01-23 余裕のない戦闘
20170724 改訂
2021 0723 手直し
2024 0206 手直し
アリエルが接近を察知した35人分の気配は、10、10、15という分かりやすいグループに分かれていて、難民たちの背後に回り込もうとしている10の気配と、南側つまり横から強襲してきグループも10の気配。そしてアリエルたちの進行方向、街道の向かう先のほうに回り込もうとしているやつらが15人+馬2頭いるような気配を感じた。
後方と南側と前に分かれて襲撃する気なのだろうか。ここから北側は深い森があって、小動物の気配を感じるのだが……、森に追い込もうという腹かもしれない。
背後に回り込む集団の動きが速い……前方と南からの三方向、背後には森。
こちらに気づかれないうちに配置を完了し、姿を現した時にはすでに包囲完了という、ありがちな作戦だ。組織的に難民たちの行列を北に追い込む形で展開している。
時間的にも戦力的にも、アリエルたちに余裕などないというのに……。
ならばとアリエルは意を決し、馬車の御者台に立ち、難民皆に聞こえるような大声を張り上げた。
「警戒!! あと数分で接触する集団あり! 後ろ、南側、正面の三方向から来るぞ。みんな練習どおりに! 北側から敵は来ないからね、森を背にして、戦えない女性と子どもは中心に集まって。男たちは三方を守れ。数は35! 盗賊の類だと思われる」
三方向から近付いてくる者たちのうち、もっとも接近しているのは後方だ。かなり急いでいるように感じる。
「ごめん! ポーシャここお願い、どうやら囲まれそうだから、先に後ろから潰してくる」
「かしこまりました。この場はお任せください。アリエルさまは任を果たされますよう」
「任せておいて。誰も傷つけさせないから。って、なんで母さん剣抜いてんのさ」
アリエルがちょっとイイことを言って領民たちにいいカッコしようと思ったのだが、ビアンカが剣をもち、鞘からすらっと抜いたのが見えたものだから驚いた。
「母さんはこう見えてちょっとは使えるのよ。自分の身ぐらい守って見せるから、エルも気を付けて、無理しないように。くれぐれもいいですね」
「わかったよ母さん、大丈夫。俺は後ろに回って集団を二つ潰す! みんな集中して。練習した通りで必ず撃退できるから!」
領民たちは疲弊のなか緊張する者、狼狽するもの、盗賊が襲って来ると聞いただけでもう泣きそうなほど不安そうな顔をする者がほとんどだった。
盗賊とは、それほどまでに恐ろしいものなのだろう。
「大丈夫、大丈夫だから、練習したとおりに! 安心して、大丈夫だからね」
領民たちに声をかけながら列の後方へ向かい、最後尾までいって取り残された者がいないことを確認すると、アリエルは強化魔法を展開し、[スケイト]で自らの体を浮かび上がらせる。
そして撃ち出された砲弾のように急加速し、気配を頼りに後方から近付いてくる集団に狙いを定めた。
アリエルの気配察知は正確だった。
しばらくすると接近してくる集団が見えた。遠目に見ただけだが、戦闘用の装備を付けていない。
皮をなめして作った服か。普段はボトランジュ辺境の貧しい村に住んでてカモが通った時だけ集まる兼業の盗賊のように見えたが……アリエルは少しの違和感に気付き、すぐに考えを改めた。
ノーデンリヒトの兵士ほどじゃないにせよ、しっかり冴えた強化魔法を展開している上、全員が帯剣している。
これだけで抜剣しているのと同義だ。
時間もない。いちいち問答していたら前から接近してくる集団が難民の列に会敵してしまうので、ひとまず停止してもらうことにした。
アリエルは腰に下げた剣を抜き、接近してくる者たちにも良く見えるよう、振りかざしながら前に回り込んだ。まるでスピード違反を取り締まる警察官が止まれと書かれた旗を出して違反者を制止するかのようだったが、狙い通り、避難民に接近しようとする10人組は急ブレーキで停止した。
アリエルは剣をただ手に持っているだけで構えず、だらりとぶらさげているだけだが、剣を抜いているのを見た接近者たちは、慌てて剣を抜いた。
アリエルには気負いも緊張もなかった。
砦の王国騎士たちと手合わせしていると、戦闘に対する心構えってもんが芽生えているようで、この程度の奴らには負ける気がしない。
「俺たちはノーデンリヒトからマローニに避難してきた難民なんけどさ、アンタら何よ?」
男たちのうち何人かは顔を見合わせてアイコンタクトで合図しあっているように見えたが、アリエルの問いに答えることなく、構えた剣に威圧を込めてジリジリと間合いを詰め始めた。
アリエルはこの男たちを悪意をもった襲撃者であると認識した。
そして最後通牒を突き付ける。
「剣を鞘に戻して強化魔法を解除しろ。避難民たちの列にこれ以上近づくことは許さない」
アリエルは見た目年齢が10歳だし、たとえ剣を構えていたとしても、それほど脅威だとは思わなかったのだろう。忠告などまるで耳に入ってない様子で息を吐き、じわりじわりとにじり寄る。
会話が通じない相手が剣を構えて、今にも飛び掛からん威圧を発しながらゆっくり間合いを詰めてくる。これはもう闘争が始まっていて、今更問答なんぞするつもりはないという意思表示なのであろう。
アリエルはどうやらこの期に及んでまだ甘いことを考えていたことに気が付いた。
現にこの男たちがアリエルに対して戦うという選択をしているのに、当のアリエルはまだ話したら分かってもらえるかもしれないと思っている。この判断の遅れは自分を殺し味方をも殺すことになる。
素人でも女の子や子供であっても、その剣を振り下ろすだけで人を殺せるんだ。難民の列まで辿り着いてもらっちゃ困るので、先制攻撃をすることに罪悪感なんてこれっぽっちも感じない。
―― ドドドッ!!ドババーン!!
アリエルは魔法を撃ちだす予備動作などまったくなしにストレージから『爆裂』を転移させると、襲撃者に直撃する位置で起爆した。
一般的な防御魔法は張ってあるのだろうが、『爆裂』はそんなものに阻まれるようなヤワな魔法じゃない。
衝撃波は耳を覆うほどの音量で避難民たちが陣形を組んでいるところまで届く。避難民たちは領主の館から時折聞こえてくる爆発音など当然知っているはずなのに、緊張感も相まってか恐怖を呼び起こした。
一方、『爆裂』が直撃してフッ飛ばされた男たちはひどい有様だった。
剣で突き刺されたような明確な傷を負うことはないが、倒れた襲撃者たちをみると、多くの者が体の一部を失っていることに気付く。
修練場で建物相手にしか使わなかった『爆裂』をヒト相手に使うと大惨事を引き起こした。
倒された男たちの気配は次々と弱くなってゆき、ひとり、ふたりと……気配が消えていった。
明らかに敵対する者たちに対して手加減してやるほどアリエルはバカじゃないし、トリトンにも厳命されてるとおり、領民に指一本触れさせることはできない。つまりこいつらはアリエルの敵ということで間違いない。
しかし、いくら相手が盗賊の類とは言え、一方的に攻撃して死なせてしまったことに悔いがないわけではない。だが今は時間がない。
もし仮に反省することがあったとしても、すべてが終わってからだ。
これははとにかく足止めされるのを嫌った結果だった、たしかに『爆破魔法』の威力を小さめに絞りはしたが、それでも人に向けて直撃させると、たやすく死に至らしめるほどの威力があることがわかった。
なんだろうこの奇妙な感覚は……。
急に何か、得も言われぬ感覚に襲われたアリエル。
ハッとして思い出した。
アリエルは死屍累々、折り重なる何千、何万もの死体の山と、灰が降る風景を幻視した。
いつかみた夢だこれは。
数年前、アリエルがまだグレアノット師匠に師事し始めたころ、夢の中で見た大虐殺の風景と重なる。
(もしかしてあれって夢じゃなかったのか……)
アリエルはそう呟くと、倒れた盗賊たちに手を合わせてから急ぎ踵を返し、南側から接近するもう一つの集団気配をロックオンした。
スケイトで加速しながら避難民たちの気配を探知してみたのだが、まだ防御陣形が出来上がっていないようだ。
そこに南側から砂煙をもうもうと上げて、丘陵地の乾燥した部分をさっきと同じく強化魔法で走ってる集団を遠くの方に目視した。
アリエルは守らなければならない避難民と、襲撃者の位置関係とそれらが移動するスピードを気配察知を使ってリアルタイムに監視している。
南側からの襲撃者は一直線に北上しているせいか避難民に近い。さっきの爆発音が聞こえてスピードを上げたのかもしれない。だけど避難民たちの前方、進行方向に回り込んだ15の気配はスピードも変わらず、接触するまで少し時間がある。
アリエルはスケイトで加速しながら小さな丘をジャンプ台に見立てて大きく飛び上がると、空中からファイアボールを5連射撃ち込んだ。うなりを上げて射出されるファイアボールは、光跡を引いて高速で移動する襲撃者たちの進行方向少し前に炸裂した。
どちらが襲撃したのかというと話は難しくなるが、アリエルのファイアボールがすぐ前で炸裂したことに驚き、急ブレーキで止まれたもの、止まれず転倒したものは居たが、みすみす炎をかぶったような者はいない。
だがこれでいい。
アリエルの狙いは最初から襲撃者の足を止めることだった。
まだ回り込んで動けそうだと感じたので、もっと警戒させるため追加のファイアボールを大きめの魔法で更に5発撃ち込み、襲撃者の目の前に高さ10メートルはあろうかという炎の壁を作り出した。執拗な威嚇射撃に危機を察した襲撃者たちは背中を合わせて密集隊形を組むと、顔面を焼く熱量の高さに、炎から少し下がらざるをえなかった。
致し方なく下がったように見えたが、炎越しではあるが、一番前の奴が後ろ手になにかサインを出したのをアリエルは見逃さなかった。みなはそのサインに従っただけかもしれない。練度は低いが訓練されたものの動きだ。
アリエルはゆっくり歩み寄るように炎のヴェールの向こう側から姿を現すと、襲撃者たちは剣を抜いて構えた。布の服にオーバーオールという、身なりは粗末な作業着といった風体だが、剣はそこそこ手入れされていて使い込まれている。
魔法攻撃を受けて足を止めるなんてアホとしか言いようがない素人集団だが……。
「あのさあ、この先にいるのは行商人じゃなくて避難民なんだ。客をもてなす余裕がないので、お引き取り願いたいのだけど……」
一番前の男が警戒心を露にしながらも応えた。
「な……なんだガキかよ。しかもいい身なりしてんじゃねえか、避難民ってことは金目のモン持ってんだろ? それに女もいるだろうしな。大人しくしてれば悪いようにはしねえ」
なるほど、この男たちはこっちが避難民だという事を知って襲撃してきている。
所謂盗賊のたぐいだ。
「そうか、相手してる時間が惜しいんで、すまんな」
―― ドッガ!ッドドーン!
激しい炸裂音が響き渡る。
話の通じない襲撃者を相手に時間を取られることは避けたい。
後方に回り込んでいたやつらと同じように、あらかじめストレージに仕込んであった『爆裂』を転移させ、直撃する位置で起爆するのに躊躇いはなかった。
アリエルは踵を返すと振り返らずにグンと加速し、派手なジャンプで避難民たちのところに戻った。いま倒した襲撃者たちの気配が徐々にゆっくり消えつつあるのを確認しながら、防御陣形を作った男たちに声をかけた。
「後ろと南側からはもう来ないから前に集中すればいいです」
後ろから聞こえた爆発音と、たったいま南側に見えた大規模な炎の魔法の結果、襲撃者はいなくなったということだ。
避難民たちは戦えない女と子どもを中心に集めて、男たちが周囲を固めて守る陣形を組んでいる。
頭を抱えて怯えたようにしゃがみこんでいる人たちが多い、さっきの爆裂は近かった。怖い思いをさせたようだ。
警戒している避難民たちには大ジャンプからちょうどいい地点に着地したアリエルが空でも飛んできたかのように見えたのだろうか。避難民たちの視線を集めている。
アリエルは御者台に飛び乗り、大声を張り上げた。
「背後と南の盗賊は全部倒した! あとは前方を守るように展開して。残りは前方から来る15人だけだからね!」
オー! とかヤー! とかいう返事も何もなかった。よくみると男たちは家族を守るため慣れない剣を握りしめて、カチコチに緊張しているようにみえた。いつも農具しか持ったことのない男たちが、家族を守るためだとは言え、訓練もなしに、いきなり真剣を持たされているのだ。リラックスしろといっても土台無理な話だ。
避難民たちは、長期間、長距離を移動するため体力維持しなければならないため、道中とくにキャンプ地ではとにかく体を休めることを優先させ、練習といえば防御の陣形を作るぐらいしかしていないのが仇となったようだ。やはり護衛に砦の兵士たちを二人でいいから同行させていれば、剣の使い方ぐらいはレクチャーしてやれたのにと思う。
まあアリエルの剣は前世の記憶だよりの我流なので基本から教えることなんて無理だろうし。
「みんな、よく聞いて。もう20は倒したから。残りの15はできるだけ穏便に帰ってもらおう。倒れてるやつらの後始末もさせないといけないからね。みんな、リラックスだ! 深呼吸して! くるよ!」
気配を察して振り返ったアリエルの視線の先には、街道のとおる坂の頂上、なだらかな丘からいかつい男たちが15人、横並びで姿を見せた。
どうやらこの15人が本隊で、別動隊は単に包囲することが目的だったのだろう。
なにせこいつらだ装け備品のグレードが違う。厚手の皮でできた鎧を着込んでいて、武器は剣だけでなく短剣もさしてる。バックアップする武器も用意していあるということは、軍人と同レベルの戦闘職かもしれない。いや、両端3人ずつ弓を背負っているのが見えた。これは面倒なことになった。
睨みあう時間もそこそこに、盗賊たちはこっちに向かってくる歩みを止めない。
ひとりは短剣をぶらぶらと見せびらかしながら、皮の手袋の甲部分で刃についたなにかをふき取りながら、あるものはトーチの魔法で煙草に火を付けて、深呼吸するように煙を吐く。
避難民たちがみんな怯えているのに、こいつら勝ち誇ったようにニヤニヤしてやがる。
特に真ん中のやつ、やたらと体格のいいハゲのおっさんだ。弓を装備した男たちに何か指示して間合いを取らせた。つまり、いまこの避難民が一塊になって防御の陣形をとっている、その全員を射程に収めたということなのだろう。
アリエルの油断だった。
たかが盗賊だろうと高を括っていたせいで、包囲戦と弓装備の多角的戦術を仕掛けてくるなんて考えてなかったのだ。弓装備の者がいると知っていたら、こっちが射程に入る前に倒しておきたかったのだが。それも後の祭りだった。
とにかく弓が厄介だ。負ける気はしないが、誰一人として傷つけさせないというトリトンとの約束があやふやなものになりつつある。
まさか魔導師はいないよな……と思い、無意識に相手の装備品を再確認しているとき気付いた、丘の上から二人が動く気配を見せない。と思ったら馬の手綱をもって丘のてっぺんに待機するようだ。
こっちが負けを認めて、金目のものを差し出すことが決まったら丘を駆け下りてきて、すべてを奪ってゆく算段なのだろう。
馬が2頭は気配で分かっていたが、空の荷車が2台おまけについてくるとは幸運だ。あちらさんは戦利品をたんまり積み込んで帰りたいのだろうが、こっちも足の爪が割れてしまって一歩あるくだけで苦痛を強いられる奥さんや、足のマメがつぶれた人がいて、馬車が欲しかったところなんだから。
こいつは助かる。
こっちはもうすでに抜剣しているし、領民の若い男はみんな前に出て盗賊たちを威圧し始めたというのに、盗賊の棟梁と思しきハゲのマッチョは少しもビビったような素振りを見せず、イヤらしく話しかけてきた。
「これはこれは、ノーデンリヒトからの避難民の方々かな?、護衛の兵も連れずこんなところをほっつき歩いてると怖い盗賊が出ちゃうから注意しないとな」
あのハゲマッチョ、両手もちの剣を背中に背負っていて、当然だけど強化魔法は展開済みか。
戦闘によほど自信があるのだろう。
アリエルは御者台から前方に向かって飛び降りると、ビアンカの止める手を振り払って最前列に出た。
「俺はアリエル・ベルセリウス。ノーデンリヒト領主トリトン・ベルセリウスの長男。ノーデンリヒト避難民の守護を任された護衛だ。だから護衛はちゃんとここにいる。それに、ひとつ教えておいてやる。最初から悲しいお知らせだが、背後から近づいてきた10人と南側からくるはずの10人はもうここには来れない、全員もう死んでるからな」
ここまで話すとアリエルは顎先をクィと持ち上げ、正面にいるハゲマッチョを指をさし、冷たく言い放った。
「残りはお前らだけだ。死にたくなければ馬と荷車と、あと身ぐるみぜんぶ置いていけ!」
傲慢に、偉そうに、そして勝ち誇ったように堂々と、盗賊たちに僅かな命の猶予を与えてやった。
なんかビアンカがあっけに取られたような顔でこっちを見ている。
やばい、ポーシャもそれに同調して睨んでる。きっとあとで叱られるパターンだ。
なにか間違ったこと言ったかな?
「も、もしかして、言葉遣いが悪かったのかなあ?」
「ベルセリウス家? おいおい、ガキがなにイキがってんだ? ベルセリウスって言えばビビるとでも思ったか? 悪いが逆効果だ。金の臭いしかしねえ」
盗賊たちは少し散開するとアリエルたちの動きを封じるため、間合いを広くとったフォーメーションで少しずつ近づいてくる。背後に下がった弓装備の者たちも、丘の中腹、高い位置に陣取ると弓に矢を番えた。
砦の兵士と比べると、ずいぶん慎重さに欠ける、剣を持って立ち塞がる男連中さえ制圧すればあとは烏合の衆だと思ってる傲慢な動きだ。
馬と荷車を守る男が二人、離れた場所に待機してくれているおかげで助かる。
馬が逃げないよう、しっかり手綱をにぎっておいてくれると嬉しい。
アリエルは剣も抜かず無防備に盗賊たちに向かって一歩、また一歩と進み出た。
我が子が躊躇も慎重さもなく早歩きで盗賊たちに向かうのを黙って見ているわけにもいかず、ビアンカはアリエルの傍ら、抜くだけ抜いて構えもせず守りについた。
アリエルはチラッとビアンカを見ると手のひらで制止して、まずは扇型に囲もうとする盗賊9人は無視して、丘の中腹で矢をつがえたまま弦を引きもせずダラダラと号令を待っている弓装備の6人をターゲットし『爆裂』を転移させ、警告なしに起爆した。
―― ボッゴォォ!
―― ドッゴオオォォォ!
左右に離れて配置されていた6人の弓使いが吹き飛んだ。ビアンカは一瞬だけ身をかがめたが、すぐさま立ち直って、アリエルの隣で胸を張った。気の強いお母さんだ。
アリエルはビアンカに何か言うことある? と促したが、小さく首を横に振ったのを見て、自分が口上を述べることにした。別に用意していたわけでもない、だけどとびっきりのやつを。
「はい、残り9人になったけど? どうする? 怖い盗賊さん」
「なめんなガキ! 『ドッゴォォ』……がああああ!」
容赦なく爆裂を撃ち込むアリエル。
「はい、残り7人。 俺が? なめてる?」
―― ドバンッ!
「これで残り5人になった訳だが? 誰が誰をなめてるって?」
たぶんもうこの声は盗賊の耳に届いてなかっただろう。
『爆裂』の近くにいた者は、衝撃波で耳をやられてるはずだ。
頭の禿げあがった盗賊は、最初に弓使いの6人が倒されてピクリとも動かないことや、包囲する前、遠くのほうで空気が震えるほどの炸裂音がして、包囲するため別行動をとった仲間が本当にもうやられてしまっていることを理解せざるを得なかった。
「もうやめてくれ! 参ったって! 降参だ、みんな武器を捨てろ。武器を捨てろって言ってんだよバカ!!」
やっぱり鼓膜にダメージを受けたようで大声で怒鳴らないと聞こえないようだけど、ひとりだけ話ができそうな男がいた。中央にいるひときわ大柄のハゲマッチョ、盗賊の棟梁っぽいやつだ。
「生きて帰りたいからアンタの言うとおりにしよう。それで、俺たちはどうなる?」
「お前らが持ってきた馬と荷車と、お前らの装備品と所持金は戦利品として接収する。金目のものはぜんぶ置いてけ。お前らは仲間の死体を片付けたらどこへなりとも行けばいい。ただしうちの領民はしばらくマローニに滞在することになるから、その間、お前らが何か手出しするようなことがあれば、世界のどこに隠れていても必ず探し出して殺す。たとえ便所に隠れていても便器が爆発すると思え。俺には証拠なんかいらない。疑わしければ殺す。いいな」
ハゲマッチョの盗賊は10歳のガキにそこまで言われて要求を飲まされることがよほど悔しいのだろう、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら歯を食いしばって小さく何度も頷いた。不満そうな表情を前面に押し出している。
盗賊の理念は『弱肉強食』だ。自分たちが強いから弱いものを食い物にしているだけのこと。コツコツ働いてちょっぴりだけの給金をもらって細々と生きていくより、弱い者がコツコツ稼いだ金を横から奪うほうが手っ取り早くて簡単だからそうしているに過ぎない。
草食動物がカロリーの低い草なんぞをもぐもぐと、何時間も食み、丸々と太ったところで、それを襲って食べる肉食獣とまったく同じ理屈だ。
それなのに、なんでそんな不満そうな顔をするのか。単純にお前たちが弱く、略奪される側になっただけじゃないか。……なんだかこいつは繰り返すような気がしてならないのだけど、まあいいや。
「マローニに着いたら衛兵に報告する義務があるから当然報告する。捕まりたくなければ早々にどこかよそに逃げたほうがいいよ」
「ああ、わかった。言うとおりにしよう」
「よーし、勝鬨だ!!」
―――― おおおおおおおっ!
アリエルが盗賊たちを撃退し、おまけに戦利品まで手に入った。
ビアンカは剣をスッと柄に戻し、アリエルの頭を撫でながら「あとでお説教です」と言ってポーシャたちのもとへ戻っていった。ポーシャも短剣を抜いて鼻息を荒げているので、抑えてやらないといけない。
アリエルはちょっとやりすぎたかなと思いつつも、開拓地で自治会長をやってる男に指示を出す。
「おっちゃん、足を痛めてる人と、疲れてる人をいまブン取った馬車に。奪った武器はうまく使って。所持金ちゃんと全部1ジンク残らず取っといてね。いつ戻れるか分からない避難生活になるから、小銭でもないよりはあったほうがいいよ」
「はいよ。分かった。しかし、坊ちゃん大したもんだな。笑っちまったわ」
「父から守れと厳命されていますので」
盗賊たちはどこか地図に載ってない村に去ってゆき、アリエルたちは土壇場で馬と馬車を2セット得た。マローニまで近いのに、もう歩けないひとが出始めていることを考えると結果オーライな幸運だったといえよう。
その夜のキャンプでは、ビアンカの緊張が解けてしまったようで、ボロボロに泣いてしまってなだめるのにとても苦労したが、それもこれもトリトンと、あの荒っぽい副官のガラテアの影響を受けたのだろうということで勝手に納得してくれた。アリエルは少しも悪くない、悪いのはトリトンとガラテアだという。
アリエルは思った。
素晴らしい思考回路だ、今後もそれでお願いしたい。
しかし、いつも小言が多いポーシャが「ボトランジュ領民でありがなら、分家したとはいえベルセリウス家の者に剣を向けるなど言語道断です。そのような輩は滅ぶべきです」と味方してくれたのには、本当に助かった。
あと、クレシダがコッソリ教えてくれたんだけど、ビアンカも昔は相当なお転婆で、剣を振りまわしていたそうだ。アリエルの横に並び立ち、あの厳ついハゲマッチョを睨みつけて一歩も引かなかったのは、昔取った杵柄といったところなのだろう。
アリエルたち、避難民は組織的な盗賊団の襲撃を受けたが、その結果誰一人としてケガなく対処することができたし、ついでに盗賊も片づけたし、足を痛めた人たちも無事に荷車に乗せることができた。路面も悪くないし、馬も調子がいい。この調子で行くとマローニまであと3日というところで、後方から早駆けの馬が追い越しをかけてきた。見知った顔の人、北の砦の斥候だったはずだ。
「おお、アリエルくん! 無事か」
「こちらは滞りなく。そちらは急ぎのようだけど? 差し支えなければ砦の様子を教えてくれませんか?」
「ああ、マローニのベルセリウス家に援軍要請だ。砦を攻めてる魔族たちが規格外に強くてな、撤退もままならない状況なんだ。早く援軍を出してもらわないと、こちらは撤退することもできない。守備隊も半数近くが戦死したよ、籠城に入ったところで私が出たという訳だ。援軍の要請は1分1秒を争うから先を急ぐよ。また会おう」
「道中気を付けて。俺もマローニに着いたらすぐに追いかけます」
早馬が先に行くとポーシャが釘を刺してきた。
「アリエルさま、いけませんよ。トリトンさまよりきつく言われております。坊ちゃんがノーデンリヒトに戻ると言い出しても絶対に戻すなと。マローニはベルセリウス家の次男、シャルナクさまが治める街でございますから、必ずや迅速に援軍が組織されます。戦争なんて大人に任せて、アリエル様はどうか無茶をなさらないよう」
一連の話を聞いていたビアンカは落ち着いてはいられず、狼狽を隠せずにいた。震える指の爪を少し噛んで、歯がカタカタと小さな音を立てて震えている。視線も定まっていない。極度の不安症状だ。
「母さん、父さんがポーシャにそう言ったということは、たぶん相当に厳しいのだと思う。でも今聞いた話だと籠城に入ったらしいから、しばらくは大丈夫だよ、ノーデンリヒト北の砦はけっこう頑丈なんだ、グレアノット師匠もそういってた。魔法建築の先生がそう言ってるんだから間違いないからね」
ビアンカはうつむきながら小さく何度も、うんうんと頷いて、まさか10歳の息子にそんな言葉を掛けられるとも思っておらず、自らの不甲斐なさを恥じた。
「どっちが親か分からないわね、ごめんなさいエル。お母さんもう大丈夫だからね、トリトンもきっと大丈夫」
ビアンカはそう言って作り笑顔を見せた。アリエルはなんだかいたたまれない気持ちになった。
それから3日の間、何もないまま、避難民たちの向かう先に大きな町が見えてきた。工業団地があるのだろう、煙突が何本も立っていて白い煙を吐き出している。アリエルは先行して受け入れ態勢の確認を。避難民たちはみな遠くに見える街を目に、なけなしの体力を使って知らず知らずのうちに早足になって歩いた。
だけど、ノーデンリヒト砦の斥候が追い抜いて行った日から、マローニの街までの3日の道程、ノーデンリヒトへ向かう援軍の部隊とすれ違うことがなかった。まったく、何をのんびりしているのか。ノーデンリヒトの砦ではギリギリの戦いが繰り広げられていることが伝わっていないのか? 現に守備隊たちが命を落としているというのに……。
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「これが212名分の難民申請書類です」
先行したアリエルが一足先にマローニの街について、街の出入口を守る衛兵の詰め所で、難民の申請と手続きをしているところだ。書類が多くて目を通すだけでも相当な時間がかかる。
まさかこんなに時間がかかるとは思わなかった。
衛兵の詰所に招かれ、椅子に座ってかれこれ小一時間たつというのに、なんら動きがなくずーっと待たされている。
結局、避難民が受け入れられるとか、受け入れられないとかといった話などひとつもなしに、難民の列が街の入り口に差し掛かると、街の出入り管理をしている衛兵がストップをかけた。少なくとも3日前の段階でアリエルたちを追い越して走った兵士が援軍の申請とともに難民の接近も報告してくれているはずなんだが……。
3日前からざわざわしている心が落ち着かない。
アリエルも苛立ちを隠せなくなった。
煩雑すぎる事務仕事はポーシャとクレシダに任せることにして、アリエルはビアンカのいる馬車へ向かった。トリトンのことが心配で、精神状態が少し不安定になってるからついててやらないと。
「母さん、もう大丈夫だからね。さてと、俺はみんなを無事に送り届けたし、父さんに言われた任務は完了したから、もう砦に戻っていいかな?」
アリエルの言葉にビアンカは驚き、そしてアリエルが初めて聞いた、ビアンカの怒った声だった。
「な、なにを言ってるのエル。あなたはここに居なさい。私の目の前からちょっとでも姿を消したらあなたを連れ戻しに砦へ行きますからね。いいですか、あなたはここにいるのよ。わかりましたね。いいですか!!」
ビアンカは泣きそうになりながらアリエルを引き止めようとしている。後半は絶叫で聞き取れないほど。
「は、はい、母さん、でも……」
「口ごたえは許しません。お願いだからエル……」
「はい……」
勝手に行ったとしても、母さんがまた戻るなんて……。
このままだと動けない……どうするかと頭を悩ませていると、領兵の詰め所からポーシャが戻ってきた。一緒に誰か兵士がいる。あのひとは3日前に追い抜いていった斥候の人だ。
いつものポーカーフェイスを崩して、焦りを滲ませた表情でポーシャが言った。
「援軍は芳しくありません……。遠征の準備に時間がかかって、出発は早くとも七日後とのことです。……奥さま、アリエルさまに砦の撤退を助けてもらえるようお願いしましょう」
ビアンカにはポーシャの言葉の意味がいまひとつ理解できなかった。
「ポーシャ、いったい何を……」
「援軍を組織して物資を集めるのにまだ一週間程度かかかるそうなのです。それからここを出ても、援軍がノーデンリヒトに到着するのは来月になってしまいます。ご領主さまはいつだったか、才能をもって生まれた者には責任があると言っておられました。アリエルさまには、出来ることをしなければならない責任があるという意味です。アリエルさまなら、三~四日で砦まで戻れると聞きました。それほどの超人を私は知りません。きっと領主さまや、砦を守る守備隊の方々を助けて、ご自分も涼しい顔をして戻られることでしょう」
「5時間だ! か、母さん、俺はここから砦まで5時間で戻れる。逃げ足には自信があるんだ。父さんも、ガラテアさんも、砦のみんなも、きっと撤退できるとおもう。関所まで撤退したら必ずここに戻って、もう戦争には参加しないって約束するから……」
5時間? と聞いてビアンカはさして驚きもなかった。
アリエルが超高速で地面を滑るように移動することも知っていたし、まるで城壁のような石の壁を相手に爆破魔法の鍛錬を続けていることも知っているし、盗賊相手だったがその威力をその目に焼き付けた。そして剣術の腕前は、実戦経験はないけれど、木剣を持っての訓練なら砦の誰をも圧倒するほどの力を持っていることも……。ビアンカにとってアリエルは、自分が腹をいためて産んだ息子でもあり、この世界でいちばんの天才でもあるし、そして最も信頼できる家族でもあった。
たしかにポーシャの言った通りなのかもしれない。貴族の家に生まれた以上、子どもだからという理由で責任を放棄していい理由にはならないのだ。
「アリエル、自分の身を最優先にできる?」
「はい」
「砦までの道中、道に迷わない?」
「え――っ、そこ? 俺ここまで、ただの一度も迷わず、全員を送り届けたよ」
「お父さんのこと、お願いしていい?」
「はい! 必ず!」
アリエルは「行ってきます」と、それだけ言うとブラックアウトしそうになるほどの加速で今来た道を[スケイト]で飛ばす。時速にすると150キロぐらい。最高速ならもっと出せるけど、長距離を滑るときはこれぐらいがベストだ。
空気を切り裂いて[スケイト]で飛ばす。障害物や路面の荒れた地面はジャンプを連続させて通過することで可能な限り直線に近いラインを滑行し、カーブではアウト・イン・アウトのラインどりで減速を最小限に食い止める。緑の草原は草が深いと突っ込んでしまうので、馬車の通ってきた踏み跡や轍の残る道を戻るのが最も効率がいい。
精神状態もけっこう乗っていて景色がビュンビュンと恐ろしい速度で向かってきては、後ろに飛んでいく。風圧で呼吸がしづらい、風を受けて涙が耳まで伝うけど、それでもスピードを緩めることはしない。
山を迂回し、丘を越え、なだらかな丘陵を一気に滑って上がる。
そして、その日のうち、太陽が傾き、空が赤く燃え始めた頃、アリエルは砦のすぐそばにまで戻ってきた。
さすがにハア、ハア……と息を切らす。
5時間もこの速度を維持してマローニからすっ飛ばしてきたのだが、予想以上にきつかった。
しかしマナのほうは未だ涸れることなくあふれている。グレアノット師匠の言いつけを頑なに守り、8歳の頃からはじめて、もう2年も防御魔法を切らずに展開し続けているおかげだ。
気配を察知すると、どうやら砦の南側にも敵が回り込んでいて、すでに退路もなく包囲されている。なるべく敵に見つからないよう、砦南側から近付くアリエルの眼前には、赤く染まろうとするノーデンリヒトの空よりも、もっと赤く赤く染まる大地と、目を覆わんばかりの惨状がそこにあった。




