリバイを発見する。それと望み薄ですが、被害者が自殺または事故死であった。この3パターンでしょうか」
「いや、もうひとつあるでしょ」私は指摘する。「桜をクロだと断定させなければいい」
「その方面では、先輩よりも、適任な先輩がいらっしゃいますね」井出ちゃんが小首を傾げ、微笑む。「けれど、いったい、なんのご用でしょう?」
さて、お察しのとおり、この【TEN】全盛の時代に、そう頻繁に――というか、滅多に刑事事件などは起きない。そのため我々弁護士は、実際に過去に起こった事件をもとに、日夜、模擬裁判を行なって腕を鍛えたりする。まあ、なにしろヒマなのだ。
模擬裁判は、人工知能が検察役を務める、事務所対抗形式のリーグ戦なのだが、そこで無敗を誇るのが、我らが事務所のエース。『篤長 超一郎』(みじがたき じぇろう)さんだ。この先輩弁護士は、過去に『有罪判決』が出た裁判ですら、ことごとく、逆転無罪に導くような凄腕――というより、辣腕で、まさしく、弁護士の鑑と言える。
私たちは、そんな篤長さんに呼ばれ、千代田区エリアにある事務所に向かっていた。
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