第二十二話
「さてと……ほんじゃあ俺もそろそろ本気モードで勝ちにいきますか」
宝生はニヤリと笑い、またも携帯を取り出した。
(俺とて宝生財閥の総帥だ。帝王には帝王の戦い方がある)
『勝つためには手段を選ばない』そんな家訓を実践する宝生は、やはり悲しいほどに帝王なのであった。
コール三回の後、気だるげな男の声が携帯越しにくぐもって聞こえる。
「はい……もしもし……」
「は~い、もしもし~昇く~ん♡久しぶり~」
朝っぱらからのハイテンションと語尾に♡マークが仇になんたのか、ぶちっと突然通話が途切れた。
おそらくそれは偶然ではなく、故意であろう。
「切るなって、バカ。俺だよ」
宝生があわててかけ直す。
「キモイ……そしてウザイ……。っていうか朝っぱらからなんの用だよ。対戦相手のデータ調べてて、俺りゃあ昨日徹夜だったんだよ」
男は不機嫌この上ない。
(そういえば昔からこの男は低血大魔王だったよな)
と宝生は少し昔を懐かしんでみる。
頭も切れるし、腕も立つ。密かに宝生が自信の右腕にとより頼むこの男の名を坂本昇という。出会ったのは友としてだった。しかし本来ならば、宝生グループの総帥として君臨するはずの異母兄なのだが、わけあってこの男国内外問わず、球界に顔がきく。
「野球界のプリンスにちょっとお願いがあってな」
「ほう、貴様がこの俺に頭を下げるってのか。まあ良かろう。なんだ?」
「至急、最終兵器を用意しろ!」
「最終兵器……ねえ」
受話器越しに昇が小さくため息を吐いた。
宝生の企みなど露知らず、聡子が打席へと向かう。
バットを握った瞬間に全身が泡立つのを感じ、聡子は思わず身震いした。
ピッチャーの二宮がそんな聡子を目にとめる。
「おや、あんたは確か宝生グループのお茶汲み事務員だっけか」
「ええ、なんか来ちゃいました。ギャラリーじゃなくて選手としてですけど」
「そりゃあ奇遇だな。けど手加減はしてやらねえぜ。悪いが敵として全力で叩きつぶさせてもらう」
二宮の手から速球が放たれ、聡子の鼻先を掠めた。
「きゃっ」
聡子はバランスを崩しその場に尻もちをついた
「あ~、二宮に告ぐ。お前はクビだ。その女性を傷つけた者は万死に値する」
ヘリコプターの羽音と共に、片手にハンドマイクを持った黒服の男が姿を現すと、グラウンドが騒然となる。
「あ……秋人様」
二宮の顔面が蒼白になる。
黒服ビジュアル系な貴公子は、ヘリから降りると颯爽と聡子の前に跪き、その手を取って立ちあがらせる。
「怪我はないか? レディー」
「ええ、大丈夫です」
聡子は土を払って立ちあがった。
秋人の繊細な指先が、聡子の頬に触れる。
「どうした? お前泣いたのか。目が赤い」
「い…いえこれは別件で……」
「二宮! お前毟るぞ! 生きながら地獄を見るがいい」
凍りつくような微笑を浮かべ、秋人が無常に言い放つ。
「ひっ……」
秋人のあの目はマジだ。
二宮の悲鳴が喉で凍りついた。
「いいか、覚えておけ! 後はどうでも構わんが、この女性に害なすものは俺が殺す!」
その言葉にグラウンドが静まり返った。
「それから、女がそんな物騒なものを振りまわすんじゃない。ベンチにお茶の用意をさせたから、身体を温めろ」
「えっ……っていうか今試合中ですし……私敵ですし……お気遣いなく。あははっ」
聡子はそう言って秋人が握った手をぶんぶんと振りほどこうとしたが、秋人はしっかりと握ってそれを放さない。
「ふっふっふ、離しはしないさ。レディー」
「いや…だから、あのっ」
「何をやっている? 秋人」
金髪が微笑んで二人に向かって歩み寄った。勿論目は笑ってなどいない。そこはかとない殺意にらんらんと輝いている。
「な……なんか社長ってば、金属バットしっかりと握ってるし」
聡子の背中に冷たい汗が滴り落ちた。
「あ……あの野球しましょうよ。とりあえず試合中ですし」
そう言って聡子は二人の間に割って入り、宝生に右ストレートをかました。
宝生の顔面で、バキっという鈍い音がした。
「てめっ、なにしやがんだ!」
宝生が聡子に食ってかかる。
「ほほほ、頭冷やせ。毟るぞ。このひよこ頭」
毒づく聡子に、宝生がぐっと押し黙る。
「宝生、見苦しいな。彼女はお前の所有物ではない。見ろ、彼女もお前のことを明らかに嫌がっているではないか」
(お前もたいがい、だがな)
聡子はそんな思いを飲み込んだ。
「てめぇ、なんだとぉ? じゃあ男なら、男らしく野球で勝負しろ! 勝った方が彼女をゲットするという方向性で」
そう言い放った宝生を秋人がじっと見据えた。
「よかろう、その勝負受けて立つ。
自軍のペンチに戻り、ぷんすかと聡子が頬を膨らませた。
「社長、今現在、十点差で負けてるんですよ? なに簡単に人の人生を弄んでくれてんですか!」
「そうさねえ、負けたら二人で夜逃げだな」
そんな聡子のお小言もどこ吹く風の風情で、宝生がはぐらかす。
「もう! いい加減なことばっかり言って」
怒気とともにバッターボックスに向かう聡子の背を見つめながら金髪が呟く。
「負けねえよ、俺は」
そして不敵に笑った。
「まあ私も、負ける気はありませんけどね」
二宮が放った速球を聡子がバックスクリーンに叩きつけた。
「ようし、まずは1点」
聡子はホームベースをゆっくりと踏みしめた。




