30.万里崎
根岸と入れ替わるように、やもめんが現れた。品のよさそうな黒猫も一緒だ。
どうやら強攻策はやめ、『交渉』に切り替え、見事に成功したらしい。
やもめんは、チラチラとこちらを気にしながらも、井出ちゃんに頭を撫でられ、ねぎらわれ、消された。
つまるところ、万里崎との面会が叶うわけだ。
改めて、『万里崎 鏡』(まりざき ぎんか)。33才。
私の先入観、あるいは願望が反映されたのだろう、彼は19世紀の『探偵』のような姿だった。
「事件を解く鍵は、犯人がなぜ頭部を持ち去ったか、だ」
万里崎はすぐに始めた。「それについて、キミらはどう思う?」
井出ちゃんがこちらを窺ったので、私は口を開く。「それは質問内容についてですか? それとも、その質問内容が成立するか否かについてでしょうか?」
「プラス、なぜ、私が出し抜けにそんな問いを発したのか」彼は【マシン】で安楽椅子をつくって座る。「全部だよ」
「個人的には重要な点だと存じます」井出ちゃんが応える。「もし、現場に頭部を残したら、それが真犯人を指し示す致命的な証拠になる恐れがあったのではないでしょうか?」
「なるほど、キミらは真犯人がいる、という立場なんだね。いや、当然か」
「弁護士は依頼人の利益を追求しますので」井出ちゃんが相づち代わりに宣言する。
「あくまで期待したいルートのひとつ、ということだね」まあいいや、と万里崎は続けて、「たとえば、何があったら、それが叶う?」
「たとえば頭部にキズがあったらどうでしょう?」
「キズか」万里崎は大げさに感嘆した。「つまり、思わず、持っていたハンコで撲殺してしまった、というようなことだろうか?」
「あるいは自殺を示す形跡」井出ちゃんは楽しそうだ。「頭部を持ち去った者は、どうしても他殺に見せたかった、というような」
「賽形が自殺したのなら、私たちがその首を切っても【エイリアス】の判定には無関係だね」けれど、死体損壊罪にあたるから、行為自体は『犯人以外』は禁じられる。「だが、実際、自殺などという行為は可能なのだろうか?」
「それこそ、思いきり、自分の頭をハンコで殴りつける、とか」
「そうなると赤いインクは象徴的だな。いや、それは本末転倒、単なる原点回帰か」万里崎は足を組み、背もたれる。「ともあれ、そいつが他人のハンコを使ったら、迷惑極まりないな。昔は、他人のハンコが無許可で購入できたんだろう? げに恐ろしき世界。なるほど、だから『げに』なんて面妖な言葉ができたのかな。今世紀に入ってから生まれた新語は、今世紀に入ってから確立された新技術の数よりも少ないという奇矯な事実はご存知だろうか?」
「実は万里崎さんのご懸念どおり――」井出ちゃんは真面目なトーンになり、話を本筋に戻す。「本案件が自殺ではないことは、検死官が断言しています。【TEN】もそれにお墨付きを与えているのです」
「いや、自殺の余地はあるよ」彼は、事もなげに言った。「現実味がないだけだ」
「どのような?」私は訊く。
「キミねえ……」万理崎は呆れたように嘆息した。「ここは【TEN】なんていう、でたらめな――でたらめに精確なやつが存在する現実で、そこに生きる私が言う『現実味がない説』だよ? それはたしかに存在するが、【TEN】をしても実現不可能ってことだよ」
「どのような?」と、私は重ねる。
「ついに人類が【エイリアス】を超越した!」
彼は天を仰いで、自棄気味に叫んだ。
「だとしたら、【エイリアス】の【エコー】が外れていないのはおかしいことになりますが?」私は揚げ足をとる。
【TEN】の絶対則第6条は――
《【TEN】が提供するテクノロジィのうち、人類が、その核となるメカニズムを解明できないものについては、その名称を呼称する際に【エコー・エフェクト】と呼ばれる特殊な音が付随する》
――とある。
いわゆる『センゾの【TEN】【TEN】うるせえ問題』だ。
「【エイリアス】が、この時ばかりは嘘をついた、としたら?」万里崎は言う。
「嘘?」私は意表を突かれた。「ですか?」
「真犯人であるゲストにクロ判定を出すと、ロボット則に反することになる。だから、シロにした」
「どのような理屈ですか?」
「私に訊いてくれるな。その理由は先に述べたと思うが」こめかみで指を叩きつつ、ジロリと万理崎はこちらを睨んだ。「まあ、仮にそれが成立したとするなら、頭部を持ち去ったのは犯人にとって必要なことだったんだろう。それだけは断言できる」と、虚空からパイプを取り出すと、【フィッティ】を吸引し、消す。「そうだな、このように仮説を立て、推論を積み上げることは重要だ。もし、事がキミたちの願望どおりならどうなる?」
「私たちの願望どおりだったら……?」井出ちゃんが呟く。
「おっと、お願いだから、それを私に訊かないでくれよ」万里崎はこちらに手のひらを向けた。「キミたちの願望なのだから、キミたちだけが答えられる」
「依頼人が無実なら、ということでしょうか?」おずおずと井出ちゃん。
「無実か……。割りたての薪木のように味気ない言い方だが、まあいいだろう。ならば、それは、つまり、どういった意味をもたらす?」
「真犯人が存在する……、あっ!」井出ちゃんは、なにか思いついたようだ。「もし、真犯人が存在するなら――いや、存在するのですが、かつ、不染井さんが逃げなかったら、全員が『シロ』判定を受けることになる!」
「そうだ! 真犯人が存在し、不染井が逃げなければ、当然そうなったはずだ!」万里崎は指を鳴らし、両足で床を叩く。「となれば、官憲の連中は、どうする?」
井出ちゃんはちょっと慌てた。「こ、困ります……!」
「そう、大いに困るだろうな。前代未聞な不測の事態に巻き込まれた彼らには心からの同情を禁じえないよ」万理崎は、声に笑いを含みつつも、いかにも不満足そうな、疲れた態度でイスに仰け反った。「もし、この事件がキミたちの願望どおりなら、けれど、イレギュラーな事象がふたつ起こっている。不染井女史が逃亡したことと、それと……」
たまらず、助けを求めるように、井出ちゃんは私に振り返る。
「キミたちの願望、という言葉に惑わされないように」私はアドバイスする。「これは最初から、万理崎さんの話だよ」
「最初から……」あ、そっか、と井出ちゃんは気づいたようだ。「なぜ、頭部を持ち去ったか、ですね?」と、私に言い、それから万理崎に向き直る。「ええと、全員に『シロ』判定が下り、かつ、賽形さんの頭部が現場に放置されていた、という状況になり――」
「となれば、官憲はどうする?」
「え、まさか……」
言ってみろ、とばかりに、万理崎が手を揺らす
「賽形さんの頭部に……、【エイリアス】を掛ける?」
井出ちゃんが目を見開いて、そう呟いた。
「これは【TEN】も認めている、医学界では有名な話なのだが、ヒトは心臓停止しても3時間ほどは脳波を出す。聴覚はさらに10時間ほど機能することが実証されている。たとえ首から下が切り離されていてもね」もちろん法的にも医学的にも死んでいると評価される状態だ、と断ってから、万里崎は続ける。「さて、【エイリアス】は、人類の最先端科学をもってしても、脳のどこに収納されているか分からない深層記憶野にアクセスし、その反応を見る装置だが、これは言わば、井戸のようなものだ。我々が真に知りたい情報は、その底に湧いた、甘く冷たい水と言える。これをポンプで汲みあげるには、まずは呼び水となる質問が必要だ。と同時にそれを聞く聴覚と、反応を返す脳波も必要となる。これらはポンプの役割にあたる。汲みあげて、出す、装置だ。先に言ったように、このポンプは死後3時間ほどは動いてくれる」
正直、比喩が、ちぐはぐだな、と思ったが、それには触れない。
「つまり、真犯人は、それを防ぐため、あるいは、それを嫌って、頭部を持ち去ったということでしょうか?」井出ちゃんが静かな声で尋ねる。「条文では【エイリアス】による聴取は『生者』に限る、とあります。容疑者全員シロなんて状況になったら、ひょっとしたら、官憲は、死者に【エイリアス】を掛ける、というような横紙破りな行動に走るかもしれない、と。そうなれば、もう……、なんでもありになります」
ひとつ、タブーを犯したのなら、もうひとつ、というような。
せっかく法を破ってまで死者に【エイリアス】を着けたのなら、『規定外』の質問をぶつけたくなるのが人情、ということだろうか。
「キミなら、生首にどのような質問をぶつける?」万理崎は、どちらにともなく尋ねる。
「ずばり、『あなたを殺したのは誰ですか?』です」井出ちゃんが返す。
「その可能性を、真犯人は恐れた、というわけだな。たしかにそれは怖い。一発だ」万理崎は両手で自分の首を隠した。「私が『これ』なら、恨み言のひとつも言いたくなる……。ただ周囲が本当に訊きたいのは『How do you fell?』だろうがね。腹いせ紛れに、ウソを並べ立ててやりたいところだが、あいにく、額には――」彼は、がっかりしたフリをしてみせる。「まったく、素晴らしい世界だよ」
それで気が済んだらしい。私たちを部屋に残し、彼は、文字どおり、消えてしまった。
「あ、お帰りになってしまいました……」井出ちゃんが見たままのことを口にする。「まだバトルのこと訊いていないのに……。あっ! あと不染井さんが無実の理由も! 御神刀の話も!」
「まあ、どうでもいいけどね」あの調子では、どうせ煙に巻かれて終わりだろう。
ぴ~ん、と注意喚起の音がして、フラボノが現われる。
頭の上にトレイ、そこに指輪をふたつ乗せていた。私は、その指輪を取り、それぞれ左右の手で握ると、勝手に中指に嵌まる。両手を合掌の状態から、それぞれ斜めになるよう角度をつけて、指輪同士でキスさせるように、こつんとくっつけると、光が生じ、輪と輪のあいだに糸が生じた。「糸だね」私は言う。
「なにそれ、ジュンサイみてえだな」と、センゾ。
相変わらず、譬えがよく分からない。
糸は、水で出来ているような質感だった。長さも形状も私の思念どおりに動いたが、太さだけは、どこも1ミリで統一されているようだった。
「わりと丈夫で、切れないみたい」私は井出ちゃんに説明しながら、糸を操作し、手袋をつくってから、思いついて、全身に糸をまとわせた。「というか、一箇所でも切れると、糸自体が消えて、また作り直さなくちゃいけないみたい」
「え、先輩どこですか?」井出ちゃんがきょろきょろする。「声は聴こえますけど……」
「ウソついても分かるよ」私は言う。「これが光学迷彩になるわけないんだから」
「バレました?」井出ちゃんは舌を出す。「先輩のいたところに人型の水滴があります」
私は自分の姿を想像して笑いそうになる。
いったん、水で出来た全身タイツを解消して、右手に剣をつくる。剣先を井出ちゃんに向け、水鉄砲を発射――するが、それは『現実世界』の井出ちゃんをすり抜けてしまう。
「一応、ガンブレードっぽいことはできるね」
「っぽいだけですよ~」井出ちゃんは力なく笑う。「ケン玉じゃないんですから」
弾丸と剣は糸で繋がっている。
そのせいか弾丸の速度もハエのように遅かった。
「考えようによっちゃあ、ガンブレードより凄くねえか、それ?」センゾが指摘する。
「掴まれたら、単純に綱引きになっちゃうね」私は首を横にふる。「サクラ向きじゃない」
「でもよ~」とまだ何か言いたげなセンゾに水糸を巻きつけ、拘束して遊ぶ。
「念のため、お訊きしますが」と井出ちゃん。「それが、万理崎さんの得物、ということですよね?」
当然だ。
「フラボノ」私は再び呼び出す。「死体の頭部を【マシン】で消滅させることは可能?」
「切断した死体の一部を【マシン】を使い、消滅させられるか、ということですね?」
「そう」
「そのケースは、TEN法12条2項が適用され、禁じられます。たとえ殺害の実行犯でも、死体にできる加工はせいぜい『メッセージを書く』程度のことです」
「アイ・ハブ・ヒィズ・ナマクビ」ホ・ホ・ホとタンクトップ姿のセンゾが小躍りする。
「【マシン】を使っても使わなくても、頭部は消滅できないわけね?」
私は、センゾを無視して、フラボノに訊く。
「はい」
「食べるのも駄目ね?」
「はい。自力での『死体隠滅』行為も【TEN】により、阻止されます」
遅れて井出ちゃんが「なんてことを!」と悲鳴まじりに叫んだが、すぐに「それ、私が言いたかったのに……」と悔しそうな笑顔をつくった。
「【エイリアス】対策のために、犯人は頭部を切って持ち去った――か」私は呟くと、自然と唸ってしまった。「一応、理に適ってるね」
まだ頭の中に『貴方』の気配を感じる。
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