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01-24 ウェルフ

獣人たちとの戦いが始まりますが、戦闘描写はあまりうまく表現できないこともあり控えめです。

ウェルフのべストラの名は後から何度も出てくるので覚えていただけると嬉しいです。

20170724 改訂

2021 0724 手直し

2024 0206 手直し



 太陽は西に傾いていて、湿気を帯びた空気が一気に露になって地面に降りようとしている逢魔が時。この季節は日の入りが遅くて日没はたぶん20時すぎ。暗くなったら夜目が利く獣人たちのほうがかなり有利だとグレアノット師匠が言ってた。悠長なことをしていられる時間なんてないってことだ。


 アリエルは気配を消して気付かれないよう森と丘の境界線に沿って、逢魔が時 真っ先に暗くなる木陰を音もたてず移動しながら少しずつ砦に近付いては現状認識に努める。


 獣人は北の海岸線に船で乗り付けてきているらしいからこの砦は北向きに敵を阻むように作られている。だけど今は砦の南側に迂回されて完全に包囲されているようだ。もうそんな砦、役目を果たしてないのだから、砦なんか放棄して逃げりゃいいのに……。

 もともとノーデンリヒトは15年前まで魔族の土地だったという。魔族軍の中に土地勘のあるやつが居て当然だ。地の利もあちら側にあると考えるべきか。考えるとますます不利に思えてきた。


 獣人の軍に包囲されながら小規模な戦闘が繰り広げられていて、砦南側ですらたくさんの兵士が屍を晒している。北側はどれほどの犠牲者が出ているのか想像もできない。

 幸い、砦の中から大勢の気配を感じる。まだ籠城は継続しているようだ。


 獣人の気配は、砦の北側に200以上……、たぶん250はいないと思うけどかなり多く、こちら側にもおよそ200ぐらいかな。ぱっと見では、というか初めて見たので間違ってるかもしれないが、こちら側にいる大半は二足歩行の狼獣人、ウェルフ族だ。しかも砦上の見張り台から見える位置に姿を見せているのはおよそ30ほどで、のこり170ほどのウェルフたちは砦の死角になる森の入り口あたりに身を隠していた。


 ネコ獣人『カッツェ族』は猫耳と尻尾と肉球がついただけの人間っぽくみえるのだが、ウェルフ族はヒトと狼の中間といった風体に見える。普段二足歩行で生活しているが、全力疾走時は四足つかって、まるで狼のように走る方が速いという。手指はヒトと比べると太く、爪も鋭いがヒト族やエルフ族が使う形状の、普通の剣を装備できるという強みがある。5本の指があって、つかを握ることができ、それを構え、振っての戦闘ができる。手で持った剣を振って、斬る、突くといった剣術が使えるという事は、骨格や筋肉の付き方も、狼よりはヒト族に近いということだ。


 アリエルはグレアノット師匠から、ウェルフ族は高速戦闘が得意な魔族軍の主力戦士だと教わった。遠くから観察した限りでは、軽装だけどレザーアーマーを装備していて、きちんと隊列を組んでいるから部隊の統制も取れているっぽい。たしか獣人1に対して兵士5人ぐらいの戦闘力だったか。……こいつはマズいな、こんなのに包囲されてるとなると、トリトンたちを撤退させるためにはこの南側の200が邪魔だ。どっちにせよ戦闘は避けることは難しい。


 アリエルがノーデンリヒトの避難民を護衛してボトランジュのマローニまで行くのにちょうど20日。今日で21めだというのにまだ門が破られていないということは、魔族の軍にまともな攻城戦魔導師が居なかったということだろう。それは素直に幸運だったと喜ぶべきだ。


 グレアノット師匠から土木建築魔法を教わったアリエルがかなり補強したつもりだが、それでもまともな攻城戦魔法を使う土魔導師がいたら20日もの長い間持ちこたえることなんてできなかっただろう。

 

 砦の守備隊はまだ健在、これは朗報だった。

 だけどここまで完全に包囲されていると、外から来たアリエルも中にアクセスできない。


 さてと。どこから入ったものかな。やっぱジャンプして砦上の入り口から入らないとダメそうなので、包囲する獣人たちに気取られることなく気配を殺し、背後から大回りに茂みを迂回すると、砦南門から広場右側の林の中を通って接近した。


 距離を測ってから膝下にスケイトで使う地面に浮かぶための魔力を貯めて一気に放出すると、空へ向けて撃ち出されるペットボトルロケットのような大飛翔を見せた。

 アリエルは大きな放物線を描き、スタッ! と砦上の石畳に着地成功した。自由落下するがまま微調整なしの慣性のみで狙った位置に降りられたことに自分でもちょっと驚いているところだ。


 砦上には弓を持って南側の動向を見ている兵が数人いて、アリエルが突然空から現れたことに驚いていた。


「ただいま戻りました。無事でしたかー」

「おおお? アリエルくんじゃないか。いま飛んでこなかったか? 隊長は中におられるので、ささ、中に」


 中に通されて、いそいそと下に降りていくと、砦の中はずいぶん暗くて明かりがついてない。

 どうやら夜に備えて油を節約しているようだ。


 明るい外から真っ暗な砦内部に入ったことで目が慣れるまでは壁伝いに、確かめながら階段を一段一段確かめるように降りていると、トリトンと目が合った。


 いつもとちがう雰囲気のトリトンが怒気を含んだ声を荒げる。


「アリエル! おまえ何しに戻った。お前には避難民の護衛を命じたはずだが!」


 気の張ったトリトンから放たれた怒声に一瞬ひるんだアリエルだったが、落ち着いた表情で返した。


「はい、ノーデンリヒト領民212名に加え、母さんとポーシャ、クレシダ合わせて215名、1人も欠けることなく全員マローニに送り届けました。あと、援軍はノロノロしていて出るか出ないかも分からないので、撤退を助けるため俺が来ました。母さんとポーシャの言いつけなので、父さんが何を言ってもダメです。俺と一緒に撤退してもらうからね」


 トリトンは気が立っているらしくアリエルの報告を聞いてもまだ不機嫌な表情を崩さなかったが、アテにしていた援軍が来ないとなると、意地を張って砦を守り続けると全滅してしまうことになる。いい加減、撤退するなら一分一秒でも早くだ。モタモタして無駄な犠牲を出すより早々に撤退したほうがいいのは火を見るよりも明らかな状況だった。


 トリトンが返事をしなかったので、すぐ隣に立っていたバロン髭のガラテアさんがフォローを入れる。


「わっはっは、エル坊、もう帰ってきたのか、さすがに早いな。トリトン、エル坊はビアンカに似て強情だよ。お前の思ったようにはならんて」


 トリトンは最近とくに板についてきた頭を抱えるポーズで「くっそ、まあ来てしまったものは仕方がない、アリエルは私と一緒にしんがりを頼む」と言ってアリエルを受け入れた。


 トリトンにしてみればアリエルを戦に巻き込みたくなかったのとビアンカをマローニに護衛してもらうのと一石二鳥だったはずなのに、アリエルが予想を遥かに超えて早く戻ってしまったことで計算違いが生じてしまった。


 アリエルはいつもだいたいトリトンの予想を大きく明後日あさっての方向に外すのだ。


「ところでエル坊、マローニからここまで何日掛かったんだ?」

「うーん飛ばしてきたから5時間ぐらいかな」


「はっはー、聞いたかトリトン、マローニから5時間だってよ! 獣人にだって絶対に無理だぜ。じゃあセカまで半日でついちまうのか。すごいなエル坊は……」


 トリトンとしてはガラテアの雑談に応じてやっても良かったのだが、先にアリエルの報告の足りない部分を聞くことにした。

「領民たちの護衛は? 何事もなかったか?」


「うーん、何か手違いがあったみたいで、4人と聞いてた護衛の兵士が一人もこなくて、結局俺一人で護衛して行ったけど、、一度35人組の盗賊に襲われただけで、あとは滞りなく順調でしたよ」


「まて、護衛の兵士が来なかっただと? 把握できておらんじゃないか。仕方ない、小隊長は後でしめとく。生き残っても半年間の便所掃除だ。……しかし、35人? 立派な盗賊団じゃないか。そんなんボトランジュには居ないと思ってたんだが……それをひとりで守り切ったのか?」


「俺、ここの砦の守備隊員と訓練してるんだよ? 盗賊なんかに負けるわけないじゃん。馬二頭と荷車を二台と、あと身ぐるみ全部剥いでやったよ」


「トリトン、これは親の教育が良かったんだぞきっと」

「まてアリエル、盗賊の身ぐるみを剥いだだと? そこビアンカに見られなかったろうな?」


「母さんすぐ横にいたよ」

「あっちゃあ、お前なあ、ビアンカは心配性なんだぞ? あんまり心配かけんな」


「いや……むちゃくちゃ怒られて泣かれたけどさ、いま母さんを思いっきり心配させてるのは、間違いなく父さんなんだけどね」


「ギクッ!」


 前世を含めて28年生きてるけど、ギクッ!とか言うひと初めて見た。ぎゃふんと同じぐらいレアだと思う……。


「あと、俺は怒られなかったからね。母さんは俺のことは悪くないって言ってたからね。きっと父さんとガラテアさんの悪い影響を受けたんだって言って嘆いてたから、ごめんね、父さんきっと後でこってり絞られると思う」


「おまえなあ、ビアンカを怒らせたら面倒くさいんだぞ……ほんと」

「そういえば俺が目の前からいなくなったら、この砦まで走って探しにくるって言ってた」


「お前は、おとなしくて、聞き分けのいい女を嫁にもらえよ。ビアンカはな、ああ見えてけっこうお転婆なんだ。お前には見せたことないと思うが、けっこう剣も使えるしな」


「ああ、そうそう、盗賊に襲われたときは剣を抜いて最前列に出てきて後ろに下げるの大変だったよ。ホントいまにも斬りかかるんじゃないかってぐらい強化魔法がすっごく研ぎ澄まされてた。母さん盗賊より強いよ絶対」


「まあな、ビアンカも昔は剣士を目指してたって聞いたことがあるよ。でも結婚してから剣は捨ててもらったからな。剣の手入れもしてなかったろうにな」


(いや、それが剣の手入れだけはしっかりしてたんだけどな……)


 話がビアンカのお転婆話に差し掛かろうとした時である。母親の話をする父と子の話の腰をへし折るためではないだろうが、ガラテアが邪魔に入った。アリエルとしては最後まで聞きたかったのだが。


「トリトン! あの熊野郎が北門を破りにきたってよ。親子の団欒はまた後だ」

「面倒なときに来やがるな。北門は死守しろ、南の獣人どもを抜いて撤退の準備だ」


「おう!了解! 総員撤退準備。南門の方に集まれ。万が一にでも北門が破られて熊野郎が入ってきたら、戦わずに南門から打って出て退却するからな。応戦は最小限だぞ!」


 トリトンとガラテアさんの話では、どうやら南門から撤退する気らしいが、いまもう南門を出たところにウェルフ族の戦士が大軍でいることを知らないのか。


 そういえば砦の上からは見えづらい奥まった位置に待機してたっけ……。


 ということは、背後から飛び出してくるのを一気に叩く作戦なんだとすると、前のほう、つまり北門を破って守備隊を南門から出す作戦なのかもしれない。


 やばい、トリトンは背後にウェルフの大群がいることを知らない。

 このままじゃあ全滅してしまう。


「さっき見たけど、裏門の外にはウェルフ族が居たよ?」


「報告を受けている。30ほど居るらしいが、応戦しながら逃げるのなら何とかなる」


 30しかいないと思って200居たら何ともならない、本気で全滅してしまうぞこれ。


「じゃあ俺、ちょっと上から魔法で敵の数を減らしてくるね」


「ああ、そいつは助かる。ウェルフは陸戦特化型だけど槍を投げてくる奴もいて厄介だぞ。遠隔攻撃だからといって反撃がないとは限らんからな、気を付けろ」


 トリトンはまさかウェルフを中心とした待ち伏せ部隊が合計200もいるとは思わなかったし、アリエルは魔導師であり、砦の上から魔法を撃つ遠隔攻撃で、一人でも敵を減らしてもらえるなら助かると思ったからこそ、アリエルに対して二つ返事で送り出したのだ。


 アリエルが屋上に出る階段を駆け上がって砦上に出ると、砦の裏門の周囲には逃げ出してくるだろう兵士狩ろうと、ざっと200の獣人たちが陣を組んでいた。こいつら、やっぱり北側の砦攻略部隊と連動している。ということは、いま正面からの攻撃は確実に北門を破る攻撃だ。門を破り、砦内部に獣人たちが侵入すると、南門から守備隊員が次々に飛び出してくるだろう。それらを逃がさず、一人残らず狩りつくすのが目的だとしか考えられない。


 今からあの屈強な200の魔族の中に飛び込むと考えると、さすがのアリエルでも震えてくる。これが武者震いってやつなのだろうか。


 アリエルは[ストレージ]から剣を出し、精神を統一した。

 眼下に待ち構える約200もの獣人たち……。絶対に勝てると思っているのだろう、アリエルが砦の上で様子を窺っているのが見えていても、まるで見えてないようなフリをしている。


「んー、油断してる。いいね」


 アリエルはストレージの中にどれだけ『爆裂』を仕込んでいるか数えてみた。

 およそ60発といったところだ。これらは小さ目の、威力を絞った『爆裂』だが、直撃させると人体の部位がちぎれて吹き飛ぶぐらいの威力だ。


 覚悟は決まった。


 アリエルは、ただ裏門から守備隊が飛び出してくるのを待っている獣人たちに、砦の階上から[爆裂]の雨を降らせた。


 それを合図に戦闘を開始する。


―― ドドドォオオォォォンンン!


 ウェルフたちにしてみるとたまったものではない。

 突然自分たちの周囲で原因不明の大爆発が起こり、密集隊形が不運となり、ウェルフの戦士たちは次々に吹き飛ばされてゆく。初撃で30ほどがフッ飛ばされて戦闘継続不能になった。


 トリトンが報告を受けているといった砦南側のウェルフ族は30ということで、トリトンの受けた情報が確かならば、いまのでもう背後の30は倒してしまった。だがまだあと170残ってる。


 砦には高位の魔導師が居ないと高を括っていた獣人たちは、不意の魔法攻撃を受けて多少パニックになっている。まだ強化魔法を唱えてすらいなかったのだろう、今になって慌てて起動式を書き込んでいるウェルフも見えた。まったく、本当に呑気なものだ。


 しかし強化魔法が起動すると、ストレージからの爆裂転移後、即起爆でも命中率が格段に落ちるようになってきた。ちょっと大きめの爆裂だったなら確実に耳を使えなくするので、そういう意味では命中しなくてもウェルフ達が密集しているtなと思ったら遠慮なしに撃ち込めばいいのだが。


 それでも命中率が格段に下がるものだとしたら、もっと命中率を上げるための努力をしなければならない。


 アリエルは砦上から南側のグラウンドに飛び降りた。

 この場にいるウェルフ達すべての注目を浴びるよう、ゆっくりと塚に手を伸ばし、歩調に合わせ、スラっと剣を抜いた。


 ヒト族の少年が、170対1という絶望的な戦いを挑んでいる。これは挑発でしかなかった。


 防御魔法も強化魔法も強度を最大限にまで引き上げると、ごく一部、肉眼でマナを見ることができるウェルフには、アリエルからオーラのようなものが立ち上って見えた。


  アリエルは、[スケイト]の機動力を使って敵ウェルフの懐に潜り込み、積極的に接近戦を挑んだ。しかし強化魔法の乗ったウェルフ族の動きは驚くほどに速く、懐に潜り込むには敵の攻撃を紙一重で避ける必要がある。そうまでして懐に入っても、ウェルフは素手でも鋭い爪があるし、懐イコール牙の間合いでもある。


 しかしアリエルには間合いなどというものはあまり重要ではなかった。

 剣の届く範囲の敵は剣で斬るし、アリエルが剣を振り出すよりも早く間合いから飛び出てしまうようなウェルフには、[爆裂]を撃ち込んだあと圧倒すればいいだけのこと。


 しかし1体に時間をかけると、相手もアリエルの動きを見て学習し、徐々に対策されることになる。

 単調な動きを見せると、つぎのウェルフに同じ手は通用しなくなる。


 時にアリエルはジャンプし放物線を描きながら攻城用にしまっていた岩をいくつも投げつけるという、一見破れかぶれに見えるような無謀な手立ても使うことになった。それほどまでにウェルフ族とは素早く、油断のできない一族だった。さすがに戦闘状態に入った獣人たちには岩なんか投げたところで当たるようなことはないが、怯んだところに[爆裂]を置いて起爆することで獣人たちはフッ飛ばされ、または剣で倒されて数を減らしていく。つまり困ったときは爆裂を置いて、範囲ダメージで敵を倒してゆくのが最も効率いいと感じ始めた。


 ウェルフたちに遠隔攻撃を当てるのは至難の業だ。しかし剣を持って突撃すると、意外と正面に立ち塞がって相手をしてくれる奴もいる。もちろんアリエルは魔法を使わないだなんて絶対に言わないし、約束できないことは当然最初から約束なんかしないのにだ。


 王国騎士団を相手に圧倒したアリエルの力をもってしても剣士同士の戦いだとけっこう苦戦する相手がいる。とにかくウェルフ族というのは目で見てからの反応速度と、動きとの直結、その加速性能もさることながら、高速戦闘という分野では群を抜いて優れていると言わざるを得ない。


 だがしかし、アリエルは短い攻防の中で理解した。

 ウェルフ族の戦士がいかに戦闘種族であっても、単純に持って生まれた身体能力だけで戦っているフシというのがあり、フェイントや周到に張り巡らせた罠というものにハマりやすいことに。


 卑怯者と蔑まれようが、何と言われようが構わない。そもそも、アリエルは好んで罠を張り、そこに足を踏み入れ引っかかるウェルフたちを、一刀のもとに切り伏せる。アリエルの手に、骨を斬り裂くイヤな手応えが剣の鉄を伝わってくる。


 あるものは剣で、あるものは爆裂で。

 ひとつ、また一つと命を奪ってゆく。


 とてもじゃないが気分のいいものじゃあない。だけどこいつらは盗賊の類ではなく戦士だ。殺すか殺されるかの覚悟が十分にできていることは、そこかしこに転がっているノーデンリヒト守備隊兵士たちの遺体を見れば明らかだ。


 そしてアリエル自身も、いまその覚悟の程を再認識している。つい先日[爆裂]で盗賊たちを大勢死なせてしまったところなのに、あの時とは違う、剣を握る腕に命を奪った手応えが残ることに。そしてその手応えは一つ、二つ、三つと、自分の胸に刻み込まれるよう心に響いてくる。


 アリエルがいま戦っている相手は獣人だ。人の姿をしていない者がほとんどで、恐らく想像力の欠如している者にはただの猛獣に見えるだろう。


 だけど獣人からは人と同じマナを感じる。……人なんだ。


 この世界に生れ落ちて10年、前世で18年生きてきた。アリエルも精神年齢はそこそこいいトシだ。あの日、トリトンが魔族の侵攻を予言したのをビアンカの膝の上で聞いた時から覚悟は決まっていた。

 殺さなければトリトンたちが殺される。殺さなければおのれが殺される。その結果、ビアンカひとり生き延びたとしても、一生の悲しみを背負わせることになる。


 自分は戦士でもなければ、兵士でもない。騎士になる気なんてサラサラなく、将来は冒険者になって転移魔法陣を探す旅に出ようと決めた、出来の悪い放蕩息子だ。中身は母であるビアンカよりも年上のアラサーなんだけど……それでも、アリエル・ベルセリウスは父と母の愛情を一身に受けてこの10年を育ててもらった。


 トリトンを死なせるつもりもないし、自分が死んでビアンカを悲しませるようなこともしない!


 接近戦に自信があるウェルフ族に対し、地に降りて剣を抜いたアリエルの挑発は功を奏した。

 ひとり、またひとり、アリエルは前に立つウェルフの戦士たちを斬り伏せてゆく。アリエルを囲むウェルフの集団に少し動揺が感じられるほどに、犠牲者が増えていった。


 しかしさすがに烏合の衆ではない魔族軍、どこかに統制を取っている奴が居るらしく、動揺していた者たちもパニックを起こすこともなく、すぐに落ち着きを取り戻し、ボサっと突っ立ってるだけのやつは居なくなった。


 相手が落ち着きをはらうまでの短い時間はアリエル無双だった。


 とにかく獣人は動きの速い奴が多くて動きを止めないと[爆裂]も満足な効果を発揮しない。もっと簡単に数を減らせると思っていたけれど、さすが兵士5人前の獣人だ、盗賊を相手にする感覚で居たのではこちらが殺されてしまう。中には瞬間的にこちらよりも速いスピードを出せる獣人が居て、そいつがとにかく誤算だった。


 一人に構っている時間はない、速いやつは無視してとにかく数を減らすことにした。


 だが踵を返して背後の敵を狙おうとしたらその背後をすかさず狙ってくる。集団での狩りに追い詰められた獲物になったような感覚だ。調子が良かったのは最初だけで、今は完全に包囲され、動きもかなり制限されてしまった。たった一人、強いやつがいて、そいつの攻撃をかわしながら他のウェルフを倒すなんて、許してはくれなかった。


 アリエルは気が付いていなかったが、ずいぶんと疲労がたまっていた。

 気を張って戦闘しているから頭じゃ気が付いていないけれど、マローニから5時間ずっと[スケイト]を飛ばして来てすぐにこの戦闘だ。疲れないはずがないのだ。


 自分と同等、時に自分より速い、執拗に繰り出される攻撃を躱しつつ、他のやりやすそうな獣人から片付けていくというのは思っていたよりもずっと難しい。


 ちょっと35人ぽっちの盗賊を退けたぐらいでアリエルはいい気になっていたようだ。


 まさかこれほど手ごわいとは考えてなかった。

 殆どのウェルフ族が手に持つ武器は短剣か細身の片手剣。威力よりもスピードとキレで勝負するやつの典型だ。そんな間合いの狭い武器を相手にしながらアリエルも被弾が多い。今のところカスリ傷程度で済んでいて、この程度ならすぐに再生するから傷の心配はしていないけど、まかり間違って深手を負ったら死につながるし、だいたい雑魚だと思っていたその他大勢の獣人たちもナメてはいられないスピードで襲い掛かってくる。


 狙いすました剣の一撃も躱されることが多いし、やっぱり敵の動きを止めなければ時間と体力だけを浪費する結果になりかねない。


「しゃあない」


 広場の真ん中で動きを止めて、ざっと周囲を見渡す。


 この中で一番強いウェルフ、いた。あいつだ。


 他の獣人より一回り大きなウェルフだった。毛色も黒っぽくて筋肉の付き方がハガネのようだと表現しても、ぜんぜん大げさには感じない。まるでモフモフした毛皮の上からハガネの腹筋が見えるようだ。


 そしてアリエルにもオーラみたいなのを纏ってるように見える。あいつだけが極端に強い。


 あいつを倒せば部隊に隙ができるだろう。その隙を狙って崩すこともできるだろう。


 左手に握った剣を向けて一番強い獣人を指名し、予告ホームランみたいなポーズでカッコつけてみせた。次はお前だと不敵に笑ってやると、最初驚いた顔をしていたウェルフの戦士は、ニヤリと笑ったあとに、面白い……とでも言いたげに誘いに乗ってきた。


 ウェルフの戦士は左右の動きを止め、ニヤニヤと口角を吊り上げながら、ゆっくりと歩いてアリエルの前に立った。腕組みをしながらも薄ら笑いをやめず、ただアリエルを見下ろしている。そして二人の戦士をぐるりと囲む獣人たちは一騎打ちが始まると察したのか、みんな動きを止めて見物モードになった。


 剣の間合いの外だ。一歩踏み込んだところで届かない。間合いはしっかりと見透かされている。

 獣人がこんなに強いのにいつも人族に負けてる理由って、こういうヒネリのない真っすぐな性格だからじゃないのかと勘ぐってしまう。個人的にはすっげえ好感度高いんだけど……今は敵だ。


 荒くなった呼吸を深呼吸で整えて、いつものルーティーンを組み立てる。

 上段に構えると、それを見た敵ウェルフの口元からは薄ら笑いが消え、重厚な殺気含みの緊張感が戦場に溢れ出すのと同時に、鋭い爪の生えた手で片手持ちの剣を両手に構えた。


「ふう。やっぱ気合い入るね」


 ウェルフの中で一番強い戦士は、アリエルがルーティーンを組み立てるさまを見て、ニヤケ顔がなりをひそめた。周囲で見物モード決め込んで、ただ見ているだけの者たちも、どうやら様子がおかしいことに気が付いた。


 ルーティーンとは筋肉をほぐし、関節をほぐし、そして精神を落ち着けて気負いをなくし、精神と肉体の両方を高め合い、自分の出せるパフォーマンスを最大限に引き出すためだ。


 それを見物している獣人たちはただただ訝るような視線でアリエルを見ながら何か話していたが、相手ウェルフはアリエルがルーティーンを終了するまで待ち、上段に構えるのを見て目がすわり、その眼光はもうアリエルを子供とは見ていない、同格の戦士を相手にするように強くなった。


 そしてひとこと、名乗りを上げるでもなく、ただ感心したようにこう言った。


「見た構えだ」


 いうと細身の剣を右手に持ち、身体を低くかがめてアリエルの上段に対抗する。


 審判のいない一騎打ちだ。


 もういつ始めても構わない。


 アリエルは自らの呼吸を整え、相手の呼吸が息を吐ききった瞬間を狙って、撃ち出された砲弾のように加速して相手の懐へ飛び込んだ。


 このときアリエルは初めて実戦で間接的な魔法を使った。敵ウェルフの足もとを砂地に変える魔法だ。



 相手の強化が強ければ強いほどハマる『砂』。スパイクのように地面を捉える爪が『砂』には刺さらず、地面を掘り返しただけですり抜ける。ウェルフの戦士はアリエル渾身の一撃を避けることもできず、攻撃姿勢のままバランスを崩した。


 振り降ろした剣はそのまま首の根元から入り、胸にかけて深く斬り裂く。これが今の精いっぱいだった。もし初撃で倒せなければもう勝てなかったほどの強敵だったが、勝利の女神は今回、アリエルに向けて微笑んだらしい。


 乱戦の中、目が合い、挑まれた一騎打ちに敗れた獣人は何も話すことなく地面に崩れ落ちた。うっすらと開かれた目でアリエルを視界に捉えたまま離さない獣人を、なんだか申し訳なさそうに見るだけしかできなかった。



―― ドゴッゴッ!!


  ―― ドンドンドン!


 ―― ドカッ!ドカーン!


 たったいまアリエルが一騎打ちで倒したウェルフの戦士は、最初の見立て通り、裏門を攻めるウェルフ族最強の戦士だった。魔王軍の陸戦隊隊長を任された男で名をべストラという。


 見物モードになって余裕を見せながら観戦していたウェルフたちも、まさかこんな人族のガキに、あのべストラが倒されるなど信じられなかった。だが一刀のもとに斬り伏せられたのを目の当たりにし、一瞬の狼狽を見せた獣人たちに、間髪入れず容赦のない[爆裂]が降りそそいだ。


 [ストレージ]内に用意していた[爆裂]を惜しみなく使う。

 その数10発の同時起爆、まだ残ってるやつが見えた、なら広範囲に20発、とどめとばかりにもう20発。誰かを狙ったものじゃない。ただ面を制圧するように[爆裂]を置いた。連鎖的に衝撃波を放つ攻撃を無防備に受けた獣人たち、


 ある者は吹き飛ばされ、ある者は腕や足がちぎれ飛び、急速に数を減らしてゆく獣人たち。自分たちは負けないと思っていた、その心の支えになっていたべストラ隊長が倒されたことで、完全に精神的優位は崩れてしまった。眼前の敵はあのウェルフ族最強の戦士を一刀のもとに屠ってしまうほどの力を持った敵だ。


 迷い、焦り、そして狼狽を見せ、さっきまでの一糸乱れぬ組織的な動きができなくなってしまった獣人たちを、情け容赦なく慈悲もない高熱の大爆風が衝撃波となって襲った。


 ……アリエルが爆裂メインにスイッチすると、だいたいこうなる。もはや戦いではない、殺戮だ。


 うまく爆風を避けたとしても音速で襲う衝撃波が鼓膜を破り、通常の戦闘を難しくさせた。

 人族よりも聴力が優れているのだろう……獣人にはより効果的にみえる。

 200人いた裏門の待ち伏せ部隊は半分以上が戦死、他はほとんどが負傷したり鼓膜を破られたりして倒れ、戦闘継続不能となった。


 およそ外にいる敵はあらかた片付いたのを確認し、アリエルは砦の様子がおかしいことに気が付いた。


 どうかしたのか? 砦の中で激しく戦闘している気配があるのに、なぜ裏門が開かない?

 おかしい。中で何かあったのか。


 砦の中から嫌な気配がする……。


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