第二十三話
「ほう、美しいスィングだな」
聡子の打った白球が空に吸い込まれていく様を、秋人は眩しそうに見つめた。
商店街チームは聡子のホームランに沸いている。
ホームラン一本で一得点。
九点差の苦境には変わりない。
しかし聡子の一打が、チームの雰囲気を大きく変えた。
皆に小突かれ、陰りのない笑顔を浮かべる聡子を秋人は知らぬ間に目で追ってしまっている。敵将でありながらも、秋人はそんな聡子を誇らしく思った。
「やばいな。宝生を抜きにして、本気で俺のものにしたくなってきた」
商店街チームの打順は一巡し、またも新之助に戻ってきた。
2ストライク、3ボールから二宮の白球が放たれる。
バットに引っ掛けた、一見どん詰まりのように見えた打球だったが、新之助の俊足により、内安打に化けた。
「ちっくしょう! あのガキちょこまかと」
グローブを握る二宮が、苛立ちを隠せないでいる。
二宮は二番打者の源さんにフォアボールを許し、打順は三番宝生へ……。
宝生がバッターボックスに立つと、二宮がにやりと笑みを浮かべた。
「ああ、宝生の社長さんでしたか。申し訳ありませんが、ここはひとつ確実にアウトをいただきますぜ」
「なんの、それはどうかな」
宝生も不敵に笑って見せるが、放たれた白球が空振りする。
「ストラーイク!」
アンパイアの声が球場に響く。
「くっそぉ!」
宝生の顔に苛立ちの色が滲む。
「ストライク!」
二宮の二投目が、またもバットを通り抜け、キャッチャーミットへと吸い込まれる。
苦い表情を浮かべる宝生に向かって聡子が叫ぶ。
「社長! 社長はスイングが早すぎるんですよ。タイミングは、そうですね。チャーシューメン。チャー…シュー…メン!で振り抜くんですよ」
本人は大真面目である。
「聡子姉、一体何パクってるの! しかもそれゴルフ漫画のネタだし」
新之助が一塁で赤面しながらツッコミを入れた。
「チャー…シュー…メン。はっ……そうか。わかったぞ聡子! 俺は今確かに何かを掴んだ気がする」
宝生が自信に充ち溢れた表情を浮かべる。
「ふっ、ばかな。漫画じゃないんだぞ」
二宮がそんな宝生を鼻で笑い、白球を放った。
「チャー…シュー…メン!」
そう呟いて、宝生のフルスイングが白球を振り抜いた。
白球はバックスクリーンを越え、場外へ。
「な…なにっ……場外ホームラン、だと?」
白球を目で追った二宮の顔が蒼白になる。
新之助、源さん、そして宝生がホームベースを踏み、商店街『ボロ勝ち』が四得点目をあげた。
「あと六点、がんばろう!」
商店街チームが追い上げムードに染まり、主砲ダケさんに続き、キャッチャーの梅さんもヒットを放った。下位の吉本さん、井上さん、野本さんまでもがヒットを放ち、更に二点を追加したところで、打順が聡子に回ってくる。
「いてもうたれ! 聡子ちゃん」
「聡子ちゃんのホームランで一気に逆転や!」
激を飛ばす商店街チームの期待を一身に背負い、聡子がバッターボックスに向かう。
そんな対戦相手の盛り上がりを見て、敵将がベンチで低く嗤った。
「二宮、代われ」
その指示に『寿』のベンチが凍りつく。
「秋人様?」
ぽかんと口を開けた二宮の前に、グローブを持って秋人が佇む。
「お前では少々荷が重かったようだ。俺が投げよう」
(っていうか、あんた野球できるの?)
そんな疑問をきっとこの場の誰もが抱いたに違いない。
(っていうか、お前に一番似合わねえスポーツだろ?)
そんな素朴な突っ込みを、この場の誰もが呑みこんだに違いない。
秋人は黒服の貴公子な出立ちのままに、マウンドに向かった。
そんな秋人を見て、ベンチで新之助が生唾を飲み込んだ。
「なんか、ファイ○ルファンタジーのラスボスみたいな奴だなあ。そうか。で、宝生がチョ○ボってわけか」
「だれがチョコボだっ! 失礼な」
そう言って宝生が応戦し、新之助を脇に抱えた。
「痛いって、ぎぶぎぶ。きゃー」
「もう一度だけ言う。バッドを置いてこちらに来い。俺とてお前を傷つけてしまうのは不本意だ」
秋人の目に、聡子への慈しみが滲む。
「そんなの嫌です。この勝負に商店街の運命が掛っているんですから」
そういって、聡子はバッドを構えた。
「そうか、ならば仕方がない。お前は随分と自分の野球に自信をもっているようだが、俺はお前に勝ってそのプライドを傷つけてしまうことになるな」
秋人の言葉に、むっと口をへの字に曲げて、聡子が応じる。
「そんなの、やってみなくちゃわかりませんよ」
そんな聡子を見つめ、秋人は低く嗤った。
「そうか、ならばお前には特別に見せてやることにしよう」
秋人はボールを人差し指と中指で挟んだ。
セットポジションから放たれる白球。
(なに? あのフォームは)
聡子の目が見開かれる。
「くっ……球がブレるっ」
まるで球を押し出すようなフォームから放たれたそれが、聡子のバットをボール半個分ずれて、ふわりとキャッチャーミットに吸い込まれる。
「ストラーイク!」
アンパイアの声が響いた。
「まさかあれは……」
聡子の声が、掠れている。
「そうだ。これが伝説の魔球『スネイクシェイク』だ」
秋人が氷の微笑を浮かべた。




