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16.自殺の条件

 私は目配せして、また『石』になる。

「ギロチンだったら、自殺ができるんじゃないかな?」私は、さっそく議題を提起してみる。「検死医が否定してたのって、自力で首をねる方法がないってことだけでしょ?」

「私も同意見です」井出ちゃんは事もなげに話についてきた。「ですが、それだとロボット則により、ギロチンの組み立て、ないし、設置の段取りを【マシン】も使わず、人力で行なったということになります」

「現実的じゃないかな?」

「ええ。この建物自体【マシン】で出来ていますので、ギロチンを落とすには、はりとそれを支える柱を自力で用意しなくてはいけません。というのも、おそらくですが、その最中、【マシン】による筋力アシストは無効化されますので」

 井出ちゃんの声には否定的なニュアンスが込められていたが、人工の梁や支柱は軽くて丈夫なものがあるから、それほど現実味に欠けた考えではないように思われた。その代わり、刃には、充分な運動エネルギィが求められるから、刃の落下初期位置を高くするか、ウエイトを重くするかなどの工夫が必要となるだろう。

 たとえば、滑車を使って梁の高さまで上げおいて、その刃の中に、下から液体を注入したりして重さを増やす、という手などはどうだろうか。あるいは、刃をバネで飛ばすような仕掛けはどうか。これをバネではなく、火薬を使うと、おそらくロボット則に引っかかるだろう――というのも、火薬に限らず現在生成されている薬品のほとんどは、擬似原子たる【マシン】による代替なのだ。

 ――と、実はアイディアがあった私は、「君も甘いなあ」と切り出した。「今まで何冊くらい本格ミステリとやらを読んだの?」

「純粋に読んだのは289冊くらいでしょうか」井出ちゃんは律儀に【プロペ】を閲覧してから答えた。「ただ、事件自体は1000件以上、解決しています」

 旧時代を舞台にした本格ミステリの世界に、24世紀の科学と知識を備えた、正真正銘の『招かざる登場人物』として飛び込んで、事件を解決する――というマニアックな体験型ゲームがあることぐらい、世相にうとい私でも知っている。国内ではおそらく、『神』が由来なのであろう、『ZIN』と呼ばれる遊びだ。かくいう私も、名前を書けば相手を殺せるノートを使って理想世界を実現したり、余命幾ばくもないヴァイオリニストを完治させて『あり得なかった未来』を観たり――と、いろいろ遊んだ経験がある。21世紀の人間から見れば、冒涜ぼうとくとも思えるこの行為は、現代では、むしろ、原作をより深くいつくしむための掘り下げとして認識され、受け入れられている。

「どういうことですか?」井出ちゃんが促してくる。

「六日囲碁のブースを使うんだよ」

 私はもったいぶらずに手のうちを明かす。「ブースないしその一部を、ギロチンの支柱にした。一度壊したのかもね、直すのは【マシン】を使えば簡単。一瞬だから」

 あるいは、もともと、ブースの骨組みに『ギロチンの支柱』が隠されていたのかもしれない。『なんでそんな仕掛けが?』という至極もっとも疑問は、けれど、いわゆる『悪魔の証明』に絡み取られ、可能性を潰しきるには至らない。もちろん、刃はあの御神刀だ。

「残念ですが――」フラボノが現れる。「ギロチンによる自殺は叶いません」

「刃の運動量が足りない?」自説に対する執着はなかった。素朴な疑問だ。

「いえ、この機構でも首を切断するのに充分なエネルギィを獲得できます。そうではなく、【TEN】により、この自殺方法は禁じられています」

「え、それって、ロボット則で、ってこと?」ちょっと驚いた。

「もちろんです」彼は断言した。「ネタバレになるので、多くは語れませんが、この自殺方法はロボット則に抵触します」

「なんのネタバレよ?」私はちょっと笑った。

「自殺可能な手段に関するネタバレです。ご承知のとおり、私は実質上【TEN】の代理人としての役割を担っています。その私がここで自殺可能な方法を明かした場合、ロボット則に抵触するため、先生方は生涯にわたり、その自殺方法を選択することができなくなる――という理屈はご理解いただけますか?」

 私たちがその方法で自殺したら、形式的にフラボノによる自殺幇助が成立し、ロボット則に抵触する。なので遡って、私たちは自殺が禁じられる。「それはなんとなく分かる」

「規則ですので繰り返します」雪だるま型のフラボノは(表現が難しいのだが)居ずまいを正した。「これから私が、自殺可能な方法を明かしますと、先生方は今後、それを用いた自殺ができません。自殺する自由を奪われることとなります。よろしいでしょうか?」

 自由を奪われる、という表現に躊躇してしまう。「え、でも、そうだとしたら、自殺する人ってどうするんだろう?」自殺しようと考えた人は、『その人のフラボノ』に、自殺可能な方法を尋ねることはできない、という理屈が成り立ちそうだけれど。

「これから試そうとする自殺方法を提示して『これで自殺できる?』って尋ねます。それで【TEN】が『ノー』と言わなかった方法を選択する――ぐらいでしょうか?」

 言ったものの、井出ちゃんは頭をかたむける。

 ――だとしたら、「自殺するのも大変だよ」私はフラボノを見た。「もしかしてギロチンがロボット則に引っかかる理由って、重力を使ってるから?」

「ご明察です」フラボノが珠玉の声で答える。

「やっぱり、【TEN】は、重力も完全に掌握してるんですね」

 と感慨深げに井出ちゃん。

「まあ、そうじゃないと気象なんて操作できないし、【マシンシステム】もしかり、だね。でも、だとしたら、ほとんどの自殺なんて成立しないと思うけど……。私たちがこうして立っていられるのも重力のおかげだし」

「もちろん、ある程度の影響は黙過します」とフラボノ。「ですが、それにつけてもギロチンという装置はあまりにも重力に頼りすぎていると【TEN】は考えたのでしょうね」

「まあ、もともとは、他殺――処刑のための装置ですしね」と、井出ちゃん。

「たとえば井出ちゃんがアンタから自殺可能な方法を聞いて――」私は自分の胸に指先を当てる。「そのあと彼女から教えてもらったら?」

「その場合、波戸先生が、井出先生から伝え聞いた手法を用い、自殺できるか、ということですね?」と、フラボノ。「できません。その場合でもロボット則が適用されます」

「てことはさ、誰かが【TEN】から自殺可能方法を聞いて、全世界にアナウンスしたら、誰も自殺できなくなっちゃうってこと?」

「その場合、ネタバレ防止法の適用事項とみなされ、発信者の声はミュートされます」

 不本意なネタバレは禁じられた社会。

 見たくない聞きたくないものは、見えないし聞こえない。

 極限まで個人的自由が尊重された社会であり、それで不都合のない世界なのだ。

「じゃあ、実は、今も、この瞬間も、誰かが叫んでるかもしれないんだ」私は、ちょっと空想しそうになる。

「声にならない叫び――ではありませんね、なんて言うんでしょう……」井出ちゃんが首をひねる。

「聞こえない声、でしょ?」

「そのまんまじゃないですか」という彼女の言葉に対し、聞こえないふりをすると、井出ちゃんが目を丸くした。「え……、今のどこがネタバレ?」

 どこか哀願するような彼女の表情に吹き出してしまう。井出ちゃんも私につられて――というよりは『なんだか知らないけど自分の行為がウケたらしいぞ』というような、実感のともなわない達成感に、けれども気を良くしたみたいな笑顔だった。

 フラボノを見ると、暇そうに頭を胴体から切り離し、遊んでいる。

「じゃあいいや、私聞く」私は覚悟を決めた。

「私も」井出ちゃんも続く。

「よろしいですね?」私たちの意志をモニタしたのだろう、フラボノはもう再確認はしなかった。「現代における自殺可能な方法は、まず自殺する意志がある状態で、自らの手に持った凶器で、殴る、刺す、斬るなどの直接的な行為によるものか、あるいは【マシン】を使用していない装置で首を吊るか――のいずれかです。このとき、『凶器』はもちろん、『準備』や『行為』にも【マシン】が使用できませんのでご注意を」

「首吊りは、重力の力を借りてるのでは?」

 職業病か、井出ちゃんがさっそく異議をとなえる。

「印象じゃない?」同じく職業病か、私は、つい弁護してしまう。「ギロチンは他殺だけど、首吊りは自殺っぽいじゃん」

「そうでしょうか」井出ちゃんは微笑む。「『首吊り』は『偽装自殺』の枕詞まくらことばですよ?」

「それはつまり首吊りなどは、枕詞の存在した神代かみよの昔にしか存在しない、時代錯誤な行為という意味でしょうか?」

 と、フラボノは、たまに、ややこしいボケをかます。

「まあたしかに」井出ちゃんは頷く。「首吊りは、儀式を思わせる準備やら『踏みきる』を暗示した実行手段やら、発見時の情景やら、トップクラスの自殺方法ですね」

「自殺可能方法の前者も、言っちゃえば、ハラキリだよね? こっちもこれ以上のない自殺だ」と、私は指摘した。

「【TEN】が許す自殺には、それらしい外形が必要ということでしょうか? ヘビにませたり、毒杯をあおる、というのも歴史的にはメジャーな印象ですが、ダメなのですね」

「なんか民間療法みたいだからかな?」

「そうではないと思いますが」井出ちゃんは笑ってくれた。「ということは……、あ、話を戻しますけど、賽形さんのケースで考えてみると……」

「検死の先生の話から推測すると無理そうだね」私は引き取る。自力では『綺麗な断面』がつくれないからダメ。けれど、他力――つまり、装置を用いた自殺も禁じられる。「あ、でも、ハンマ投げの球を刃物に変えて、振り回しながら――スピンしながらね、どっかの木にじわじわ近づいていって、頃合いを見て、ハンマのヒモの中腹を木に巻きつけるように引っかけて、刃物が自分のほうに返ってくるようにして……」

 井出ちゃんはどこか笑いをこらえているような顔だった。

「いや、冗談のつもりじゃないんだけど」

 言いながら私も、画を想像して、声に笑いがにじんでしまっていた。

「それはたしかに『自分の手に握ったものを使い、自身の切断』を試みていますが、ものには限度があります」フラボノの冷静な指摘が私たちの笑いを決定的なものにした。「凶器を握った箇所と凶器の殺傷点とが、離れていても、せいぜい両腕を広げたリーチほどの範囲内に収まっていないと認められないでしょう」

「いやそれだったら、私の考案したやつでもできるでしょう?」と抗弁する私。

 インパクトの瞬間、作用点はリーチの内側に来る。

「『凶器の表面沿いに線を伸ばしたときの最短距離が』という一文をつけるのを忘れていました」

「ブーメランをぶんと投げて、戻ってくるやつに手を添えるように、その勢いで――っていうのは? バスケのアリウープみたいに」

「『凶器に力を加えた手は、一度も凶器から離れてはいけません』も追加です」

「なんかとってつけたようなさあ……、即興で今アンタが決めてるみたいな感じだなあ」

「私が最初に申し上げた自殺可能方法の定義から、ふつう常識的に、成立範疇を想到そうとうしていただけるものと思っていたので、細かな条件は不必要かと省略いたしました」

「ハンマ投げは常識的じゃないの?」私は食い下がってみる。

「ハンマー投げでの自殺は、常識とは程遠いと思いますが」

 フラボノが言い、井出ちゃんが笑った。



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