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02-19 武器屋にて

20210803 手直し


 

 ノーデンリヒトの関所を出てから二人は丘の一番高みからボトランジュの平原を一望できるような景色の良いところや、いい風が吹き抜ける渓谷など、要所要所で休憩しながら、さながら観光のように物見遊山も交えながら、パシテーはノーデンリヒト関所からわずか5時間半でマローニに到着するという快挙を成し遂げた。なにしろここを出るときはまだ『スケイト』がまったく使えなかったというのに、500キロちかくあろうかという距離を、帰りはたったの5時間半なのだから、空恐ろしい成長ぶりに空恐ろしい物を感じる。二人三脚でズッコケたりしていたのが遠い昔のようだ。


 パシテーが成長したら本当に世界を滅ぼせてしまうんじゃないかと思ってしまうぐらいには、いや、さすがに世界は言いすぎかもしれないけど、現実味のある話としても、小国ぐらいなら滅亡させてしまえそうな勢いを感じる。現にパシテーに挑んだトリトンやガラテアさんたちはコテンパンにやられてしまったわけだし、砦の兵士たちの訓練を知っているアリエルの目で見て、いや、どう贔屓目ひいきめに見ても、開始線に立って、始めの号令で立ち会う限り、王国騎士たちではパシテーに勝つ手段がないように見えた。


 マローニの東側入り口に居る衛兵のオジサンに会釈して、二人は別邸に帰宅した。いい感じに夕方なのだけど、いつ帰って来るやもしれない放蕩息子とその妹のために、わざわざ毎日食ってもらえるかどうかわからない食事を作っているわけもなく、どうやら食事の準備に遅れてしまったらしい。


 クレシダが慌てて何か作ってくれるように準備してくれたけど、そこは丁重にお断りして、ストックされてある白パンと、関所で大量にせしめたディーアのステーキを美味しくいただくことにする。

 今夜は食べるものは違えど、ビアンカと同じ食卓についた。


「母さん、父さんから手紙預かってきたよ」


 ビアンカは手紙の封を解き、終始にこやかに手紙を読んだ。


「エル、父さんを懲らしめてくれてありがとうね。いい気味よ。だってトリトン帰ってこないし。最近はもう永遠に会えないのかも……って考えることが多くなってきたの」


「父さんは大丈夫だよ。もう心配しなくていいから。……俺たちはこのあと鍛冶屋とギルド行ってくるね」

「ふん、で? 今夜は帰ってくるの?」


 10歳の息子が16歳のお姉さんな妹と深夜徘徊することに何の疑いも持たないビアンカ。

 ノーデンリヒトいいた頃は一歩も出してもらえず、塀で囲った訓練場に工房を建ててやっと夜にも家を出ることを許されたというのに、それほどまでにマローニは治安がいいのかと邪推してしまう。なにしろ、ここの酒場には盗賊たちが出入りしているのだから。


「うーん、たぶん帰ると思うけど、遅くなったらそーっと入ってシャワーだけ浴びて寝とくから。じゃ、行ってくる」


 パシテーとふたり『スケイト』で向かった先は、このまえプロスに案内してもらった冒険者ギルド近くの武具店だった。パシテー専用に打った短剣のグリップと、あとちょっとした加工の依頼をしにきた。ここの店は入り口のショーケースに派手な礼装用の鎧や盾を飾っていて、一見するとむちゃくちゃ高級品ばかりを扱う店かと見せかけておいて、包丁などの日用品も扱っているというフレンドリーな店だ。


 乾いた音のするドアチャイムを鳴らして入店すると、筋肉が服を着て歩いているようなオヤジが、剣を身体に装備するためのシースベルトのバックル部分などという、小さな金属部分をセカセカと磨いているところ、目が合った。確かにベルトのバックル部分がキラリと光ったらワンポイントでカッコいいものだ。


「いらっしゃい。お、ボウズ、今日はなんだい?」

 武器鍛冶のおっちゃんはシースベルトを壁にかけ、陳列の片手剣に持ち替えてまた手に持ったクロスで金属部分を入念に磨きながら、商品管理の片手間に応対してくれた。


「短剣を4本打ったんだけど、グリップとシースの制作と、宝玉の穴空けをお願いします」


 アリエルは4本の短剣を抜き身のままカウンターに並べて見せた。


「おおっ、こいつはまた、凄いな」


 短剣を見るや、武器屋のオヤジは感嘆の声をあげ、手に取ってまじまじと観察しはじめた。


「まーた硬てえの打ったんだな。投擲用か? でも手持ち用のバランスで仕上げてる。こんなの本当に使えるのか?」


 宝玉の穴は5ミリサイズでヒルトグリップの終端あたり、2カ所ずつで頼んだ。

 シースは抜き差しのしやすさを重視して、木製のウッドシースは嵩張るから皮革製でなんとかしてもらう予定。とはいえ、抜き差しのしやすさを重視すると木製になってしまうので、プロの技術に期待するところだ。


 あと、4本差しするのに日常生活の邪魔にならなくて着脱しやすくて、あとカッコいいシースベルトも。実用性とデザイン性という相反するテーマを欲張ってどちらも妥協したくない。


 両脇に2本ずつ差すのが普通なんだろうけどパシテーのようにスマートな女の子にはちょっと向かないかも。太腿ふとももや足は隠し場所にもってこいだけどどうすっかな。

 

 アリエルと武器屋のオヤジが、あれでもない、これでもないとオーダーメイドを煮詰めている間、パシテーは既製品きせいひんのシースベルトをあれやこれやと試着して試している。


「脇に2本挟むとゴワゴワしてイヤなの。両腰に2本ずつがいいかも。あと、色は黒がいいの」

 アリエルとオヤジが今まで繰り広げていた議論を一蹴して、パシテーの一声で決まってしまった。


「短剣の穴開け、これは硬いからちょっと割高になるがいいな? グリップは皮か木かディーアの角あたりになるが、どれがいい?」


「手で握ることはほとんどないんで、本当にバランス重視で、あと一番メンテの楽なのがいい」

「ならディーアの角だな。4本も差すんだ、邪魔にならないよう薄く仕上げてやるよ。ディーアなら張替も安いからな。この仕様でぜんぶ纏めて5シルバー。納期1週間ってとこだな。これでも端数切捨てのサービスしてるんだぜ?」


 シースとシースベルトを黒に染めなくていいならもうちょっと安く上がるそうだけど、そこはこだわりたい。簡単に色抜けしてしまわないよう、念入りにお願いしておいた。


 何しろ最近、ちょっといいガルグネージュの皮が入荷したらしいというから、個人的に皮革職人にも期待してしまう。ちなみにそのガルグネージュの皮というのは、きっとノーデンリヒト産だ。


「次は包丁を打って持っておいで。ボウズの腕ならいい客つくぜ? きっと」

「ちょっと工房まで遠くてさ、また次行ったときにでも打ってくるよ」


 アリエルは武具店の店主に短剣を4本預けて、5シルバー支払ったあと店を出る。

 パシテーが疲れてるっぽいので、今日はここまでかな。


「てか、パシテー、街中でフワフワ浮いちゃダメ。変な噂たつよ」

「なんかコツ覚えたから、歩くより浮かんでる方が楽なの」


「マジで? コツ覚えたら加速で蹴る必要もないのか? 俺も練習しようかな……」

「遅いけどとっても楽なの」


「楽しすぎると筋力落ちるぞ」

「今日から俺とおなじ、防御かけっぱなしにするか」


「えー、それはしんどいの」

 パシテーは抵抗したけれど、これは身を守るためにも譲れない。師匠がやらせている鍛錬なんだから、パシテーもすべきだと思う。


「ダメ。最初は薄くしていいから、常時防御展開ね。寝てるとき誰かに吹き矢とかで暗殺されそうになっても、きっと自分を守れるからね」

「吹き矢で暗殺って……防御魔法じゃ毒は防げないの……」


 グレアノット師匠がアリエルに防御魔法を常時展開してろと言う理由は単にマナのコントロールがヘタクソだからだし、もともとコントロールはばっちりできてるパシテーにこの鍛錬が必要かどうかは分からないのだけど。マナを使ってしんどい思いをすると、マナの供給が増えると聞いたことがある。総魔力量の上昇にもつながるから、この鍛錬はきっといい結果をもたらすはずだ。


「さあ、降りて歩くよ。帰ろう」

「う――」



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