第三十七話 いらねぇ
ボーッと青空を眺め、柔らかな風を浴び、川遊びをしていたエルザ隊は芝生の上に寝転がっていた。
そう―――世界で一番平和な一時、日向ぼっこだ。
皆一様にビショ濡れだが、日射しに照らされる表情からは、そんなことを気にしていないかのように満足そうだ。
「遊んだね、いっぱいっ★」
「たのしかったねぇ」
「こりゃ、しばらく動けそうにねぇぜ……」
「あはは……これでもかってくらい遊びましたからね……」
「こんなに遊ぶ、久々」
どこか懐かしい光景を思い出すように、無表情なサクラは頬を少し緩ませて呟く。
レンもあることを思い出すが、どこか心配そうにしていた。
「隊服ビショビショ……明日からの訓練、どうすっか……」
「替えがあるので、そちらを着れば大丈夫ですよ」
「え? どこにあんだ、そんなの?」
「クローゼットの下の引き出しです」
あー、とレンはクローゼットの引き出しを思い出す。
「あそこに隊服あんだ……知らなかった。まぁ、とりあえず安心したぜ。明日もいつも通り訓練に参加できる」
「―――別に隊服着ないで、裸でもいーよっ★」
「オレを抹殺してぇのか……社会的に」
エルザのエゲツない提案に、レンは呆れて返す。
声を張る気力など、疲労でとっくに消え去っていた。
すると、どこからか物音が聞こえた。
アオイ、サクラ、レンがその音に反応して、ゆっくりと上体を起こす。
「なんですか、今の音は? 上から聞こえましたけど……」
「敵?」
「はぁ!? また来んのかよ!? もうコリゴリなんだけど!?」
否、レンはまだ声を張る気力がありそうだ。
三人の視線の先―――ここに飛び降りた裏路地から物音が聞こえている。
破壊するような音。
それは、ボア・シャドウが破壊した廃墟の瓦礫を壊して進んでいるのだろう、と三人は推測し、警戒から顔が強張った。
「ドンドン、近づいてる」
「……ッ」
サクラの呟きに歯噛みすると、レンは横を見て驚愕し、叫んだ。
「なんでテメェら、まだ呑気に寝てやがんだよ!?」
緊急事態だというのに、ミライとエルザは寝転がったままだ。
まるで、南国のビーチで優雅な一時を過ごすように、リラックスモード全開で。
その危機感の無さが、レンにとってあまりに腹立たしかった。
そんな二人の言い分とは、
「大丈夫だって、そんなビビらなくてもヘーキだよっ★ ね、ミライっちっ?」
「うん」
こんな、適当なものだった。
もう一度、レンは「はぁ?」と肩を落として呆れ果てる。
直後、上の裏路地から一際大きい破壊音が響き、瓦礫の一部が川に落ちてきた。
いよいよただ事ではないと、三人は『魔晶器』を構えて≪魔装≫を発動する。
迎撃準備が整い、煙立つ上の裏路地を見据えた。
「―――来るなら、来やがれッ!」
煙の影に向かって、レンは叫ぶ。
その時、煙が晴れて影の正体が明らかになった。
「おーい! 大丈夫かー! って……」
「みんなビショ濡れだし、なんで武器構えてるんだ?」
裏路地にいたのは敵ではなく―――ボア・シャドウに追われて泣き叫んでいた、候補生の少年たちだった。
想定外の事態に、敵を待ち受けていた三人の目が点になる。
「な、なんで、お前たちがここに……?」
「そりゃあ念のためにだよ、ピンチかもって。……でも、案の定、ボア・シャドウ倒してたな」
「せっかく瓦礫壊してここまで来たけど……意味なかったな」
徒労に終わったと力無く笑って、二人の少年は肩をすくめる。
「さっきの、あの音」
「ええ……どうやら、彼らが『魔晶器』で瓦礫を壊したからです
ね……」
二人の少年が持つ『魔晶器』には、紅い光が帯びていた。
どうやら≪魔装≫で強化した『魔晶器』で瓦礫を砕き、ここまでやってきたのだろう。
だが、瓦礫はこの河川敷からでも見えるくらい、高く積み上がっていた。
(相当、大変だったでしょうね……)
だから、アオイは彼らの過酷さが想像できてしまい、申し訳ない気持ちになった。
「んで、そこからここまで戻れるかー?」
「―――うん、問題ないよっ★」
よっとっ、とエルザは勢いをつけて跳ね起きて答えた。
そして、寝ている少年に視線を落とす。
「ミライっちがいるしねっ★」
「なるほど。モス・シャドウを倒した時みたいに、あの魔法陣で……! さすがです、ミライくん!」
「そん時、顔面踏まれてんだけど……オレ」
アオイとは全く正反対のテンション感のレン。
ミライに顔面を踏まれた瞬間の感触と痛みを思い出していたようだ。
レンにとって間違いなく、これは苦い思い出。
「―――寝てる」
寝るミライの顔を覗き込む、サクラの一言に、
「「……え?」」
アオイとレンは、サクラと同じようにミライの顔を覗き込む。
そこには、
「―――すぅ。すぅ」
鼻提灯を出してスヤスヤ眠る、ミライがいた。
その穏やかなミライの寝顔を見て、
「~~~っ! か、かわいすぎますっ!」
アオイは両手で口を覆ってときめき、
「ガチ寝してんじゃねぇええええええええええええ!!」
レンの怒りの咆哮が炸裂したのだった。
◆
レンに叩き起こされ、寝ぼけた状態でミライは目を擦りながら≪陣鬼・展開≫を発動。
川の上に二列の魔法陣が展開され、それはまるで架け橋のようだ。
エルザ、アオイ、サクラは魔法陣を使って、すでに裏路地にいる少年たちと合流していた。
「ここまで瓦礫ぶっ壊して来たのっ? スゴいねっ★」
「い、いや、それほどでもないっすよ!」
「そ、そうっすよ! ボア・シャドウを倒した空宮さんの方が断然スゴいっすよ~! 俺たちなんか、全然大したことないっす!」
少年たちが切り拓いた道を見てエルザが褒めると、なぜか『っす』口調で挙動不審になる思春期ボーイたち。
エルザのような美少女にそんな光栄な言葉を授けられれば、顔を赤くして鼻の下が伸びるのは当然だ。
が、一つ誤りがあった。
「倒したの、アオイ」
サクラがボソッと訂正すると、
「「え~~~~~~~~っ!?」」
思春期から一時退却して、少年たちは衝撃の事実に驚愕して叫んだ。
「そ、その、失礼なんすけど……朽葉さんがボア・シャドウを倒したって、マジっすか……?」
「一体、どうやってっすか……?」
「は、はい……マジっす、です……。≪魔晶術≫に目醒めて、その力を使って、です……」
なぜか、少年たちの真似をしてしまったアオイ。
戸惑いながらも彼らのテンションに近づけて、少しでも親近感を覚えてもらおうと思い、口調を合わせたのだ。
しかし、無視できないほどの違和感を覚えて、最後は元の口調に戻したが、
「「朽葉さん、スゲーっ!」」
二人の少年は興奮した様子で、尊敬の眼差しをアオイに向けた。
全く気にしないどころか、アオイの口調の変化にすら気づいていなかった。
自分の歩み寄りが無意味だったと悟り、アオイは苦笑い。
「…………あ」
すると、途端に視界がボヤけて体がフラつく。
が、瞬時にサクラが支えてくれたことで倒れることはなかった。
「大丈夫?」
心配そうなジト目でアオイを見つめるサクラ。
それは、二人の少年も同じだった。
「サクラさん……すみません。なんだか、体に力が入らなくて……。緊張の糸が切れたからでしょうか……?」
「―――違うよ、アオイっちっ★」
エルザの発した一言に、疑問符を浮かべたアオイの顔がエルザに向けられた。
やはり八重歯を覗かせた笑顔のまま、エルザは語った。
「アオイっち、初めての≪魔晶術≫でデカい結界作ったり動かしたりして、自分の実力以上のコトしちゃったから、それで魔力使いすぎて疲れちゃったんだよっ★ さっきも少し≪魔装≫を発動してたしねっ★ 要するに、体力不足みたいな感じっ★ テキトーに休んどけば、そのうち勝手に治るから安心してっ★」
ボア・シャドウを撃破するための≪魔晶術≫の発動と、先ほどの煙の影を警戒して≪魔装≫の発動。
それらによって限界を超えるほど魔力を酷使したことが、ここまでアオイが疲弊している理由だとエルザは言った。
そして、時間が経てば治るということも。
思ったよりも深刻な事態ではないと知り、二人の少年は安堵した。
「そうだったんすか……よかったー!」
「大事じゃなくて、安心したっす!」
「半分、正しい。半分、違う」
「………」
(体力不足が原因ですか……。なら、克服しなければ……! ミライくんの隣に立つためには、努力あるのみです……!)
力の入らない拳を握って、アオイは密かに闘志を燃やした。
「ん? ちょっと待て……≪魔晶術≫使えない組の朽葉さんが使えるようになったことは……」
「佐伯は……」
結論に辿り着き、気まずさに少年は二の句が継げなかった。
アオイとサクラも同じ気持ちになり、沈んだ顔で俯く。
「うん―――≪魔晶術≫使えないの、レンっちだけだねっ★」
しかし、エルザだけは違った。
気遣う様子すら見せず、平然と笑顔で口にした。
「………」
その声は、未だ河川敷にいるレンの耳に届いていた。
(そんなの、言われなくても知ってんだよ……。オレが―――≪魔晶術≫が使えねぇってことぐらい……。でも……でも―――っ!!)
「―――なんで、オレだけなんだよ……ッ!!)
暗い表情で口元を歪ませるレン。
どうして自分独りだけが≪魔晶術≫が使えないのか、レンはワケがわからなかった。
努力と結果が結びつかないということを、頭では理解している。
だが、心が理解を拒んだ。
10年間、救済と復讐のために努力してきたことは無駄だと、抱いた夢と憎悪は間違いだと思いたくないから。
≪魔晶術≫が使えないということは、幻滅師としてのスタートラインにすら立てないということ。
さらに言えば、世界の救済も、シャドウと天使への復讐もできず、誰よりも劣っていることの負の証明でもある。
―――落ちこぼれ。
今の自分を言い表すのに最も相応しい言葉が、レンの脳裏に浮かび上がる。
……だから、行き場のない怒りと悔しさだけが胸に込み上げてきた。
「レンがどうしたのぉ?」
その時、ミライが魔法陣を上り切って裏路地に到着し、レンの話題が耳に入ったのだ。
ミライは振り返って、レンがまだ来てないことに気づき、魔法陣を使って降りていった。
―――レンを、連れていくために。
「レン。いこぉ?」
一つ目の魔法陣の上に立ち、ミライは俯くレンに手を差し伸べる。
その声は、悪く言えば気の抜けた声、良く言えば優しい声。
その手は、悪く言えば余計なお世話、良く言えば優しい思いやり。
しかし、どちらであっても、レンにとっては耳障りで神経を逆撫でにするもの。
「―――いらねぇ」
だからレンは、その声に頷くことなく、その手を取ることもなく、もう一列の魔法陣の階段を使って上る。
冷たい返答だったが、それでも努めて感情を表に出さないように声を押し殺した方だ。
親友も、仲間も、誰一人、レンの『黒い感情』など気づかない。
―――漆黒の少年、ただヒトリ……除いては。




