03-08 アムルタ王国にて 【挿絵】
イメージ挿絵入れました。
パシテーとアリエルが夕陽に向かってすっ飛んで行くさまです。情景というよりもあくまでイメージとしてとらえていただければ。
領都セカから2200キロも南に行くとシェダール王国を飛び出して、南方諸国という小さな国々がいくつもひしめき合う異文化交流の盛んな土地に行きつく。
南方とは言うが、もともとの王国がかなり北のほうに位置するので、日本でいうと関西地方から九州、沖縄あたりの気候に近い。別に常夏でもないし、赤道は遥か遠くといった印象だ。中等部に居たころ地政学の授業で習った情報だと冬に積雪も少なく温暖な気候である。
アムルタ王国はシェダール王国とはかなり親密な関係であり、都合のいいことに言葉も通貨も同じものが使えるので旅をするのに不自由することもなく、たまに極端な方言や酷い訛りを含む言葉を使う地域がある程度だから異国に来たという気もしない。
いや、ボトランジュの北の果てのほうが訛りがきついんだ、きっと。
この惑星? この世界? では何もかもが神からの贈り物だと考えられている。人々に魔法を降ろしたのは、女神ジュノーだと言われているが、言葉もまた別の神に与えられたのだそうだ。厳密にはこの世界にはいくつも分家されたような神の教会が存在しているが、魔族の神ですら人族の崇め奉る神と元々は同じ神であるから、その言葉は通じるのだという。獣人も同じ言葉を話すのだから、心は通じなくともせめて言葉だけは通じる。
そんな言葉の通じる外国に来ている。いまはアムルタ王国の首都アムルターナから南東に位置するファンの町だ。
ファンの町は人口おそらく5000ほど、古い家も新しい家も、どういうわけか白い壁に赤く薄い焼き物の瓦屋根の家が壁を連ねていて、別名ではそのまま、赤い屋根の町と言われる独特の風景を作り出している。
アムルタ王国そのものが貧しい小国で、国の規模からすると日本でいうところの地方自治体ぐらいの大きさで、人口はわずか30万ぐらい。国全部あげての人口でもボトランジュのセカと同じぐらいしかいない。何代も前からシェダール王国に皇女を嫁がせられたりして、うまいこと属国に仕立て上げられた感があり、今にも飲み込まれてしまいそうな小国なのでここ何十年かはシェダール王国との国境付近は平和そのもの。小競り合いも起こっていないらしい。
見た感じでは属国というよりも属州だ。
アムルタを含む南方の諸国は経済的に、慢性的な貧困状態にあって、爪に火を点すような生活をしている国々であったが、シェダール王国以前、アシュガルド帝国に端を発する奴隷制度がもたらした経済的恩恵が、この小国を助けた。
とりわけエルフ女性の売買は莫大な富を呼び、エルフ族が多く暮らしていた南部諸国では、さながらゴールドラッシュのように数多くのエルフが狩られ、そして売られていくこととなった。
ファンの町はマローニよりも規模は小さいが奴隷商の落とす富のおかげか経済の基盤はしっかりしていて、町の規模に見合わないほど大量の商品が町を潤していて、通行人の羽振りもいいし、物乞いやホームレスのたぐいを見かけることもなかった。
こういう初めての町では、まず冒険者ギルドで依頼ボードを見る。これは冒険者として路銀を稼ぐ旅人として基本的な立ち振る舞いだ。だけど、依頼ボードを見るのは、単純に稼ぎのいい依頼を探すだけではない。その町の住人が欲していることを見ると、その町の事がだいたい分かるようになった。
これも冒険者としてちょっとは成長している証拠だろう。
ここでも冒険者ギルドは白地に鷹が翼を広げた雄々しい旗を上げているので、シェダール王国と同じように仕事を得ることが出来る。ギルドのトレードマーク、ウェスタンドアを押し開けてギルドに入ると、正面左にギルドカウンターがあって、酒場の中に堂々と依頼ボードが掲げられている。衝立で区切られていないなんて、これだけ栄えてる町のギルドにしては小規模だ。
実は知らない街のギルド酒場というのは、どこの街でもだいたいよそ者に冷たいから苦手だ。
いやだなあと思って目を合わせないようにしてるのに、奥のボックス席にいる冒険者がジョッキを傾けながらジロジロ見られてる。わざわざ向こう側からもめ事が転がり込んでくるというのが、冒険者ギルドにありがちなことだ。このまま何もなかったら幸せ。絡まれてもうまく躱して煙に巻くことができれば上出来だ。
ジロジロ見られているのを敢えて無視しながら依頼ボードの前に立ち、急募を知らせる赤いカードから確認した。
若年エルフ女 上物 1800ゴールドで買います。
若年エルフ女 20代 1000ゴールドで買います。
ハーフエルフ女10代上物 500ゴールドで買います。
なんだか吐き気にも似た嫌な感情が湧き上がってくるのを感じる。
エルフ女を連れて来たらスカジさんみたいな厳しい目を持った鑑定士がポイントを算出して金額でも決めてくれるというのだろうか。
「パシテー、出ようか」
「ん。こんなところ早く出るの」
もうこの町から出ていくって言ったところなのに、さっきからこっちをジロジロみてた野郎たちが2人、出口の前に立ちふさがって声をかけてきた。
「よう兄ちゃん、見ない顔だな。どっから来たんだい? シェダールあたりのボンボン冒険者か? それとも観光かい?」
「いや、ノーデンリヒト人だよ。北の果ての果てから来た。ちょっとした調査に来たんだが、あまりなじめない空気なので早々においとましようと思ってるところさ」
さっきまでニヤニヤしていた奴らの表情が変わった。気配もそこはかとなく不穏な空気を醸し出す。
パシテーは外套をめくって肩に掛け、腰にさした6本の短剣を露わにした。
さっき、依頼ボードを見た瞬間からパシテーの機嫌が悪いと思っていたら、今まさに絡んできているこのガラの悪そうな冒険者を相手に、まさかこうもあからさまに威嚇するなんて思ってなかった。
パシテーの行動は『何だテメエやんのかコラ』という意味だ。
こんなとこでおっぱじめたらどうなる? この木造建築の冒険者ギルドが爆発して、書いて字のごとく木っ端微塵に吹っ飛んでしまうじゃないか。
「なあ兄ちゃんたち、ほらみろ妹の機嫌が悪い。俺達は食料を買ったらすぐにこの町を出て行く、揉め事はゴメンだ。兄ちゃんたちもそうだろ?」
そう言うと男たちはパシテーの腰に差した短剣をまじまじと値踏みするように見た後、アリエルをひと睨みしてから酒場奥のボックス席へと戻っていった。
「ケッ!」
という捨て台詞と、アリエルの足元にペッと吐かれた唾がこの町を強く印象付けた。
パシテーが不機嫌なのは、きっとパシテーと初めて会った時に聞いた、世界を滅ぼしたいと考えていることと関係があるのだと思う。
こんなところに居てもいいことがないので、さっき言ったように買い物を終えたら退散しよう。
ギルドを出て市場のほうに向かうと、ふと目を引く女性とすれ違った。銀髪系の髪と耳の特徴、エルフなのだろう。でも、顔に異様な悪魔のタトゥーを施してある。アムルタ王国は神聖典教会が勢力を伸ばしているので、宗教的にあんなタトゥーを入れるなんて考えられないのに……。
こっちのエルフってこういう文化なのか……。
せっかくの美しい目鼻立ちが台無しになっている。
昔なんかで見た山姥ギャルメイクのほうがずっとマシに思えるほどに嫌悪感を覚えさせるような醜悪なタトゥーだ。
ここは異国だといことを忘れていたようだ。そんな悪魔みたいなタトゥーを美しいともカッコイイとも思わないし、冒険者ギルドも完全アウェーだったのでこの町に長居はしないと決めた。
アリエルたちは足早に市場のパン屋へ向かい、白パンをあるだけ、50個買った。
他になにかこの地域の特産でもないか店員さんに聞こうと呼んでみたところ、エルフの若い女店員が応対した。そこには美しい笑顔があって然るべきなのだが、この人の顔にも、また別な悪魔のようなタトゥーが施されている。ちょっとたじろいでしまったが、明るい声で応対してもらえたので驚いたこっちが失礼だったのだろう。
パン屋を出て肉屋に行くと買い物に来ていたエルフの主婦と思しき若い女性がいて、肉屋の主人と親し気に話をしているようだ。目的のベーコンを5キロほど購入し店を離れようとしたとき、さっきの若い主婦エルフの顔がチラと見えた。
こちらの女性はサルのお面ような異様なタトゥーが施されている。薄着でダラリとした服装だったせいか、左の乳房が切除されたような傷もチラと見えた。
「……くっ」
これほど奴隷狩りが堂々と行われているこの町で、なぜエルフ女性が護衛も連れずに街を歩いていて無事なのかということを、もっと深く考えるべきだった。
エルフたちがどうやって自分の身を守っているのか、ようやく理解することができた。ここに住むエルフの女性は、自らの商品価値を無くしてしまうことで奴隷狩りの目を逃れ、売られてしまわないよう自己防衛しているのだ。
パシテーもそのことに気付いた。我慢できなくなったのだろう、なりふり構わずに肉屋の前でしくしくと涙をこぼし始めた。言葉にもならない。
「あらら、私の顔が怖かったのね。ごめんなさいね」
「いえ、俺たち旅行者でして、ずっと北のほうから来ました。まさかこんな……」
「十年ぐらい前までは包丁で顔に傷を入れたりするだけで良かったんだけどね、今はその程度だとアルトロンドに連れていかれて治癒の魔法で元通りに治されちまうのさ。タトゥーだと治癒魔法じゃ消せないらしいからね。これのおかげで私らは平和に暮らせるのよ。今のところはね」
そう言うと、タトゥーをした女性は、パシテーの顔をみて。ハッとしたように、笑顔がくもった。
パシテーの美しい顔に魅入られるように、ただ寂しそうな顔をして、じっと見ていただけだ。
「はい、すみません。失礼なことを聞きました。さ、パシテー、落ち着いて。そろそろ出よう」
ぺこりと頭を下げ、アリエルたちはそそくさと店を出た。
こんな町早く出てしまいたい。こんな国、一刻たりとも居たくない。あのエルフの女性、パシテーの顔を見ただけで、きっとエルフの血が混ざっていることを看破したのだ。
エルフで居ながら顔にキズを入れることなく、美しいまま生きていけることを羨むような、そんな羨望の眼差しだった。
アリエルたちは足早に通りを南にくだって町を出た。まったく、息が詰まる思いだ。早く転移魔法陣を調査して、何もなければもう二度とこんな所には来ないと、そう心に決めた時だった。
アリエルとパシテーの後をつけて街を出てきた奴らの気配を察知した。
「パシテー、強化を強めに。尾行されてる。相手は10人」
「やっぱり来たの」
南に3キロほど移動して分かったことがある。こちらから視認できない距離にぴったりついてきてる。腕のいい追跡系のスキルを持った冒険者が尾行に加わっていると考えるべきだろう。
監視されているはずなので飛行するのも下策な気がするし、様子を見ることにした。相手は尾行に気付かれていないと思ってる。もちろん気配を読まれているだなんてこれっぽっちも思っていない。
囲まれても有利を保てる丘の上で座って休憩しているフリをすると、見えない位置から囲むよう遠巻きにぐるっと展開し、逃げられないよう布陣したところで、10人の尾行のうち4人が姿を曝して近づいてきた。
あっちの茂みに3人、反対側の丘の向こうにも3人。そして目の前に4人。
「やあ、さっきギルドで会ったね。尾行されてるみたいだから待ち伏せることにしたんだけど、何か用?」
「待ち伏せ? ……ボウズ、えらく余裕だな。だが俺らボウズにゃ用はねえんだよな。用があるのはそっちの姉ちゃんだ。悪いがボウズだけ帰ってくれねえかな」
「俺の連れを売ろうってのか?」
「おおボウズ、頭いいな。話が早くて助かる。その女は混ざりだ。高くはねえがそこそこの値で売れる」
「なるほどね。実を言うと俺さ、ちょっと虫の居所が悪いんだ。おまえらたった4人で俺たちをどうこうできるなんて思わないほうがいいぞ?」
「4人だと思うか? ボウズ」
―― ドバンババン!
爆音が響き、左の茂みが爆発した。
―― ドドドッドカーン!
次の瞬間には、丘の向こうに伏せていた3人を巻き込む大きめの爆発が起き、アリエルたちがくつろいでいる丘を囲むように身を潜めていた気配が6つ、全部消えた。名前も知らないし顔も見たことはないが、6人が死んだということだ。
残るは目の前に立ってる4人のみ。アリエルは確認の意味も含めて問うた。
「4人じゃなかったか?」
「このガキ!」
剣を抜こうとした一番左側の冒険者の首と心臓に深々と短剣が刺さり、どさりと倒れた。
パシテーも遠巻きに短剣を展開していて、そのうちの2本がひとりを襲ったのだ。
また一人減ったことを問うため、アリエルはまた男たちに軽口を叩く。
「あ、ワリい、数え間違いだ。あらためて数えてみたら3人しかいねえじゃん」
彼我の戦力差を感じ取ったのだろう、右端の男が命乞いを始めた。
「ちょ、ちょっとまってくれ、家に帰れば愛する妻も娘もいるんだ。命だけは……」
―― ストッ!
アリエルは[ストレージ]から抜き身の剣を取り出して命乞いする冒険者の首を突いて黙らせた。
「嘘をつくな。愛する妻や娘がいるような奴がこんなことするわけがないだろ。お前が愛なんて言葉を吐いたことが許せない。……ほら2人になったぞ。まあいいか、両手を頭の後ろで組んで跪け。そして質問に答えろ」
そう言うと残りの2人はお互いに顔を見合わせたあと、観念して言われた通りにした。
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脅して吐かせた情報なのであんまりアテにはならないが、奴隷狩りで捕まえたエルフは主にアルトロンド領に送られ、高値で取引される。目立つ醜い傷や欠損があってもアルトロンドに連れていけば高位回復魔法で綺麗に戻るのでゴミ同然のキズ物でもまた商品価値が戻って金になるのだそうだ。
欠損部位の再生や傷消しの費用は法外で、教会の収入の無視できない額を占めている。
乳房を落としても鼻を落としても高位の治癒魔法をかければ綺麗な商品になるという。
更には人間の女でも隣国のアシュガルド帝国に連れていけば奴隷として買い取ってもらえるんだとか。
「その奴隷商人と仲買人の名前と、居場所を」
「ダリルのエレノワ商会だ。高値で買い取ってくれる」
ダリル領というと、シェダール王国南部を占める大貴族、セルダル家の治める領地だ。
ちなみにアムルタ王国とは国境を接していて、ここから300キロほど北西に行くと領都ダリルマンディだ。行ったことはないが、領都なので当然知っている。
「なあ、俺たち帰っていいか?」
「ああ、いいぜ。早く消えないと気が変わるかもしれないからな」
話し終わるのを待たず、強化をかけたまま猛スピードで走って逃げる二人の冒険者……。
―― ドドン!
気が変わるもなにも、最初から見逃してやる気などこれっぽっちもない。20メートルぐらい離れたところで[爆裂]を起爆させ、気配が消えるのを確認した。
こいつらナンシーをさらった誘拐犯と同じ、ノーデンリヒト難民を襲った盗賊と同じだ。冒険者を名乗っちゃいるが誘拐犯でもある。いくらこの国でエルフ狩りが合法だとしても、パシテーを狙うならタダじゃ置かない。こいつらはこうやってこの世界を生きてきた、これまでも、これからもだ。ここで見逃したら必ずまた誰か善良な弱きものが被害を受けて、泣くことになる。
「パシテー、俺こんなトコ大嫌いだ。頭痛と吐き気が止まらないよ」
「こんな世界、なくなってしまえばいいの」
今日、パシテーがギルド酒場で威圧含みで短剣を見せびらかしたことを咎めたりしなかった。むしろそのことには触れず、まるで何も気が付かなかったかのように振舞った。
ふたりで旅をするようになって、よく笑うようになったから忘れてしまいそうになっているけれど、パシテーはこの世界が滅びてしまう事を望んでいる。
こんな世界、なくなってしまえばいいと、本気でそう思っているパシテーの気持ちがなんとなくわかるような気がした。
アムルタ王国、こんな国なくなってしまえばいいのに。




