15.【エイリアス】
「聴取が始まりますよ」森岡刑事がこちらの注意を引くように声を掛けた。
「言わずもがなです」井出ちゃんが笑顔で応え、そのまま、私に向き直る。「もっと近くで見せていただきましょうか?」
いったん、『劇』を中断してもらって、私たちはテーブルに近づく。
聴取役の刑事の対面に、伏木が座り、中立たる判定員の女性は、その立場を表明するかのように両者の等間隔にポジションをとった。円卓の中央には、銀色の半球型が置かれている。これが24世紀の神が、迷える人類に与えたもうた『絶対に間違えないウソ発見器』こと――【エイリアス】だ。
鏡面加工がなされたようなボディだが、周囲の様子を反射していない。司法研修のときに一度実物を、中学生のころ授業でレプリカを、それぞれ、私は見たことがあった。どこまで近づいても自分の顔が映らないのは単純に不思議な眺めで、ずっと見ていると吸い込まれそうになって、それをクラスメイトに見咎められ、「なに? キスするの?」と、からかわれたことを、カード・シャッフルのように思い出した。ちなみにレプリカによる仮体験は、中学校の必修課題であるから、ほとんどの国民が『殺人は許されるが、ウソが分かってしまうから逃げられない』ということを理解している。いわゆる『子供でも分かる常識』というやつだ。
半球型の【エイリアス】のテッペンからは、井出ちゃん曰く、『文庫本の栞サイズ』の板型が剥がれている。これが【センサ】。入力器だ。熱を冷ますように、被験者の額に着けることによって、24世紀人が脳に生成した特有の器官であり、生まれてこのかた、すべての出来事を正確に憶えているという『深層記憶』にアクセスすることができる仕掛け。
まあ、そのような機構から単純に考えれば『投げかけられた質問に対し、該当する記憶があれば真実。なければウソ』という明瞭なルールに帰着するはずなのだが、【エイリアス】は、さらに、被験者の『返答』を要求する。つまり、『記憶の有無を判定』するのではなく、『証言に対する真偽判定』という形をとっている。応答方式にしている。理由は単純だ。官憲の権力を制限する意味合いと、もうひとつ、被験者に『黙秘権』を与えるためだ。弁護士の私が言うのもなんだが、意外や意外、黙秘は許されているらしい。
さて、【エイリアス】は『証言が真実ならば、シロ』を、『証言が誤りなら、クロ』を、そして『どちらとも言えない場合には、グレイ』を――返す。この三種類の判定はそれぞれ独立し、競合しない。ひとつの質問が、複数の命題を含んでいる場合には『こちらの問いはこれ、そちらの問いはそれ』と分割して、個別に判定されるから、混同の心配はない。判定結果は【エイリアス】本体の【センサ】が剥がれて、露わになった部分――いわゆる【ステイト】と呼れる場所に『色彩』として出力される。まあ、『貴方』には、これから行なわれる『実例』を読んでもらったほうが早いか。
私と井出ちゃんは透明人間のように無遠慮に三次元映像に近づいた。
森岡刑事が「よろしいですか?」と、わざわざ尋ねてから『劇』を再スタートさせる。
聴取役の――細井という名の刑事が動く。「あなたは伏木広大さんですか?」
「はい」
伏木の肯定とほとんど時を同じくして【エイリアス】の【ステイト】部分が白く光った。
これがシロ判定。
『証言は正しい』というわけだ。
【エイリアス】の周囲には、惑星の輪のように、『被験者の名前は伏木広大である。』という白く輝いた文章が巡っている。念のため説明しておくと、この文章が示す『主張』に対して、文字の『色』どおり、シロ判定が下った、ということだ。実は、これはトリビアになるのだが、『主張』の末尾に句点が付くのも『シロ判定』だからだ。
ここで思いがけず、伏木が「まあ、一刀伏士とも申しますけれど」と続けた。
イレギュラな発言だったが、これにもシロ判定が下る。
彼が『一刀伏士』という『芸名』なのか、仲間内の『あだ名』なのか、ともかくその名で呼ばれていることは、彼の記憶上、ウソではない、ということだ。
【エイリアス】の周囲には、新たに『被験者・伏木広大は『イットウブシ』という別名を持っている。』という、やりとりが意訳された、白字の文章が電車のように回っている。先の『被験者の名前は――』という文章は、その上で巡っていた。このように、【エイリアス】により判定を受けた問いは、どんどん、溜まっていく様式だ。
「賽形球さんをご存知ですね?」刑事が聴取を続ける。
問いと同時に、卓上に10名ほどのバストアップ画像が並ぶ。
事前に説明を受けていた被験者は、その1枚を指差しながら――
「はい、彼です」とスムーズに答える。
シロ判定。
ちなみに、ここで使われたバストアップ――というか『顔』画像は、首切り死体から取り出した個体情報を【TEN】のデータベースと照合して引き出したものだから、人物の錯誤は生じない。つまり、今回の応答により、被験者の脳内で、改めて、あの頭部なしの死体に『賽形球』というネームタグが付いたことになる。重要な手続きだ。
「ではお訊きします」細井刑事はわずかに声を硬くした。「あなたは、賽形球さんを殺害しましたか?」
「いいえ」と、伏木は首を横にふった。
もちろん、シロ判定。
これで終了だ。
一連の流れに矛盾はない――とは言い過ぎだろうか。
【エイリアス】の周囲には、『賽形球』という名札がつけられた、先ほど、伏木が指差した人物のバストアップ画像に続けて、『――を、被験者・伏木は殺害していない。』という文字が巡っている。このように『意訳』された文章を、私は二度三度、頭の中で繰り返してみたが、やはり、矛盾どころか、違和感も、難癖すら見つけられなかった。
しばらく球型の周りを巡っていた『聴取結果』は、二重にずれると、コピィしたかのように、ふたつのブロックに分かれ、それぞれ、刑事と判定員が卓の上に広げた【プロペ】に吸い込まれて消えた。再現版の伏木も額から【センサ】を外し、立ち上がると薄くなり消える。
予想はしていたものの、あっけない判定に唸りたくなる。
沈黙。
【エイリアス】の上に、腕組んで直立する格好でセンゾが現れた。「地味だな」
私たちは吹き出す。
いやいや、違うんですよ、とばかりに、井出ちゃんと刑事が揃ってフォローして、私をさらに笑わせた。
「特筆すべきは、その機能ですから」という刑事の正論を無視して――
「こーれが『絶対に間違えないウソ発見器』ってやつだろぉ?」センゾは話を戻す。「つーか、そんなもんあったら終わりじゃん。情緒もへったくれもねえな」
「ええ、情緒も叙述トリックもないです」井出ちゃんが深く頷く。
「お静かに! お静かに!」いきなりセンゾが制し、背筋を正す。「ど~も、一刀伏士と申します」小ばかにするような声で彼が言うと、頭部が白く光った。「あ、光った」いやいや、光っちゃダメだろう。「つか、なんだよ、一刀伏士って、ぎゃはははは……」
腹話術ですよね、という感じで森岡刑事がこちらを見たので、センゾを消す。
「次は――」私は素知らぬ顔で促す。
「『安田 教』(やすだ ごくひ)氏。33才。彼も門下生。ちょうど一年まえに弟子入りしていたようです」刑事はすぐに進行に戻る。如才がない。「あ~、ちなみに、万里崎さんの友人というのは彼です。どうも好奇心旺盛な性格のようで、賽形氏の遺体が見つかったあとにブースの中を覗いたり、邸宅じゅうを調べまくっていたりしていたようです。あ、そうそう、御神刀がなくなっていることに最初に気づいたのは彼です」
「『なぜ?』と、私たちが訊いたら――」井出ちゃんは微笑する。「『ご本人にお訊きください』って答えるのですね?」
「ええ、井出先生のおっしゃるとおりです」そう、刑事は口角をあげた。
そのやりとり、若干、返しが弱いが『パラドクス』が成立している気がする。
聴取に戻ろう。
それは先ほどのリプレイのようだった。安田に賽形の画像を選ばせ、『あなたは、この人物を殺害しましたか?』と問い、否定させて、シロ判定。
どこにもおかしな箇所はない。
あ、ちなみに、被験者に『言葉に対する錯誤』がある場合――たとえば、『殺害』という言葉を、違う意味や異なる概念で憶えていた場合、【エイリアス】は判定を拒否し、かつ、『被験者にはこれこれこういう錯誤があります』と指摘する決まりだ。問題はない。
「続いては『万里崎 鏡』(まりざき ぎんか)氏。33才」刑事が言うと――
「え?」井出ちゃんが声をあげる。「万理崎さんは、式が始まるまえに帰ったのでは?」
「ええ、一度お帰りになりましたが、賽形さんが殺害され、その遺体が発見されたあとに、先ほど聴取動画に出てきた安田さんの報告を受けて、戻ってきたようです」刑事は、いたずらっぽく微笑む。「なんでも、試しに【エイリアス】聴取を受けてみたかった、と」
「めちゃくちゃ怪しいですね」井出ちゃんが言うのだから、そうなのかもしれない。
「同感です、いや、でした」刑事は頷く。「でも、ご覧のとおり――」
聴取は、なんの変哲もなく、シロに終わる。
井出ちゃんは、いかにも『考えてます』というポーズをつくった。
それに着想を得たのか、刑事は「探偵と言えば――」と、いったんVTRを停止し、唐突に始めた。「万理崎氏は、逃亡した不染井さんは犯人ではない、と主張しているようです」
「え、どうして、そんなことを?」井出ちゃんは驚いてポーズを解いた。
「さあ……」刑事は肩をすくめる。「ひょっとしたら担当する弁護士お二人が美人だ、って、どこからか聞きつけたのかもしれませんね」
回りくどいジョークだ。
ちなみに、よく『リバイバルモノ』などでモチーフとして使われる『セクハラ』は、今の時代、存在しない。存在する余地がない、という感じだ。
「どちらにしろ、ゲストの皆さん全員にお話を伺いにいくつもりです」井出ちゃんがこちらに同意を求める目を向けた。
「サクラは無理そうだけどね」厳密でありたい私は、そう言い、刑事を見た。「次は?」
「次は……」刑事は苦笑いしながら再開する。「『帷 百足』(とばり えり)氏」
21世紀では『エリ』という名前から連想するのは女性なのだろうか。こちらのエリは男性だ。81才。やっぱり溺川氏に剣を習っているそうだが、そもそもそれ以前から溺川と交友があったらしい。深くは教えてもらえなかった、と刑事は述べた。
さて、こちらも、なんの面白味もなく、シロ判定。
聴取映像は、刑事が分かりやすく編集したものだが、【センサ】を額に取りつけた直後から、質疑を経て、外すまでのあいだはノーカット。やりとりがスムーズだから一人30秒も掛からない。どうにか違和感を見つけてやろうと狙っていた私にしてみれば、あっという間に思えた。たとえばリバイバルドラマでは、聴取時の被験者の挙動なんかを糸口に事件を解決していく作品があるけれど、今は『ファントム・リビドー』という用語が示すとおり、『人の無意識的な仕草や挙動に意味はない』とされている。いわゆる『意味はなくても、なくて七癖』というやつだ。『ない』が重複しているが、口ずさむと妙に語呂がいい。小倉百人一首の大納言公任の技巧的な歌を思わせる――と評したら言いすぎ、狙いすぎだが、予想外の出来に、なんだか上の句を考えたくなる。
「これで全員です」刑事の声で、私の詩情は見事に霧散した。「さて、ご存知のとおり、【エイリアス】を用いた尋問は、原則として『殺したか否か』の一問だけですが、なにしろ被疑者の一人が判定を受けずに逃亡するという非常事態ですので、裁判所の許可を得て、先ほどシロが出たゲストに対し、追加の質問を実施しました。『あなたは、賽形さん殺害に関与していますか?』と『あなたは、賽形さんの遺体に触りましたか?』のふたつ」
「共犯者ないし協力者をあぶり出そうとなさったのですね?」と、賢しげに井出ちゃん。
「……ええ」刑事の声には一瞬の躊躇があった。あぶり出しではなく、ゲストの完全なる潔白を――つまりはサクラのクロを確定したかったのだろう。「ご覧になりますか?」
断る理由はない。
けれど、そちらも伏木から帷まで、やはり、シロしか出なかった。
念のため、もう一度見直したが、『あなたは賽形氏の殺害に関与しているか→被験者否定→シロ判定』の流れに、おかしなところは認められなかった。
「さすがに【エイリアス】に抜けはなさそうですね」そう述べる井出ちゃんは、そもそもこのセクションでの綻びなど存在するとは思っていないような口ぶりだった。いや、ここだけの話、彼女にはちょっと期待していたりする。なにしろ24世紀に生きる数少ない本格ミステリマニアだし。頼れる参謀という感じだ。本人には言わないけど。
「何かある?」私は、もう一度センゾを呼び出す。
「そうだなあ……」彼は【エイリアス】の頂点に彫られた溝――【ステイト】部分に乗った。「そもそも動機はあんの?」
「動機……」私は井出ちゃんを見た。「被害者を殺害するメリット、ということ?」
先ほどの刑事の話では、ゲストは皆、賽形と初対面、ということだった。
「地球の人口を一人減らせる、ということでしょうか」彼女は首を傾げた。
「じゃなくて、怨恨とか利害関係とか……」センゾは呆れ口調で言ってから、きょろきょろ、おのおのの反応を見渡して、「ねえのかよ!」と吠えた。
「『怨恨とは、仕返しが許された時代特有の感情である』と誰かが言ってましたね」井出ちゃんは、のん気な口調だった。「誰でしたっけ? 最近お亡くなりになった有名な方」
「ゲーテじゃない?」私が言うと――
「ゲーテ、最近じゃねえわ。生きてりゃ、俺よかジジイだわ」と、スイッチが入ったようにセンゾはいきり立つ。「むしろ、憤怒にまみれた時代のおっさんだわ」
21世紀の人はうるさいので、消す。消してから――
「まあ、でも、ゲーテが絶対に言ってないとは断言できないけどね」
私は付け足した。
「負けず嫌いなんだから」と、井出ちゃんは言ったが、微妙に筋が違う返しにも思えた。
私は目配せして、また『石』になる。




