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03-07 アルビオレックス以下略

2021/1101 修正



 アリエルたちはエルフの賞金首、いやもとい、容疑者タキを連行して、セカの衛兵詰め所に声を掛け、とりあえずタキはセンジュ商会で預かるなんて宣言したものだから、いまそのセンジュ商会の事務所に集まってきた衛兵たち8人を向こうに回し、このタキを引き渡すの引き渡さないの、侃々諤々(かんかんがくがく)の言い合いにたった一人で応戦し、口論にまったく負ける要素がないのがジュリエッタ・センジュというビアンカの妹だった。


「ベルセリウス家のひとが証人なんだからね。早く指名手配を解除しなさい。そしてこの焼き印を押した奴らを捕まえに行きなさいよ」


「失礼ですが、ベルセリウス家? の、どちらさまが証人なのでしょうか……」


 ジュリエッタの鋭い流し目がアリエルに突き刺さった。

「あ、はい、アリエル・ベルセリウスと申します」


 セカの衛兵は分家されてノーデンリヒトに飛ばされた五男坊の息子のことなんて知らくて当然だ。

「アリエルさま……、はて……」


「レディプール劇場で上演された『100ゴールドの誘拐魔』を討伐したベルセリウス家の天才剣士を知らないの? そして、トリトン義兄にいさんの長男よ」


「トリト………、はぁっ……、し、失礼しましたあっ!」

 センジュ商会に詰めている8人衛兵のうち、小隊長と呼ばれた男がひとり畏まって脂汗を流し始めた。


「すぐ中隊長に報告いたしますので、こちらにてお待ちください」

 残る7人の衛兵にはくれぐれも容疑者を逃がさないように命令して副長は出て行った。


「なに? 衛兵のほうからきてくれるの? 呼び出されるんじゃなくて?」

「ベルセリウス家の威光もあるだろうけど、あいつ昔トリトン義兄さんにドツキ倒されてケツにバラの一輪挿しを飾られたらしいからね……。たしか」


「ベルセリウス関係ないじゃん。父さんのゴンタ伝説じゃん」


 小隊長が走って出ていくと、他の衛兵たちは急に緊張感が解けたようで和みの雰囲気を出し始め、アリエルとパシテーが忘れてほしい話題を蒸し返した。


「しかし、あの100ゴールドの誘拐魔、私は3度劇場に足を運んだほどです」

「若き熱血教師ポリデウケスとクールな美人魔法教師パシテーが卑劣な誘拐犯たちの罠にかかった生徒を救うシーンは汗を握りました」


「え? パシテーそんなシーンあったっけ?」

「知らないの」


「ええええっ、こちらの方がパシテー先生だったのですか」


 どうやら上演された『100ゴールドの誘拐魔』ではパシテーがヒロインになっているらしく、鑑賞を終えた男どもはだいたいパシテー役の人気女優の演技もあってか、メロメロの骨抜きにされてしまうのだそうだ。実際には攫われたナンシーがヒロインで、救出したユミルと結婚したのだから、実話の方もなかなかいい話なのに、演出家の計らいでそうなったようだ。


 分家されたとはいえ、アリエルはベルセリウス家の嫡男ということもあり、天才少年剣士としてアリエルの働きは相当に誇張され、何人もの盗賊たちを、ちぎっては投げちぎっては投げの大活躍を演じるそうだが、この芝居のメインはそこじゃあない。ナンシーの危機、どうやっても届かないだろう距離を一気に詰めて運命を覆す飛行魔法がパシテーの切り札になっているらしい。


 パシテーはだいたいいつもフワフワ飛んでるけど切り札を出す前にアッサリ終わった戦闘も、やっぱり大切な人がピンチになってくれないと観客は熱狂しないんだな。


 なんだか興味が出てきてその上演を見てみたくなったんだけど、チケットは最終日まですでに完売してて簡単には手に入らないのだとか。実は内緒でこっそり観たいけど、身内には絶対に見てほしくないという典型的な演目だ。それだけ人気があるなら、きっとまた再演するだろうから急がなくてもいいだろう。


 しばらくすると小隊長は偉そうな人物を2人も連れて商会に戻ってきた。

 いままでゆるーく流れていた空気が一気に緊張感を帯び、衛兵たちは全員一糸乱れぬ敬礼で上司たちを迎えた。


 身長180センチで50代ぐらい、歴戦の勇士の風貌に見せるスカーフェイス。

 まずは胸に手を当てて名乗った。


「セカの衛兵隊長、アクスフィールだ。賞金首の経緯に不満があるのは分かるが、こんなところで立てこもって騒ぎになっても皆の心象を悪くするばかりだ。どんな凶悪犯であっても言い分は聞くし、カルメローの事件現場を検分したところ、不審な物がいくつか見つかっていてな。正当な裁判を行うことも約束するから、容疑者を引き渡してくれんか」


 もう一人のほうは高価そうな貴族服を着込んだ、白髪頭で目つきがあまりよろしくない、50過ぎのオッサンだ。とにかくこのオッサンが気持ち悪い。


 商会の事務所に入ってくるなり、ジュリエッタやパシテーではなく、アリエルから目を放そうとしない。足の先から頭のてっぺんまでをジロジロ見ながら、目が合ったらニヤリと笑ってみたりという、その行動が猛烈に不快だ。なんかラリッってんじゃないかってほどキモい。


 そのオッサンから「少年、名を名乗りなさい」と促されたので、別に名乗りたくはなかったけど名乗らなければいけないのだろう。

「ノーデンリヒト人、アリエル・ベルセリウスです」


 気味が悪いオッサンは少し機嫌をよくしたように衛兵隊長の背中をバンバンと叩いては上機嫌な笑顔をまるで隠すようなこともせずに振りまいて、そして名乗った。


「ボトランジュ領主、アルビオレックス・ダグラス・ショルティア・ダラーラ・フォン・ド・アマール・ベルセリウスだ。うーん、お前の爺ちゃんってトコかな」


 なんて言ったろう? アルビ?……、なんだか長い詠唱の呪文を唱えたと思ったら頭が混乱してきたので、これが混乱の呪文なのかと身構えたところだったが……。

 後ろからネレイドさんが小声で耳打ちしてくれた。


「アリエルくん、ボトランジュの領主さまだ。トリトンさんのお父さんにあたる」

「え――――っ、もしかしてお爺ちゃん?」


「ああ、そうだアリエル。初めましてだな。もしかすると一生顔を見られないかと思っておったら、ノーデンリヒト戦争の英雄になっとるわ、盗賊団を壊滅させとるわ、レディプール大劇場では天才剣士になっとるわで、手紙の一通もよこさんくせに噂話ばかりが耳に入ってきよる。おかげで寂しくはなかったがな」


「は、初めまして。アリエルです」


 まさか領主自ら商会に出向いてくるとは思わなかったが、何度かセカで見かけたと目撃情報だけは聞こえてくるくせに素通りするばかりで一度も本家に顔を見せない孫が今まさにセンジュ商会にいると聞いて駆けつけてきたという訳だ。


「なあアリエルよ、大体の事情は聞いた。わしはボトランジュ領内での奴隷狩り、奴隷売買、奴隷の所有、奴隷の使役に至るまで一切を許しておらん。エルフの容疑者は預けてくれてもきっと悪いようにはしないと約束する。これ以上は衛兵たちのメンツにも関わってくるからな、おとなしく引き渡してやれ」


「ああ、死神、領主が約束してくれたんだ。俺は奴隷にされずに済みそうだし、正当な裁判を受けられそうだ。ありがとうな、恩に着るよ」


「死神って言うなよ……。でもまあ、そういう事なら俺は引き渡しに反対する理由はないよ。ジュリエッタさんは?」


「どうぞ。交渉は120点のデキだからね。引き渡します」

 あの罵り合いの口喧嘩を交渉って言うのか?


「それではアリエル、うちに寄って行かんか? 急ぎじゃないのだろ?」

「うーん、ずっと南のアムルタ王国に用があるんでちょっと急いでるかも。また今夜あたり発とうと思ってるんだけど」

「アムルタとはまた遠いな。でもまあ夜まであれば昼食ぐらい一緒に食えるな。ところでこちらの綺麗な娘さんは?」


「パシテーといいます。グレアノット師匠の高弟アリエルに預けられ、兄と呼ばせていただいております。よろしくお願いします」


「おお、やっぱり! パシテー先生であったか。演劇では身を挺してアリエルを救ってくれてありがとう。礼を言う。しかし、これはこれは、実物もお美しい」


 パシテーはマイクロミニスカートのプリーツをちょいと持ち上げお辞儀をしてみせた。

 このままアリエルたちは、名前何だっけか、混乱の呪文みたいな名前のお爺ちゃんにと一緒に、黒塗りの馬車に乗せられて屋敷へと向かうことになった。


 セカの都はゆったりと流れる大河の恵みを受けて繁栄した商港の街。

 金さえあればこの世の何でも手に入ると称されたほど豊かな都市で、視界のすべてが建造物という、まるで日本の大都市のように家々が密集している。外郭都市部を合わせると人口なんと50万。

 日本で言う政令指定都市なみの規模を誇る。


 だいたい貧乏人は土魔法など魔法建築の家に住むが、ちょっとしたブルジョワは木造住宅に住むのがこの世界の常識。


 そしてもっととんでもない金持ちは切り出した石造りの城に住むのだが、王国にある城というのは、王都にある王城とあとアルトロンド領の城塞都市ガルエイア、同じくアルトロンド領都エールドレイクにある神聖典教会総本山、神聖ドレイク城の3つしかない。

 セカほど広く肥沃な土地を支配している割には木造建築の派手すぎないシックな大人の雰囲気の屋敷。これが領主アルビオリックス・ダグラス・ショルティア・ダラーラ・フォン・ド・アマール・ベルセリウスの屋敷である。


 領主が帰ると執事とメイド3人が出迎え、ご用向きを伺う。

 客人二人の昼食もてなしの準備とあと屋敷にいる家族に集まるよう指示を出した。

 だいたい、客に振る舞うのはディナーと決まっているらしいが、アリエルたちは夕方にはセカを出立するというので、仕方なく昼食会にすると言う。

 しばらくは居間で雑談をして、準備ができ次第、昼食をいただくことになった。


「なあ、トリトンは元気か? ビアンカさんは?」

「トリトンとは4年ぐらい会ってないので何とも言えませんけど、今朝までマローニに居たので母さんは元気でしたよ。父さんも忙しいみたいです」


 トリトンの現状報告をしているつもりだったのだが、そのうちトリトンのガキの頃の話を暴露され、盛り上がっていくうちに、ゴンタ時代の逸話をいくつも聞かされた。


 どうやっても更生しないチンピラのようなゴンタを叩き伏せて縛り上げ、牢馬車に放り込むと、当時考えられる中で最も規律が厳しい王国騎士団に放り込んだという話は、この親にしてこの子ありとしか言えずトリトンが気の毒にしか思えなかった。

 その言葉そのまま自分にかかってくることも考えずに。


 急な話だったのだけれど、昼食には、

 領主 アルビオレックス以下略

 正室 リシテア

 側室 オフィーリア

 オフィーリアの娘でトリトンの妹にあたるコーディリア。


 の4人が集まってくれた。男連中は自立してセカには居ないとかで来られないが、みんな弟のトリトンよりも、有名人のアリエルと会いたがっているという。


 パシテーの自己紹介を終えると、セカに来て以来ワンパターンの展開、パシテー先生の話に花が咲いた。どうにも演劇でのパシテーの役どころが良すぎたらしい。


 リシテアお婆ちゃんは遺伝子の存在を裏付ける証拠であると言えそうなほどトリトンに似た面影を持つ女性で、もちろんトリトンの実母。アリエルからすると実のおばあちゃんにあたる。


 オフィーリアさんはトリトンの乳母も務めた側室で、純血のエルフ族だ。

 細くて華奢に見える長い首とスマートな肢体に腰まである美しい青い髪、容姿端麗な森エルフ女性のなかでもこれほどまでに美しい人は稀だ。


 なるほど、ボトランジュ領が奴隷制にこれほど強固な反対姿勢を見せる理由が分かった。トリトンからは身内にエルフがいると聞かされていたけれど、まさかトリトンの母にあたるひとがエルフだとは聞いてなかった……いや、実家のことは聞いても何だかんだではぐらかされて、結局あまり教えてはもらえなかったっけ。


 ただ、オフィーリアさんはパシテーでも息をのむほどに美しい。こんな人が乳母を務めただなんて、まったく羨ましい話だ。


 オフィーリアさんの娘のコーディリアはハーフエルフ。見た目は確かにオフィーリアさんに似てはいるけれど、身長はパシテーよりもちょっと大きいぐらい。母親譲りの美しい青い髪だがちょっとクセっ毛なのを後ろで束ねて縛っている。眼光が鋭く、物おじしない性格らしく、魔法の話になるとアリエルが引くほどグイグイ食いついてくる。


 14歳ぐらいに見えるが実は17歳なのだそう。こう見えてトリトンの妹にあたるから、アリエルからすると叔母おばさんだ。セカの魔導学院に通っていて成績は常にトップ。将来は魔法の先生になりたいんだそうだ。当然、劇場での上演を見ていて美人魔法教師のパシテー先生のファンでもあったから、アリエルそっちのけでパシテーと話してる。


 この展開も、セカにきてからワンパターンだった。


 でも師弟関係の話になると、年下であるアリエルのほうが兄弟子で高弟という話にどうも違和感があるらしい。それは仕方ない。当の本人ですら最近やっと違和感がなくなって来たのだし。劇ではパシテーが先生でアリエルが生徒なのだから。


 劇ではクライマックスシーンでパシテー先生がオリジナルの飛翔魔法を使って舞台狭しと飛び回ったそうだ。もちろん女優はワイヤーで吊るされているのだが、なかなか際どい演出で崖を飛び越えて生徒を救うのだとか。そりゃ空を飛ぶことはある意味人類の夢といって過言ではないのだけれど、やはり夢で終わっていて、誰も飛翔魔法なんて成功させたことがない。コーディリアの質問は当然、その飛翔魔法に集中した。ちなみに『飛翔魔法』というのは劇中の造語で、パシテーはそんな名称を使わない。


「風魔法で飛ぼうとすると難しいよ。パシテーも最初は風で飛ぼうとしてバックドロップになってたからね。あれは土魔法なんだ。だから地面から離れるほど不安定になって危険を伴う。俺もパシテーほど高くは飛べないけどね。もし起動式ができたらマローニの魔導学院を通して公開するよ」


 アルビオレックス爺ちゃんとの会食はコーディリアがパシテーをつかまえて質問攻めにしただけで終わったように見えた。終始ずっとオリジナル魔法のことを質問攻めにしていたコーディリアはその独自性に驚いている。これまでの魔導の概念を覆すという。


「そういえばアリエルもパシテー先生も同じ師匠の兄妹きょうだい弟子なのよね? グレアノット教授のことは私も知ってるけど、あの頭の固い変わり者がそれほど自由な発想で魔導を変えられるとは思えないんだけど?」


 その質問にはパシテーが答えた。

「私は子どものころから土魔法に適性があったから、土魔法の権威といわれるグレアノット教授に教えを乞うたの。でも兄弟子は一生かけて魔導を追究するのにひとりじゃ寂しいから道連れが欲しいと言ったそう。その言葉が気に入って弟子にしたけれど、わしとアリエルの間柄は魔導に取り憑かれた道連れなのだと、師匠はそう言って笑ったの」


「私ならそんな人の弟子には絶対なりたくないわ。でもあの研究の虫みたいな老人と話が合うなんて逆に引いてしまうわね」


 コーディリアは全く歯に衣着せず呆れたように言った。

 グレアノット師匠の評判がいまいちよろしくないことは知っていたけれど、魔導学院の生徒にもこの言われようとは。学校の先生なんて、生徒にしてみればだいたいこんなもんだろう。


「ねえアリエル、教えてとは言わないから、無詠唱のコツが分かりやすいよう、段階的にゆっくりと使ってみてよ」


 コーディリアは甥っ子のアリエルから魔法を教えてもらうのがしゃくなんだそうだ。

 だから教えは乞わないし、絶対見て盗んでやるから分かりやすいようにゆっくり解説しながら使えという。

「それもう教えてもらうのと一緒だからね」



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 食事を終えたアリエルたちは招かれたことにくれぐれもお礼を言って、屋敷を後にした。


 玄関先まで見送りに出てくれた爺ちゃんの家族に大きく手を振る。

 パシテーのように飛べないけれど、ただジャンプするだけなら[スケイト]でもパシテーの高度よりも最高到達点は高いので、ちょっとカッコつけて、屋敷の庭からはジャンプで飛び出して元気のよさそうな姿を爺ちゃんたちに見せておくことにした。


 いくらカッコよくジャンプしてもパシテーが花びらを散らしながら飛ぶ、だからみんなパシテーに目を奪われてしまって誰もこっちの姿なんて見てないのがちょっと寂しいけど。


 領都セカへの寄り道で、ベルセリウス本家のおじいちゃんに会えた。これもまた父さんへのいい土産話になった。あ、ジュリエッタが結婚するんだから、母さんにもいい土産話になった。


 二人の行く先は、ここからひたすら南下。地図上のアムルタ王国までざっと2200キロ。いやもっとかるかもしれないけど、これを2~3日ほどで移動する予定をしている。

 高速で長時間の移動なので気を付けて行かないと。


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