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ランキング最高順位51位!『異世界に転移したので、もう我慢するのはやめました ~固有能力《自由》で好き勝手に生きる~』  作者: くんくん
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立ち止まる場所

トルカの門が見えたとき。


 最初に足を止めたのは、セラだった。


「……戻ってきた」


 旅立ったときと、町並みは何も変わっていない。


 門の前を荷馬車が通り、少し離れた畑では誰かが土を耕している。冒険者らしい一団が笑いながら町へ入り、門番がいつものように声をかけていた。


 何週間も離れていたのに。


 ここだけ時間が止まっていたように見える。


「セラ」


 ハヤトが隣へ並ぶ。


「緊張してる?」


「ちょっと」


「マーナさんに?」


「本、借りたままだったし」


「返しに来る理由になるって言われてたじゃん」


「そうなんだけど」


 セラは鞄へ手を当てた。


 中には、旅の間に何度も開いた古い治療記録が入っている。


 最初に借りたときより。


 少しだけ角が柔らかくなっていた。


「行こ」


 レグが二人を追い越す。


「ディンいるかな」


「そっちが先なんだ」


「弓見せる」


「先に宿じゃない?」


 セラが聞くと、レグは止まった。


「……荷物置く」


「よし」


 クロはその横を当然のように歩いている。


 ハヤトは町を見た。


 追っていたものは、もうない。


 レグの父親も見つかった。


 北東の仕組みも、全部ではないにしろ動き始めた。


 今度は。


 何かに追われてここへ来たわけではなかった。


「行くか」


「うん」


 三人と一匹は。


 トルカの門をくぐった。


     ◇


 マーナは、治療室にいた。


 以前と同じ。


 袖を肘まで上げ、年配の男の腕へ包帯を巻いている。


「そこ、今日は濡らすんじゃないよ」


「分かってるって」


「前もそう言って濡らしただろ」


「……気をつけます」


「最初からそう言いな」


 セラが入口で立ち止まる。


 マーナはまだ気づかない。


 患者を送り出し、使った道具を片づけて。


 ようやく顔を上げた。


「次――」


 声が止まる。


「……あら」


「戻りました」


 セラが少しだけ笑った。


 マーナはしばらく彼女を見る。


 それから。


「遅かったね」


「すみません」


「謝るところじゃないよ」


 以前と同じ口調だった。


 セラの肩から、見て分かるほど力が抜ける。


「本」


「持ってます」


「読んだ?」


「何回も」


「分からないところは?」


「いっぱいあります」


「なら返すには早いね」


「え?」


 セラが目を瞬く。


 マーナは笑った。


「続きをやるんだろ?」


 少しの間。


 セラは何も言わなかった。


 そして。


「はい」


 はっきり答えた。


「やりたいです」


「なら明日から来な」


「今日じゃないんですか?」


「旅帰りに働こうとするんじゃないよ。今日は休む」


 ハヤトが横で吹き出した。


「セラも言われてる」


「うるさい」


「いつも俺が言われる側だからさ」


 マーナがハヤトを見る。


「そっちは?」


「俺も少し教わってみたいんですけど」


「治癒?」


「はい」


 セラが横から口を挟む。


「使えることは使えるんです。でも、知識は全然です」


「セラより?」


「多分かなり下」


「多分じゃなくて下」


「即答?」


 マーナは二人を見比べ。


「いいよ」


「本当に?」


「ただし」


 指を一本立てる。


「使えるからって、勝手に治すのは禁止」


「……それ、最近すごく聞きます」


「なら覚えるの早そうだね」


     ◇


 ギルドへ行けば。


 ディンもいた。


「お」


 レグを見る。


「帰ったのか」


「うん」


「弓は?」


「持ってる」


「見せてみろ」


 挨拶より先に訓練場へ連れていかれた。


「レグ嬉しそう」


 セラが笑う。


「分かりやすいな」


 しばらくして。


 十本。


 レグが矢を放つ。


 以前より。


 明らかにまとまっていた。


 全てが的に当たるわけではない。


 外す。


 端に刺さる。


 それでも。


 中央近くへ入った矢が三本。


「旅の間もやってたな?」


 ディンが聞く。


「うん」


「誰かに習った?」


「自分で。あと、追い払うのに使った」


「獣を?」


「殺さないで」


 ディンが少し笑う。


「そうか」


「上手くなった?」


「なった」


 レグの顔が明るくなる。


「でもまだ下手だ」


「うん」


「そこは認めるんだな」


「知ってる」


「なら続けろ」


「やる」


 即答だった。


     ◇


 最後にベルドを訪ねた。


 ハヤトが訓練場へ入るなり。


 木剣が飛んできた。


「うわっ!」


 慌てて横へ避ける。


 木剣が地面へ落ちた。


「何するんですか!」


「避けたな」


 ベルドが腕を組んでいる。


「そりゃ避けますよ!」


「前なら受けようとしてた」


 言われて。


 ハヤトも止まった。


「あ」


「旅先で続けたか」


「まあ」


「なら構えろ」


「今!?」


「戻ってきたんだろ」


「旅帰りなんですけど!」


「動けない?」


「動けます」


「ならやる」


 容赦がない。


 少し離れたところで、セラが笑っている。


「休めって止めてよ!」


「本人が動けるって言ったから」


「そこだけ聞く!?」


 レグはすでにディンのところへ戻ろうとしている。


「頑張って」


「置いてくの?」


「弓やる」


 クロまでレグについていった。


「味方いないんだけど!」


「早くしろ」


「はい!」


 ハヤトは木剣を拾った。


     ◇


 トルカへ戻って三日。


 宿を取るだけのつもりだったが。


「長くいるなら、こっちの方が安いよ」


 宿の主人にそう言われ。


 町の外れにある小さな貸家を見ることになった。


 古いが。


 手入れはされている。


 居間。


 小さな台所。


 寝室が三つ。


 裏には少しだけ庭もある。


「クロもいける」


 レグが真っ先に庭を見る。


 クロはすでに匂いを嗅いで回っていた。


「三部屋か」


 ハヤトが呟く。


 セラが横から見る。


「ちょうどいいね」


「何が?」


「ハヤト。私。レグ」


「ああ。そういうことね」


「何だと思ったの?」


「何も」


「顔」


「最近みんな顔読むの上手くない?」


 レグが家の中から顔を出す。


「ここがいい」


「即決?」


「台所ある」


「そこ?」


「みんなで食べられる」


 それを聞いて。


 ハヤトとセラは少し黙った。


 宿ではない。


 旅の途中に数日泊まるだけでもない。


 しばらく。


 ここから朝出て。


 夕方に戻る。


「借りる?」


 セラが聞く。


 ハヤトは家を見る。


「俺はいいと思う」


「私も」


 二人でレグを見る。


「レグも」


「じゃあ決まり」


     ◇


 その日の夕方。


 最低限の荷物を運び込んだ。


 家具もほとんどない。


 食器も足りない。


 寝具は明日買うものもある。


 それでも。


 レグは居間の床へ座り。


 トルにもらった木彫りの鳥を、窓際へ置いた。


 その隣に。


 ガルドからもらった木札。


 ルクアの白い飾り。


「飾るの?」


 セラが聞く。


「うん」


「全部持ってきたもんね」


「見ると分かる」


「何が?」


 レグは並べたものを順番に指す。


「帰るところ」


 ソルド。


 竜の谷。


 そして。


 今いる場所。


「ここも?」


 ハヤトが聞いた。


 レグは少し考えた。


「まだ分からない」


「そっか」


「でも」


 居間を見る。


 クロ。


 セラ。


 ハヤト。


「なるかも」


 ハヤトは笑った。


「それくらいでいいんじゃない?」


「うん」


     ◇


 夜。


 最初の食事は簡単だった。


 買ってきたパン。


 肉と野菜のスープ。


 セラが作ったものに、ハヤトが少し手を出し。


「そこ違う」


「何が?」


「切り方」


「食べたら同じじゃない?」


「火の通り方変わる」


「料理も専門家いるな……」


「セラ、火得意」


 レグが当然のように言う。


「魔術の話じゃないからね」


 それでも。


 温かい食事が並ぶ。


 三人で食べる。


 クロは足元。


 特別なことは何もない。


 ハヤトはふと。


 前の世界を思い出した。


 仕事を終えて。


 遅い時間に一人で帰り。


 次の日も同じ場所へ向かっていた頃。


 あのとき。


 自由になりたいと思っていた。


 何にも縛られず。


 好きな場所へ行って。


 好きなことをする。


 それが自由だと思っていた。


「ハヤト?」


 セラの声で戻る。


「何?」


「止まってた」


「ちょっと考えてた」


「何を?」


 ハヤトは二人を見る。


「自由って、立ち止まってもいいんだなって」


 セラが少し目を丸くする。


 レグはパンを食べながら言った。


「当たり前」


「そうなの?」


「行きたいなら行く。いたいならいる」


「……シンプルだな」


「うん」


 でも。


 多分それが一番近かった。


     ◇


 翌朝。


 窓から光が入る。


 ハヤトが起きると、台所から音がした。


 セラが先に起きている。


「おはよう」


「おはよう」


「レグは?」


「まだ寝てる」


「珍しいな」


「昨日遅くまで飾り動かしてたから」


 ハヤトは水を飲み。


 窓を開けた。


 トルカの朝。


 遠くで荷馬車の音。


 誰かの声。


 鳥。


 普通の町。


「今日は?」


 セラが聞く。


「午前ベルド。午後マーナさんのところ行っていい?」


「いいよ。私は一日マーナさん」


「夜は?」


「帰ってくる」


 その答えに。


 ハヤトは少し笑った。


「俺も」


 セラも笑う。


 旅をやめたわけではない。


 ずっとここにいると決めたわけでもない。


 明日。


 一か月後。


 その先。


 また行きたい場所ができれば、出ていく。


 それでも今は。


 ここにいたい。


 自分で選んで。


 ここへ戻ってくる。


 奥の部屋から。


「おなかすいた」


 レグの声がした。


「起きたな」


「朝ごはん作る?」


 セラが聞く。


「手伝う」


「切り方ちゃんとね」


「昨日のまだ言う?」


 レグが寝ぼけた顔で居間へ出てくる。


 クロもその後ろ。


 新しい一日が始まる。


 知らない場所へ向かわない朝も。


 悪くなかった。

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