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13.六日囲碁のブース


「では次は、そうですね……」刑事は、私たちの『作戦会議』には一切触れず、さっさと案内に戻る。「あ、六日囲碁のブースでもご覧になりますか?」

 フロアの隅に佇んでいたブースを指さすと、ブースのほうからこちらに近づいてきた。

「こわ」と、恐慌状態から回復したセンゾが言う。たしかにその感想は分からないでもない。

 ブースは、出入り口の足元部分が開かれているから、外からでも無人なのが分かる。

「今さらですが、六日囲碁のこと、よく存じあげないのです」井出ちゃんが首をかしげながら、言う。「勝敗が決するのに六日掛かる、というテーブルゲームですよね?」

「まともにやればね」私は答える。「思考を活性化させてやるから、たいがい15分以内に終わるよ。傍目には対面連弾してるみたいに見えるらしいけど」

「ひょっとして波戸先生、たしなんでいらっしゃる?」刑事が眉を上げて、尋ねてくる。

「刑事さんも?」

「いえ、私は……」

「今の期待をもたせた感じ……。もの凄く評価を下げました」私は冷たい目をつくった。

「これって人工物ですね?」井出ちゃんがブースを触りながら言う。

「え? ああ……、はあ……」刑事は動揺していた。「ええと、人工物というか、【マシン】ではない、自然に生えた木を『あちら』から持ってきて、人の手で加工して、組み上げたものです。ええと、150年もまえに、ですね。有志がこしらえたようです」

 『あちら』とは、『ここ』とは別軸の『貴方』やセンゾが生きた『21世紀世界』のことだ。

 なにしろ『こちら』は、ヒトを除けば、衣食住どころか、空気も陸も【マシン】で出来ている。

 自然物や人工物など存在しないから、『あちら』で調達してくるしかない。

 前述したように『こちら』から『あちら』にヒト以外の異物を運ぶのは禁じられているのだが、『あちら』から『こちら』への流入は、限定的にだが許されている。

 それら『異物の移動』は【TEN】が管理・把握している。問題はない。

「有志……、ですか?」井出ちゃんが訊く。

「かつてこの地に六日囲碁の棋聖と呼ばれた『荒川 遊真』(あらかわ ゆんま)の生家があったんですよ。死後同志により、そのモニュメントとしてつくられたものですね。溺川おぼれが氏は、かの棋聖の、遠縁にあたるそうです」

「この中で六日囲碁をするのが、嗜む者の『ほまれ』ということですね?」井出ちゃんが総括する。

「ご覧になりますか? 二人しか入れませんけど……」

 刑事の提案に甘えて、私は井出ちゃんと一緒に入る。

 狭いブースの中央には丸テーブルがあって、それを挟むようにイスが二脚あった。私たちが座るのを合図に、卓面の上にダーツの的のような極座標めいたゲーム盤がこんもりと浮かび上がった。ゲームの進行に合わせ、盤の形状が変化するどころか、枚数が増え、重なるようにZ軸方向に階層が伸びるから、最終的にはスズメバチの巣みたいになる。そうしてつくられた棋盤は、国際六日囲碁協会へ寄贈することも可能だ。将来的にはそれらを組み合わせて島をつくって、太平洋に浮かべる、というクレイジィな計画の噂もある。

 ブースはかなり狭かった。私たち二人が入ると、それだけでいっぱいな印象だ。上は高く、余裕があるが、横は狭い。21世紀に活躍した『超大型力士』となると、二人で入れるかどうか怪しいところだ。イスに座った瞬間から、ドアは閉まっていたのだが、よく見ると、ドアの下部分は閉まりきらず、足元辺りが三角形に空いている。正三角形型で一辺50センチはあるから、やもめん、いや、細身の人なら、文字どおり、『這入はいる』ことができそうなくらいだ。

「フラボノ」私は呼び出す。「この切れ間はデフォルト?」

「そのとおりです」フラボノは卓上に出現した。「二名の棋士がイスに座ると、自動的にドアが閉じ、そうなります。外からでも、競技者の両足が見え、現在対戦中である、使用中である、ということが分かるような配慮だと思われます」

 そんなことをしなくても、ブースの外壁に『対戦中』と表示を出しておけばいいものを。

 ブース内に満ちた、セピアめいた【フィッティ】のせいだろうか。

 密閉された空間にいると、焦燥にも似た妙に切ない気持ちになってしまう。

 私たちは、一度外に出た。

「ここは二人しか入れないのでしょうか?」井出ちゃんの目は少し潤んでいた。

「二人以下、ですね」刑事が厳密性を発揮する。「たとえ見学でも、三人目が入ることは【マシン】によって防がれます」

「なぜ、そんな制約が?」

「六日囲碁は神聖な競技です。その競技的思想に『対局のさまは交接こうせつ模様に等しく、当事者以外に見せるものではない』との観念があるらしくて」

「秘め事、というわけですか」

 対局中は思考の熱に浮かされたり、思わぬ感情を引っ張り出されたりするし、終わったら終わったで、異様なカタルシスで滂沱ぼうだの人になったりすることもあるから、たしかに見せられたものではない。不思議と対局相手に見られるのは平気なのだ。まあ、終局直後は勝敗に関わらず、心地よい倦怠感で口もききたくない、それこそ後朝きぬぎぬの別れのように素っ気ない気分になるのだけれど。私の乏しい対局経験からすると、異性同士のほうが、この『湧き出し』は激しいように思われる。

「前述のとおり、このブースは、事件発生当時、敷地に存在した唯一の『人工物』であり、【TEN】もそれを保証しています」と、刑事。この場合の『人工物』とは、【マシン】を使っていない部分がある――ぐらいの意味だ。もちろん、『ヒト』は除く。刑事は続ける。「ご覧のようにプレートの上に乗っているだけなので、敷地内に限り、位置は自由に動かせるそうです。平常、昼間は、邸宅の外に出して、誰にでも遊べるように開放しておいて、密閉時間になったら、邸宅のあの場所に戻る設定にしておいたようですね」

 星の運行のように、ブースは時限式で勝手に邸宅から出入りする仕掛けになっていたらしい。詳しいタイムテーブルはフラボノに取得させておこう。

「唯一の人工物、とおっしゃいましたが」私は異議を挟む。「先ほどのゴシントウは?」

「さすがです」

 そう刑事は笑みを浮かべ、指を鳴らすと、ブースが回転した。180度。だから、裏側をこちらに向けた恰好だ。その面の中央に30×150センチほどの切れ目が見て取れた。

 刑事が指で叩くと、回転扉よろしく、切れ目が裏返り、果たして一振りの刀がヒモでくくりつけてあった。

「先ほどの刀ですね」井出ちゃんが【プロペ】で確認する。

「奉納された御神刀もブースの一部、というわけです」したり顔で刑事が言う。

 ちなみにこれのほかに、ブースに隠された『道具』はないらしい。

「事件当夜、誰にでも手に取れた、というわけですか?」井出ちゃんが実際に手を伸ばすと、レプリカの刀はまるで生きているかのように、彼女の手に吸い込まれ、収まった。全長1メートルくらいか。

「はい」斬らないでくださいよ、と、ふざけながら刑事。「さらに言えば、事件前日、溺川氏がこのブースを紹介したとき、ゲストの皆さんのまえで、その御神刀を披露したそうです」

「ゲスト、全員のまえで?」井出ちゃんは鞘から刀身を3分の1くらい引き出した恰好で、刃を見ながら言った。

「ええ、全員です」刑事は力強く頷く。

 さて、かつてこの国では、六日囲碁に限らず、本将棋や囲碁の競技盤の線を引くのに刀を用いたらしい。

 その名残が、ブースに御神刀を奉納されている理由なのだそうだ。

 一説には、敗れた者は刀で斬り殺されるならわしだった、などという穏やかでない伝説もあるようだが、そちらはきっと嘘だろう。

 六日囲碁の棋聖と呼ばれた荒川氏が、もともと刀鍛冶の家系であったことも風習発祥の要因として大きいかもしれない。

 何十年かに一度、その血筋によって、御神刀はリニューアルされる決まりとなっているらしく、くだんの御神刀は、ちょうど20年まえ、溺川氏が『あちらの地球』から素材を持ち込み、24世紀の知識と技術をふんだんに使って、『当世最高』を目指して、鍛えたそうだ。

 ともあれ、これでようやく、なぜ、ここにあんなおあつらえ向きな凶器(厳密には未確定だが)があったのか、その謎が解けた感じだ。

「でも待てよ」とセンゾが現れる。「その刀って、要するに溺川の爺さんが自力でつくったわけじゃねえんだろ? 20年まえなら100才だし、【マシン】に筋力アシストしてもらって打ったんだろ? それで出来た刀って、果たして人工物なんかあ?」

 人工物である。

 逆にいくら【マシン】に頼らずにつくっても、『銃器類』は『ロボット則が適用される機械』と判定される。

 このあたりの『線引き』は曖昧だ。

 あとで復習しよう。 

 そう思念で言いくるめて、センゾを引っ込める。

 とりあえずの疑問がクリアになったところで、刑事は、私たちを、何もない1階フロアの北側へと案内した。 

「では次は、事情聴取の様子をご覧に入れますが、そのまえに」刑事が指を鳴らすと、私たちの周りに壁が出来て、六畳くらいの部屋となった。「聴取を待つゲストには各自このような控え室で待機してもらいました」

 控え室の壁には古めかしい『立入禁止』と銘打たれたスズメバチがらのテープが、床を除いた五面に格子状に展開されている。『牢屋』のモチーフだろうか。

 こほん、と咳払い――いや、この世界にアレルギィなどないから、単なる身体的反射の名残、『クセ』なのだが、咳払いしてから、刑事が始める。「ゲストの控え室は隣り合っていますが、聴取が終わるまでお互い連絡が取れないような措置を施しました。もちろん、第三者――たとえば弁護士への連絡は可能でした。これは法的に認められた権利ですので、警察も検察も発信記録などは把握していません」

 まあ、把握していたところで――という感じだが。

 さて、刑事によれば、聴取を受けることになっていたのは全部で5名。 

「あとで調べたら、不染井さんは、聴取を受ける直前に足跡検索をして、自分が最後の順番であること、それと、状況から、まえの4名がシロだったことを察していたようです」

 事件発覚当日、聴取に関わった刑事は、事前に『クロ判定が出たら、その時点で聴取終了する』という旨を、それとなく示していたらしい。つまり、サクラは、その時点で自分が一番怪しいと知っていた、ということだ。

 これは興味深い情報だった。

 私たちは刑事に案内されて、控え室を出る。先ほどまでひらけていた空間は、上も横も分厚そうな壁に阻まれ、さながらトンネルのよう。山を荒削りに掘削くっさくした坑道が落盤しないよう、銀色の補強剤をまんべんなくスプレイしたみたいに、全面金属色だった。

 前方には、一本道が伸びている。

 振り返ると、事前の説明のとおり、出てきた控え室のドアから数メートル置きに、同じようなドアが計5枚見えた。試しにそちらのドアを開けてみようとしたが駄目だった。『警視庁』という表示が浮かんで邪魔されてしまう。まあ、もちろん、仮にそんな邪魔が入らなかったとして、どうなるものでもないのだけれど。

 ちょっとだけ呆けていたらしい。井出ちゃんたちに促され、唯一の通路に足を踏み入れる。照明があるわけでも、壁自体が発光しているわけでもないのに、道は明るい。考えてみれば不思議だが、メカニズムを調べる気は起きない。『どうせ【TEN】が』だ。それが常識なので、考える力が落ちるのも無理からないところだ。

 さて、この通路の途中でサクラは壁抜けしたそうだが、具体的な場所は教えてもらえなかった。壁に手を触れてみると、見た目とは違い、木壁のように、ほのかなぬくもりがあった。

 どのくらい歩かされただろうか。100メートルほどだろうか。ひたすらに長い直線だが、そんなわけはない。建物どころか敷地からも出てしまう。つまりは、私の知らないうちに『チクタクバンバン』よろしく進路は曲げられていたのだろう。私と井出ちゃんのヒールを受けとめ、小気味よい音鳴らす床は、色こそ銀色に染められていたものの、プレートのままだったから、アップダウンはしていないようだった。

 一本道の深奥にはドアがあった。片側を蝶番ちょうつがいで固定されている古いタイプの戸で、刑事が手前に引いて開け、レディファーストで私たちが先に室内へと足を踏み入れる。そこは21世紀の取調室みたいに灰色まだらな部屋だった。窓はない。中央にテーブルだけがある。簡素な部屋だ。【視覚エフェクト】を活性させているらしい井出ちゃんには、どのように見えているのだろうか。多少、興味はあったが、尋ねるほどの意欲はなかった。

「たいへんお待たせしました」刑事が背伸びしたようなおごそかな声で始める。「ここで、事件当夜のキャストのご登場と相成あいなります」


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