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03-06 スカーレットの影

20170818 改訂



 アリエルが「さあ寝るか」とカマクラに潜り込み、寝床を温めていると外からジュリエッタさんがえらい剣幕で怒ってる声が聞こえた。


 狭いカマクラにネレイドさんが入ってきたことが不満らしい。

「あんた騎士でしょ、なに勝手に乙女の寝室に入って来てるのよ痴漢。次入ってきたら刺すからね。あんたなんか牢の見張りをしてればいいのよ。一晩中ね」


 ジュリエッタさんに蹴り出され、火勢の衰えた焚火に逃れてきた涙目のネレイドさんを慰めるような、変な感じになった。ネレイドさんにしても女に痴漢扱いされて14歳の少年に慰められるのは屈辱的だろうか。


「あれは男勝り? って言うのかな、ジュリエッタさん……」

「いやあ、男勝りではビアンカさんよりマシだと思うんだけどね、あんなお転婆をずっと続けてるから24になってもまだ嫁の貰い手がないんだよ。あ、そうだ。お礼を言い忘れてた。ありがとうね。俺じゃあジュリエッタを守り切れなかったよ」


「ああ、言いっこなしだよ。ところでネレイドさん、結婚は?」

「いや、恥ずかしい話、22になってもまだなんだ。見合いの話はたくさんあるんだけどね、気が乗らなくてね」

 ジュリエッタが引っ込んだカマクラのほうを見ながらそんなことを言うネレイド。


「ネレイドさん、俺には分かりますよ」

 なんだか前世でいう深月みつき美月みつきのような関係なんだろうな………、と少しほっこりしていると、ジュリエッタさんが小さなドアを開けて、モソモソと出て来ては、またネレイドさんに絡んだ。


「ちょっとあなた達、私の居ないところで何話してるのか知らないけど、ものすごく失礼なことを言われたような気がするわ」


「ネレイドさんがね、ジュリエッタさんは24になっても嫁の貰い手がないってさ」

「ちょっとアリエルくん、それは言っちゃダメだよ、俺どんな目に……」

「ネレイド……ちょっと来なさい」

 ネレイドさんは耳を引っ張られてカマクラの中に引きずり込まれた。

 そのまま扉を閉めようとするジュリエッタさんの手を止めて、追い打ちをかけるアリエル。


「ネレイドさんはね、ジュリエッタさんのことが好きだから、嫁に来てほしいんだよ。そして、ジュリエッタさんもまんざらじゃないんでしょ?」


 アリエルはカマクラの奥で小さくなってる騎士服を纏った青年に視線を送りながら励ましの言葉をかける。

「ネレイドさん、いつでも言えると思って後回しにしてると後悔することになるからね。明日生きていられる保証なんてどこにもないんだからさ」

 そこまで言うと、ジュリエッタさんは強引に扉を閉めた。


 (ネレイドさん頑張れ)

 と小声で応援して、パシテーの待つのカマクラに戻ることにした。


「ふたり、けんかしてたの?」

「いや、違うよ。あの二人はね、うらやましいほど仲がいいんだよ」

「そうなの? ふうん」

 今日のところは明かりを落としてパシテーを寝かしつけ、タキへの警戒を緩めることなく気配を探りながら仮眠することにした。


 こちら、ネレイドとジュリエッタのカマクラ。

 扉を閉めると、ネレイドとジュリエッタ、二人だけの狭い空間だ。ろうそくの炎が揺らめき、影がはためく。

 ネレイドは8歳も年下のアリエルの言葉に心を揺らされてしまった。

 アリエルの言った通り、ネレイドは子供の頃からずっとジュリエッタが好きだったし、結婚する相手はジュリエッタしかないと思ってることも確かだ。しかしなぜ14歳の若者にこれほど心の中を見透かされてしまったのかが分からない。


 一方、ジュリエッタの方もアリエルの手から強引にドアを閉めたのは、すこし照れ臭かったからだ。

 狭いカマクラの中、ネレイドと向き合うけれど、どうもネレイドの目を直視できずにいる。さっきアリエルに言われたことで意識してしまって、手のひらに変な汗が出てベタベタになってしまった。


「ほんと、ませたこと言うわね。さすが13で嫁いだビアンカ姉さんの子だわ」

「そうだね、驚いたよ。でも、アリエルくんの言ったことは本当さ。俺はジュリエッタのことが好きだよ。ずーっと小さいころから。でも今日のあのエルフとの戦闘で、俺はジュリエッタを守れないと思った……」


 ネレイドがそこまで話すと、ジュリエッタの視線は自然とネレイドの顔に向けられていた。伏し目がちではあったが、ネレイドの顔から視線を外さない。ネレイドに好きと言われたのは生まれて初めてだったし、いまどんな顔をしてそんなことを言い出したのかと、その真意を確かめたかった。


「二人で生きることを諦めて、どうにかしてジュリエッタを逃がす方法はないかと必死で考えていたよ。今は、ただ……怖い。ジュリエッタを失ってたかもしれないと思うと、手の震えが止まらないんだ」


「へえ、今その言葉を言ってもらえるとは思ってなかったわ。もう諦めかけてたし。でもね、嫁の貰い手のないまま行き遅れて24になってしまったのは、あんたがその言葉を言わなかったせいよ。あんたが15で成人したとき私にそう言ってくれたら、私は行き遅れもしなかった。そうでしょ?」


「はい、ごめんなさい」

「私がハタチの時、王都の何とかって偉い貴族の8番目の側室に入れって言われた時もあんたうちに来て『いやだいやだ』って一晩中泣くばかりだったしさ。泣きたいのはこっちだっての」


 まったく……と、呆れたように話すジュリエッタの言葉が途切れた瞬間を狙って、ネレイドはここぞとばかり、腰のベルトに着けた革袋から指輪を取り出し、跪いてジュリエッタに向き合った。今まで何度も練習してきたのだろう、………頭の中に用意していた求婚の言葉を、今言おうと決心した。いまがその時だ。


「ジュリエッタ……、俺と……」

 ネレイドが意を決して、それこそ生涯に一度の告白に臨んだが、そう巧くは行かず、口ごもってしまうと、そのまま機能停止を起こしたロボットのように動きを止めてしまったネレイド。ぶわっと涙が溢れて嗚咽し、言葉にもならない。

「生ぎてて……、よがった。おれジュリエッダお、守れないと思っだぁ………」



―― はあっ。


 深いため息をついて肩を落とすジュリエッタ。

「もう、ほんとあんたらしいわ。で、私はどうすればいいの? あなたは私と結婚することを望んでいるのね?」


 涙と鼻水で言葉がうまく話せないネレイドは『うん! うん!』と首を縦に振って見せる。


「はい分かりました。あなたの妻になります。これからもよろしくね、あなた。予想してたよりもずっとダメダメだったけど、指輪を用意してくれてたのは上出来。ちょっと感動しちゃったわ私」


 ぐすぐすと鼻をすすりながら震える手でジュリエッタの指に指輪を付けてやるネレイド。

 アリエルがちょっと背中を押してやったことで、この世界にまた一つカカア天下が生まれることとなった。


「これ、4年前、正騎士になった給金で買ったんだけど、なかなか言い出せなくて」

「4年も? すぐ言ってくれたら 『行き遅れ』 だの 『ごくつぶし』 だの 『行かず後家』 だの言われなくて済んだのに……。まあ、いいわ。幸せにしてくれるなら許してあげる」


「うん、幸せにするよ。ジュリエッタ」

 そして夜は更けて行き、気持ちのいい朝を迎えた。森の中からは騒がしいほどの小鳥の囀りと、空には雲ひとつない、いい天気。一番先に目覚めたアリエルはいつもの朝の洗顔セットに加え、体も拭いて一通りの身だしなみを整え、いつものように体操がてら、軽く剣を振って体を温めている。


 しばらくするとネレイドがすっごい腫れた目をして人相も変わり果てた姿で出てきたのには驚いた。

 あれは泣き腫らした目だ。ゆうべ何があったんだろう。隣のカマクラに居た俺の耳には、ネレイドが泣きながら何か訴えていたことは聞こえたんだが……。

 これは……、聞けない。でも聞きたい……。でも聞けないぞ……。


「ネレイドさん、おはよう。どうしたの? すっごい顔になってるけど大丈夫?」

「やあアリエルくん、おはよう。いや、キミのおかげで一生言えないんじゃないかって思ってたことを言えたよ。ところで剣の鍛錬かい?」


「うん、朝の日課だよ。ゆっくりと剣を振るだけ。こうやって身体に覚え込ませるんだ」

「そうか、俺も見習わないといけないな。昨夜は負けそうなところを助けられた格好になったわけだしね」


「気にしない気にしない。ところでジュリエッタさんはどうなったの?」

 瞼が腫れあがってほとんど目が開かない顔でニヤリと笑い『グッ』とサムズアップを決めるネレイド。

 やっちゃったか、やったんだなこの野郎め!


「それはよかった。母さんにいい土産話ができたよ」

「うん、ありがとう。ビアンカさんによろしく言っといてね」

 ネレイドにそんな度胸も甲斐性もあるわけないのに、斜め上の方向に誤解してしまったアリエル。

 後にビアンカはまったく同じ内容でジュリエッタの近況報告を聞くこととなった。


「おはよう、兄さま。それと、えーっと、うーんと……、おはよう」

「うー、おはよ。あなたたち朝早いわね。私無理。もうちょっと寝かせて」

「だめだよジュリエッタ。もう起きないと。みんな起きてるんだからほら」

「朝ご飯はベーコン焼くけど? パンもあるよ」


「ほらネレイド、私の可愛い甥っ子にばかり働かせてんじゃないわよ」

「俺ケガ人なんだけど? ジュリエッタも何か手伝って……」

「あー、私朝弱いの。まるでダメ。もうヘロヘロ。ねー、パシテー先生」

「うん。朝苦手なの。でも熱血教師とセット前提な先生よばわりはやめてほしいの」


 ヘロヘロなんて言いながら手で仰ぐような仕草をしたジュリエッタの姿を、パシテーはまずポリデウケス先生とセット販売のような扱いを拒否したうえで、ジュリエッタの左手に嵌められた指輪を見つけ、釘付けになったようで、まじまじと見つめている。

「………ジュリエッタ、指輪……」

 指摘を受けたジュリエッタは愛しげに指輪を撫でながら答えた。


「ええ、ゆうべね、あいつ、ついに言ったのよ。やっとよ。何年待ったことか。私もうこのままお婆ちゃんになっても待ち続けるのかって思ってたわよ」


「わあ、いいな。おめでとうジュリエッタ」

「ありがとうね、パシテーさんも頑張って」

 パシテーはにっこりと微笑んで、上機嫌で空に指輪をかざしたりして見てるジュリエッタを羨ましそうな眼差しを送っている。幸せそうにしてる女性を見るのはいいものだ。


 アリエルはベーコンを焼いたあと皿に盛り付けるとパンを出して、タキにも平等に同じ量を出した。

「姉さん、さすがね。いい子に育ててる。それに比べてうちのクソ兄貴ときたら……。どうするかなあ、頭痛いわ」


 土で作った檻牢とカマクラやトイレなどのキャンプセットを埋め戻して出発の準備などをしながら馬もち2人がタキをどう運ぶかでモメている。

 だいたいこういうときは手枷をはめたタキを縄で引いて移動するのだけれど、タキは罪人じゃない。

 罪人じゃなくても、容疑はまだ晴れてないので、手枷ぐらいはしておかないと領都に入れてもらえない。だったら手枷をして馬に乗せようかという話になったのだけれど……、


「ネレイドさんは足に怪我をしてるから馬だろ、タキは申し訳ないけど手枷を付けさせてもらって馬。じゃあジュリエッタさんは俺が担いで行くよ」


「ダメ。兄さま魅了あるから絶対にダメ。ジュリエッタ婚約したばかりなの」

「魅了なんかないって。ほら、みんなの視線が冷たくなったよ。訂正してよ」


「ジュリエッタは私が。兄さまは触れないで」

「ジュリエッタさん、強化魔法は切って、防御だけは全開でかけといてね。落ちたら死ぬよ」

「えええーっ、無理だってば。強化と防御はセットだし。防御だけの起動式おしえてよ!」

「落とさないから平気なの」

 パシテーと手をつないで、フワリと浮かぶジュリエッタ。手を引かれたままビュンと加速して先に行ってしまった。ま、落ちても死なない程度のスピードには違いないけど、いま手を引いたショックで肩の骨が脱臼とかしてないだろうな……。花嫁に大ケガさせてなきゃいいけど。


「アリエルくん、それだけの力を持っていて、魅了まであるの? それ男の夢なんだけど」

 ジュリエッタが居なくなった途端にスケベ丸出しの顔で話の核心を突いてくるネレイド。


「持ってないですよ。パシテーがあるって言ってるだけです。もしあったら俺の学園生活はバラ色だったはずですよね、中等部中退とかもったいないと思いませんか? もし俺に魅了なんて能力があったら、女子生徒まとめて全員妊娠してますよ」


 ま、前世も含めてずっと童貞なんだけどね。


「あはは、そうだね。でも憧れるなあ。魅了」

「俺だって欲しいですよ。あ、そうだ、タキさん、紅い眼の魔人には魅了あるって聞いたんだけど、本当なの?」


「ああ? こっちに振るか。確かにあるらしいが、一生のうちに何度も使えるようなもんじゃないらしいぜ。まさか死神に助けられるとは思ってなかったが、……そうだな、命を助けようとしてくれた恩を少しでも返しておきたいからな、ここだけの話だ。俺が軍に居たころ、ドーラには2人のスカーレットが居た。スカーレットってのは人族の言う紅眼のアレだ、魔人族の中でもめったに生まれない天才って奴なんだが、それが今代に2人いるんだ。たぶん兄のほうが魔王を襲名するだろうな」


「……そうか、エーギルが死んだところで終わるわけないと思ってたけど、思ったよりも動きが早そうだね」


「は? ちょっとまて」

 驚いた声を上げたタキ。アリエルはタキが驚いたのを見て本当に軍から離れていたのだと分かった。


「まさか! エーギル総隊長が死んだのか?」

「俺を『死神』と呼ぶなら、エーギルは『死神殺し』じゃないと不公平だぞ? ってまあ、俺もあのエーギルが簡単に負けるとは思えなかったけどな、教会から派遣されてきた勇者がアッサリ倒したみたいだ」


「勇者……、そうか、あのエーギル総隊長が倒されただなんて、信じられない……」

 軍に未練はないとか言っておきながらエーギルの死を知ったタキは、とても寂しそうだった。

 敵だったアリエルですらそれなりの寂しさを感じているのだから、同じ隊に居たのなら尚更だろう。


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