14.ようやくゲストの紹介……?
なにやら人の話し声、衣擦れの音がしたので、そちらを見ると、入ってきたドアから見て左側の壁に、三次元ホログラムの人物たちが並んでいた。
8名の男女。一番向こう端は、紅一点、サクラの姿。
センゾや『貴方』はどうか知らないが、24世紀人である私の目には、それらはちゃんと『ニセモノ』に見える――あ、いや、これは誤解を招く表現か。居並ぶ彼らは、私にも『ホンモノ』そっくりな質感で見えるけれど、それが『ニセモノ』であることは、間違えようがない、という感じなのだ。そういうルール、というか、なんというか。どうやら、現代人は、そのような『進化』を果たしたらしい。要するに、どんなに精巧であっても、『実物と3Dで再現したニセモノとの錯誤』はあり得ない、というわけ。そう、先に断言しておきましょう。たとえ、それが『頭部が切り取られたモノ』であったとしても。
「では、まずはこの邸宅の所有者であり、事件発生の3時間まえにめでたくも天寿をまっとうした、溺川過世氏、120才」
刑事の言葉に合わせ、一番左端の老年『オボレガ・シホン』は、こちらに欧米風な礼。
私たちが無反応なのを危惧したのか、センゾが現われ、「これはこれはご丁寧に」とお辞儀を返すや否や、「って、わけーな!」と言った。
「わけーな、って?」私は訊く。
「若い、ということでは?」井出ちゃんが教えてくれる。なるほど。
「つーか、事情聴取、現場でやるんだな」と、感慨深げなセンゾ。「時代だなあ」
私たちがふざけているあいだに溺川氏のホログラムは、消えてしまっていた。
よろしいですか、と刑事はこちらに断ってから、続ける。
「次は被害者である、賽形球氏。【TEN】によれば、47才」
溺川氏が退場したため、右端になった長身の男――キユブ・キユがこちらに一歩進み出てお辞儀。先ほどの『シルエット』と違って、頭がある。出来過ぎなくらい精悍な顔だ。
「首が取れたりしないのですね?」
そう私が言うと、井出ちゃんが窘めるように腕に触れてきたが、口元は笑っていた。
通常、個人使用に限定すれば、実在の人物を再現した『ニセモノ』を使って自由に遊ぶことは許されている。けれど、今は使用者(観測者)が複数存在しているため、動きが制限されてしまっているようだ。おそらく、何か言葉を喋らせることも駄目だろう。
ええと、ここは『貴方』に分かりやすく説明しようか。
まあ、21世紀でも『妄想』は自由だったはずで、けれど、その内容を、他の人間に伝えたら、何かと支障をきたすこともあっただろう。【マシン】による再現もそれと似たようなもので、個人使用に収まる範囲ならば、実在する人物に似せた『ニセモノ』でどう遊んでも許されるのだが、『他人の目』がある場合は、彼らが気分を害しないよう、『ニセモノ』の動きが極端に制限させられてしまう、と、まあ、こんな感じだろうか。
「彼は、他のゲストには天寿研究者と名乗ったそうです」
と、刑事が説明を始めた。「とはいえ、どこか医師会に所属していたわけではないようです。あくまで個人的な研究者という感じです。今回は、溺川氏に招待された、とのことでしたが、そもそも溺川氏とどのようなレベルで親交を結んでいたのか、どのような経緯でここへ来たのかなどは今となっては不明です」
「なぜ殺されなくてはならなかったか――もですね?」
井出ちゃんが綺麗な声で足す。
「ええ」刑事は、彼女の様子になにやら想像を膨らませたのか、笑む。「殺されたということは、【安全プログラム】を付けていなかったということですから」
【安全プログラム】とは、簡単に言えば、『物理的に傷ついたり、殺されたりしないように【TEN】が保護してくれる契約』という理解で構わない。この契約は、生まれた瞬間から強制的に結ばれ、契約である以上、任意で外すことができるが、そのためには『成人』していることが条件となる。なので、日本では18才未満は、死ねない。
ここで『殺されない』ではなく、『死ねない』としたのは、この契約が及ぶ範疇が広大なためだ。それが人による攻撃だろうが、虫だろうが動物だろうが、自然災害だろうが、高所から足を滑らすような事故だろうが、毒や細菌、ウイルスだろうが、ものの見事に無効化される。具体的には【マシン】によって自動的に防がれたり、回避されたりする。
ちなみに、これを『広義機械』に限定したものが、かの『ロボット則』であって、こちらは【TEN】が決めた法律なので、一生、外せないし、破ることもできない。
「被害者が【安全プログラム】を外していた、ということは――」井出ちゃんが目を細めて、続ける。「殺されてもいいと思っていた、ということになります」
「そのロジックは先々月もお聴きしました」刑事は、少しだけうんざりしたような笑顔をつくった。「それは量刑判断の際には関わってくるものだと思いますが……」
『アナタガタは、そんなもの、狙ってないでしょう?』と言いたげな彼の態度に、私は、自然と口の端が上がってしまう。過去に、しかも、たった一度だけ調査に付き合っただけなのに、わりかし、気質がバレてしまうものだなあ、と感慨をおぼえたのだ。
「ちょっと待った!」センゾが現れて、口を挟む。「相手が【安全プログラム】を外してるかどうか、外から見て分かるもんなの?」
「いえ」と、返事する井出ちゃんに――
「ハッキングすれば可能だよ」私は被せた。
「ハッキングは資格が要るんだったよな?」と、センゾは、刑事の顔の近くまでジャンプする。「ゲストん中にハッキング資格者は?」
「ええと……」森岡刑事は戸惑ったようだが、何に対しての躊躇かは不明だ。
「フラボノ」私が呼ぶと、雪だるま型が出てくる。
「賽形氏を除いたゲストの中で資格所有者は、溺川過世氏ただ一人です」
彼は答える。
「なら、その情報を誰かに伝えられたかもしれないわけだ」私は言う。
「ふ~ん、なるほどね」センゾは満足したようだ。「伝えることに制限はねえ、と」
「賽形さんは天寿研究者として、こちらに招かれたのですよね?」井出ちゃんが話を戻す。「具体的には、なにか調査とか……、作業みたいなことをなさったのですか?」
「なさるまえに殺害されてしまいました」刑事は気の毒そうな顔になる。「さぞや心残りだったでしょうね……。いや、失礼。ええと、天寿後の4時間44分44秒後に、溺川氏の遺体から100箇所ほど――と言っても全体で1グラムにも満たないのですが、細胞というか、『肉体的情報』を採取する予定だったようです」
「ご家族は?」と、井出ちゃん。
「いや、いないようですね」100才でも子供はつくれる世の中だから、特段珍しいことではない。実際、天寿を迎えた溺川氏のご子息、吉村氏は今年25才になるそうだ。
「なるほど」井出ちゃんは私に目配せをした。検討は二人きりのときに、という感じだ。
再現版賽形球氏が退場した。
「では続きまして、ゲスト――容疑者をご紹介します」機を見て刑事が進行に戻る。「まずは『非常に怪しくない』方々」
なんですかそれ、と言いたげな笑顔で眉をひそめる井出ちゃんをよそに、刑事は始める。
「『根岸 州加散』(ねぎし つかさ)さん。52才」刑事の紹介に合わせ、修行僧みたいな格好の男が一歩前に出た。「彼は、殺害された賽形氏はもちろん、溺川氏とも今回が初対面でした。というのも、彼は、言わば葬儀屋。『式』と呼ばれる儀式を執り行なうためだけに招かれた方です」
「ようやくですね」と微笑む井出ちゃん。「それで具体的に『式』とは?」
「まあ、詳しくはご本人に」刑事はかわす。「ここでポイントとなるのが、この『式』が執り行なわれていた最中、ゲストが『この邸宅に出入り』するか、または『敷地から外への退出、またはその逆』をした場合、ログが録られる決まりになっていたことです」
「なんだなんだ」ガラの悪い口調でセンゾ。「なに言ってんだ?」
刑事は頭をかく。「これは波戸先生の腹話術、という理解でよろしいのでしょうか?」
井出ちゃんが口に手を添え、笑う。
「いえ、私は、先の説明で完全に把捉しました」私は言葉を発する。「つまり、ゲストが己の認証権限を使用するときのみ、記録が残る、ということですね?」
「ん? そう……、そうですね」刑事の理解のほうが怪しい。「ええと、ですね、根岸氏による『式』というのは、この家……、この邸宅を墓石に見立てて、そこに、なにやら文字を書く、というような作業だったそうです――で、その際、『作業風景を誰にも見せてはならない』という決まりがあるそうで……。要は、この作業中に、敷地に根岸氏以外の人間が入れないよう、その監視のためのログだったようです」
「なんとなく理解しました」わずかに伏せた井出ちゃんの顔が微笑んでいた。
「そのログを踏まえた結果――」刑事が手で示すと、一人の男性が歩いてきて、根岸の隣に並ぶ。「こちらの万理崎氏は、『天寿』を見届けたあと、『式』が始まるまえには、敷地の外へと退出していたことが分かっています。あ、ええと、『式』は午前0時40分ごろ開始されましたので、完全にアリバイが成立と」
「根岸氏がログを設定したあとに、この方がお帰りになった、ということですか?」
と、井出ちゃんが尋ねると――
「いや、根岸氏がログ設定を起動するまえ――溺川氏の『天寿』を見届けたあと、すぐに帰った、ということですね」刑事が答える。「なので、彼が『出て行った』記録はありません。ログは、根岸氏が『式』を終え、殺人事件が起きて、我々警察の第一陣が到着するまで『生きて』いましたから。その記録と状況を鑑みて、この方は『無関係である』と」
「『式』が終わっていたのに、なぜ、ログが?」
井出ちゃんが当然の問いをぶつける。
「そういうルールだったようです」刑事は微笑む。「詳しくは、ご本人に」
「根岸氏と万里崎氏には面識は?」私は割り込んだ。「彼らがグルなら、ログを誤魔化せるのでは?」
「お互い、初対面だと主張しています。それにログを設定したのは根岸氏ですが、実際に管理・監視していたのは【TEN】ですので……。通報を受けた警察の第一陣は、すぐさまログを保存しました。それらはお送りしますので、あとでご確認ください」
脳内に駐屯させているフラボノが『刑事からのテキストを受信』と報告してきた。
「ちなみに」と、井出ちゃん。「万里崎氏と溺川氏とのご関係は?」
「ええと」刑事は手帳型を開く。「万里崎さんは、溺川氏ともこれが初対面――というのも、彼は今回、友人の付き添いで……。ただ、天寿を見学しに来ただけだそうです」
やはり、この時点では、その友人の名前は明かされない。
「というわけでお二人、退場です」刑事が言うと再現版の根岸と万理崎が消えた。「では、次に『やはり怪しくない』方々。まずは『伏木 広大』(ふせぎ ひろし)氏」
刑事に名前を呼ばれたのが合図だったのか、ドアが開いて、室内に男が入ってくる。
と、それでようやく私は、並んでいたゲストたちが消えていることに気づいた。
代わりに部屋の中央に置かれたテーブルに『人』がいた。聴取役らしい刑事と裁判所の判定員らしい女性がイスに座っている。もちろん、彼らも再現されたニセモノ――聴取の三次元映像だ。入ってきた伏木に会釈をする。
「溺川氏は、いわゆる実践剣術の免許皆伝の腕前で、今回天寿を見守ったゲストの多くはその門下生と言いますか、薫陶を受けていたそうです。中でも、この伏木さんは古参で、二十年来の付き合い、とのことです」刑事が手帳型【プロペ】を見ながら、紹介した。
「二十年来って、いくつなんだよ、こいつ」とセンゾが、歩いてくる伏木のまえに立ちはだかり、両腕をめいっぱい広げ、身体を張って邪魔しようとしたが、すり抜けてしまう。
「ええと、今年で67才ですね」刑事が言う。
「67? わけーな!」センゾがまた高い声で叫ぶ。
再現版の伏木は、こちらも再現版の刑事の誘導に従い、テーブルの近くまで歩むと、宙に漂う、目に見えない【マシン】を攪拌して、座面をつくり、そこにお尻を乗せた。それから、再現版刑事による、『聴取』についての簡単な説明が行なわれた。
その隙に、私は、「じゃあ、いくつに見えるの?」と、センゾに問うてみる。
「肌質は10代だけど、40代の風格」
意見を求めたものの、そもそも興味がなかった私は返答に窮して、無言になって、それを察したのか、井出ちゃんが「無視って」と笑った。
「聴取が始まりますよ」森岡刑事がこちらの注意を引くように声を掛けた。




